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そして僕らは楽園で出会った。  作者: 北上 柊助


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第一章−そうして僕らは楽園で出会った。−【第三話】

 エクソダス───それは、シャングリラの法の中で最も重罪とされる外界を目指す行為。または、その行為を実行する者達の事を言う。

 しかしその実、この重犯罪を犯す者などはこれっぽっちも存在していなかった。否、そもそも論で犯せない、ないしは犯す必要が無いのだ。

 楽園都市シャングリラは、中心部にある上層と下層を繋ぐ唯一の道、もといエレベーターである『層間リフト』を中心として、直径80キロメートルの巨大なスリガラスで覆われている。下層から建てられ、上層を包むそれは容易く割れてしまうような代物ではなく、体外的な関係を拒むシャングリラの方針を形容しているようであった。

 そうしてエクソダスを達成する為には、そんなスリガラスを突破して外へと出なければならない訳だが、地上から200メートルも離れた宙空に位置する上層区からは、スリガラスに穴を空けたとしても、まず地上に降りる術がない。

 となると、やはり下層から突破する事になるのだが……下層に降りるという事は、言わずもがな病巣に飛び込むようなもので、満遍のない医療行為で暮らしてきた上層民には、何かしらの病へ罹患すること待ったなしの地獄のような環境だ。

 物資も無い、健康状態も悪化する。そんな下層で、堅牢なスリガラスを突破しようなど愚の骨頂にも程がある。

 そう、充実した生活が保証される上層で暮らす者には外界へと出る意味も無く、下層の人間にはそのスリガラス()を突破する力も無い。故に、エクソダスという行為はその犯罪例が一つもないのだ。

 ……しかし確かに、そのアンドロイドはそう言った。それも人間ではなく、アンドロイドがだ。

「不可能だ。人間を支える事がキミ達アンドロイドの役目だろう? それはつまり、人間が居てこそのアンドロイド(キミ)という事で……キミがやろうとしている事は人類への、楽園への反逆だぞ?」

「……構いません。私は閉鎖的なこのシャングリラにとって、たった一人のエクソダスこそが変化のきっかけになると信じています。───質問を返しますが、貴方は終わり行くだけの下層(ここ)で、ただ肥沃な土へなる為に生きているのですか?」

「なわけ───」

 そんな事はない。誰が土に還る為になんか生きるものか。

 メディの質問に対し、真っ向から否定しようとした……のだが。

 …………実際僕は、何の為に生きている?

 ただ死にたくないから。それだけしか理由が見つからない。

 確かに下層に来てからというもの、恩を返さなければならない人はいる。でもその恩人は、

「私、後は死ぬだけだから。恩返しなんていらないわよ。それに、ここで恩返しなんて考えて生活してたら、やっていけないしねー。……ただ、必要な事は手伝ってよね」 と、恩返しを拒んでいるし。上層にいた時のように、思い人も、友達もいる訳じゃない。

 娯楽と呼べる物も、(いとま)と呼べる物もない。

 日々の生活は手一杯で、浪費と呼べる時間の使い方もできない。

 僕はただ、死にたくないから生きているだけ。それは生物としては当たり前の、されど、ちっとも人間らしくもない理由。

「生きる為の理由は、必ずしも必要な物ではないのかもしれません。……ですけど、重要です。息の詰まる生活で意味を持てずに生活しているのは、下層(ここ)の人達だけじゃない、上層(うえ)の人達だってそうです。今ある現状に身を任せて、拡がる事も無く、永遠に変わり映えのない生活を送るだけ。それは、果たして……生きていると言えるんでしょうか」

 アンドロイドが人間の『生』について語る。それが異様な光景であると、それに気付いたのはその場を離れて暫くの事だった。

 少なくとも、メディの言う事に僕は多少なりとも揺らいでいただろう。

「私は違うと思います。人には進歩が、成長が必要です。そして外界とも接触せず、未来を変調させることもない。そんな、閉鎖的なシャングリラでは進歩も成長もできません。ならば、私がその未来を開放します。……人類の為に」

 メディの持つ目的が、人類への反逆でも楽園への反逆でも無い事は分かった。なんならそれは、生命の存続を目的とするメディカロイドの目的に見合った目標かもしれない。

 では、僕はどうすれば良い?

 生きる意味を(さと)されて、ただ傍観していろと?

 聞かなかった振りをして、今まで通りの生活を送れと?

 ───少し考える必要があった。今ここで答えを導き出せる程、僕は聡明ではない。

「方法は……エクソダスの方法は、どうするつもり?」

「それは計画中です。──生憎、エクソダスの準備中に、ここに落とされてしまったものですから、用意していた物は全て上層に置いてきてしまいました。エクソダスの為に下層に来る必要はあったとは言え、まさか手ぶらで来ることになるなんて予想だにしてなかったので」

「そっか……ゴホッ!」

 先の思案を後回しにして、今はとにかく休みたかった。早く家に帰りたい……が、成果が何も無い。

 お宝になり得た機械も、カノジョの救出に使ってしまった。もしかしたら直せなくもないのだろうが、僕はサルベージャーではない。

「咳……」

「気にしないで、ただの咳だ」

 咳き込んだ僕の様を、カノジョは心配そうに見つめた。エクソダスを目指すと言っても、元来のメディカロイドとしての役割は持っているらしい。

「……私が診ましょうか?」

「別にいい─────あっ」

 それは天才的な閃きだった。

 これでいいじゃないか、成果。

 きっとバチェラだって、下層では物珍しいアンドロイドを持ち帰ったとなれば二度と。

 二! 度! と!

 ゴミ漁りになんて行かせないはずだ。

 それに、カノジョだってエクソダスの計画を考えるのに安全な場所が必要だろう。そうに違いない。

「何でしょうか? そんなにまじまじと私を見て……」

「メディ、計画を考えるのに安全な場所が必要じゃない?」

「はい。下層は治安の悪い地域が多いと聞きますから、安心できる場所があるのであれば行きたいところです」

「なら、僕が案内してあげるよ。下層については、ある程度知っている自信がある」

「良いんですか? ───では、お言葉に甘えて、ありがとうございます」

 まるで人を騙すような発想ではあったが、相手はアンドロイドだ。物を騙すのであれば悪い気はしない。

 僕もカノジョのように立ち上がり、カノジョへ手を招きながら帰路に就いた。

 カノジョはコクリと頷いて、僕の後ろを何の疑いもなく着いてきていた。目指すは、農園『ベジタリアン』。そこに待つバチェラの反応に胸を膨らませながら、僕は歩みを進める。


  

 あぁ、そうだ。これが僕らの、始まりの始まり。

 そう。

──────そうして僕らは楽園で出会った。

 数多ある出会いは奇跡で、数多ある別れは軌跡となる。これはその一瞬に過ぎず、僕という人間を形作っていく上で、根幹となり得たこの瞬間を……僕は一生、忘れる事はないだろう。

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