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海の色

作者: 竹仲法順

     *

「スゥー」

 あたしは大きく息をつく。目の前にある海を見つめながら、だ。海の色がこんなに美しいエメラルドに見えるのは初めての経験だった。夏のリゾート地――、とりわけ今来ている常夏の南の島は、夏だけでなく年中海が綺麗だ。水が澄んで見える。太陽が激しく照り付けている分、過ごしにくいところはあるのだが、日本から二人で連れ添って休暇を楽しみに来ていたあたしたちにとって、まさに楽園なのだった。

志人(ゆきと)

「何?」

「海綺麗ね」

「ああ。ここは常夏だから、年中そうなんじゃない?」

「そうかも。こんなところに旅行で来れるなんて、あたしたちも幸せね」

 頷いて笑う。彼が、

優夏(ゆか)

 と呼んできた。サングラスをおでこに押し上げ、目の前の海から目を志人の方に向かせると、彼が不意にキスしてくる。互いに口付け合いながら、唇表面にある潤いを感じ取った。元々分厚い唇なので、やや小さめに見えるようメイクを工夫したりしているのだが、志人はこの唇がいいらしい。近くに置いてあったアイソトニックウオーターは飲み干してしまっていた。考えてみれば、すでに正午をかなり過ぎて午後三時前になっている。そろそろ宿泊先のホテルに帰ってもいいのだった。疲れが(にじ)み出てきている。日焼けした肌は熱くなり火照っていた。すでに日焼け止めの効果もなくなっていて、肌は焼けてしまっている。日本に帰国して焼けたままの肌で職場に行ったら、上司や同僚たちから何を言われるか分からない。まあ、別にあたしも二十代前半でまだ年頃だから、ちょっと日焼けしていても構わないとは思っていたのだが……。

「一泳ぎすれば気持ちいいかな?」

「ええ。せっかくだから浸かっちゃいなさいよ。南国の海なんかほとんど来ることがないんだし」

「じゃあ、ちょっと泳いでくるね」

 志人はそう言ってトランクス一枚で波間へと向かった。その様子を見つめ続ける。海は相変わらずエメラルド色だ。確かに日本で言えば沖縄県の海みたいに澄み切っている。ドリンクの入ったボトルに口を付けて生温(なまぬる)い飲み物を飲むと、少し体の中が潤う。カラカラに渇ききっていた喉に水分が補給され、気分がいくらか楽になった。デッキチェアーに横になりながら、彼のいる方を見つめる。あたしも志人も普段は都内にある会社で働いているので、こういったときしか休めない。勤め先の会社があるビルは違っていたのだが、仕事が終わると、いつも連絡を取り合い、連れ添って飲みに行ったりしていた。ストレスが溜まるので、アルコールで発散する方法を取っていたのだ。別に珍しいことでも何でもないのだが……。

 海辺を見つめながら思う。「あたしも泳ごう」と。

     *

 着ていたシャツを脱ぎ、水着姿になると、ビーチへ歩き出す。休日でも会えないときはトレーニングジムに通って体を動かしていた。女性でも体の曲線美を重視する傾向が続いている。特にあたしぐらいの年齢の女性なら、アルコールを含みすぎて脂肪が付かないよう、絶えず燃焼させていた。

 水に足を付けると冷たい。南国の海でもこれだけ海中の温度が低いと、改めて認識させられた。そろそろと水に浸かり、海水を掻き分けて泳ぎ出す。やはり海は澄んでいた。エメラルド色で、沖まで行くと泳いでいる魚が見える。ゆっくりと遊泳を楽しむ。

 やがてものの二十分ほど海水に浸かり、海から上がってビーチへと戻る。志人が体をタオルで拭きながら、髪の毛を掻き揚げた。あたしと同じシャンプーの香りがする。それもそうだろう、一緒のホテルに泊まって混浴しているのだから……。彼が言った。

「もう午後四時だからホテルに戻ろうね」

「ええ。……食事どうする?」

「うーん、そうだな……ホテルのダイニングじゃダメ?」

「いいわよ。あたしも食事にお金掛けたくないし」

「よし。じゃあ、今からホテルに戻って食事取ろう」

 志人が頷き、あたしと一緒に歩きながら、ホテルへと向かう。ここは凄く暑い島だ。熱帯夜など何日も連続して続く。日本よりもひどかった。だけど遊びに来た以上楽しまないといけない。腕を組み、歩き続ける。溜まっていた疲労はかなり取れた。いつもは事務の仕事をしているし、彼は営業マンだ。あたしとはしていることが違うのだが、互いに会社員同士で仲良くやっていた。腕を組んで、ゆっくりとホテルの建物まで歩く。外観は真っ白で、七階建ての最上階にあたしたちの宿泊先の部屋がある。

 ホテルに入り、フロントでキーを受け取ると、部屋へ向かった。エレベーターは上行きで七階まで一分ほどだ。確かにボックス内には南国のホテル特有の香水の香りが満ちていた。あたしも香水は降っているのだが、あくまでデオドラントで、匂いのきつい代物は使わない。それだけ女性は二十代のうちは天然で、おまけに輝いていたいのだ。まあ、十代の頃とはまた違うのだが……。

     *

 部屋に着くと、ガラス張りの窓から夜景が見える。遠く沖合には客船が停まっていて、今夜も島は熱くなりそうだ。海辺に持っていっていた荷物を置き、志人と一緒に部屋の外へと向かう。歩きながら話をしていた。

「何食べる?」

「俺はね……中華がいい」

「じゃあ、あたしもそうしようっと」

 エレベーターの前で立ち止まり、階下へと向かうボックスを待ち続ける。デオドラントをもう一度塗り直していて、それが付いていた磯の匂いと混じり合い、辺りに漂っている。夜の時は実に密だ。今夜も食事が終わったら、熱く抱き合うつもりでいる。遠慮は要らない。あたしたちは結婚するかしないかの形態を問わず、ずっと一緒に居続けるのだ。誰が何と言おうとずっと。そして歩みが停まることは決してないのだった。互いに分かり合えているのだから……。

 三階にあるダイニングからは料理の匂いが漂ってきている。あたしたちは食欲をそそられ、中へと入っていく。すでに多数の客がいた。窓際のテーブルに座り、やってきたウエイターに中華料理のフルコースを頼んで待ち続ける。お互い肌が焼けたことを指摘し合いながらお喋りした。他愛のないことだが、これが一番いいのだ。そしてあたしが携帯のカメラで撮った海の写真を見せる。エメラルドをした澄んだ海の光景が目に映り、楽しい気持ちになった。料理が運ばれてきても、食べながら和やかな会話が続く。日本から飛行機で片道六時間掛けてきた島で喜びを分かち合えた。互いに素直に。

                             (了)



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