入口を塞ぐ番人達
「遊園地か。もう閉園間際みたいだけど、大丈夫か?」
「何か無難に纏まりそうだなぁ。面白くなって欲しいのに」
「面白くって。どんなん?」
「ゾンビが徘徊しだすとか」
「草刈機使ってなぎ倒すん?」
「最後に核爆弾が爆発して」
「爆発を背景にキス!」
「完璧だな」
「だな」
「完璧にC級スプラッタ映画だよ、それ」
「ねー、ねー。ゾンビとかは居ないけどさ、何かそんな感じのに絡まれてるよ」
「は?」
「げ、マジだ」
「わお、怖そうな感じの人達に怒られてるね」
「どうする?」
「どうするったって、どうするんだよ」
「文光強いけどさ、流石にあれはヤバいんじゃね? 人数多いし、如何にも喧嘩してますって感じの奴等だし」
「丁度良いじゃん」
「は? 何が?」
「こっちは更に人が多いんだから、俺達が助けに行けば良いだろ。友人の危機に駆けつける的な展開」
「おお、燃える!」
「じゃあ、行くぞお前等!」
「おお!」
文光を見守る友人達が白熱する少し前、陽菜は文光を連れ立って遊園地へとやって来た。広い駐車場の中を歩いていると、彼方に塀とそこから覗くアトラクションが見える。照明に照らされ、ネオンを発して、動き続けるアトラクションが明るく浮き上がっている。
夜の遊園地は綺麗だと思った。何かの映画で見た事がある。誰も居ないメリーゴーランドの横を通り過ぎていくワンシーン。それは本当に些細で何て事の無い場面なのだけれど、何故か心に残るシーンだった。
夢の様に幻想的で、ずっといると取り込まれそうな非日常。スクリーンの外に居る自分すらも、長く見つめていれば吸い込まれそうな、そんな雰囲気があった。だからそのシーンが終わって、すぐさま次の舞台に変わった事に安堵した。
あの時、あたしが恐怖を感じていたのと同じなのか。みんな閉じ込められて抜け出せなくなるのが怖いのだろうか。だからみんな、足早に遊園地を出て、帰りの支度をしているのだろうか。まだ遊園地は動いているのに。
「不思議だな。どうしてみんな帰ろうとしてるんだ?」
「遊園地が閉まるからだ」
「で、閉園する遊園地に向かってあたし達は進んでる訳?」
「そうだ」
文光の歩みは止まる事無く、真っ直ぐと遊園地に向かっている。遊園地からは沢山の人が外へと出てきて、車に乗る為に、駅に向かう為に、歩いている。二つの歩みは全くの逆方向で、陽菜は川の流れに逆らって進む魚になった気がした。
「分からないな。閉園してるんじゃ、追い返されるだけだろう」
「完全に閉まってる訳じゃない。今から俺達の為だけに開いている」
ぽつりと囁かれた言葉の意味を考えて、陽菜は驚いた。
こいつもしかして貸切にしたのか?
貸切に出来ないと思っていた訳じゃない。だがやるとは思っていなかった。金に物を言わせる行為が今日一日の間に作った文光像と一致しなかった。
文光はきっと家の力に頼らずに、自分の力で物事を切り開こうとする奴だ。そう思っていた。今日一日の不恰好なデートは間違いなく他に頼って創られた綺麗な物じゃない。多分、今迄触れた事も無いデートと言う概念を必死に考えて、自分なりに作った計画が今日のデートだろう。
そう思っていた。そんな所に好感を抱いていた。自分と同じく家に反抗する者だと思っていた。けれどそれは勘違いだったのか。本当は家におんぶにだっこの人間なのだろうか。
陽菜は残念な気持ちで文光を見た。どんな顔をしているのか気になった。自慢げな顔でもしていたら、このまま帰ってやろうかとまで思っていた。
予想に反して、文光の顔は鋭く固まっていた。いつもの鋭い無表情よりも更に強張っていた。恐れ? 怒り? しばらく考えて、陽菜はそれが何となく緊張なのだろうなと思った。それが今この場でもっともしっくりくる感情で、そしてそうであって欲しいと願う感情だった。
とにかくここが最後の場所。ここで全てが決まるんだ。
お互いそんな事を考えながら無言のまま歩いて、遂には入り口までやって来た。
