01 クゼイン男爵家の姉弟 <イラスト:エルス2才>
1才の頃、弟が生まれた。
1つ下になる弟は、フワフワの白金髪に新緑色の瞳、桜色のほっぺと桃色の唇。
愛らしい天使のようなその弟は、生まれてすぐは泣かず、乳母に抱えられた私が顔を覗き込んだ途端、堰を切ったように泣き喚いた。それにビックリした私も一緒にワンワン泣きだしたのは、両親にとってはいい思い出だ。
いや、本来であれば、私にとっても、気恥ずかしいながらもいい思い出になるはずだった。
その後も、弟は私によく懐いた。
眠っていたかと思うと、この世の終わりのように泣き叫ぶ弟は、父でも母でも乳母でもあやすことができず、私が行くとほっとしたようにほほ笑んだ。
そこまで懐かれては、私も悪い気はせず、また、ふわふわの髪はなでると兎の毛のように柔らかい毛質で、私はまるでペットをかわいがるように弟を可愛がった。
今思えば、それが不味かった。
言葉を覚えたのは、なんと弟が先だった。
私が3才、弟が2才の冬だ。
弟が言葉を覚え、私が読んでいる絵本より難しい本を読むようになって、焦った私は、弟に負けてはいられないと頑張って言葉を覚えた。
弟も応援してくれたので、私が本を読めるようになるまで、それほど時間はかからなかった。
そして、私がいろんな言葉を理解できるようになった頃を見計らい、弟は私に言った。
「ねえ、どうして僕たちはここにいるんだろう?」
えらく哲学的な質問だった。
全く意味がわからない。
「……えーと、……眠くなっちゃった?」
眠いので、今寝室にいないことが不満なのかと思った。
その私を見て、弟が目を細め、嘲るように笑う。
「違うだろ? お前は俺が世界から消して、もう誰の物にもならないはずだった。
それがどうして、こんな場所でのうのうと生きてるんだ、って聞いてるんだよ」
そこには重い執着と、熱っぽい狂気が横たわる。
「そんなに俺以外の男に股開きたいのかよ、クソビッチ」
その言葉がまるで鍵のように私の頭に作用して、記憶の蓋が開かれた。
『クソビッチ』
かつて私をそう呼んだ男がいた。
熱烈に告白され、浮かれて承諾した後、その熱が熱すぎて鬱陶しくなり、一方的に別れを告げさせてもらった相手。
それからも連絡が途絶えることはなく、男友達と話しても、男の教授と話しても、まるで性的関係があるかのように決めつけられ、『クソビッチ』呼ばわりして、ただ罵詈雑言を浴びせるためだけに付きまとってきた。
そして最後には私の命を奪ったあの男。
私の心には恐怖ではなく、自分を殺したことに対する火のような怒りがあった。
そんな記憶が、未だ3才である自分の記憶のはずがなかった。
そして世界の様子もこことは違っていた。
だからこれはきっと前世の記憶。
そうだ。ヤツは最後になんと言っていただろうか。
『これで君はもう誰のものにもならない……君は、俺だけのもの……』
クッ……ブフッ。
笑わせる。一世一代のビックイベント。命までかけてすべてを失って、アホ丸出しであそこまでしたのに、私を虚無に送ることはできなかったようだ。
死は無ではなかった。私はこうして生きている。
「何、笑ってんだよ……」
「フ……ククク……残念だったわね。
殺したくらいじゃ、私はアンタの物にはならないようね」
おそらく私が脅えて縮こまるのでも期待したのだろう。
馬鹿にするように笑う私に、期待を裏切られた新緑の瞳は、憎悪の炎を灯した。
「なんで転生なんかしてんだよ、この浮気者のクソビッチがーーーーー!!!」
「黙れクソストーカー!!! 今度はこっちから殺ってやる!!」
一度死んだ気分は最悪だけれど、ヤツの思い通りにならなかった事実が、正直小気味いい。
ヤツとは知らず、弟と思って可愛がっていた黒歴史はあるが、この年齢で1年の差は大きい。体も大きいし、自由にできる時間も多い。
私はきっと、有利に戦えるだろう。
殺らなければ殺られる。
この剣と魔法がある世界なら、病みキチストーカーから、自分を守る力を手に入れることも、可能なはずだと思った。
【弟 エルス2才 イメージ】
本編ではまだ出ていませんが、弟の名前はエルスです。
主人公の名前はまだ未定<ぉ