プロローグ②Part,2
「・・・かはっ!」
「大丈夫か・・・?」
「・・ご心配いただき、光栄です」
彼女の「強制送還」のおかげで門へとたどり着いたはいいが、彼女の体は限界だった。
「強制送還」とはいわゆる瞬間移動のことで、人体を移動させるには強力な体力と魔力が必要だ。しかも彼女の場合、ただ移動させるだけでなく、一度細部まで分解してもう一度構成するという過程がある。さらに移動先の座標を決め、そこへ送るための集中力も重要だ。
彼女は悪魔と応戦しながらも無理矢理に展開させ、自分と俺を運んできたのだ。無事に門へとたどり着けたのは奇跡といえよう。
俺は背後を気にしながら彼女を助け起こした。悪魔達は彼女が俺を人間界へ逃がすつもりだということはすでに気づいているだろう。もうすぐにでも追いついてくるはずだ。
彼女は血が垂れた口を拭いながら立ち上がり、両手を合わせた。
「悪魔は直にやってきます。ここに人間界への入り口を作りますので、開きましたらすぐにお入りください」
彼女は合わせた手を前へ突き出し、入り口を作りはじめた。
「安心してください。私もその後に続きますから」
俺の怪訝な顔を見てとったのか、彼女は安心させるため続けざまに言った。
「人間界に行ったら名前が必要ですね・・・。天魔様はご自分の名前はどうなされますか?」
なんて場違いな提案なんだ・・・。それも彼女らしくあるが。
「いや、どうなされますかって俺が言った名前がセンス悪かったら恥ずかしいだろ」
実は思いついてたりなかったりしないこともないんだがな。
「じゃあ、お互いに決め合いましょう。天魔様は私の名前を考えてください」
そっちの方が何倍も恥ずかしいだろう・・・。
結局、俺は彼女にミナという名前を提示した。
たまたま読んでいた人間界の本の中の主人公がミナという名前だったのだ。彼女の境遇が今の彼女に似ていたため、俺は冗談半分で言ったのだが、
「いいですね、今すぐそうしましょう。天魔様はこれから私をミナと呼んでくださいね」
すんなり採用された。
「では私の考えた天魔様の名前を公表いたしましょう」
彼女は魔力を放つ手を横へ開きながら言った。
「暁生なんてどうでしょう。格好良くないですか?」
「どういう理由でだ?」
横へ開いた手を交差させた彼女は俯いていた顔を上げて俺へ理由を述べた。
「天魔様、あなたには絶対に生き残って欲しい訳がございます」
「それは理由じゃないだろう」
俺の言葉を無視して彼女は続けた。
「天魔様には天界と魔界の未来を変えていただきたいのです。敵対せず、互いの国どうし仲良く、快適な世界を作り上げてほしいのです」
そんなことできるわけがないだろう。そもそもこの戦争だって悪魔側が悪いんだ。彼らは天使側と仲良くする気なんて持っていないに違いない。
「天魔様はとても強大な力を持っておられます。どうかその力の使い方を間違われぬように!」
彼女は語尾を荒めたかと思うと交差していた手を後方へと振り上げ、知らぬ間に迫っていた悪魔に攻撃を加えた。
「さあ、お行きください!」
人間界への入り口はすでに完成していた。
「私がここで足止めしている間に・・・!」
「何言ってんだ!あんたも一緒に行くんだよ!」
「先ほど言ったでしょう!?私も行きますと!」
「嘘だな!」
俺は言った。
「あれだけの悪魔を相手にするのは無理だと分かっているんだろう!なら何故人を頼らないんだ!?」
俺は右腕の包帯を解こうとした。それを見た彼女はこのことを怖れていたかのように俺を強く止めた。
「なりません!」
俺の腕を掴んだ彼女の腕には亀裂がはいり、劣化していた。
彼女が動くたびにポロポロと破片が落ちる。
「私はもう十分長く生きました。彼にも出会えて・・・たくさんの天使やあなた様を生んで、とても幸せでした」
彼女は劣化した腕で俺を抱き寄せた。
「天魔様、あなた様には彼のような末路を辿られては困るのです」
さっきから気になっていたのだが、「彼」ってだれだ?
「あなた様は知らずともよいのです」
いやいや、よくないだろう。俺の将来に関わる話じゃないか。知って無くちゃあとあと面倒になるんじゃないか?
