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恋の駆け引き ROUND2

「つまらん」

「そーなんだー。でさ、お茶にする? お茶にする? それともお茶?」

「選択肢が一つしか……って何、あんたが持ってる飲み物」

「これ? お茶」

「どう見てもお茶だよねぇ」

「いや、どう見てもヘドロにしか見えないんだけど。何、そのキモい飲み物」

「で、何がつまらないの?」

「相談に乗るよ」

「ん? いや、あの二人がさ」

「陽菜ちゃんと許婚君?」

「面白いと思うけど」

「キャラ的な話じゃなくてさ。まるで動きが無いでしょ、さっきから。もっとこう面白い展開に」

「面白い展開って?」

「んー、元彼が出てきて修羅場」

「陽菜ちゃん元カレ居ないじゃん」

「じゃあ、許婚の」

「それは嫌だなぁ」

「許婚君の元カノがこの浮気者ーみたいな?」

「そんな展開が欲しい」

「そっかー。あ、美貴ちゃんこのパン面白そうじゃない?」

「何だよ、おでんアンパンって。完全に客を殺す気だよ」

「きっと美味しいよー」

「ならあんたが食べろ」

「私には似合わないよー」

「そうそう。美貴ちゃんに御似合い」

「うざ」

「あ」

「大変」

「どうした?」

「何か許婚君に、女の人が抱き着いて」

「修羅場な予感」

「ホントだ! ちょっと見てくる!」

「はーい」

「じゃあ、美貴ちゃんの分は適当に買っとくね」


 美貴がコンビニの外に出ると、陽炎で揺らめく視界の先に三人の男女が居た。

 一人は陽菜。いい加減見飽きた顔。

 もう一人は許婚。無表情で自分の左腕の辺りを見つめている。

 そうしてその左腕にくっついている女。

 見覚えは無い。黒く長い髪。意志の強そうな表情。顔立ちは整っている。何処か和風の御姫様を思わせる。男の腕に縋りついて、なお気品が感じられる。多分、お金持ちなんだと思った。

 見覚えは無いが、友人の顔が浮かんだ。月歩と何だか似ている。余所から影響を受け付けなさそうな雰囲気が特に。月歩の場合、その不変が生まれつきの特質の様だ。時が止まってしまった様な印象を受ける。一方、向こうに居る女は外に抗う事で変わらずに居る様だ。鍛えに鍛えた金属の様な硬質さ。まるで世界を相手取っても戦える様なそんな強さを感じさせた。

 美貴から何だか過大な評価を受けている女性は如何にも嬉しそうな晴れやかな笑顔を浮かべながら、文光を見上げた。

「お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたか?」

 女性の柔らかい声を聞きながら、文光は陽菜とデート中の今、その女性とどう接すれば良いのかと思いあぐね、思わず陽菜を見た。その視線に気が付いて、女性の顔もそちらを向き、そうして目を見開いた。

「陽菜! あんた何でこんな所に」

 興味深げな様子で文光と女性を眺めていた陽菜は、髪に手櫛を入れてから答えた。

「何でって言われてもなぁ。あたしの大学が近くにあるし、別に居ちゃいけない事は無いだろう」

「何で文光さんと居るのよ!」

「何でって言われてもなぁ。あたしの許婚だし、別に一緒に居ても良いんじゃない?」

「許婚ぇ!」

 大きな声を上げた女性は頭をぐるりと回して、詰問の相手を陽菜から文光に変えた。

「文光さんの許婚は陽菜さんの事だったんですか?」

 優しげな口調だが目が鋭い。物理的な力を持たせたら頭部を突き破りそうな気迫を持っている。文光が頷くと、女性は呻いた。

 呻いた女性を見ながら、今度は陽菜が尋ねた。

「で、花ちゃんは何で居るんだよ」

「友人からこの辺りで面白い事があると聞いたので」

「面白い事? 何それ?」

「さあ?」

 はっきりしない。

「まさか文光の事をストーカーでもしに来たんじゃ」

 陽菜が文光を顎で示すと、花は慌てて否定した。

「そんな訳ないでしょ! 本当に友人からこの辺りで面白い事があると聞いたのです! 本当ですよ、文光さん!」

 文光は頷いたが、

「花枝さん、それは信じますが、この辺りで何かイベントが催されるという事は無いと思いますが」

「本当ですか?」

「はい、事前に調べた限りでは」

 文光の言葉に陽菜も付けたす。

「あたしもそんな話聞いた事無いよ」

「でも、確かに友人が」

「じゃあ、もっと個人的な事なのかな。サプライズパーティーみたいな? もしかして誕生日?」

「私の誕生日位知ってるでしょ。まだまだ先」

「え? あ、うん、そうだよな」

 いつだったかなぁと陽菜が考えていると、同じく何かを考えていた花枝が陽菜をきっと睨みつけた。

「それはそうと、陽菜!」

「え? ごめん、だって」

「あんた、本当に文光さんの許婚なの?」

「そうだけど?」

 誕生日を忘れていた事を追及されなかった事に安堵しながら、陽菜は簡潔に答えた。その表情はとても不思議そうだ。その表情に何だか非難されている気がして、花枝は追及しあぐね、質問の相手を変えた。

