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どんな映画を見るんだろう

「映画って何見るんだ? あたしは普段あんま映画とか見ないから、今何やってるかとかも知らないんだけど」

「色々やってるけど、陽菜はどんなのが良い訳よ?」

「どんなのって言われても分かんないんだって」

「デートでしょ? ならとりあえず話題が探し易そうなのが良いよね」

「後は暗くなり過ぎないの」

「まあ、向こうが決めるだろうから、勝手に付いていけば?」

「興味の無い映画で話合わせるとか面倒なんだけどなぁ」

「陽菜ってアクションと中世ファンタジーか好きだったよね。昔良く見てたでしょ?」

「まあ、見てたけど、やってんの? てか、デートで戦い物って大丈夫なん?」

「別に悪くは無いと思うけど。そういや、一個ハリウッドアクションの話題作があったな。向こうも男だし、そういうの見に行く事になるんじゃないの? もしくはデートに合わせて恋愛、ホラー辺りかな。何かやってたっけ?」

「えーっとね、ちょっと待ってね」

「あ、あるね。色々やってるよ。評判はねぇ」

「うん、ほとんど評価良いよ」

「これなら安心だね」


「陽菜、ホラーは大丈夫?」

「何、怖がりなん? 意外」

「ううん、陽菜、怖がらないどころか、空気読まずにホラーに突っ込み入れちゃうタイプだから。大丈夫かなって」

「あのな、月歩、あたしだってそれ位の分別はあるぞ」

「それなら良いけど」

「どの映画になっても行く事になったらとりあえず安心して良いと思うよ。みんな評価良いから。ね」

「うん、十五の掟だけ物凄く低評価で笑うけど」

「それ見に行く事になったらどうすりゃ良いんだよ」

「大丈夫だって。これだけ酷評されてるんだから」

「向こうだって選ばないよ」



   ○ ○ ○


「陽菜さんは何か見たい映画はありますか?」

「何か堅苦しいな。陽菜で良いよ。口調も普段通りで良い。どうせあたし達は結婚するんだろ。もう夫婦みたいなもんだ」


 陽菜が文光を見ると、文光はふいと目を逸らした。あまり好かれてないのか、あるいは家庭でも敬語で話さなきゃ気が済まないタイプかと陽菜が思っていると、文光は言った。


「そうだな」


 低く良く通る声で短い言葉が聞こえた。目を合わせてきた文光の顔を見て、陽菜はやっぱり鷹みたいな顔だなと思った。少し鋭すぎるきらいはあるが、とりあえず顔は及第点だ。


「これからよろしく頼む……陽菜」


 まだ堅っ苦しいなぁと思ったが、陽菜は笑って答えた。


「よろしく、文光」


 文光は微かに笑った。邪気の無い笑顔だ。どうやら悪い奴でもなさそうだ。


「で、どんな映画が良いかだっけ?」

「ああ。何か見たいのがあるなら」

「あたしは特に無い。誘ってくれたんだから何か見たいのか、見せたいのがあったんだろ。それで良いよ」

「そうか分かった」


 いつの間にかデパートの前に来ていた。文光がドアを押し開け、陽菜を促す。隣に自動ドアがあるのになと、文光が何を考えているのか分からなかったが、素直に従っておいた。デパートの中に入ると、微かに冷房が効いていて、ひんやりと心地が良い。


 その少し後方で源次郎がこっそりと呟いた。


「おお、坊ちゃま。あんなに嬉しそうに話し合って」

「え? そんなに嬉しそうですか?」

「はい! それはもう。きっと余程楽しいのでしょうなぁ。しっかりと陽菜様とも打ち解けた様で」


 源次郎は咽び泣きそうな勢いだ。月歩の目ではどう見ても、文光は無表情で退屈そうにしか見えなかった。全く表情が読めない。全く表情に変化を出さない月歩は自分の事を棚に上げてそう思った。


 源次郎と月歩の二人が陽菜と文光に鉢合わせない様に階段を上っている時、陽菜と文光は映画館のカウンターへとやって来ていた。上には沢山の映画の予告が表示されている。画面の一つで爆発が起こる。他の画面では女性が悲鳴を上げている。子犬が少年へと駆け寄っている。男女がキスをしている。


