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一方、彼氏の方は

「坊ちゃま」


 ベンチに腰かけて人通りを眺めている文光の斜め前に、源次郎が立った。


「おう、爺」


 文光の眼がゆっくりと横に動き、源次郎へと定まる。源次郎は優しく微笑んでいた。


「首尾はどうですか?」

「さあな」


 本音だった。この半日、失敗しているのか、成功しているのか分からない。自分の事だけを挙げるならとても楽しい半日だった。だが陽菜がどう思っているのかとなると、それは分からない。自分だけがはしゃいで楽しんでいた気がしてならない。


 源次郎は文光が考えている危惧を敏感に察した。


「ご安心ください。きっと陽菜様も楽しんでいらっしゃいます」

「そうか」


 どちらにせよ、文光は出来る事をやるだけである。全力を尽くして駄目だったのなら、それはそこまでの縁だったという事だろう。一つ問題があるとすれば、文光はどうあろうと陽菜を諦めきれない可能性が非常に高いという、それだけだ。


 文光の眼がトイレの入り口へと向いた。雑踏に紛れて、女性が一人中に入って行く。黒い髪をした幽霊の様な女性だった。


「あれは、陽菜の親友の」


 月歩だ。一足先に入った陽菜に何か用でもあるのだろうか。

 訝しんでいると、源次郎がその視界を遮った。


「何を見ていらっしゃいます、坊ちゃま。女子トイレを眺めているなど」

「うん、今月歩さんが中に入って行ったから」


 源次郎は澄ました顔で誤魔化そうと嘘を吐く。


「月歩様? 一体何のことやら」

「名前を聞いてなかったのか? 今日ずっと爺と一緒に居ただろう」


 源次郎の顔が崩れた。驚きに目と口を開けて、定まらぬ視線がふわふわと辺りを泳ぎ、何度か口を開けたり閉めたりした後、ようやっと意識を取り戻した様で、視線が文光と合い、口を引き結んでから、一瞬ぶるりと顔を震わした。


「まさか気付いていらっしゃいましたか?」

「気付いていたとは?」

「ですから、今日月歩様と私が陽菜様と坊ちゃまの後を付けていた事をです」


 気付いていたも何も。


「一緒に居ただろう」


 源次郎ががっくりと肩を落とした。


「私はまだ探偵になれそうもありませんね」

「爺は探偵になりたいのか?」

「いえ、そういう訳では無くて」


 今日半日探偵気取りで尾行していましたとは恥ずかしくて言えず、黙ってしまった源次郎を見て文光は首を傾げた。

 しばらく落ち込んでいたが、源次郎は気を取り直して顔を上げた。


「まあ、それはそれとして、初のデートでここまで的確にエスコートできるとは、流石が坊ちゃまですな」


 ちなみに源次郎は皮肉でも何でもなく、本気で言っている。文光もまたそれを素直に受け取った。


「友人達と一緒に立てた計画がある」

「この後はどういったコースにしようと決めているのですか?」

「この後は遊園地に行く。絶叫系というのに乗れば良いらしい」

「ほう、絶叫系。それは良さそうですな」


 源次郎が見る限り、陽菜の性格からして絶叫マシンの類は好きそうに思えた。これからも安心して見れそうだと判断して源次郎は後ろに下がった。


「では、そろそろ陽菜様も出てきますでしょうし、私はこの辺で下がらせていただきます」

「ああ」

「それではご健勝をお祈りいたしております」


 源次郎は音も無くその場を離れて、人ごみの中に紛れて行った。代わりに人ごみの中から陽菜が現れた。


「おーっす。待たせたな」

「大丈夫だ」


 文光は立ち上がって、辺りを見回した。こちらを見る視線が幾つかある。半分は文光の友人だが、もう半分は分からない。


「あれはあたしの友達だよ」

「そうなのか」

「向こうに居るのは?」

「俺の友人だ」


 自分の事を沢山の人が見守っていてくれる。それを思うと気分が高揚する。何としても今日という日を成功させなければならない。文光は無表情で気合を入れて、一歩前に踏み出した。


 遡って一週間前、文光とその友人達はデートプランを考える事に精を出していた。既にお昼までの予定はたった。次はお昼を食べたらどうするか。長丁場の相談である。幾人かは飽きて去っていった。代わりに面白そうだと加わって来た者が幾人か。


「遊園地に行けば良いのか?」

「無難にな」

「無難だねぇ」

「だが、さっき遊園地は駄目だと」

「そりゃあ、並んでる時に会話が持たないからだ。その頃になったら流石に話せる様になってるだろ」

「うちも初デートディズニーランド行ったけど、最悪だったわ。待ち時間の間、相手が全く話さないから。そのまま並んでる阿呆おいて帰ったし」

「極端だがこういう事例もある。でだ、テーマパークのアトラクションは、どういう物があるか知ってるか?」

「何となくだが」


「一番は相手に合わせてなんだが」

「基本絶叫系じゃね?」

「定番はコーヒーカップとメリーゴーランドだろ」

「そういえば、変なゲーセンあったりするよね」

「ラストが観覧車なのは決定として」

「私的にお化け屋敷は好きでも無い奴と入るのきつい」

「つーか、行くとしたらリンドランドでしょ? 確かナイトパレードとか無かった?」

「ああ。今やってっかな?」

「まあ、大体そんな感じだな?」

「つまり、絶叫系に乗れば良い訳だな?」

「え? まあ、それでいいや。絶叫系ってどういうのか分かってるのか?」

「コーヒーカップだとかメリーゴーランドだとかだろ」

「あ、ああ、その通りだよ、その通り」


 文光の後ろに座っていた幾人かが笑い、前に座る幾人かが笑いをこらえているが、文光は真剣にメモを取っているのでその事に気が付かない。


「よし、これで」

「ああ、後、二人でテーマパーク行ったら、彼氏の方がまずマスコットの着ぐるみと一緒に写真に写るのが必須だから」

「そうなのか」

「にっこり笑ってピースね」

「分かった。しっかりとやっておこう」


 遂にこらえきれなくなった何人かが笑い始めた。

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