最終決戦マイナス1
もう空は赤焼けている。デパートの中から暮れた空の下へ、陽菜はすっきりとした表情で外に出た。一方、その後ろから現れた文光は険しい表情を更に険しくしている。陽菜が振り返ると文光は何だか焦った様子で目を泳がせた。多分表情を険しくしていた自覚があったのだろう。
陽菜には何となくその表情の意味が分かった。文光は不満なのだ。店の中での事が。
陽菜が呆れて溜息を吐くと、文光がびくりと震えた。だがそれでも不満げな表情が残っている。そんなに金が払いたかったのか?
何考えてるか分かんないねぇと思いつつ、陽菜はデパートに入る前の事を思い出した。花枝と別れてから少しして、文光が陽菜に言った。
「何かやりたい事はあるか?」
「いや、デートコースはそっちに任せるよ」
「そうか」
取りたてて何がしたいという事は無い。問題は何処で何をするかではなく、横に居るこいつがどうかである。とはいえ、変な所に連れて行かれても困る。勿論、何処で何をするかも評価対象だ。明確な評価基準がある訳ではないけれど。
さて、何をするのかなと陽菜が出方を窺っていると、文光は辺りを見回し始めた。
「陽菜、何か買いたい物は無いか?」
「いや、別に」
問われて思わず正直に答えてしまった。デートなんだし多少は無理してでも相手に合わせようと思っていたのだが、反射的に普段通りに接してしまった。
言ってしまったものはしょうがないので、文光がどうでるか再び窺うと、文光は無表情のまま
「そうか」
と言って、再び辺りを見回した。そうして顔を陽菜へと向けて、
「陽菜、買い物はしたくないか」
と言った。真顔で。冗談でも何でもなく、本気で言っている様だった。
さっき断っただろというつっこみと吹き出しそうになったのを堪えて、陽菜は相手の話に乗っかった。
「ああ、じゃあ、ちょっとしていこうか」
文光が黙って頷いたのを見て、友人との会話を思い出した。
「相手は金持ちなんだろ? なら色々買ってもらえば良いじゃん」
「はあ?」
「私なら二百万は使わせられるね」
「何をそんなに」
「色々」
「ひどいねぇ、美貴ちゃんは」
「えげつないねぇ」
「お前等なんて必ず二人分買わせるじゃん」
「でも相手も二人だもん」
「結局一人分だよね」
「お前等絶対彼氏の事、双子っていう属性で決めてるだろ」
「月歩ちゃんは? 彼氏さんが何か買ってくれるって言ったら何欲しい?」
「どんな高い物でも良いって言ったら?」
「私は別に……あ、多機能のスチームオーブンが欲しいかも」
「え?」
「家電?」
「ちょっとは色気を出せ」
そういえば、もうすぐ月歩の誕生日だ。折角だし、月歩の欲しがっている物を買おう。
そう思って、デパートを指した。文光が頷いて、二人の足がデパートへと向く。隣を歩く文光を見上げて陽菜は、他人へのプレゼントを買わせるっていうのもなぁと思った。
家電売り場へと向かい、オーブンを物色して、とりあえず一番機能の多い物を選んで買った。買う際に文光がすっと財布を出そうとしたが、陽菜はそれを止めて、自分でお金を払った。文光は不満そうだった。
買い終わって、文光が「持とう」と言った。だが持ってもらう意味が無い。配送してもらった方が遥かに楽だ。陽菜が宅配を頼むと、文光はやっぱり不満そうだった。
良く分からない。そんなに金が払いたいのか? お金が有り余り過ぎて使いたい訳か? 加えて荷物を持ちたかったみたいだ。苦行好き?
良く分からないまま店を出て、店を出ても文光は不満げで、やっぱり良く分からない。
一方、文光はデパートでの事が残念で、若干落ち込んでいた。思い出すのは友人との会話。デートのアドバイスを貰っていた時の事。
「折角、女の子が集まって来たんだから、同性の意見を参考にすれば?」
「はい、じゃあ、彼氏にデートでしてもらいたい事。もしくはこんなデートが良い。そっちから順番に」
「えー」
「刺激が強すぎるのは無しだぞ。文光が耐えられないから」
「じゃあ、ありきたりだけど、夜景とか綺麗な所で、美味しいディナーを」
「ありきたりだね」
「うっさい」
「つまんないから、次」
「面白さも必要な訳?」
「勿論。つまんないのはどんどん却下してくから、面白い答えをよろしく」
「うざ。じゃあ、えーっと、弾き語り! 私の為だけに歌作って歌ってもらうとか」
「キモい」
「おい」
「次」
「嫌だ」
「何でも良いから」
「とりあえず、物買ってくれりゃなんでも」
「おおー、悪女」
「いやいや」
「で、荷物は全部彼氏に持たせんの?」
「勿論。女の子に物持たせるとか死んだ方が良い。後、デート中に女の子に金使わせる奴も地獄に落ちる。分かった、文光?」
「心しておく」
「らしいっちゃらしい答えだったけど、つまんない。次」
次々と繰り出されるアイディアを全てメモに取った。同性の意見。そのメモはまさしく教科書だ。そう文光は思っていた。だからこそ、デパートでの一件も、自分がお金を出し、自分が物を持ちたかったのだが。
「なあ、次は何処に行くんだ」
文光はふと我に返った。今のはまずかった。今は真剣勝負の最中、集中しなければならないと反省しつつ、陽菜の問いに答える。
「次はリンドランドへ行こうと思う」
「あの遊園地?」
「そうだ」
でも確かネットで調べた時に、今日は五時で閉まるって書いてあったはずだったけど。陽菜はそんな風に疑問を持った。今は四時、ここから道中、三十分はかかる。ぎりぎりだ。着いてもほとんど遊べない。だが文光には自信がある様だった。ならば突っ込むのも野暮だろう。そう思って、陽菜は何も言わなかった。
そんな風に陽菜が時計を見ている時に、文光は後ろを歩く執事の源次郎に合図を送っていた。
「了解しました、坊ちゃま」
「どうしたんですか?」
「なに。今回のデートの締めくくりをセッティングするのですよ」
「セッティング」
「はい、それはもうロマンチックに。女性であれば誰もが恋に落ちる様な」
「はぁ、成程」
月歩には何を企てているのかさっぱり分からないし、想像もつかなかったが、源次郎は相当の自信を持っている様だった。それなら多分凄い事をするんだろう。お金に物を言わせて、百万ドルの夜景の前で、超高級料理が並んで、煌びやかな宝石の付いたアクセサリーを……これではあまりにもステロタイプで少し悪趣味だ。っていうか、自分の想像が貧困だなぁ。きっと凡人の自分には考えもつかない様な趣向を凝らしているに違いない。そう思って月歩は心配になった。
普通の人が喜ぶ様な趣向って、陽菜あんまり好きじゃなさそうだけど。