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私とストーカーと魔法の学校  作者: WLCノベル
第1章 入学前
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06 勇者

 かつて、勇者と呼ばれた青年がいた。


 彼は、小学生の頃、立てこもった銀行強盗にまるごしでケンカを売った。

 修学旅行では、カツアゲする他校の不良に説教を始めた。

 悪辣なストーカーに取りつかれている女子に、それと知っていて告白したこともある。


 人々は尊敬と、絶対に関わり合いたくないという想いを込めて、彼をこう呼んだ。

 後先考えず行動する勇ましい者、『勇者』と。


 ――――――。


「つまり家出ではない。家族に虐待されているというわけでもなく、ただ異常に懐いてくる弟と、一時でもいいから距離をおきたかっただけだと、そう言うんだな?」


「そうです」


 頷くと、私を助けてくれた男の子、ユウシャは、苦虫でも噛み潰したような顔で、うぅむと唸った。


 ここは町にある宿屋の一室だ。

 町についた私は、どうせ宿をとる予定だったという親子のお言葉に甘えて、彼らのとった部屋の中で自分の事情を説明させてもらっていた。

 前世どうのは話さずに、自分が逃げている相手は自分の弟だ、という本当の話を。


「弟は勘がいいので、家の中にいたのでは見つかる可能性が高かったのです」


 というより、確実に見つかっていた気がする。


「つーてもだな、お嬢さん、アンタいくつだ?」


「3才です」


「だったらその弟は?」


「2才です」


 ユウシャはそれを聞いて、呆れたようにハァーーッと息を吐き出す。


「たとえ勘が良かったとしても、2才のガキがこんな場所まで追ってこれるわけないだろう」


 うん、まあ、それは当然の反応だと思う。


「だからそれは信用しなくてもいいです。ただ、私がクゼイン家の者だというのは、この指輪が証拠になると思います」


 私はお父様に貰った、クゼイン家の紋章が入った指輪を突き出した。

 先程の場所では家に追い返される可能性があったから素性を隠したが、ここではもう嘘をつく必要はない。


「信用できないなら……さすがに台座ごと渡すわけにはいきませんが、指輪についている宝石を換金して、お礼にしてもかまいません」


 お礼をするのに家まで足を運んでもらうというのもアレだし、このやり方がスマートな気がした。貰った指輪を解体するなど、父はショックを受けると思うが、普通にオーダーメイドで作った指輪だし、命を救ってくれた恩人に渡したという話なら、たぶん納得してくれるだろう。


 しかしその提案を、ユウシャは即座に却下した。


「お嬢さんがクゼイン家のお嬢様、というのは信用しているよ。着ている服も上等だし、クゼイン家に3才の娘がいるという話は聞いたことがある。だが、お嬢さんの言葉が『俺たちを巻き込まないための嘘』である可能性が捨てきれない」


 私をさとすように、優しく続けた。


「だから、真実を確認するためにも、君を家まで送っていくのが一番だ。そもそも、またオオカミが出ないとも限らないからな」


 オオカミのことを言われると弱い。

 たしかに彼の言う通り、1人で帰るのは危険な気がした。


「ただなぁ、送っていくのはいいとして、正確な事情を知らない俺たちがいって、予測不能の事態が起きた場合、対処できない可能性が高い。お嬢さんの言葉を否定するわけじゃないが、2才の子供がそこまで脅威となるには、もうひとつ何か……俺たちに話していないことがあるような気がしてならない」


「それは……」


 確かに話していない事はある。

 けれど、私にも弟にも前世の記憶があるなんて話、話しても信じてもらえるとは……。


「なあ、ちょっといーか?」


 今まで横で私達のやり取りを眺めていたユウシャの父親……さっき自己紹介をしてもらって、『ヘイミン』と名乗った男が、疲れ切ったような表情で割りこんできた。


「どうかしたのか?」


「どーかしたのかじゃなくてさ、お前ら自分たちが異常な会話してるって、気付いてる?」


 予想もしてなかった指摘に、私は瞬きした。

 ユウシャも不思議そうに首を捻っている。

 ヘイミンははぁーーーー、と大きく息をついてから、視線を下に落として続けた。


「自分のことになると見えないもんなのかねえ」


「だからなんなんだ?」


「お前も異常だが、そのお前と普通に会話している、そこのお嬢さんもまともには思えない。俺が見た所、お前と同類だ」


「え……」


 勇者が目を丸くする。

 同類って、どういう意味だろう。


「付け加えるなら、そのお嬢さんの弟も同類なら、いろんなことに説明がつきそーじゃねーか?」


「同類って……あの、何の……」


「いや、なるほど……たしかにそうだ。親父の言う通りなら納得がいく」


「だから……」


「周りくどいのは苦手だから単刀直入に聞く。お嬢さんは前世の記憶をお持ちなのか?」


 へ?


「そうでないならおかしなことを言っていると思われるだろうが、俺は前世の記憶を持っている。俺は、前世でも『勇者』だった男だ」


 ザザッ。

 血の気がひいた。

 勇者……勇者だって?


 とっさに思い当たるのはあの青年。

 私がまだあのストーカーと付き合っていた頃、彼氏のいる私に告白してきて、いつの間にか見なくなったあの人。

 ……証拠はないけれど、あのストーカーによって抹消されたという噂を、友達から聞いて……。


 コンコン。


 その時、部屋の扉をノックする、かわいい音が鳴った。


「開けてー、おねえちゃま。いるんでしょ。開けてー」


 子供の声。私はその声の主に思い当たって、蒼白になった。


 そんな非現実的なことはありえない。

 だってこんな場所まで、追ってこれるわけがない。

 さっきユウシャも言ったではないか、2才の子供にそんなことはできないと。

 なのに、そう考えても、いくら理性が否定しても、恐怖を拭い去れなかった原因が、たしかに扉の外にいる。


「ねー、おねえちゃま、開けてよー。少し目を離したら、密室に男を連れ込むクソビッチ、殺されたくなかったらさっさと開けろっつってんだよ!」


 ドォン!!

 扉が爆発してふっとんだ。


 開けろと言いながら、扉をふっとばすこの理不尽さ。

 爆煙で姿が見えなくとも、相手が誰なのかはわかりきっていた。

覚えなきゃいけない名前が増えると混乱するので(私が)、前世の呼称はあだ名でいきます。本人は『勇者』というあだ名を気にいっていた模様。

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