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エピトーク

「おじゃましまーす」

 陽菜が元気よく扉を開けた。部屋の中に入った陽菜の後ろから文光の声が聞こえた。

「陽菜、そこは俺の部屋で客室じゃない」

「分かってるって。でも折角恋人の家に来たんだから恋人の部屋に泊まりたいだろ」

 固まって動けなくなった文光を無視して陽菜は勝手に上がり込み、部屋を人眺めしてへえと言った。

「意外だなぁ。もっと質素な部屋かと思ってたけど」

 陽菜が雑然と物の置かれた部屋をじろじろと眺めていると、文光がようやく入って来た。

「他人から貰った物が溢れてきている」

「どっかに仕舞っとけよ」

「そうはいかない。使わなくちゃ悪い」

「まあ、良いけどさ」

 物が敷き詰められているラックの上に、陽菜が遊園地で取った人形を置いた。陽菜が何も言わないので文光にはその行為の意味が分からない。分からないなりにそのままにしておいた方が良いだろうと思った。

「何か食べるか?」

「んー、さっき食べて来たから軽く」

「分かった。ちょっと作って来る」

「ちょっと待て」

 部屋から出ようとしていた文光が足を止めて振り返った。

「どうした、陽菜」

「作って来るの?」

「ああ。どうした?」

「じゃあ、あたしも行く。折角だし、あたしも作るぞ」

「陽菜が?」

「文句あんのか?」

「全く。無い。文句なんて」

 しどろもどろになりながら文光は扉を開いて陽菜を促した。文光の後ろを陽菜が歩く。陽菜が鼻歌を歌いながら付いてくる。文光は自分の幸せを噛みしめつつ厨房へと向かった。

 厨房ではコック達が後片付けをしていた。

「どーもー、文光の妻になりました陽菜と申します!」

 陽菜の言葉でコック達が一斉に振り向いた。コック達は大仰な仕種で陽菜にまみえた事を喜びつつ、どんな用かと尋ねてきた。文光は今日十何度目かの硬直に遭っていた。

「とりあえずクッキーを作りに来たんだけど」

「クッキー? それでしたら私共が」

「なんか文光が作りたいって言うから」

「文光様が? あー、成程。畏まりました」

 コックは文光がここ数日クッキーの作り方を勉強していた事を思い出した。料理が出来ない訳でもあるまいに、必死で練習をしているので何事かと思ったがそれはこの時の為だったのか。微笑ましい気持ちになって、コックは材料を用意した。

