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呆れた?

「どっちにしてもあたしは月歩と王国を創るからなぁ。許嫁って邪魔なんだよなぁ」

「あのねぇ、陽菜。そんな事言ったらひかれちゃうよ」

「何? 王国創るの駄目? 月歩は心変わりしちゃった? あたしに飽きちゃった? 浮気しちゃう?」

「馬鹿。そりゃ、陽菜が王国を創りたいなら手伝うけど」

「手伝うんじゃなくて、お姫様になって」

「それでも良いけど、でもそれと許婚は別でしょ?」

「別?」

「そう。陽菜が結婚したって王国は作れるでしょ?」

「まあ、そうだけど。でも結婚する必要は特にないし」

「私は陽菜に許婚の人と結婚して欲しい」

「はぁ? 何で?」

「だって結婚て楽しいものなんでしょ? 良い事なんでしょ? 私は恋愛と縁遠いから良く分からないけど、そんな良い事なら陽菜に味わってもらいたい。私の所為で陽菜の楽しみを奪いたくはないの」

「うーん、お気持ちは嬉しいけど、気が進まないなぁ」

「無理にする必要は無いけど」

「まあ、向こう次第かな。気に入ったんなら結婚しても良いよ」

「そうそう」

「そんなに嬉しそうに言われても、こちらとしては寂しいなぁ」

「結婚したって、陽菜の一番は私でしょ?」

「まあね。月歩が結婚してもあたしは一番?」

「勿論」


   ○ ○ ○


 やっぱりあたしに恋愛は似合わないみたいだ。


 これから先を語ればきっと退かれるに違いない。良くて、変な奴だと思われる。少なくとも良い印象を与える訳が無い。


 王国を創る。子供の時の馬鹿げた約束。


 人に話したって笑われるだけで、思い望んでいるなんて知られたらおかしい奴だと思われる。恋愛の障害でしかない。けれど曲げる訳にはいかない。自分には恋愛よりも何よりも大事な事だから。決して偽る事も取り消す事もしてはいけない事だから。


「まあ、そういう事だから」


 とはいえ、これで切り上げられたら切り上げたいなという微かな望みでもって陽菜はそう言ってみた。


「どういう事だ」


 勿論それで見逃してくれるはずは無いだろう。これからずっと暮らしていく相手が、王国を創るなんて世迷言を言ったのだとしたら、陽菜なら止める。止めなくとも理由を聞く。それ位におかしな発言だ。


 さてどう説明したものか。少し考えてから、説明する事はそう難しい事では無いのだと気が付いた。結局子供の頃の幼い夢を未だに持っているだけで、そこに深淵な理由は存在していない。


「あたしの友達に月歩ってのが居る」

「もしかして待ち合わせの時に居た人か?」

「そうだ。あたしの一番の大事な親友」


 今向こうであんたん家の使用人と座っている。とは言わなかった。


「そいつと二人で決めたんだよ。将来王国を創ってみんな家来にして、それで二人で楽しく暮らすんだって」


 言葉にすると本当に短い説明だ。子供ながらに話し合った支配のプランだとかもあるけれど、それは説明する必要は無いだろう。他にも沢山の感情や思い出もあるが、それを他人に話すつもりは無い。今、王国に住んでいるのは陽菜と月歩だけ。王国の詳細は二人で共有していれば良い。異国の者に説明する事はほんの短な決意表明だけで十分だ。


 これを話すと、相手は大抵笑う。偶に詳細を聞いてくる者も居るが、結局は冗談話になる。気心が知れると、馬鹿にしてくる。詳細を聞いて更に馬鹿にしてくる者も居る。陽菜の家におもねる者はおべっかを使って褒めてくる。あまり親しくない者の中には乾いた笑いと無難な感想で逃げる者も居る。大方の反応は決まっている。けれど、王国の国境を越えてくる者は居ない。王国が閉鎖的すぎる事もあるけれど、やはり踏み入ってこようという人は、居ない。


 さてこいつは一体どんな反応を返してくるのかと、陽菜は文光を見守った。真面目そうだからある程度はのってくるかもしれない。子供っぽいから深く踏み込んで聞いてくるかもしれない。あるいは結婚の障害だと認識して否定してくるかもしれない。もしかしたら興味無く流そうとするかもしれない。

 さてどう来るだろうか。陽菜が注視する先で、文光は


「その月歩っていうのは」


と切り出してきた。肩透かしを食らって思考が空転し、ぼんやりとした陽菜へ、文光は少し考えあぐねてから更に続けた。


「昔からの友達なのか?」

「そうだけど」


 そうだけど、何が言いたい。結局先程の夢の話は流されたのか。文光が何を考えているのか、陽菜には良く分からない。


「昔、陽菜が家出をした事があっただろ?」


 何度となく家出まがいの事はしてきた。その中で文光が指しているのは恐らく、小学生の時に許婚が出来た事が嫌で家出した時の事だろう。だが、何故そんな話を突然?


