↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う  作者: 催眠スキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/22

第六話 二度目

 最初の一滴は残っている。


 それは確認できた。


 俺と話している間だけ、九条の警戒が少し緩む。


 以前ほど腹を立てない。


 その変化に気づいても。


 本人が勝手に理由をつけて納得する。


 さらに。


 俺が約束を守ったことで。


 催眠とは関係のない信頼まで、ほんの少し生まれた。


 なら。


 次へ進んでもいい。


 ◇


「九条!」


「分かってる!」


 放課後。


 第一訓練場。


 火神の声と同時に、炎が弾けた。


 爆音。


 赤い火の粉が散る。


 その中心を。


 白い光が駆け抜けた。


 一本。


 二本。


 三本。


 九条の【天剣】。


 飛んできた炎を光剣が切り裂く。


「まだまだ!」


 火神が笑う。


 右手を振り抜いた。


 今度は三方向。


 炎の塊が九条へ迫る。


 九条は動かない。


 視線だけ。


 六本の光剣が一斉に動いた。


 炎を迎撃。


 爆発。


 その煙を突き抜け。


 一本の剣が火神の首元で止まる。


「……あ」


 火神が固まった。


「私の勝ちね」


 九条が言う。


「今のなし!」


「なんでよ」


「煙で見えなかった!」


「あなたが出した煙でしょう」


「もう一本!」


「嫌よ」


「なんで!?」


「疲れたもの」


 九条が光剣を消す。


 火神はまだ不満そうだった。


「澪、もう一回だけ!」


「一回と言って三回やったでしょう」


「次で最後!」


「さっきも聞いた」


「今度こそ!」


「嫌」


 九条は訓練場の端へ歩いていった。


「冷たい!」


「朱音が元気すぎるのよ」


 そのままベンチへ座る。


 俺は少し離れた場所から見ていた。


「相良」


 隣から天城が声をかける。


「ん?」


「珍しいな。見に来るなんて」


「火神に引っ張ってこられた」


「ああ」


 納得された。


 実際その通りだ。


 帰ろうとしていたところを捕まった。


『一回くらい見ろ』


 と言われた。


 一回では終わらなかったが。


「九条、やっぱり強いな」


 天城が訓練場を見る。


「火神も強くなってるけど、相性が悪い」


「そうなの?」


「火神は出力で押すタイプだからな。九条みたいに細かく捌かれるとやりにくいんだ」


「へえ」


「相良、興味ないだろ」


「少しはある」


「本当か?」


「九条が勝つ方に百円」


「賭けるな」


 天城が笑う。


 俺も九条を見る。


 ベンチに座って。


 タオルで額の汗を拭いている。


 呼吸が少し速い。


 疲れている。


 前に暗示を入れたときと同じ。


 人間は疲れていると。


 余計な力を抜きたがる。


 そこに沿わせれば。


 入りやすい。


 条件としては悪くない。


 ただ。


 今は天城も。


 火神もいる。


 ここでやる意味はない。


「蓮!」


 火神が呼ぶ。


「次、お前!」


「まだやるのか?」


「澪が逃げた!」


「逃げてないわよ!」


 ベンチから九条が叫ぶ。


「蓮、一本だけ!」


「一本だけな」


「よっしゃ!」


 天城が訓練場へ向かう。


 九条が呆れた顔をした。


「天城も甘いわね」


「断ればいいのに」


「朱音、断ってもずっと言うもの」


「面倒だな」


「あなたが言う?」


「なんで」


 九条がこっちを見る。


「なんでもない」


 そう言って。


 少し笑った。


 俺は一瞬だけ黙った。


「何?」


「いや」


「変なの」


 以前なら。


 こんな顔を俺に向けることはなかった。


 まだ小さい。


 でも。


 確実に違う。


 ◇


 天城と火神の訓練は長引いた。


「一本だけ」とは何だったのか。


 九条は途中で帰った。


 俺も少しして訓練場を出た。


 寮へ戻る途中。


 自販機で水でも買おうと、渡り廊下の脇へ寄る。


 そこで。


「……あ」


 九条がいた。


 ベンチに座っている。


 ペットボトルを片手に。


 一人。


「また会ったな」


「相良」


「何してるの?」


「見れば分かるでしょう。休んでるの」


「寮までそんな遠くないぞ」


「分かってるわよ」


 少し疲れた声。


 訓練着のまま。


 黒に近い濃灰色の長袖の上衣に、同じ色のハーフパンツ。


 普段の制服姿よりも、身体の線が分かりやすい。


 黒髪は訓練用に低い位置でまとめていた。


 額にはまだ少し汗が残っている。


「座れば?」


 九条が言った。


「いいの?」


「立ったまま話されると落ち着かない」


「じゃあ」


 一人分ほど空けて座る。


 前なら。


 九条の方から俺を隣に座らせることなんて。


 まずなかった。


 本人は気づいていない。


「火神、まだやってる?」


「天城と」


「でしょうね」


「九条、逃げたって言ってたぞ」


「逃げてない」


「本人に言えば」


「明日言う」


「根に持つな」


「持ってないわよ」


 言いながら。


 ペットボトルの水を飲む。


 その手が少し震えていた。


 疲労。


 単純なものだろう。


「疲れてるな」


「……少しね」


「珍しく認めた」


「今日の朱音がしつこかったのよ」


「楽しそうだったけど」


「あの子はいつでも楽しそうでしょう」


「確かに」


 風が通る。


 訓練で熱を持った身体には気持ちいい。


 九条が目を細めた。


「……涼しい」


「眠そう」


「眠くない」


「目閉じてるけど」


「休んでるだけ」


「同じじゃない?」


「違う」


 声に力がない。


 俺は横顔を見る。


