第二章−アンカニ―−【第三話】
オディギアが幹線道路を駆け下りていってしまったので、僕らも仕方がなくその道を下った。
一気に二人では危険だからと、メディが先に渡って行き、その後を追うように僕が続いた。途中、道路がグラついて死んだかと思ったが、なんとか崩落は免れて、僕らは廃都市地帯へと足を踏み入れた。
オディギアにはしかと叱りを入れて、無事に済んだ事に改めて胸を撫で下ろす。
「はぁ……。これからは勝手な事しないでよ、オディギアちゃん。……君は自然の中で暮らしてきたんだろうけど、だからこそこういう文明の跡って言うモノに対しては───」
「うん!」
「───聞く気ないだろう?」
悪びれる様相も無く、オディギアは頷いた。このぐらいの歳の子は怒鳴りつけでもしないと、言うことを聞かないのだろうか。
そうして怒鳴ってでも分かってもらうか迷ったが……その時、メディがオディギアへ目線の高さを合わせた。
「…………オディギアさん、いいですか。ちゃんと聞いて下さいね」
「……なに?」
ジェスチャー付きで、分かりやすく話すメディ。その内容は僕が言ったのと同じ内容を再三再四、注意しただけであった。
……だけなのだが、オディギアはしっかりと聞き入れて、少しだけしょんぼりとした顔を見せた。
何故だろう。僕は舐められているのか……。はたまた、嫌われているのか、そもそも僕の発音が聞き取れていないのか……。
彼女に確かめれば分かることだが、それを知った所で、今後もメディに注意をしてもらえば済むことだ。
そうして、メディがオディギアへと説教をしている間に、僕は周囲を見渡した。
崖の上から見た景色とは、違う印象を覚える。まるでボロボロとなったまま仁王立ちするビルは、割れた窓、虫食いのように欠けた壁々などから、薄気味悪さを発しており、先に感じた物悲しさなど微塵も感じさせない。
同様に道路も、剥がれた白線の塗装が人と車の通る境界線を失くしていて、なんなら、人工物と自然物の境すらも無きモノとしているようだった。
しかし、そんな気味悪さを覚えるのは、ビルに陽光が隠れてしまっているのもあるかもしれない。光があれば、幾分かマシに感じるのだろうか。
「うん、分かった……気を付ける」
そんな事を考えている間にもメディとオディギアの会話は終わった様子だった。
「ソイルさん、大丈夫です。進めますよ」
「あ、あぁ。そっか」
周囲に夢中になっていた僕は、呆気に取られた反応をしてから歩みを再開した。
「取り敢えず……ここに来ちゃったからには、探索してから進みたいよね」
「はい」
「さっき、ビルの中に冷蔵庫があったって言ってたけど、それってどのビル?」
「ここから見て右奥の方、一番近いビルです」
それはさっき、僕が薄気味悪さを感じたビルだった。
「入っても大丈夫そうかな……? 崩れたりしない?」
「幹線道路並みに不安定ではないので、大丈夫だと思いますが、無作為にあまり大きな振動を立てないのが得策でしょうね」
「ここ、──────────」
「『ここ、何だか嫌な感じだね』だそうです」
「そうだね。僕も薄気味悪さを感じてたところだ」
それでも、尻込んではいられない。
「……行こう」
軽く深呼吸をしてから、僕らは未知の中の未知へと足を踏み入れたのだった。
───入口にはホコリが舞っており、窓のあったであろう場所からは、外に居た時には遮られていた陽光が、斜光となって差していた。そして、気温も日光が直に当たらない分、涼しかった。
幸い、その斜光のおかげもあって手回し懐中電灯の出番はなさそうだった。
「わっ……!」
オディギアが小さく驚くような声を上げた。
「どうしたの?」
「うぅ……」
よく見ると、床にはガラス片が散乱しており、オディギアの履いていた草履らしき履き物にそれらが刺さっている。
「もしかして、刺さった?」
「確認します」
辺りを見渡して、ガラス片のない場所を探す。
「階段のとこ。ガラスも無いし、そこで診よう」
メディが頷き、オディギアを抱き上げる。
そうして階段に座らせると、案の定、オディギアの履き物を貫通してガラス片が足裏へと突き刺さっていた。
「幸い、軽く刺さっているだけですから、ひとまずは……」
そう言ってメディは、オディギアに見えないよう右腕を開閉させ、中から包帯を取り出した。それを、慣れた手つきでぐるぐるとオディギアの足裏へと巻いていく。
「ごめんねー……メディ」
「いえ、大丈夫です」
「その足で移動は辛いだろうから、僕がおぶってくよ」
メディが僕の発言をオディギアへと伝えると、嬉しそうにオディギアは僕に笑顔を向けた。
「ありがとっ! ソイル!」
「……あぁ」
なんだか調子が狂う。これまでに子供と接して来なかったのもあるだろうが……喜ぶ子供から向けられる純粋な笑顔と言うのが、こんなにも心地の良いものだとは。
「じゃー、お願いっ!」
オディギアが両手を広げて、僕の背中を待つ。
その仕草に応えて、メディにリュックを任せてから背中を向けてしゃがむ。
暫くその姿勢でいると、どっと背中に体重をかけられたのが分かった。幾ら子供と言えど、案外重いものだ。
「それじゃあ、二階に進もうか」
「うんー!」
「そうですね」
軽くオディギアを持ち直してから、二階へと進む。