 煌めく様にちらりちらりと画面は移り変わる。それを眺める陽菜はどれも面白そうだと感じた。さて一体何を見るのだろうか。始めの内は気乗りしなかったが、今は早く映画を見たいとさえ思っていた。


 カウンターの上方には映画が空席かどうかの情報が載っていた。平日の昼間なので全て満席という訳ではない。だが幾つか満席の表示が灯っている。さて、文光の選ぶ映画が満席になっていないと良いけど。


 隣に立つ文光を見上げると、文光は空席かどうかを確認しているらしく、上を向いた後に小さく頷いた。どうやら目当ての映画は空いていた様だ。


 さて何を見るんだろうと陽菜は心持ちわくわくしながら店員に対する文光の声を聴いていた。チケットを取れるか聞いている。本当に低く良く通る声だった。歌でも歌ってくれたら様になりそうだ。もしも、まあ、一緒に居ても良いと思える奴だったら、カラオケにでも連れて行って歌わせよう。想像するとまた少し楽しみになった。


「じゃあ、十五の掟を二人分、よろしくお願いします」


 一気に現実に引き戻された。

 十五の掟? 確か物凄く酷評されていたんじゃなかったっけ? あたしの勘違い? それとも聞き間違い?

 嫌な予感がして立ち止まっていた陽菜を、劇場へ向かおうとしていた文光が振り返って呼んだ。


「行こう、陽菜」


 自信のある顔だった。

 実は面白い映画なのか?

 ここは文光を信じようと決意して陽菜は文光を追った。



「ああ!」

「どうしました、月歩お嬢様」

「あの映画は最悪と名高い十五の掟」

「何ですか、それは?」

「今、陽菜達が見ようとしている映画です。あまりの詰まらなさに見れば必ず気まずくなるという」

「何と」

「でも、もう行っちゃいましたね」

「仕方がありません。私達も二人の行った劇場に急ぎましょう」


 劇場の中にはほとんど人が入っていなかった。ポップコーンとジュースを持った源次郎と月歩は隅の席に坐って陽菜と文光の様子を窺った。隅の席を選んだ良かった。これだけがらがらだと下手をすれば見つかってしまう。源次郎は隅の席でも不安な様で、やや顔を隠す様に前かがみになりながら二人の様子を窺っている。


「大丈夫かな」

「信じるしかありません。文光様の運を」

「文光さんの運は良いんですか?」

「あまり。あ、いえ、そこそこです」


 月歩と源次郎、それから陽菜の三人が不安な気持ちで上映を待っていると、劇場の照明が落ちて暗くなった。



 世の中には面白い話とつまらない話がある。それ自体は問題無い。ところが商業に乗せると別である。つまらない話は悪い話になる。悪い話にも二つある。観客の事を考えた物か考えてない物か。観客の事を考えて作られたのならまだ良い。その話は失敗だったかもしれないが次で面白くなる可能性がある。次のチャンスがあればだが。考えていない物はかなり悪い話でどうしようもない。作る方も見るほうも不幸だ。更に何故周りが自分の話を理解しないのかと憤る者も居る。そうしたら商いとして話を作る者としては最悪である。恐らく一生面白い話は作れない。


 陽菜の見た所、十五の掟という映画は少なくともかなり悪い話だった。もしかしたら最悪かもしれない。まずジャンルとしてはごった煮だ。一つ二つでは無く、沢山の物語を寄せ集めている。寄せ集めて凝縮して溶かして煮込んで、それでお終い。味付けは特に無い。


 それが上手く纏まっていれば良いが残念ながら二時間では纏めきれなかった様だ。なので物語の筋が良く分からない。何かありそうだが、それを掴もうとする前に、次の場面に行ってしまう。更に合間合間に哲学的だ何て口が裂けても言えない様な、支離滅裂な問答が挟まれる。


 物語の大筋として恐らく十五角関係に悩む中年達の群像劇らしいのだが、予告では爽やかな青春ものって出ていたはずだ。詐欺じゃないか?