そこには最後の番人達が控えていた。
「マジで、意味わかんないんすよ。だって、ここ十時まででしょ?」
「申し訳ありませんが、今日は五時以降貸切となっておりまして」
「それが分かんないっつってんだよ、お姉さん! ここはみんなの遊び場だろ?」
何だか昼間に絡んできた奴を筆頭に男達が受付の前で大声を上げていた。何となく色々とつっこみどころがある。とりあえず一番気になった事を聞いてみた。
「なあ、あんた等、男だけで何で夜の遊園地に来てんだ?」
途端に男達が怒気を滲ませつつ振り返った。
「おい、今ふざけた事言わなかったか?」
「いや、純粋に気になったもんで。あと迷惑だから消えろ」
あんまりな陽菜の言葉に男達が固まった。しばらくして昼間に絡んできた奴がようやっと陽菜と文光の顔を思い出した。
「あ、お前!」
「知ってるのか?」
「ああ、今日襲われたんだよ、こいつ等に!」
「こいつ等が、お前を?」
一気に空気が冷えていった。明らかな殺意が文光へと向けられていく。
「いきなり訳のわかんねえ事言って殴りかかって来たんだ」
ぐっと睨みつけられても文光は無表情だった。無表情のままどうやってこの場を切り抜けようか考えていた。あまり騒ぎにはしたくない。出来れば安全に。そして陽菜に危害が加わらない様に。
話し合いで解決出来ればそれが一番だが、どうもそれは難しそうだ。そんな話術は無いし、目の前の男達は聞く耳を持ちそうにない。
誰かを呼ぼうか。例えば警察を。しかしそれは彼等を挑発する事になる。多分携帯を出した瞬間に、彼等は襲い掛かってくる。
ならばと、文光は拳を軽く握った。結局は一番単純な答えが頭を占めた。相手が油断している今、徹底的に叩く。邪魔をされぬ様に。見ればさして強そうには見えない。それ所か血の気の割に喧嘩をした事もなさそうだ。これなら勝てる。
一つ問題があるとすれば、隣に居る陽菜に危険が及びそうな事。だが幸いな事に陽菜の運動神経は良い。走って逃げればきっと追いつかれる事は無い。
そう考えて、文光は隣に居る陽菜に小声で逃げろと言おうとして、陽菜が居ない事に気が付いて固まった。
同時に殺気立っていた男達も、加勢に加わろうとしていた文光の友人達も固まった。
これから始まる喧嘩において、文光のお荷物にしかならないと思われていた陽菜が、男達に向けて駆け出していたから。
そうして固まっている男の先頭、昼間文光に昏倒させられた奴がまず餌食になった。走って勢いをつけた陽菜は飛んだ。空中でくるりと回り、固まる男の頭頂部にかかとを打ち下ろした。
宙返りから綺麗に着地した陽菜の横に、気を失った男が崩れ落ちる。仲間の一人が男の名前を呼ぼうとして、陽菜のつま先に顎を蹴り上げられて口封じをされた。
「陽菜!」
文光が駆け寄って来た。その間にも陽菜は二人の男を昏倒させた。
「文光、さっさとこいつ等倒して中に入るぞ」
あっさりと言い放った陽菜に何も言えず、文光は立ち止まり、横から襲ってきた男の攻撃を避けて、反撃を返した。
軽快に闘う陽菜を見惚れつつも、もしかして自分が居ると邪魔なんじゃないかという不安が湧いてくる。
そこに
「うらあ!」
という大声が聞こえた。
みると友人だった。太い腕で相手を投げ飛ばしてから、大きく口を開けて笑った。
「加勢に来たぞ」
「ああ、ありがとう。でもなんで──」
「なんかお前の許嫁の戦いぶりを見てると、必要無さそうな感じだけどな」
「それは俺も同じだ。不安になって来た」
「何がだ?」
「俺は陽菜に勝っている所が何も無い。そんな俺が陽菜と結婚できるのかって」
「知るか」
友人のにべもない言葉に文光の体が震えた。恐る恐るといった様子で文光が友人を見た。友人はそんな文光を見て思わず苦笑した。
「別に相手に負けたから結婚する訳じゃないだろ」
「それは……そうだが」
「だったら気にすんなよ。遊園地を貸し切ってるって事は、この後何か計画があるんだろ」
「ある……けど」
