命乞いの作法
目を見つめ
ひらく手のひら
立ち止まれ
いのちこいしい
警備のイロハ
解説
警備員は警察ではない。
取り締まりの権限はない。
「あくまでも道路を狭くしてしまっていることを謝り、お譲りいただくようお願いするスタンスを忘れないようにしてください」
「それはわかってるんだけどさあ」
年上の後輩が私の説教にタメ口を返してくる。
「絶対に口頭警告以上はしない! そもそも近づかないようにしてください!」
「ところで君さあ、命乞いのやり方って知ってる?」
「しりません」
「まずは相手の顔を見てゆっくり手を挙げるんだ。」
姿勢の話かよ
「目を合わせて自分が危なくないことを知らせながら、ゆっくりと手の中に何も隠していないことを知らせる」
彼が私の目を見つめながら両手をゆっくりと顔の横まで上げた。手には何もない。
私はゴクリ、と生唾を飲む。
「それから声をかける」
声?
「死にたくない、助けてくれ、と。素直に言っていい」
人を殺そうって奴がそれに耳を貸しますか?
「訓練でも受けてなけりゃ聞くよ。実は人を無視するには練習がいるんだ」
つまり、目を見つめて、危険がないことを見せて、同じ言葉を喋る。
「同じ人間を殺すということを強く意識させるんだ
つまりな?
警備員も同じだと思うんだ」
私は喉の渇きに気がついた。説教に戻ろうとするには遅すぎた。
「人が頼んでるってことを意識させて無碍にしにくくするんが、僕はいい警備だと思うんよ」
うるせえ。いくつ警備会社を渡り歩いてきたか知らないが、ここでは貴様は新人だ。
という、悪態と共に思い出す。
目の前で路傍の石を握り込んだヒトに詰め寄られながら思い出す。
警備員の明るいジャケットと誘導灯を握りしめ、首をこわばらせ、目をぎゅっとつぶる。
予想した衝撃はなく、目を開けた。
男は私を殴るふりをして楽しそうだった。
歯を食いしばる。
グッと前を向き、手のひらを彼に向け、声を出して、
うた
目を見つめ
ひらく手のひら
立ち止まれ
いのちこいしい
警備のイロハ




