時と人
チャイムが鳴った。
ケンジが来たみたいだ。僕は急いで食パンを口の中へとまるごとほうり投げ、軽いスクールバックを手にとって、玄関へと走った。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
定番な会話を母親と交わして僕は築十年で、そろそろあちこちからくたびれ加減が見え隠れする、それでも父親自慢の一軒家の扉を開けた。
「おはよう! 数学の宿題やってきたか?」
朝から僕はハイテンションでケンジに話し掛けた。
「まあな。タケシは?」
ケンジは眠たそうな目をこすりながら、欠伸まじりで答えた。ケンジは僕とは対照的に低血圧で、朝が大の苦手だ。
「いつも通り。後で写させてくれよ!」
「しょうがねえ奴だなぁ。たまには自分でやらないと後で後悔するぞ。」
と、これまたいつも通りの下らない会話をしながら中学校へと向かっていた。道中、僕はハッと思いつくことがあり、すかさずケンジに尋ねてみた。
「昨日のテレビ見たか?」
「何の?」
ケンジは訳がわかんないといった顔をしている。僕は、いつも突拍子もないことを言って、ケンジを困らせる。
「九時にやってた科学バラエティー」
「ああ、見たよ。タイムマシーンを取り上げてたやつな! 結構おもしろかったよな」
ケンジの顔から笑顔が見えた。オッ! 食いついてきやがったなっ!
「俺、ああいうの大好きなんだよ! ケンジはさあいつかタイムマシーンはできると思う?」
僕は、友人に興味があると見るや否や、話題の定着を狙った。
「うーん……まぁいつかはできるんじゃねえの。今の科学技術の進歩ってすげえからな。でもそれは何十年、何百年も後だろうな」
ケンジがそこらの大人が口にするようなつまらないことを言ったのも無視をして、僕は相変わらずのハイテンションで
「でも俺は、今すぐにでも出来て欲しいと思ってんだよ。だってさ、過去や未来が見えるなんて考えただけでもワクワクすんぜ」
それから僕はタイムマシーンがあったら、何をしたいかをケンジにあれこれと熱弁した。
「つうか、いつかは出来てるはずなんだろ。だったらそいつらが、過去の俺らにタイムマシーンの作り方を教えてくれればいいのに」
僕はケンジにこの発言が鎮圧されるであろうと期待した。
「そこは色々と問題があんだろうな。ほら、過去・未来の人たちとは接触してはならないって、ドラえもんも言ってただろ」
予想通りだ。ケンジはいつだって冷静だ。
「じゃあ、人に接触しなきゃ良いんだろ? 競馬の結果を知るとかは?」
「ダメに決まってんじゃねえか。そんなことをみんながしてみろ、オッズが1.0倍になっちゃうんじゃないの?」
ケンジはあり得ないだろといった感じに僕を皮肉り、苦笑した。僕だって何となくわかっていた答えだけど、それじゃあタイムマシーンの面白味がないじゃないか。
「ケンジだったらタイムマシーンを使って何したい?」
ケンジは少し考えてから、
「俺だったら卑弥呼を見てみたいな。邪馬台国がどこにあったのか知りたいよ」
「おまえって真面目だな。タイムマシーンだぜ! もっと儲かることとか歴史を変えるようなことを考えろよ!」
「俺はおまえみたいな愚かな犯罪者にはなりたくないからな!」
ケンジはニヤッと笑って、僕を見た。僕はこの野郎と少しも怒ってないのに拳をあげてふざけ始めた。
「おいおい、やめろよ……あれ!今、向こうから歩いてくるおじいさん、タケシに似てない?」
またケンジが笑って僕をからかった。僕はケンジの目線の先にある、老人に急いで目を向けた。なるほど、よく似ている。自分の顔は普段あまり見ないほうだと思うが、それでも似ていると思った。僕に皺と白髪頭を足したらあんな感じだろうか。
「何言ってんだよ! 言っとくけど俺のおじいちゃんじゃあないからな。 おい、あの人俺らの方をジロジロ見てないか?」
僕は似ていないと強く否定できないことにもどかしさを感じながら、ケンジをうながした。
「俺らがこんな下らないことをしてるからだろ。さぁ、俺の手を離せよ!」
ケンジが僕の手を強引に振りほどいた。僕はばつが悪くなって、慌てて大声で軽い嘘をついた。
