09 闇 (エルス視点)
エルス視点です。語り部はエルス(ストーカー)になります。
世界は虚ろだった。
両親の仲はあまり良くなかった。
そもそも結婚したくて結婚したのではなく、俺が出来てしまったから結婚しただけ。
世間体や周囲からの評価を大事にする夫婦だったので、体外的には仲の良い夫婦を演じていたが、家庭内での会話は必要最小限だった。
今思うと、下手に近づいて拒絶されるのを、お互い恐れていたのだろう。
相手に求めることは罪悪であるかのように距離を置き、自分たちの分身である俺のことも、お互い遠慮しあいながら相手をしていた。
けして虐待されていたわけではない。
だが想いや感情をほとんど差し挟まないその関係は、ひどく虚ろに思えた。
だから俺が感情を始めて交わした相手は彼女だった。
当時、俺はとあるメーカー品のお菓子が大好きで、うちに遊びにきたその子と取り合いになったのだ。
お菓子は他にもあったし、俺は自分の好きなものを渡す気にはなれなかったので、相手の要求を断固拒否した。
母親は体裁を気にして相手にあげるように要求したが、俺はガンとして譲らなかった。
そうしたら相手が泣きだして、ますます追いつめられた母親が、俺を叱って俺からお菓子を奪い、相手に与えた。
微妙な距離感から、母親は自分を愛していないのではないかと思っていた俺は、それがひどく悲しく思えて、泣きだしてしまった。
それはこれまで溜まりに溜まっていた感情だったと思うが、その場にいた者はお菓子をとられて泣いたのだと判断しただろう。
そして彼女は、俺が泣いたのも気にせず、お菓子を貰えたことに気をよくして泣きやみ、当然のことのように俺のお菓子を頬張っていた。
欲しいものを欲しいと言う、それが他人の物でも奪いとる。
そのために誰かが犠牲になっても気にしない。
そんな自分の欲求にまっすぐな彼女が、俺には眩しく思えた。自分もそうなりたいと思った。
戦利品はお菓子。
勝者は彼女。
お菓子は彼女が持っている。
彼女からお菓子を奪い返すことができなくても、彼女自身を奪えば、彼女に奪われたお菓子も、俺の元へ戻ってくるだろう。
それからはずっと、彼女の傍にいた。
いつか自分の物になると思うと、彼女のすべてが愛おしく思えた。
見た目や考え方、魂そのものまで、自分の物だと思っていた。
今度は誰にも奪われない。自分の力で、彼女を奪おうとするすべてを排除した。
だけど、彼女を殺してすべてを奪っても、お菓子は俺の元には戻ってこなかった。
おかしいな。
どこで間違えたんだろう?
ただわかるのは、彼女のいない世界に、お菓子は存在しない。
だから俺も、もう終わりにした。
お菓子以外に欲しいものもなかった。
そして、闇。
闇、闇、闇。
何もない闇の中はひどく居心地がよくて、他には何もいらないと思った。
だけど再び光に包まれて、終わりだと思った場所が終わりではなかったと気付かされた。
俺は迷うことなく、再び闇に戻る方法を模索した。
最初は、その単純なことに気付くのに3年ほどかかった。
前回と同じようにすればいい。
それはとても単純でありながら、生物としてはなかなか気付けない選択だ。
それでも俺はお菓子のない世界に未練はなかったので、自分の喉を切り裂いて闇に落ちた。
2度目はもっと単純だ。
生まれても呼吸をしなければそれでいい。
ただ虚ろに声も上げず、そこにたゆっているだけで、俺は再び闇に落ちていった。
そうして、何度、闇と虚ろな光の間を行き来しただろうか。
いい加減面倒くさくなってきた。
ずっと闇の中にいられないものかと真剣に考え出したその時、光の中で甘い匂いを嗅いだ。
俺はすぐに、それが何なのか分かった。
ああ、お菓子だ。
俺は本能的に歓喜の産声を上げた。
闇=病み……というような感じで。