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カッコいい所を見せよう!

「てかさ、あんたは結局どうしたい訳よ?」

「どういう事だ?」

「だから、何かさっきから人の意見ばっかり聞いてるけど、それで良い訳? もっと自分がやりたい事とか、こういうデートにしたいとか、彼女にこう思ってほしいとか無いの?」

「……あるにはある」

「おお、それは?」

「何だあるんじゃない。それは何?」

「上手く言えないが」

「うんうん」

「早く言えよ」


「相手と恋人同士になりたいと思っている」

「……」

「……」

「……」

「……」

「上手く言えないが、相手にも俺と同じ気持ちになって欲しい」

「……」

「……」

「なあ、お前幾つだっけ?」

「先月二十歳になった。急にどうした?」

「い、いや」

「不器用というか、子供というか」

「まあ、それは良いとして、その為にどうすれば良いのかは考えてるのか?」

「正直な事を言えば、全く分からない。だからこうして皆の意見を取り入れて」

「だってよ、ほら、何かアドバイスしろよ」

「何か一気にやりにくくなったな」

「ふざけんのは悪い気がするな」


「相手に惚れさせるって中々難しいんじゃない?」

「惚れさせるねえ。こいつなら小細工なんて必要ない気がするけど」

「そうだなぁ。強いて言えば、あ、なら古典的な方法はどうよ」

「古典的?」

「そう。不良に絡まれる彼女を助ける的な」

「あー、平安時代に流行ったなぁ」

「何、俺等が不良役で?」

「そうそう。んで、彼女が恐怖で震える所に颯爽と現れる文光」

「片手でばったばったと不良をなぎ倒す文光」

「片手でばったばったとなぎ倒される俺」

「最後は爆発を背景に見つめ合ってキスだ!」

「完璧だな」

「馬鹿げてるけど、無しではないんじゃない?」

「どうよ、文光?」


「無しだ」

「なんで?」

「即答かよ」

「怖がらせたくない」

「ホントお前は」

「こいつの相手マジ疲れる」

「悪い」

「いや、良いよ」

「まあでも、実際の話、劇的な状況ってのは、恋愛において有効なんじゃない?」

「そうか。憶えておく」

「しかし、お前のメモほんと綺麗だな。色分けとかしてやがる」




 文光は一週間前の相談を思い出していた。友人達にもらったアドバイスの中の不良に襲われて、という部分が頭の中で繰り返される。


 陽菜が近道だからという理由で入った暗い路地の中。ビルに挟まれた汚い路地の先に見るからにガラの悪そうな男が居た。片一方の壁に背中を預け、もう片方の壁に足を突っ張って、陽菜と文光の道を塞いでいる。


「はーい、ストップです、お二人さん。この道は通行料が必要なんでさっさと出してください」


 軽やかな口調で男はそう言った。にやにやとした笑みを浮かべながら、突っ張っていた足を下ろして、二人と正対する。


「まあ、普段は金なんすけど、今日はそっちの女の子でいいや。そっちのイケメン君はさっさと消えちゃって良いよ」


 にやにやと男は笑いながら、視線を陽菜へ、陽菜から文光へと移し、嘲笑った。


 文光がどうすべきか迷っていると、


「ここは公道のはずだけど?」


 陽菜が返した。余裕のある口調だった。男は「んー」と少し考えてから、またにやにやと笑って答えた。


「まあ、俺達の縄張りって事で一つ」


 笑う男を見て、陽菜も笑う。


「まあ、最初っから払う気なんてないけどさ」


 陽菜はそのまま何ら躊躇せずに男の横を通ろうとした。


「ちょっと待てって!」


 通り過ぎようとした陽菜の肩へ男が手を伸ばす。若干険しくなった口調と共に出された手が陽菜の肩に届く寸前に、


「なんすか?」


その手を無言で文光が掴んでいた。


「なんすかなんすか? やっちゃいますか? 別に良いっすけど、彼女さんマジ悲しみますよ?」


 男は腕を振るって、文光の手を引きはがすと、挑発的な調子で文光の顔を見上げた。その顔先に向けて文光が短く拒絶を吐き出す。


「とりあえず、お前に通行料を渡す必要は無い」

「いや、だからもうそんな問題じゃないんだって。今は俺とあの子の問題なんだよ。お前はお呼びじゃないの。おーけー?」


 文光はそこで数瞬、逡巡し、そうして言った。


「関係ある。あの人は」


 そこでまた言葉が止まる。再びの逡巡の後に、文光はきっぱりと言った。


「俺の妻だ」


 男は一瞬何が言われたのか分からなかった様で、黙って文光の顔をまじまじと見つめていた。そうして理解が及び始めるにつれて、段々その顔の笑みが強くなっていった。満面の笑みとなった男は、大口を開けた。


