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そして僕らは楽園で出会った。  作者: 北上 柊助


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第一章−彼とカノジョの出会い−【第二話】

 銀色の長髪が宙を舞い、その赤い瞳は自分を見下ろす人間らを見つめていた。

「まっ……て!」

 カノジョは必死になって片腕を伸ばす。自分を突き落とした者の腕にでも、ダルヴァザの(へり)にでも。

 とにかく、背に広がる闇の底へと落ちぬ為に。

 だがその抵抗も虚しく、身体は既に落下を始める。

 地面への直撃まで約7秒。コンマ数秒間で算出されたその値は、しかし、その算出の意味を成さぬ程に残り少ない秒数だった。

 その僅かな間に何ができる?

 否、何もできない。ただできるのは、地面ないしは、ゴミ山の上に打ち付けられてバラバラに砕け散る己の姿を予測することのみ。

 ……だが、破壊()への恐怖は感じなかった。それよりも心配なのは、片腕に赤子のように抱きかかえた一冊の本。

 ゆっくりと目を瞑り、空気の流れへと身を任せる。そうして刻々と迫るタイムリミットをスローモーションに感じたのは、カノジョの生存本能が必死に演算を繰り返しているからであろう。

「ぐっ……!」

 体は背中から墜落し、カノジョは終わりを迎える────

「────?」

 はずだった。

 己の体はバラバラになると予測していたのだが、体に落下の衝撃が走った後、その体は、跳ねては沈み、また跳ねてを繰り返していた。

 即座に瞼を開けて周囲を確認する。

 真下には自分を包むように膨らむエアバッグ。そして、エアバッグを中心にして吹き飛んでいったかのようなガラクタの数々と倒れこむ一人の少年。

 カノジョの演算装置は、束の間もおかず状況を整理し始めた。

 ───結果、その少年が落ち行く自分を守るためにこのエアバッグを広げ、その展開に巻き込まれて吹き飛んだのだろうと予測できた。

「この人が……。助けないと」

 それはカノジョが作られた目的に従った行動だった。

 すぐさま傍らに近寄り、手首を強く握る。

「バイタルチェック……異常なし。全身の打撲のケアを開始します」

 ───メディカロイド。それは、上層において人々の生活を支えることを主として造られたアンドロイド、その内の一体だ。

 役割として、人間の医療補助並びにアンドロイドのメンテナンス補助を行うが、状況次第ではメディカロイド単機での医療行為やメンテナンスも許可されている。

 そして、カノジョもその内の一体だった。……ある点を除いて。

「いててて……………って、うおっ!?」

 少年が目を覚ます。同時に手首を強く握られていたことに驚いて、若干距離、後退った。

 天から覗く光が、後光となってカノジョの銀髪を照らしていた。そして、互いの赤い瞳は真っ直ぐにお互いを見つめていた。

「ありがとうございました、肩甲骨まで茶髪を伸ばしたアホ毛の人。おかげさまで本も無事でした」

 カノジョは大事そうにして、その本を腰の横に吊り下げて固定する。

「アホ毛の人……。まぁ、あの……無事ならいいんですけど、本当に大丈夫です?」

「はい。見ての通り、体に損傷もありませんし」

 少年は目を疑った。エアバッグが下敷きになったとは言え、高さ200メートルから落下して無傷なんてあり得ない。

 そこでようやく気付いた。

「えっと……貴女、アンドロイド?」

「はい、最新ロットメディカロイドの『メディ・ハヴァー』です。……先程は助けくださり、ありがとうございます。まだ幾らか打撲が目立つので、ケアを再開してもよろしいですか?」

「あぁ……お願い」

 困惑しながら、少年は肩を落とす。

 目を覚ましたその刹那に、自分の目を奪ったその女性の、その(じつ)はアンドロイドであり、一瞬でもアンドロイドなんぞに見とれてしまったという事が恥ずかしかったのだ。

 それも、面影をいつかの先輩に重ねて。

「はぁ……」

「溜め息……どうかしましたか? ……もしかして怪我の事を────」

「気にしてる訳じゃない。ただ、キミのような人間そっくりな見た目のアンドロイドに……その、なんだ。……ううん、正体を見抜けなかったのが残念だっただけだ」

 思い人の先輩と重ねてしまった事を押し殺して、事実でありつつも適当な理由を見つけ出して言う。

「それは……間違い探しの答えを誤答したようなモノでしょうか?」

「うん、そんなところ」

「それは……仕方の無いことです。私のような、最新ロットのアンドロイドは外見を限りなく人間に近付けられていますから」

「そう……なんだ」

 それを裏付けるように、メディの身体にはアンドロイド特有の球体関節や、人工皮膚の継ぎ目が無いように見えた。

 しかし、彼が見抜けなかったのはそれだけが理由では無い。

 それは3年前。彼が下層(ここ)に来る以前の、上層に住んでいた当時は、アンドロイドが『何かの物』に固執する事などありえなかった。

 それが物や人の、警備や護衛に使われるファイトロイドなら別だろうが、そんな目的を持たないメディカロイドが、『本』を大切にしている様など想像すらもできない事だった。

 その様子も、彼が正体をすぐに見抜けなかった要因の一つであるのに間違いはない。

 彼は、そんな違和感を覚えつつも、アンドロイドが自分の知らぬ間に進化を重ねたのだと、そのせいだと納得する事にして先の恥ずかしい思いを心中で払拭した。

「……これで処置は完了です。お疲れ様でした」

 医療道具類を衣服の大型ポケットに入れると、メディは立ち上がった。

「貴女、これからどうするつもり? ……分かってると思うけど、一度下層に降りた人間は『感染者』扱いされて、それはアンドロイドも同様に『感染物』扱いだ。病気のない上層に、そんなものを入れられないから───」

 その質問の回答結果はおおよそ予想できた。

 それでも彼が質問すると、真剣な面持ちでメディが答える。

「分かっています。───私は……私は、外を目指します」

「……え?」

 彼にとって、それは予想外の回答だった。まずアンドロイドが下層に落ちてくることなどありえないのだが……『人類の生活を支えること』を目的として造られたのがアンドロイドだ。老朽化によって動かなくなるまで層間構わずに人間のサポートをするか、そもそも下層の人間に手を貸すことを許されておらずに自壊を選ぶかの二択だと予想していた。

 しかし、メディのその回答は、利己的かつ楽園への反逆といっても差し支えない回答だ。

「……外? 外って……シャングリラの外?」

「はい。────『エクソダス』を、します」

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