「なら大丈夫。まあ、俺達も見守っててやるから自信持てって」
文光が周りを見回すと、多くの友人が戦いに加勢してきていた。既に人数は男達を超えている。
「そうか、ありがとう」
「礼を言われても困るんだけどな」
文光にはその言葉の意味が分からなかった。どういう意味だろうと考えていると、混乱する場を鋭い声が切り裂いた。
「お前等喧嘩をやめろ!」
見れば黒服を着た男達が整列していた。文光の屋敷に仕える使用人達だった。
「何だよ、あんた等」
文光の友人の一人が問い質したが、黒服達はその問いに答えず、受付に絡んでいた男達を拘束し始めた。
「こいつ等は俺達が警察に突き出しておくから、お前等はさっさと帰れ」
「おい、ちょっと待て。俺等はやられただけだ! この傷を見れば分かるだろ!」
確かに客観的に見れば、その言い分は正しい。だが、残念ながら黒服達は文光の見方だった。
「良いから、来い!」
有無を言わさずに、男達は何処かへと連れ去られていく。
「文光様、邪魔者は消えましたので、お二人で」
文光は不満そうにしている陽菜へ近寄った。
「行こう、陽菜」
「まだ暴れたりないんだけどなぁ」
しばらくじっと何処かを見つめていたが、ふっと視線を外すと入り口へと向かった。文光もそれに従った。
「頑張ってください、文光様」
その後ろ姿を目で追って、黒服の一人が力強く祈った。その黒服は二人が消えたのを見計らって、別の黒服を呼んだ。
「じゃあ、後はご学友の方々にもお帰り願おうか」
「はい」
黒服達は機敏な動きで、入り口へと向かおうとする文光の友人の前に立ち塞がる。文光の友人達は食い下がろうとするが、黒服達に引く様子は無い。
「別に邪魔する訳じゃないんだからさぁ」
「申し訳ありませんが」
押し問答が続く。その横を陽菜の友達がこそこそとした調子で通り抜けようとした。だが目敏く見つけた黒服達に止められて、また押し問答になる。
黒服達は誰一人通さない。遊園地の中を文光と陽菜、二人だけの世界にする為に。
ところが、
「あの、礼人さん」
「どうした?」
「言いにくいんですけど、源次郎さんが」
「そういや、爺さんの姿が見えないけど」
「陽菜様のお友達を連れて、遊園地の中へ」
「はぁ?」
「止めたんですけど、私を誰だと思っているって言われて」
「何をしに……」
「多分、文光様を見守りに」
その言葉を聞いて、礼人と呼ばれた黒服の口が半開きになった。しばらくして体が戦慄き始め、遂には声が絞り出された。
「あんの糞爺ぃ!」
「礼人さん落ち着いて」
「落ち着いてられっか!」
「連れ出しに行きますか?」
「駄目だ。どんな理由があろうと遊園地に入るな」
「分かりました」
礼人は落ち着く為に大きく深呼吸した。
黒服達の誰もが知っている。源次郎は文光を赤子の時から見守り続け、誰よりも文光に忠誠を誓い慕っている。ちょっと行き過ぎているんじゃないかと思う程に。だから今回の事もやっぱりかという諦めがあった。仕方が無いと黒服達の誰もが諦めていた。礼人を除いて。
「ああ! ホントあの馬鹿は!」
深呼吸程度では収まらない怒りを吐き出しつつ、地面を踏み締めた。
「まあまあ、源次郎さんは昔からあの通りですし」
「分かってるよ! 分かってるから恥ずかしいんだよ! 他人事じゃねえからな!」
「ま、まあ、でも有能ですし」
「能力だけはな。でも人格があんなんだろ? あの血が四分の一でも流れてるかと思うとぞっとするね」
憤る礼人から少し離れた所で、黒服達が声を潜めて話し合っていた。
「まあ、確かに源次郎さんは行きすぎてるよな」
「まあ、あの人が自分の家族だっていうのはちょっときついかも知れないけどさ」
そんな黒服達の耳に礼人の絶叫が聞こえてくる。
「文光様は二人っきりになりたいって言ってたのに! 文光様の命令は絶対だろうがよ!」
憚る事無くそう言い切った礼人の絶叫を聞いて、黒服達は更に声を潜めた。
「でも正直礼人さんも似た様なもんだよな」