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子供は何人欲しい?

「源次郎さん、もう済んだ事ですし、落ち着きましょう」

「しかしですな、今の若者に常識とは何たるかを教えるのも大人の役目」

「もういなくなっちゃいましたし」

「顔は憶えましたので、追えます」

「ほら、陽菜と文光さんが何やら話を始めましたよ」

「え? おお、坊ちゃま。頑張って下され」


   ○ ○ ○


「一時はどうなるかと思ったけど」

「何ともなかったね。むしろ良い雰囲気?」

「修羅場になりそうだったけど」

「あっさりと退いたね、あの子」

「俺の女はこいつだぜ、ベイビーとか言ったんかな?」

「あはは、流石にそんな事は言わないでしょ」

「そうそう、あの許婚君はそんな雰囲気じゃないよ」


「いやー、意外とああいうのは言うかもよー?」

「そうそう、そういうギャップが……ってお前等何しに来たの?」

「様子見っす」

「恋のキューピット」「的な?」

「まあ、良いけどさ。人数増えたらばれんだろ」

「すぐ帰っから。あそこに居るのがお二人ね。おー、相手むちゃくちゃカッコ良いじゃん」

「そうだよー。さっきまで映画見てて」

「今は良い雰囲気だよー」

「そういうこった。お?」


   ○ ○ ○


「隊長! ちょっと近付いてみます」

「気付かれるぞ」

「一人なら大丈夫です、サー」

「別に良いだろ。遠くから眺めてようぜ」

「ですが、ちゃんと会話の内容も聞いておいた方が良いかと思います、サー」

「お前、自分が聞きたいだけだろ」

「こんな面白そうなの見逃せないよ。じゃあ、行ってきます、隊長!」


「おー、おー。本当に行っちゃったよ」

「どうする気かね?」

「よう、どんな感じ?」

「おー、どうした?」

「いや、気になったから来てみた」

「今、あそこで飯食ってる。スギが会話聞きに言ってる」

「ふーん、何か良い雰囲気じゃね? てか、相手の女の子好み」

「何か、スギ、こっちに手振ってるぞ。大丈夫か」

「お、聞き耳立てはじめた」

「ばれないか、あれ」

「メモとか取ってるよ。あれ、絶対探偵気取りだよ」

「何か、スギ、あちゃーって感じのポーズとってない?」


   ○ ○ ○


「美味い」


 仏頂面で文光が言った。多分、頭に「陽菜から貰ったこの食べ物は」と付くんだろうなと陽菜は思った。世辞でも冗談でも無い事は既に分かっている。仏頂面だがそれはただ感情が表に出辛いだけだ。それも普段から能面少女の月歩と接している陽菜から見れば、分かり易い方だ。だからこそ相手の気持ちが汲み取れて恥ずかしい。


「そりゃ何より。あんたそういうの食べた事あるの?」

「ある」

「へぇ。まあ、当然ちゃ当然か」

「だが、こんなに美味しいのは初めてだ」


 世辞でも冗談でも無い。無いのは分かる。それは分かるのだが、


「口が上手いな」


陽菜はそう言いたくなった。すると文光が真顔で聞き返してきた。


「どういう事だ?」

「いや、何でもない」


 悪い奴ではないが、調子が狂う。恥ずかしい。油断すると羞恥に似た感情に押しつぶされそうになる。あるいはそれが特別な相手という事なのかもしれない。少なくとも今までこんな感情を抱いた相手は居なかった。これが、恋? とは思えないんだけどなぁ、等と考えていると、ストローから口を話した文光が、相変わらず真面目な顔で切り出した。


「それで、さっきの映画だが」


 ごんと固い音が何処かから聞こえた。誰かが何かを落としたのか。あるいはそれは陽菜の心の中から聞こえた音だったのかもしれない。それを確認する余裕は奪われていた。おいおい、それを蒸し返すのかと唖然とする陽菜に構わず、文光は続ける。


「どう思う?」


 どう思うったって。陽菜は文光の心中が読み切れずに当惑した。何が言いたい。何を求めている。全く分からない。さっきお互いでつまらなかったと確認し合ったばかりなのに。文光の背後の席に坐った男が頭に手を当てて呻く様に上を見上げていた。何処の誰かは知らないが、まさしく陽菜の心境を端的に表していた。


「つまらなかった」

「そうだな」


 それ以外に言いようがない。話を広げようにも全て悪態になる。文光がそういった会話を望んでいないだろう事は何となく予想が付いた。


「あんたはどう思うんだよ」

「俺は……」


 何を言うのだろう。映画に造詣でもあるのだろうか。まさか独りよがりな衒学をぶち上げないと良いんだけど。ただでさえつまらない映画の話にいきなり専門用語を連発されたらひく以外の選択肢は無い。