「ああ、そうなんすか。じゃあ、かわいそうですね。だって、奥さん、あの若さで後家さんでしょ?」


 男の手が打ち出された。文光の顔面目掛けて、固く握られた拳が迫る。しかし、その拳は文光の顔に届く前に、文光の掌によって阻まれた。


 陽菜が口笛を吹いた。その口笛が引き金となる。


 文光の感情がどんどんと高まっていく。まずは、目の前のものが愛する者に対して無礼な言動をした苛立ちが先に立った。だがそれによって握られた拳はすぐさま解かれる。何度となく聞かされた、人を傷つける為に武を使ってはならないという教えが、文光を縛っていた。だが、その呪縛は愛する者に良い所を見せるという名目によって簡単に取り払われた。それに加えて、一週間前に友人から聞いた恋愛の極意「不良から彼女を助ける」が思い出されて、文光の感情は完全に高揚した。


 暴力に対する躊躇が消えていた。


「いつまで人の手握ってんだよ、ホモ野郎!」


 文光に手を掴まれた男が、反対側の手を繰り出してきた。無造作に振るわれた拳。速さの無い突き。そののろのろとした拳を、文光もまた反対側の手で殴りつけた。拳が横に逸れる。男の口から呻きが漏れる。


 文光が手を離すと男は殴られた拳を抱えて腰を曲げた。丁度文光に向けて顔が付き出されていた。その顔を思いっきり張った。遠慮も容赦も無い張り手に、男の頭は揺さぶられ、ゆっくりとその体が傾いでいった。文光の膝に向けて。


 文光は足に力を込めて、その倒れてくる顔面に向けて膝を打ち上げようとして、びくりと体を震わせて動きを止めた。男はそのまま文光の太ももに頭をぶつけて崩れ落ちた。そんな事に構わずに文光は俯いて考える。


 今、自分が何をしようとしていたのか。もしもそれをしていたらどうなっていたのか。そもそも自分は何をしていたのか。もしかしたら殺していたかもしれない。もしかしたら殺されていたのかもしれない。そういった思考はやがてたった一つの地点へと降り立った。


 もしかしてさっきのやり取りで陽菜に嫌われたかもしれない。


 自分が殺されるよりも、誰かを殺すよりも、そちらの方が余程重要だった。


 文光は恐る恐る振り返って見ると、陽菜は目を細めて文光の事を見つめていた。表情からは文光の行為をどう受け取っているのか読み取れない。怒っている様にも、怖がっている様にも、喜んでいる様にも、悲しんでいる様にも見えない。陽菜はまるで観察する様にじっと、文光の事を見つめている。


 もしかしたら驚いて固まっているのかもしれない。恐ろしくて近寄れないでいるのかもしれない。もしかしたら嫌われてしまったのかもしれない。


 陽菜の表情が読み取れず、文光の不安がどんどんと膨れ上がっていき、限界を迎える寸前に、陽菜が笑った。


「なかなかやるな」


 思わぬ言葉に聞き返そうとしたが、その前に陽菜が路地の出口、明るい日の光を指差した。その笑顔に文光がどれほど救われたか分からない。


「こんな所に立ち止まってないで、早く行こうぜ」

「ああ」


 ぎこちない動きで陽菜の元へと近寄って、自分が近寄っても陽菜が嫌がらない様子を見てとって、文光は心の底から安堵する。


 ほっと息を吐いた文光へ向けて、陽菜が言った。


「とりあえず合格かな」

「何の事だ?」

「騎士の話」


 何を言っているのか分からない。それ以上聞いても陽菜は笑うばかりで応えようとしない。でもとにかく、合格ならそれで良い。少なくとも悪くはなっていないはずだ。嫌われていないのであればそれで。後は何でも良かった。

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