表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

⑁A

東京で働き始めて、3年くらい経った頃、お正月に久しぶりに地元に帰った。駅前のコンビニに入ろうとしたとき、

「…あれ?」

後ろから声をかけられた。振り向く。高校のとき付き合っていた颯真だった。プロ野球選手を目指していた彼は、肩を壊してから、東京消防庁で働いているらしい。

「久しぶり!」

普通の会話が、少し懐かしい。高校の頃、私はこの人のことを心から好きだった。理由なんてなくて、ただ一緒にいると楽しくて、放課後のグラウンドを見ながら話して。それだけで幸せだった。

「今度さ」

彼が言う。

「時間あったら飯行かない?」

私は少し考える。大学時代、たくさんの人に会った。好きだと思った人もいた。でも、本当に好きだった人には最後まで何も言えなかった。そのことを、今でも少し後悔している。

「いいよ。いこう。」

私は言う。

彼が少し笑う。

その笑顔を見て思う。恋って、探して見つかるものじゃないのかもしれない。ただ、一緒に時間を過ごして、少しずつ形になっていくもの。高校のときの私たちは、それをもう一度やり直すみたいだった。





気が付くと日は落ち、海風が冷たくなっていた。バルコニーから部屋に戻ると、愛犬がしっぽを振りながら近寄ってくる。

「やっぱり俺じゃなくて、聖菜の方が好きなんだな」

颯真の優しい声が、身体中に響き渡った。


通知が光る。

———水川玲央

懐かしい名前。あの頃の胸の高鳴りは、かけらもなかった。

あの夜、玲央に触れられたことで私は自分の価値を測った。でも今は違う。もう、選ばれるために生きていない。自分の人生を、自分で選ぶ側の人間になった。

「結婚おめでとう。明日だよね。お互い幸せになろうな。」

最後に見た笑顔を思い出した。

「ありがとうございます。」

画面を閉じる。光は刺激的じゃないことを、私はもう知り尽くしたから。私はもう、試さない。




「聖菜、こっちきて」

颯真が名前を呼ぶ声の温度は、いつもと変わらない。

 明日、私はこの人と結婚する。この人は私の過去を知らない。私は全部を言わない。

 それでもいい。その方がいい。

私は彼にゆっくりキスをする。確かめるみたいに、過去を塗り替えるように。

彼の指が、私の背中をなぞる。優しく、でも迷いなく。試すわけじゃない、逃げるためじゃない。

 選ぶために

身体の奥が熱くなって、涙がこぼれそうになった。

罪は消えない。でも、今日この瞬間は嘘じゃない。

「明日、綺麗だろうね」

その言葉で、胸がいっぱいになる。

私は彼を見つめる。この人と生きる。過去を抱えたまま、全部愛しながら。

それでも、選び続ける。


————きっと私はいい子の儘で。いい子ではないと知りながら


グラスに注がれた白ワインを片手に、拍手に包まれた会場で誓った。純白のドレスが誓いを証明しているようだった。

私が選んできた、これまでの選択すべてが正解であるように。

結婚式の帰り道、玲央のことを思い出した。あの人のこと、たぶん本当に好きだった。でも、それでもいいと思う。人生には、うまくいかなかった好きもある。それを知ったあとで、誰かと一緒に生きていくこと。それもきっと、本当の好きの一つなんだと思う。


夜風が少しだけ冷たい。私は隣を歩く夫の手を握る。その手は、高校の頃と同じ温度だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