 陽菜が僅かに身を強張らせて次の言葉を待っていると、文光のしばしの逡巡の後にそれは飛び出してきた。


「つまらなかった」

「何だそりゃ」


 口ではそう言いながらも、陽菜は内心安堵していた。少なくともそこまで感性が離れている訳ではなさそうだ。これから一緒にやっていくのに、それでは困る。


「あの映画を語るのは無理があるだろ。つまらんの一言だよ」

「そうだな」

「それともあたしに映画評論でも期待してた? 無理だよそんなの」

「いや、映画を見たんだから映画の話をしようと」


 それはあの映画でなかったら正しかったかもしれない。だが、今は場違いだ。


「あの映画を見た後に、良くそんな気になれるな」

「すまない」

「良いよ。それより、そうだなぁ、折角だから将来の話でもするか? 子供は何人欲しい?」


 気分転換の冗談だったが、案の定文光は真剣に悩み始めた。陽菜が真面目なこったと少し呆れながら眺めていると、しばらく悩んだ文光は眉根を寄せて申し訳なさそうに言った。


「まだ考えていない」

「そりゃそうだ。そこまで考えられてても困る」

「だが、将来の事で一つだけ考えている事がある」

「何?」


 何か嫌な予感がするなぁという陽菜の思いはそれなりに的中した。


「陽菜とずっと一緒に居る事だ」


 ぶっと陽菜の口から口に含んでいた液体が噴霧されて、文光へとかかった。


「あ、悪い」


 そう言って、陽菜が噴霧された液体を拭こうと立ち上がった時、文光の背後で大きな音がした。見ると、先程呻いていた男が椅子から転げ落ちていた。半ば放心した表情で、口を引きつらせている。しかし文光はそんな背後などお構いなしに、陽菜の事を見つめ続けていた。


「大丈夫だ」


 文光が素早く自分の体を拭き始め、そのまま一緒に二人で机を拭いた。拭きながら陽菜は思った。こいつは小学生か? 純真、なのだろうか? 良く分からないが、余りにも幼すぎる。まるで精神の成長を止めたまま体だけ成長したみたいだ。っていうか、恥ずかしい。とにかく、ひたすら、恥ずかしい。別に自分が何かをした訳じゃないのに、今すぐこの店から飛び出して布団に潜り込みたい気分だった。


   ○ ○ ○


「おい。なんか源爺さん、うなだれて机に頭ぶつけてるぞ」

「大丈夫か」

「うわ、スギが椅子から転げ落ちたぞ」

「向こうで何が起っちゃってんの?」


   ○ ○ ○


「何の話してんのかねぇ」

「映画見てたんでしょ? なら映画の話じゃない?」

「いやあ、それはねえよ。十五の掟だよ?」

「本当に? あれ見たの?」

「馬鹿じゃないの?」

「まあとにかく、映画の話は無いだろうなぁ」

「許婚なんだし、家の事とか話してるんじゃない?」

「二人とも良い家柄だもんね。一族の将来に就いて話してるかも」

「そんな話、デートでするか?」

「どうだろうね。あたし達には想像もつかない世界な訳だし、ありえない事はないんじゃない?」

「あの企業を買収しようとか話してるかもね」

「ひくわ。てか、陽菜がそんな話するとは思えないけど」

「んー、でも相手の男の方は固そうじゃん? 結構一方的にそういう事話してるかもよ」

「そうかねぇ」


「もっと身近な事かもよ。将来子供何人作ろう」

「野球チームが作れるくらいさ。みたいな?」

「それこそ、陽菜が話すとは思えないけどなぁ」

「あ」

「げ」

「何か飲み物吹きかけてるぞ」

「何やってんだ陽菜の奴」

「お金持ちの仕来りだったりして」

「結婚了承の合図だったりして」

「いやあ、そんな良い方向には思えないけど」


   ○ ○ ○


「さっきの映画の話だがどう思う?」


「ぼ、坊ちゃま。痛っ」

「ちょっと源次郎さん、また机に頭ぶつけて。さっきからショックの受け方が大げさすぎます。気付かれてしまいますよ」

「そ、そうでしたな。すみません、月歩お嬢様」

「いえ」

「しかし、あの映画の話をするとは。幾らなんでも、坊ちゃま……」

「大丈夫です」

「そうでしょうか? 陽菜様に変な印象を持たれてしまったかも」

「そこまで陽菜は気にしません。沈黙よりは余程マシです」

「そ、そうですか。頑張って下され、坊ちゃま。まだチャンスはありますぞ」

「あ、やっぱり陽菜が話題を転換しましたね。これで乗ってくれれば」

「坊ちゃま、正念場です」


「陽菜とずっと一緒に居る事だ」


「うわ……あの台詞は正直」

「坊ちゃま」

「文光さんのあの答えは、幾らなんでも」

「何と真っ直ぐな心根。感服いたしました」

「え?」

「ストレートな物言いに陽菜様も心を溶かして下さりそうですね」

「いえ……」

「ふむ、しかし一時はどうなる事かと思いましたが」

「まだ……」

「何とか収まる所に収まりましたな」

「……どうでしょう」


   ○ ○ ○


 陽菜はハンカチをはたはたと振って赤く火照った顔を冷ましていた。文光は陽菜が噴き出した飲み物を拭くのに使った紙ナプキンを一所に纏め終えると、陽菜を見据えて言った。


「陽菜は将来の事をどう考えている?」


 今まで以上に真剣な口調であった。


 陽菜は逡巡した。陽菜が描く将来は決まっている。だが、それは恐らく文光の描く将来像とはかけ離れたものだ。それを言ってしまって良いものか。隠す様な事ではない。何等憚られる様な未来ではないはずだ。


 ただ文光に悪い気がしていた。文光は馬鹿げた程純粋に結婚の事を考えている。それは共感は出来ないけれども、率先して壊したいものではない。同じ気持ちを持つ気は無いけれど、好ましい性質のものなのだろうと思う。


 少なくとも陽菜は、文光の言動に呆れてはいるものの、嫌いにはなれていない。むしろ世話を焼かなくてはとすら思っていた。だが、陽菜の将来と文光の将来は恐らく相容れない。ならばそれは、文光の将来を崩す事になる。それが心苦しかった。


 だが黙っているのもまた違う。むしろ更に嫌な事になる。そう考えて、陽菜は言った。


「あたしは将来王国を創る」


 文光の眉が少しだけ上がった。理解が出来ていない様だった。陽菜は困惑する文光を見ながら、何処かで見ているであろう月歩を思って、覚悟を決めた。

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