「文光さん、それはいつ決まったのですか?」

 花枝の質問に文光の眉が訝し気に歪んだ。それがまた花枝を焦らせた。

「何ですか? 私、変な事言ってます?」

 花枝は文光と陽菜を交互に見つめつつ、自分の言葉を反芻し、困惑しながら二人の言葉を待った。

「もしかして聞いてない?」

「陽菜に婚約者がいるのは知っていましたが、それが文光さんとは」

 ふっと文光を見ると、何時もの無表情だった。花枝は嫌な予感と共に、文光に接していた日々を思い出した。あれは高校の終わり、卒業旅行に行った際に同じ宿に泊まり、食堂で出会って、大学が同じ事を知り、親が同じ業界の重役で家柄が近しい事を知り、それで気になった。見た目は鋭そうだったけど、話してみれば誠実そうで、些細な仕種に思いやりが見えて、それで付き合いたいと思った。その時は頭の片隅に少しだけ家の事があった。これなら吊り合うだろうなんて考えていた。

 同じ大学に入り、同じ学部で、幾つか同じ授業を取った。同じサークルに入りたかったけどあからさま過ぎるからそれは止めて。何かあれば声を掛け、二人っきりではなかったけど一緒に出掛け、少しは近付けていると思っていた。その頃にはもう家の事なんて関係なく、一人の人間として惹かれ始めていたから。

 文光に恋人の影は無く、恋愛に興味が無い様だった。それもまた好意が持てた。少なくとも求め求められる依存した関係にはなりたくなかった。みっともない。煩わしい。そんな気がしていた。

 大きな進展は無く、ほんの僅かずつの前進。それでも良くて、むしろそれが良い。そうしていつかは、そんな事を夢望んでいた。絶景や波乱がなくとも、ただ平坦にゆっくりと歩み、いつかは──

「いつかは」

「ん?」

 花枝が思わず出した言葉に、陽菜が喉から出す短い声で応じた。一方、我に返った花枝は自分の妄想の帰結が声に出てしまった為に、決まり悪げに目を逸らした。

「花枝さん?」

 花枝は逸らした目をゆっくりと文光へ向けた。

「何でもありません。失礼しました」

「そうですか。それで、そんな訳で、俺も陽菜も既に知っていると思っていたんですよ」

 聞いていなかった。花枝にはどんな訳なのか分からない。

「うちとそれなりに関わりがあるから、てっきりもう聞いているかと思うじゃん」

「許婚が居るというのは聞いていたけど」

 確か小学生の頃だったか。陽菜に許婚が出来たと聞いた。お前も将来は。父親からそんな事を言われた。それが嫌で後の事は聞かなかった。もしかしたらその時に言っていたのかもしれない。

 待って、それでは。花枝はここで初めて、ある事実に気が付いた。

「二人の婚約は最近ではなくて、ずっと昔から決まっていたという事ですか?」

「そりゃ、まあ」

 一瞬、花枝の頭から血の気が退いた。つまり、自分が微かな恋人気分と共に接していた大学時代にも、文光には決められた人が居た事になる。文光の一挙手一投足に一喜一憂していた時に、どうしたら更に近付けるのか笑い悩んでいた時に、既に文光の傍らには陽菜が居た事になる。

 何て滑稽なんだろう。これでは泥棒猫だ。

 思い返せば恥ずかしい。自尊心が抉られる。自分像を破壊しかねない行動。しかもその結果が無様な敗北。この上も無く自尊心が抉られる。はずなのに、そこまで深刻な気持ちにはならなかった。沈みそうになる気持ちはあったが、それを包む様な諦めの気持ちが心の中を占めていた。そっか、という素っ気ない感想がぼんやりと浮かんだ。

「文光さん」

 諦め。忌避すべき感情であるはずなのに。

「どこぞの馬の骨と比べれば、陽菜は良い相手でしょう。強い方ですし、文光さんとお似合いかもしれません。友人として文光さんが性質の悪い女性に引っかからなかった事は嬉しく思います」

 文光は頬を掻いた。あくまで無表情だが、花枝にはそこにどんな感情が込められているか分かる。恥ずかしさと嬉しさ。きっとお似合いという言葉に反応してそれが嬉しいのだ。花枝にはそれが悔しい。だが、その悔しさの中にも諦めがある。