「あったな。あんたには悪いけど許嫁が嫌でね」


 文光は眉根を寄せた。


「そういえば、丁度あれが終わった時に王国を創ろうって夢を考え始めたなぁ」


 家出をした先の農家で、そこの母親の助言を元に、陽菜と月歩の王国論は始まった。そういう意味では、目の前の許婚が居なければ、家出も無く助言も無く王国も無かっただろう。


 陽菜が文光を見ると、何故か文光は表情を緩ませていて、安堵している様に見えた。


「二人で創り始めたのか?」

「ん? まあ、二人でかな。あたしが無理矢理誘って、そっから二人で考えてきたけど……」

「そうか」


 文光の表情が無表情に戻る。何を考えているのだろう。


「月歩っていうのはあんたにとって大事な人なのか?」

「勿論。世界で一番大事」

「そうか」


 文光は大きく溜息を吐いた。呆れられたのだろうか。文光は何やら考え込んでいる。こんな奴と一緒に暮らせないと思われたのかもしれない。


「呆れた?」

「呆れた? 何にだ?」

「何にって……あたしの夢だとかに」

「いや、呆れる訳が無い。良い夢だと思う」


 おべっか、の様には聞こえない。


「そう? 良く馬鹿にされるけど」

「俺は人の夢を馬鹿に出来る位に大層な夢は持っていない。馬鹿にされるなら、俺の夢の方が余程」

「あんたの夢って?」

「さっき言っただろ? この年になって持ち続け居ている夢じゃないって分かってる」


 分かっていたんだ。と思うと同時に、さっきの文光の夢に対して抱いた考えを見透かされた気がして恥ずかしくなった。陽菜の夢だって大概なのに。悪い気がした。


「お互い変な夢を持つ者同士な訳だ」

「そうかもな」


 陽菜はふと思いついた。というより、唐突に、改めて、意識した。文光も家に言われて仕方が無くこの場にやって来たのではないだろうかと。本当は結婚したくないのかもしれない。あるいはあまりにも小さい頃から許婚を強要され過ぎてもう諦めてしまっているのかもしれない。


 そう考えれば、先程の文光の夢も理解しやすい。あんな恥ずかしい事を真面目に言ったと考えるよりは、投げやりに言ったか、正常な判断が出来なくなったか、あるいは只の冗談だったと考えた方が余程。


 考えてみればお互いに存在は知っていたものの会うのも見るのも今日が初めてなのだ。それなのに将来に亘ってまで二人で一緒に居続けたいという程の感情を持っているのは変な話だ。


 しかしそれをはっきりと聞くのも気が引ける。まず何と聞けば良いのか分からない。だから陽菜としてはあまり好きではないけれど、少しだけ迂遠な言葉を使った。


「しかしあんたも大変だね。こんな変な女を許婚になんてされて」


 否定してくれると良いなという期待と肯定されたらどうしようという不安と何でもいいやという投げ遣りな気持ちがそれぞれ均等に頭に浮かんだ。

 文光が目を見開いた。今まで見た中で一番の感情の変化だった。


「そんな事無い!」


 強い否定だった。声は大きくないが、力強い。文光には珍しくとても感情が籠っている。さっきの発言からどうにか許婚の是非に就いての話に持って行こうと考えていた陽菜の思考が止まった。何て返していいのか分からなくなって、口から出る言葉は曖昧になった。


「ああ、まあ、そんなに否定してくれると嬉しいけど。でも、あれじゃん? 許婚っていうのは抵抗なかった? 家に勝手に決められてさ」

「さっきも言ったけど、俺の夢は」

「それは聞いたけど、でも会うのは今日が初めてだろ? 会う前からずっとその夢を持ってたの? 私の存在を認識する前からずっと私と一緒になりたいと思ってた訳? ならその夢はあたしと結婚したかったって訳じゃない。家の言いなりになりたかっただけだ」


 文光は目を閉じて、少しだけ上を向いた。昔を思い出している様だった。やがて顔を下ろして陽菜へ向くと、文光は微かに頷いた。


「確かに陽菜を見る前は少し反発していた」

「やっぱり。そうだろ」

「でも、陽菜を見て、さっきの夢を持った。この夢を持ち続けてどんどんと膨らんで今では俺の芯になった、だからこの機会に感謝している」

「おま、えは……」


 良くもまあそう易々と恥ずかしい事が言えるもんだ、という言葉を繋ぐ事は出来なかった。いつの間にか乾いた喉がそれ以上言葉を出す事を拒んでいた。顔が赤くなっているなと陽菜は考えた。自分のキャラに合わないなと考えて、やっぱり自分に恋愛は似合わないと考えて、とにかく文光の言葉に就いて考える事を放棄していた。


 気まずい沈黙が下りた。陽菜は言葉を発する事が出来ず、文光は黙して語らない。辺りの喧騒が背景音として聞こえてくるだけのとても静かな時間が流れた。やがて、顔の赤らみが薄れ始めた陽菜は、無理矢理目の前の紙コップを持ってストローを加えて、思いっきり飲み干すと、乱暴に椅子を蹴って立ち上がった。


「それじゃあ、行くか!」


 つられる様にして文光も立ち上がった。


「ああ」


 それだけ言って陽菜の横に付いた。それでもまだ二人とも喋れない。二人は無言でゴミを捨てトレイを置いて、店の外へ出た。店を出る瞬間、遂に無言に耐え切れなくなった陽菜が言った。


「とりあえず、もう少し羞恥心を持て」


 陽菜の言葉に文光は、


「人並みには持っている」


と赤みの取れた無表情で答えた。

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