「やべえ! こんなことしてる場合じゃねぇぞ! 遅刻しちまう。走れケンジ!」
そして僕が走り出した。ケンジも仕方ないなといった感じで僕を追って走り出し、共に県立中学校の校門をいつもより早く、くぐることを目指した。
僕の一番の親友はケンジだ。ケンジも僕のことをそう思ってるに違いないんだ。走りながら僕はそんなことを考えていた……。
月日というものは残酷で、あっという間に過ぎていく。僕とケンジは同じ部活で、バスケをしていた。この間、入部したばかりかと思っていたら、知らぬ間に僕らの引退試合になってしまっていた。
僕とケンジの息はピッタリで、試合中には黄金コンビと、女子マネージャーから声援をあびるほどだった。試合は三点差で負けてしまったのだけれども、これ以上にない思い出が出来たのではないかと、試合後の僕は悦に浸りきっていた。そんな僕を悦の世界から引きずりだしたのがケンジのこの一言だった。
「あ! あの時のおじいさんがまたいるぞ」
「え……? あのって?」
「前にお前と登校中に出会った、お前にそっくりなおじいさんだよ」
ケンジに言われるがままに僕はケンジが指し示す方向を見た。確かにあの時のおじいさんだ。どうしてここにいるんだろうと考える前に僕はそのおじいさんに向かって走り出していた。慌ててケンジも追いかけてくる。
「あの……すいません」
おじいさんは、私か、とういう風に人差し指を額へと向けた。
「そうです。あなたです。前に僕、あなたを見たことがあるんですよ。それで何で今覚えているかっていうと、実は友人にあなたとそっくりだとその時言われまして、今もその友人に知らされてこうして来たわけです。今日はお孫さんが試合に出ていたんですか? それより、もしかしておじいさんは僕の親戚か何かですか? 異様なくらいに僕と似ているんで気になってしまって」
おじいさんは困窮して、両腕で×印を形作り、体育館出口へと駆けていった。
僕はというと、走っていくおじいさんを引き止めるまでの気力はなくそこに立ち尽くしてしまった。
「おまえがいきなり沢山話しかけるからおじいさん困っちゃったんだよ。集合だぞ。早くあっちへ行こう」
ケンジに促され、僕たちは皆が集まっているステージ前へと急いだ。
多分、あのおじいさんと僕は何の関係もないんだろう。ただの他人さ。そう思って、それからすぐにあのおじいさんのことは忘れてしまった。
部活が終わると、クラスは勉強一色に染まり、僕もあぶれることなく受験まっしぐらだった。ケンジは頭が良いから僕のような苦労はしないんだろうなと、Time is a best friendと我ながらめちゃくちゃとだと思う、英文を書きながら思ったりもした。
そうこうするうちに高校受験が終わり、ケンジは県のトップ校。僕も無事に中堅高への合格を決めた。
「俺たちは違う高校へ行っても一番の友達だよな?」
くさい台詞だと思ったが、いつものふざけた調子で僕はケンジに言った。
「当たり前だろ!」
そんな言葉に深く感動していた卒業式だった。
高校に入ってからの僕たちは日に日に、ほとんど会わなくなっていた。入学したての頃は二日に一回だったメールも二年になる頃には、一ヶ月に一回。三年になる頃には、三ヶ月前に機種変をした携帯の受信ボックスにはケンジからのメールは一通もなかった。今、僕には違う一番の親友がいる。時間って人を変えるとは良く言ったもんだよな。
あっという間に時間は過ぎていった。
今の私は、十年前に定年退職をして、年金生活を悠々楽しむ老人になってしまっていた。
そんな私の楽しみとは言うと、二年前にやっとの思いで作られたタイムマシーンを利用した、タイムトラベルに参加することだ。
それで私は、昔の親友たちと下らない話をして過ごしている自分を、なつかしくも見て回っている。もちろん、彼らと話すことは許されない。ただ見ているだけだ。しかし今の私にとっては最高に楽しいことである。タイムマシーンでこんな使い方をしているなんて昔の私が知ったら、きっと笑うだろうな……。今の私には時間が親友だ。
稚拙な文章で申し訳ありません。
初めての投稿となります。皆さんのご鞭撻お待ちしております。