 とはいえ、

「ですが、文光さん。この陽菜は本当は酷い奴なのです。それは分かっていますか?」

そのまま、はいと簡単に渡してしまうのも違う気がした。

「陽菜が酷い?」

 文光は陽菜をちらりと見つめた後、不思議そうな色をした純真な眼を花枝へ向ける。文光の隣に立つ陽菜はじっとりとした睨む様な目付きで花枝を見た。

「なあ、何か花ちゃん、最近あたしの事、むっちゃ敵視してる気がするけど、何で?」

「それはご自分の胸に聞いてみたらどうでしょう?」

「分からないってさ」

 間髪入れずに陽菜が答えた。花枝が苦々しく睨みつけたが陽菜は飄々としている。

「なら教えて差し上げましょう。陽菜、あなたどうしてパーティーに来なくなったの?」

 花枝が一歩詰め寄った。

「パーティーって年末の?」

「そうです。三年前からぱったりと来なくなったでしょ」

「だってさぁ、正直あれ行くなら友達と遊んでたいし。別に良いじゃん。そんなキレる事か?」

 困惑する陽菜に、花枝がまた一歩近づいた。鼻先の距離になって、陽菜は一歩退いた。

「来ないのは良いのよ」

「なら良いじゃん」

「良くない!」

「何で?」

 ずいと花枝がその顔を近付けた。陽菜がそれを避けようと、上半身を後退させた。

「あんたが来なくなった所為で、毎年の一発芸を私がする事になったのよ!」

「は?」

「あなた毎年一発芸やってたでしょ? それをあなたが来なくなったから、あたしがする事になったのよ、何故か!」

「断れば良いじゃん」

「あの状況じゃ断れないでしょ!」

「どんな状況か知らんけど」

 花枝が乗り出していた身を退いた。解放された陽菜がほっと息を吐く。

「でもさ、噂では評判良いらしいじゃん」

「あんたねえ! 毎年考えてやるのがどれだけ大変か! 陽菜なら簡単かもしれないけどさ」

「崩れてる口調崩れてる」

「知らない! もうほんと、去年なんて苦し紛れに腐ったバナナの物まねなんかやって」

「でも評判良かったよ。周りから聞く限り」

「恥ずかしくて仕方がないの!」

 良い才能だと思うんだけどなぁという陽菜の世迷言を聞き流して、花枝は文光へと優しげな眼差しを向けた。

「そう言う訳です、文光さん。この陽菜という方は相手の迷惑などまるで考えずに行動するのです。悪い事は良いません。別の方を探した方が良いのではありませんか?」

 例えば私とか、という文句が頭に浮かんだが、花枝にはそれを言うだけの度胸も無神経さも持ち合わせては居なかった。

 文光は静かに首を振って、微かな本当に微かな笑みを浮かべた。きっと冗談だと思っているのだろう。正解だ、半分は。だが、もう半分には本心が混じっている。文光はそれに気付かないし、僅かでも考える事は無いだろう。そんな悪意に頓着しない。存在する事にすら気付かない。文光はそういう人間だ。そう花枝は思っている。そんな所に好意を持った。だからそんな純真さで返されたのであれば、これ以上何一つとして追及出来る事は無い。

「そうですか。後悔なさいません様に、お祈りしておきます」

 文光が頷いた。陽菜は腕を組んでそっぽを向いている。

「うるせえな。後悔はさせねえよ」

 言ってから、陽菜は言った内容に気が付いて、体を強張らせ、思わず文光に目をやった。

 一方、文光が驚いて陽菜を見た。二人の目が合って、陽菜はぎっと睨んでからまたそっぽを向いた。

 花枝はそれを見つめて、ふっと口元に微笑を浮かべてから、手を挙げた。

「それでは私はこの辺りで失礼させていただきます。お二人の邪魔をする訳にはいきませんから」

「はいはい」

 陽菜が手で払う様な仕種を見せた。

「また会いましょう」

「ええ、また」

「じゃあな」

「陽菜、今年こそ来なさいよ!」

「嫌!」

 陽菜の力を込めた否定に花枝は笑って、笑い声を残したまま、町の雑踏へと消えていった。

「そういや、面白い事って何なんだろうな」

「分からない。事前に調べた限り何かイベントが起こる様な事は無かったはずだが」

「まあ、いいや。行くか」

 陽菜が歩きだし、文光もその後ろについた。


 その後ろを、美貴と真奈美と麻琴が続く。美貴は双子から渡されたヘドロ色の液体が詰められたペットボトルを握りしめていた。

 そこから少し離れた所に、同じ様に文光達の後を追う集団があった。中には美貴と同じヘドロ色の飲み物を持っている者も要る。ヘドロ色のペットボトルを嫌そうに握りしめながら、

「マジで、これ人間が飲めるの?」

「飲める飲める」

「飲めなきゃ商品になってないって」

「いや、っつわれても。これは」

「しかし、文光の方は何もなかったな」

「確かに。元カノが来たのにさ」

「そんな訳で、場を盛り上げる為に、それ飲んで」

「嫌に決まってるだろ」

「ホント面白くないなぁ」

「どっちが」

「あっちの花枝さんの方」

「まあ、俺達を楽しませる為にやってる訳じゃないだろうし」

「そうかもしれないけど、まあいいや、私もう行く」

「さっき合流したのにもう行くのか?」

「もう用無いし」

「何処行くんだ?」

「花枝さんと約束してるから」

「は?」

「じゃ」

「あ、おい」

「行っちゃった」

「怖ぇ」

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