「これをお持ちください」
彼女は首に下げていたペンダントを俺の首にかけた。
「多少の魔力なら防げます。何かあったら守ってくれるでしょう」
上級悪魔は無理ですが、と彼女は付け加えた。
悪魔には上下1~4までの階級があり、数値が小さいほど強い。
さっきから俺たちを襲ってきている悪魔達は下3級や下4級の下っ端だ。ちなみに天界にも階級があり、彼女は上2級の天使でかなり強い。だが、俺を守るため短時間に大量の魔力を消費してしまったせいで、下1級ぐらいの力しかなかった。
ついに彼女の右腕がボロッっとはずれ、地面で砂塵と化した。
「奴は深手を負っている!今がチャンスだ!」
しつこく下級悪魔が追いかけてくる。
俺は我慢できず、右腕の包帯を解いた。
「いけません!天魔様!」
ミナが俺を止めようとした。だが、俺は聞こえぬふりをして両手を前に突き出し、魔力で作った血球を悪魔に放った。
<魔血拳銃>
その名の通り、自分の血を弾にして打ち出す魔法だ。だが血は無限ではない。普通の人間ならすぐに貧血をおこして倒れてしまうだろう。幸か不幸か、俺は天魔だ。そう簡単には死なない。
「天魔様!」
ああ、彼女は一体この戦争の中だけで何度、俺の名を呼んだだろうか。
「今戦ってはなりません!あなた様のその強大な力を悪魔どもに知らせては!」
彼女が俺へ手を伸ばした。
その時不意に辺りが陰ったかと思うと、他の悪魔と比べて少し上等な白い服を着た悪魔が上空に現れた。
「なんだ、なかなか報告がこないから来てみれば・・・随分と手こずっているじゃないか。こんな天使一人と天魔一匹も片付けられないのか」
「・・・っ!」
ミナの顔が蒼白になった。知り合いだろうか。
「あなたは・・・ヴィルダー!!」
彼は下っ端悪魔達の先頭に降り立ち、ミナへと喋り始めた。
「これはこれは・・・卵の番人殿じゃないか。彼は元気かい?」
彼女の顔が憎しみの表情をした。相手は服装や余裕からして上級悪魔なのだろう。
「あれは残念だったなぁ。俺も彼には長生きしてほしかったよ」
ヴィルダーはくつくつと笑いながらこちらへと歩き始めた。
「で、そちらさんが噂の天魔様って奴か?」
「下がってください!彼は上3級の悪魔です。普段の私なら勝率はあるのですが・・・」
ミナは俺を左腕で自分の後ろへと押しのけた。
「あーあー。もう右腕無いじゃん。こっちだって時間がないんだからさぁ、はやく殺られちゃってよ」
ヴィルダーが<魔槍>を作り、俺たちへと放った。
「天魔様!」
彼女は俺を後ろへ突き飛ばした。
痛々しい刺殺音が聞こえた後、俺が目を開けた先には胸を貫かれたミナの姿があった。
「ミナ・・・!」
俺が駆け寄ると同時に、彼女は血を吹き出しながら倒れた。
「ミナ・・・ミナ!」
「天・・・魔・・様・・?」
彼女の目は虚ろだった。
「何やってんの?そのまま避けてればそいつに当たって、あんたは生き残れたのに。こっちは王様に天魔を殺せって言われて来てんだよ。邪魔しないでくれる?」
髪をいじりながら話すヴィルダーに、とうとう俺はブチ切れた。
「・・・だまれええええぇぇぇっ!」
俺は<魔血拳銃>を乱射した。
感情の波が激しく揺れ、力の制御が難しい。
「無理無理。そんなのじゃ僕に当たらなっ!?」
ひらりひらりと避けていた彼に一発、弾が当たった。
「なんで・・・」
その理由は、俺の力の枷がはずれ、感情の制御ができなくなったからだった。
今や俺に感情はない。ただ無心に暴走し、ヴィルダーを殺すことだけを考えていた。
「チッ!」
ヴィルダーは再び<魔槍>を俺へと放った。
正面から猛突進していた俺は、<魔槍>を避けることもできず肩を貫かれた。
「ぐっ・・・あああああぁぁぁぁ!!」
痛い。
俺は我にかえった。
貫かれた勢いで俺は背後にあった人間界の穴の横へと吹っ飛ばされた。すでに人間界の穴は閉じかかっていて俺が一人通るのもギリギリぐらいの大きさになっている。
「さーて、そこの天使はほっといてもしばらく大丈夫そうだし。先に殺っちゃうかな」
「!」
やばい。殺される。
ヴィルダーが剣を抜いた。
「さすがに殺すときは魔法を使わないであげるよ。ああ、俺ってなんて慈悲深いんだろう」
振り上げられた剣を見て、俺は死を覚悟した。
「これで魔界も安泰だ」
ヴィルダーの声を最後に俺は目を閉じた。
ヴィルダーの剣が俺に刺さることはなかった。しかも何故か無重力を感じる。
「・・・?」
俺は目を開けた。
体が大きく広がった人間界への入り口へと沈んでいた。こんなことができるのは・・・。
「ミナ・・・!?」
俺はミナの方へと顔を向けた。
彼女は左腕をこちらにかざし、微笑んでいた。
「ミナ!」
俺は手を伸ばした。
「逃がすか!」
ヴィルダーが剣を振るも虚しく宙を裂き、俺は人間界へと落下した。
「ミナアアアアアアァァァ!!」
こうして俺は人間界へと落ち、人間の女に救われた。