 その間、陽菜は厨房の中を興味深げに調べ始めた。

「これは何に使うんだ?」

「それは均等に切り分ける機械ですね。どんな形でも何等分にでも出来ます」

「へー、でも機能の割に大きくない?」

 陽菜がこんこんと自分と同じ位の機材をノックする。

「他にも色々と拡張機能を付けてますので。どちらにせよ、よっぽど重要な時にしか使わないんですよ。使用する機会はほとんど無いです」

「うーん、他にも良く分からない機械が一杯あるなぁ」

「陽菜様の御屋敷にもこれぐらい」

「あたしの家なんて無いし、実家の厨房ももっと簡素だよ」

「陽菜、準備が出来た」

 足音を響かせて、文光が背後に立った。

「おお、分かった。しかし」

「どうした?」

「あんたん家の嫁に来るとなると、料理一つとっても難しいらしい。分からん機材が一杯だ」

 幼い頃から様々な機械が置かれた厨房に慣れ親しんだ文光にはその言葉に実感が持てない。

「そうか?」

「そう。嫁ぐってのは見知らぬ世界に慣れていく事だってのは分かってたけど。難しそうだな」

「そんな事は、無い……だろ。陽菜だったらすぐに慣れる」

「だと良いけどねぇ」

 陽菜はこんこんと使い方の分からない機械を叩いてから振り返った。

「で、あんたが持っているそれは何?」

「何、とは?」

「料理人が被る帽子みたいだけど」

「そうだが。どうかしたか?」

「もしかして被るの?」

「陽菜の分もある」

 文光が帽子を差し出した。陽菜は受け取り、被ろうかどうか迷っていると、文光が何の躊躇も無く被ってみせた。陽菜は更に迷ったが結局被った。

「お前、形から入るタイプか」

「そうか?」

「ああ、思い返してみれば、確かにそんな感じがする」

 二人はコックの帽子を被って並び、一緒にクッキーを作り始めた。それをコック達が微笑ましそうに眺めていた。


 クッキーを盛った盆を手に文光と陽菜は部屋に戻った。

 ベッドの上に腰を下ろした陽菜は傍に段ボールがあるのが気になった。開けてみると、中には花火の火薬が詰まっていた。

「おい、文光。こんな所に火薬なんて置いておいて危ないぞ」

「ああ、すまない。花火を作るのに使ったんだ」

「お前が作ったの? あれ」

「ああ」

 文光が慌てて火薬の入った段ボールを持って部屋の外へ出て行った。

 良く見れば部屋には今日のデートの準備と思しき品々がそこかしこに散らばっていた。今では珍しいカセットテープの入った箱があった。検めてみると、それは今日聞かせてくれた演奏の練習だった。バイオリンだけでなく、ギターやピアノ、フルートに琴、様々な楽器の音色が収められている。

 メモがある。一日の行動予定がびっしりと書かれたメモだった。大きくバツ印が付けられていて、良く読めばそれは今日のデートコースとはまるで違っていた。

 こんなに色々考えてくれたのか。何となく申し訳ない気がした。

 部屋の散らばり具合は苦労の後だ。どれだけ懸命に今日という日を作ってくれたのか。

 陽菜はふっと息を吐いて、しゃがみこんだ。沢山の頑張りが散らばっている。その中に少女漫画もあった。ぱらぱらとめくっていくと所々に赤い丸が付いている。別の漫画には付箋が挟まっている。

 この漫画達を見ながらあれこれと計画を立てている文光を思うとおかしかった。

 あいつも闇雲に今日の計画を立てた訳じゃなかったんだな。てっきり何もかも自分で一から考えたのだと思っていた。そうではなかったと知って──少し残念な気がした。出来れば全部自分で考えた物を披露してもらいたかった。

 更に一枚の紙切れを見つけた。またメモの様だ。友人からのアドバイスと書かれていた。

 アドバイス? これを参考にしたのか?

 読んでみると、そこには友人からの助言が書かれていた。ふざけた調子のアドバイスが書き連ねてある。今日のデートの計画は全てそこからの流用だった。

 何これ。

 そこに文光が戻って来た。

「陽菜、何してるんだ?」

 困惑する文光に陽菜は紙切れをひらひらと振る。

「文光、これ」

 文光が一足飛びに近付いて、メモを引っ手繰った。

「友達からのアドバイス?」

「ああ」

「随分、色々と助言を貰ったんだな」

「ああ、感謝している」

「今日のデートにあんたのオリジナルが全く無い位」

「それは」

「別に良いんだけどさ。全部他人任せなんて、あんた、あたしとデートしたくなかったの?」

「そんな事は無い。色々と自分で考えてみたんだが、どうにも上手くいかなかったから」

 陽菜は先程見たデートの計画を思い出した。確かにお世辞にも良い出来だったとは言えない。

 文光はうなだれたまま呟く。

「俺は陽菜に楽しんでもらいたくて……信じてはくれないかもしれないが」

「信じるよ?」

「本当か?」

 驚いた様子で文光が顔を上げた。

「あんたが頑張ったのは認めるさ。でもな、あたしがくや……いや、とにかくあたしはあんたを見たいんだよ。他人の考えが見たい訳じゃない」

 陽菜の言葉が文光に喜びと寂しさと自己嫌悪を呼び起こした。文光は何も言えずにじっと陽菜を見つめ、陽菜が何処か寂しげな表情から唐突に嬉しそうに笑う様を見続けた。

「つーわけでさ、今からあんたがやりたい事をしよう」

「俺がやりたい事?」

「そ、彼女がお泊りに来てるんだ。こうしたいとかああしたいとかあるんだろ?」

 陽菜が艶っぽく笑い、

「どんな事にも従いましょう」

芝居がかった様子で一礼した。

 文光は考えるまでもないと、頷いた。

「分かった」

「うし。さ、何でも言ってみ?」

「何かしたい事はあるか?」

 陽菜が危うく倒れそうになったが何とか踏みとどまり、文光を睨みつけた。

「だーかーらー、あたしがどうじゃなくて、あんたがやりたい事!」

「陽菜がやりたい事をやりたいというのは駄目か?」

「駄目! お前が、彼女を連れ込んでやりたかった事を実行しろ1」

「そうか、分かった。じゃあ、俺のやりたかった事をやろう」

 そう言って、文光はじっと陽菜を見つめた。じっと、全く動かずに陽菜の事を見続けている。陽菜は初めのうちこそにやにやとしていたが、やがてたまりかねて怒りを爆発させた。