 今なら。


 入る。


 でも。


 前回と同じものを入れる意味はない。


 少しだけ。


 先へ進める。


「九条」


「何?」


 目は閉じたまま。


「そんな力入れなくていいぞ」


「入れてないわよ」


「肩」


「……?」


「まだ固い」


 九条が自分の肩を少し動かす。


「訓練のあとだからよ」


「じゃあ余計に」


「何が」


「俺と話してる間くらい、力抜けばいい」


 前にも。


 似た言葉を使った。


 だから。


 通り道がある。


「またそれ?」


 九条が薄く目を開ける。


「前にも言われた気がする」


「言ったな」


「あなたって、意外とそういうこと言うのね」


「そういうこと?」


「休めとか。力抜けとか」


「疲れてるからじゃない?」


「……そうね」


 否定しない。


 俺は声を少し落とす。


「九条」


「何?」


「別に何もしなくていい」


 一呼吸。


「俺の声聞いてる間くらい」


 ゆっくり。


「少し休めばいい」


 言葉を沈める。


 今ある疲れに。


 前回の暗示に。


 九条自身が俺へ持ち始めた小さな信頼に。


 重ねる。


 俺は危険じゃない。


 約束を守る。


 秘密を言わない。


 少しくらい。


 警戒を解いても問題ない。


 俺と話している時間は。


 力を抜いていい。


 声を聞いている間は。


 少し落ち着いていていい。


「…………」


 九条の呼吸が。


 ゆっくりになる。


 肩が下がる。


 ペットボトルを握っていた指から。


 力が抜ける。


「……ほんと」


「何?」


「あなたのそういうところ」


「どういうところ?」


「調子狂う」


「また?」


「また」


 目を閉じたまま。


 九条が小さく笑う。


「普段は腹が立つのに」


「ひどい」


「事実でしょう」


「うん」


「なのに……」


 止まる。


「何?」


「別に」


「気になる」


「言わない」


「なんで」


「言いたくないから」


 声は柔らかい。


 いつもの九条とは違う。


 でも。


 変えすぎてはいない。


 嫌い。


 腹が立つ。


 その認識は残っている。


 ただ。


 今。


 俺の声を聞いている間だけ。


 それよりも。


 疲れた身体を休ませる方が優先されている。


 十分だ。


 これ以上は必要ない。


 俺は話題を変えた。


「そういえば」


「何?」


「今日プリン買ってないな」


 九条の目が開いた。


「なんで知ってるのよ」


「食堂一緒だっただろ」


「見てたの?」


「デザートコーナーの方見てたから」


「見ないで」


「無理」


「相良」


 声に少し棘が戻る。


 いい。


 その方が自然だ。


「今日は食べなかったの?」


「毎日食べてるわけじゃないって言ったでしょう」


「来週は抹茶」


「……覚えてるの?」


「見せられたから」


「忘れてって言えばよかった」


「どうせ無理だぞ」


「でしょうね」


 九条がため息をつく。


 でも。


 すぐに。


 また肩の力が抜ける。


 早い。


 俺が何も言っていないのに。


 さっき沈めたものが。


 もう働いている。


「相良」


「ん?」


「一つ聞いていい?」


「何?」


「あなた」


 九条がこちらを見る。


「どうして私が甘いもの好きだって、誰にも言わないの?」


「約束したから」


「それは分かってる」


「じゃあ何?」


「……普通」


 言葉を探す。


「からかったりするでしょう」


「してるけど」


「そうじゃなくて」


「火神とかに言うってこと?」


「そう」


「九条が嫌がってるから」


「それだけ?」


「それ以外に何がある?」


 九条が黙る。


「……ないけど」


「じゃあそれだけ」


「そう」


 視線が前に戻る。


「変な人」


「九条に言われたくない」


「私は普通よ」


「プリン隠してるのに?」


「それは関係ない!」


「元気になったな」


「誰のせいよ!」


 九条が睨む。


 でも。


 その目は。


 以前ほど冷たくない。


「……もう帰る」


 九条が立ち上がる。


「休憩終わり?」


「あなたと話してたら長くなった」


「俺のせい?」


「半分くらい」


「残りは?」


「疲れてたから」


「そっか」


 九条が数歩進む。


 そして。


「相良」


「何?」


 振り返る。


「……ありがとう」


「何が?」


「少し休めたから」


「俺、何もしてないけど」


「話し相手にはなったでしょう」


「じゃあどういたしまして」


「そこは普通に受け取るのね」


「貰えるものは貰う」


「ほんと変」


 九条が歩き出す。


 俺は追わない。


 一人になったベンチで。


 少し考える。


 前回より。


 入り方が早かった。


 最初に警戒を緩めた。


 そのあと。


 九条自身が俺を少し信用した。


 だから。


 同じ方向への言葉が。


 前より自然に沈む。


 まだ。


 俺の声を聞けば無条件に安心する。


 そこまでじゃない。


 それでいい。


 今日。


 九条は。


 疲れたとき。


 俺と話していたら少し楽になった。


 そう思った。


 その記憶が残る。


 次に疲れたとき。


 俺の声を聞けば。


 今日の感覚を思い出す。


 そして。


 また少し。


 落ち着く。


 一回。


 二回。


 三回。


 それを重ねれば。


 いつか。


 理由なんて必要なくなる。


 俺と話すと。


 なんとなく落ち着く。


 本人が。


 そう思うようになる。


 今日は。


 二滴目。


 まだ。


 それだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。