そうして、階段を上った先で目に入ったのは、錆びついた鉄製の机と、ホコリを被った棚の数々だった。
改めて、シャングリラより外で人の営みがあった事に驚きはするものの、自然に呑まれた人工物が佇む空間には寂しさを覚える。
「誰かがここで仕事をしていたのかな」
「そんな形跡ですね」
一見、役に立ちそうな物は置いていなかった。置いていたとしても、それは既に経年劣化で使うに値しない物ばかりだ。
「冷蔵庫があったの、何階だった? 」
「四階ですね、少し広い空間に見えました」
「……ソイルー、重くない?」
「重くないよ、寧ろリュックよりも軽いんじゃないかな」
「……えへへぇ」
今回は言葉が伝わったようで良かった。この調子で、しっかりとコミュニケーションをとっていければ良いが……。
「ケホッ! ……それじゃあ、四階に直行してみようか」
「三階は良いんですか?」
「見た感じ、仕事場って感じだから。三階も大して変わらないんじゃないかな」
「なるほど。ソイルさんが良いのならば、私もそれで」
「さんせー!」
踵を返して、階段を上っていく。
そうして先に言った通り、四階へと直行する中で三階の状況が目に入った。
想像通り、三階は仕事場となっていたのだが……その左奥側は崩落に巻き込まれてしまっており、それは四階の床が抜けてしまっている事の証左にもなっていた。
その目に入った光景を横目に、僕らは四階へとたどり着く。
「ここは食堂……かな」
部屋の至る所にはボロボロになった円形テーブルが置かれており、それを囲うように、足の外れたり背もたれを失くした椅子が置かれていた。机の上に置かれた調味料の数々も、どれもがダメになってしまっていた。
「あそこですね」
メディが部屋の右奥を指し示す。
そこは一角のキッチンスペースになっているようで、仕切りのないように見えたこの部屋を、唯一のロングテーブルで区分けしていた。
そして、そのロングテーブルの先に冷蔵庫が置かれているのが見えた。
「部屋奥だから、三階に見えた、崩落した箇所に気を付けながら行かないとね」
「……いえ、ソイルさんは待っていてください」
「え、なんで?」
「……背中」
「あぁ、なるほどね」
確かに僕の背中にはオディギアが居た。崩落に巻き込まれたりなんかしたらたまったものじゃない。
そうしてメディが歩き始め、奥に行けば行くほどその歩調は慎重なものになっていった。
そんな姿を見届けていると、背後から耳元で声が聞こえた。
「……ねーね、ソイル」
「何?」
「─────ーって……」
参った。メディがいなければ翻訳ができない。
「ごめんね、メディが戻ってきてからで……」
僕がそう言うと、オディギアは足で、本当に軽く僕のお腹を蹴った。意味の分からなかった僕にしっかりと理解してもらおうと、今度はアクションで伝えてきたといった感じだろうか。
「お腹、痛いの?」
「ううん」
「じゃあ……減ったとか?」
「うん! そっ!」
「あぁー……」
そういう事か。確かに、時間はとっくに昼を回っていた。探索に夢中になる余り、彼女の空腹どころか自分の空腹にも気付けていなかった。
「食べ物、メディが持ってるリュックに入っているから、カノジョが帰ってくるまでは我慢しようか」
「うんー!」
相変わらず、ピュアな返事が可愛いものだ。
「うぅー、ソイルー」
オディギアが僕の首裏に顔を埋めては頬ずりをしている。なんとも可愛らしい行動で、嬉しくも想うが……僕は彼女に何か好かれるような事をしただろうか。少なくとも、一夜しか共にしていない仲でここまで甘える事ができるのは、流石に人懐っこいが過ぎると言える。
「よしよし」
甘えるオディギアを撫でてやると、オディギアは嬉しそうに、更に深く顔を埋めた。
そんな中で、メディが部屋奥から戻って来る。
「食べられそうな物はある程度見つかりましたが……やはりかなり年数が経っているようです。沸騰水なんかに浸してから食べるのが得策でしょうね」
「うん、了解。取り敢えず、リュックに入れてきたんだよね?」
「はい、しっかり」
「おっけー。それじゃあ、丁度良く椅子もあるしお昼にしよう。オディギアちゃんもお腹が空いたみたいだし」
「椅子……壊れたりしないでしょうか?」
「なに、試してから座ればいいさ」
「……それもそうですね」
そうして昼餉の前に、僕らは使えそうな椅子を選別した。
やはり耐久性が無いものも多かったが、幸い三分程度で、三つ分の椅子を確保する事ができた。それを向かい合うように丸く配置し、僕らは腰をかける。
「───────ー!」
「そうですね、ここまで歩きっぱなしでしたもんね」
やっと座れた的な会話をしているのだろう。オディギアは安心しきった表情を浮かべている。
そんな最中、僕はメディより受け取ったリュックからタッパーを取り出した。シャングリラを出る前、最後に家を出た時に入れた昆虫食の入ったタッパーだ。
「残り後3日分ってところだね。それまでに食べ物を見つけないとなぁ……」
「それ以前に、これらがこの猛暑で保つかどうかもありますね。少なくとも、火を通してはありますからナマ状態よりは保つと思いますが」
「その前には食べ切らないとね────ほら、オディギアちゃん」
タッパーからカミキリムシの幼虫を取り出して、オディギアへ渡す。
キモい見た目だが……食べてくれるだろうか?