「だから何かしろって!」

「している」

「何を?」

「俺は陽菜と一緒に居る。それだけで幸せだ」

 文光が表情を緩ませてそう言った。反対に陽菜は無表情になって文光へと歩みより、その足を思いっきり蹴りつけた。

「もういい!」

「何故?」

「見つめ合ってるだけじゃ始まらん!」

「トランプでもするか?」

「しない!」

「チェス?」

「違う」

「とりあえず遊ぶものなら幾らでも」

 すっと扉が開いてカートに乗ったゲーム機が入って来た。

「ああ、丁度良い所に。どんなゲームでもある」

「あー、もう!」

 陽菜が諦めてベッドに倒れ込んだ。

「分かった! それで良い!」

「そうか? 色々あるがどれが良い?」

 文光が尋ねても陽菜はしばらく目を覆ってじっと倒れ込んで動かなかった。

「陽菜?」

 心配して声を掛けても反応が無い。どうしたものかと悩んでいると、陽菜が勢いよく立ちあがって、カートに近寄ると積まれた物を無造作に手に取った。

「じゃあ、これやるぞ!」

「分かった」

 怒った様子の陽菜に対して、文光はとても嬉しそうに頷いた。そのまま二人してゲームで遊び、途中お酒も入って終始興奮した様子で夜が更けていった。


 朝になって陽菜が身を起こすと、同じベッドに文光が寝ていた。だからといって慌てふためく事も無く、陽菜は溜息を吐いた。

「はあ、覚悟決めて来たのに、馬鹿みたいじゃないか」

 結局日を跨ぐまでゲームに興じ、酔いの回りが強くなってきたので、寝た。先に陽菜がベッドに入り、文光が別の所で寝ようとしているので、強引に引きこんで、二人で共に寝た。だがそれだけで、並んだまま、一線を越える事無く、そのまま寝入って朝になった。

「まあ、良いか」

 興奮していた昨日と違い、冷静になった今考えてみると、これでいいかと思えた。この朴念仁さというか、子供っぽさが文光の魅力なのかもしれないと思えてきた。

 まあ、時間は沢山あるし。ゆるゆると行くのも良いかもしれない。

 にやつく自分に気が付いて戒めつつ、陽菜は文光を揺り起した。

「おい、起きろ」

 その瞬間文光がばね仕掛けの玩具の様に飛び起きて、驚いた様子でしばらく陽菜を見つめ、それから眼を擦って尋ねてきた。

「夢じゃないよな?」

「何がだよ」

 文光の手が陽菜の頬に当てられる。少しどきりとして陽菜は身を引いた。

「今度こそ本物?」

「だから何だよ」

 文光がゆっくりと近付いてくる。

「おい、ちょっと」

陽菜が抵抗しようとした瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。

「良かった。今度こそ夢じゃない」

 陽菜は一瞬頭が真っ白になったが、すぐに我を取り戻して文光を蹴り飛ばした。

「やめい!」

 蹴り飛ばされた文光がベッドから落ちて陽菜の視界から消える。

「あ、やべ」

 やり過ぎたと思って、ベッドの下を覗くと、文光がぼんやりとした様子で尻もちをついていた。

「おはよう、陽菜。なんで、俺はこんな所に?」

「さあね」

 文光が立ち上がり、陽菜を見下ろした。しばし二人は見つめ合い、やがて陽菜がにやりと笑った。

「じゃあ、はい」

 そう言って、陽菜が目を閉じる。

「どうした?」

「馬鹿。おはようのキスだよ」

 どうせ乗って来ないだろうけど。そう高を括っていると、肩を掴まれた。

「え?」

「分かった」

「マジで?」

 心の準備をしておらず、思わず逃げそうになったが、覚悟を決めた。じっと目を閉じて口づけを待つ。

 やがて温かい吐息が掛かり、頬に感触があった。一瞬で離れて、すっとした冷たさが頬に張り付いた。

 陽菜は更にしばらく目を閉じていたが、それ以上何も無いと分かって目を見開いた。

「どうした、陽菜? しかめっ面を」

「何でもない」

「何か不味かったか?」

「全く」

「その割に表情が」

「これでも良いさっていう顔だから大丈夫」

「意味が良く分からない」

「じゃあ、飯食いに行くぞ。どうせ朝食は用意されてるんだろ?」

 陽菜が文光から離れて扉へと向かう。

「ちょっと待て、陽菜。すまない。俺が悪かったから、だからどういう事か教えてくれ」

 その後を文光が追い、陽菜はゆっくりと天井を見上げて溜息を吐き、笑った。

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