 キャラクターも酷い。まるでロボットの様に無機質な会話が繰り返される。あまり有名な俳優は出ていないが、一人陽菜も知っている俳優が居た。そこそこ演技の上手い俳優だったはずだが、その俳優もロボットの様に無機質に喋る。つまり、監督が意図的にそう指示している訳だ。ロボットの様な演技の理由は最後まで見ても分からなかった。


 音楽は単音が延々と流れる。映像も今時携帯で撮ってもここまで酷くならないだろうという位、酷い画質だ。カメラワークも技巧的な事は分からないが、とにかく場面を分かりづらく撮ろうと努力している様だ。


 極めつけに映画の最後に監督のこの映画に対する思いと作った意図を語るインタビューが入れられていた。人を眩惑する様な不思議な話を撮りたかったと陶酔気味に語っている。ゴミを見せられて不思議も何も無い。眩惑なんてする訳が無い。精々腐った臭いに気持ちが悪くなるだけだ。


 良かった所を無理矢理挙げるなら色と音が付いていた事位。総天然色のトーキー映画。百年前なら評価されていたかもしれない。詰まる所、現代ではお呼びでない。それすらも白黒映画や無声映画が好きな人にならプラスにならないし、悪くてマイナスだ。



 とりあえず、映画を観終わった陽菜の感想は、何してるんだろうという虚無だった。映画を見ている間に罵詈雑言は尽きていた。もう何でも良くなっていた。今なら世界中の全ての物語を面白くみられそうだ。この十五の掟以外は。こんな映画を見ようとしたこいつは何を考えているんだと、隣を見てみると、丁度文光が無表情でこちらを見ていた。目が合う。心なしか文光の顔色が青い気がしないでもない。


「面白かった?」

「いや。そっちは?」

「全く」

「だろうな」

「一応、あんたが見たいって言ったんだけど」

「悪い。まさかこんなだったとは」

「とりあえず、出るか」

「本当にすまない」

「良いよ。とりあえず何処かで飯を食おう。疲れたから」

「悪い」


   ○ ○ ○


「映画を見た後は昼飯だ」

「何処に行けば良い?」

「そうだなぁ、ラーメン屋とかが鉄板だな」

「後は焼肉とか。とにかくニンニクきつい系」

「馬鹿だなぁ、分かってないよ。女の子はロマンスに憧れるんだよ。超高層ビルの最上階のレストランの一番見晴らしの良い席に決まってる。予算三十万位で」

「とりあえず酒だよ酒。下町の居酒屋が一番。真昼間から酒臭い親父達と一緒に呑むんだ」


   ○ ○ ○


「お昼とか何処で食べるんだろうね?」

「きっとお金持ちだから凄い高いお店じゃない?」

「あたしはあんまそういう所行きたくないんだけどなぁ」

「は! さすが陽菜さんはお金持ちだけあって高い店は行き飽きてしまった様で」

「そんなんじゃないけど、肩凝るだろ。もっと楽な所で良いよ」

「それで高架下の立ち飲み屋とか連れて行かれたらどうすんだ?」

「あたしは別にそれでも良いよ」

「食いたい物とかないんかい」

「何でも良いって。知らない人と昼食食べたら気疲れするから何処で食べても一緒だよ」


   ○ ○ ○


「飲み屋はおもしれえな」

「きっとその許嫁も気に入るって」

「そうか。なら探しておこう」

「いや! お前等分かってない。全く分かってない。女の子は好みにうるさいんだから、初のデートだったら、とりあえず女の子に聞くんだよ。僕、お店分からないんです。そっちで勝手に決めて下さいって」

「良いなそれ。出来るだけ弱々しく母性本能をくすぐる感じでさ」

「ですぅって語尾を伸ばす事も忘れるなよ」


 いつの間に沢山の人が文光の相談に乗ってくれていた。文光は感謝しつつ、はしゃぐ友人達のアドバイスをメモに書き取っていった。


「分かった。やってみる」


 文光の目は既に来週の許婚との初デートに向けられていて、友人達の邪気のある笑顔は映っていなかった。

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