「あーん……」
オディギアはなんの抵抗も無く、食べる姿勢を見せた。のは良かったのだが……口を大きく開けては、入れてもらうのを待っている。
「あぁ、なるほど…………はい、あーん」
そうして口の中へと幼虫を入れると、躊躇う事なく咀嚼してからゴクリと飲み込んだ。
「────!」
またもや、何と言っているか分からなかったが……その満面の笑みから美味しいと言ってくれたのだろう。
「メディは─────?」
「はい、お腹が空いていないので。大丈夫ですよ」
メディは食べないの? そう言ったのだろう。
そうか。オディギアはメディがアンドロイドだと言うことを知らないのか。
いや、説明したとしても、自然で暮らしているであろう集落にアンドロイドがある訳がないので、そもそも通じないか。ならば、いっそのこと人のフリをしてもらっていたほうが余計な勘違いをさせずに済むだろう。
人のフリをするアンドロイドは気味が悪くてしょうがないが……。そうも言っていられない。
「まだあるから、オディギアちゃんは子供なんだし、いっぱい食べなよ」
「ソイルーっ! うん!」
目を輝かせながら、オディギアは喜んだ。
正直、食料の消費は抑えたかったが、さっきにメディが言ったこともあるし……何よりもオディギアのような天真爛漫な子には元気でいて欲しい。
甘いだろうな。これから未知の世界を探索していくには。
そう思うが……自分のしたいように生きる、バチェラが言ったことを忘れはしていない。この行動に正解不正解はないのだから。決して、悪いと言える行動ではないだろう。
「…………はぁ」
……バチェラの事を思い返すと、未だ胸の中心がムズムズする。
ふと、窓のあったであろう隙間からシャングリラの方を見つめる。この地帯が周囲よりも沈んでいる事もあってか、木々に隠れてしまって、ここからはシャングリラの影一つ見えない。
そこで、確かにあった……大変で、それでいて穏やかな生活を送っていた場所から、遠く離れていっているのだと実感した。
「ソイルー? 顔暗いよー?」
オディギアが顔を覗かせては、心配してくれた。
咄嗟に。
「場所のせいじゃないかな」
と、嘘を吐いたが……。
「……よーしよーし」
オディギアは僕の頭を撫でながら、幼虫を差し出した。
「…………ありがとね」
歳上だからやめてと、意地を張ろうとしたが、ここで差し出された腕を払うのもナンセンスだろう。甘んじて受け入れる事にした。
─────そうして、食事後。僕らは廃ビルを後にして、都心を東へ突っ切り、郊外に在った住宅街を目指した。
目的としては、今よりも旅に向いた装備がないかを調べに行く為だ。無論、ダメ元だが……。
「ねぇ、メディ。どうしてこの都市はこんなになったんだろう?」
ふと、この都市を見たときに思ったことが頭を過った。
建物の外観がシャングリラの物と似ているのだから、尚更気になる事だった。
「どうして……でしょうかね。その理由を確定させることは現段階では無理ですが、一つだけ分かることはあります」
「なに?」
「少なくとも、争いごとで壊滅したわけでは無いということです」
「ふぅん……なんでそう思ったの?」
「争いで壊滅したというのなら、街の様子があまりにも整然としています」
「……そうかな。ビルの一部は崩落だってしていたし、今から向かう住宅街だって、普通に倒壊していた建物はあったよ。さっき、崖上から見下ろした時の風景がまだ脳に焼き付いてるんだ。見間違いの訳もない」
「確かに、崩れた建物が人の手に因るモノだと見えなくはありません。でも、問題はそこじゃないんです」
「そこじゃない?」
「ソイルさん。廃ビルに入って、階段を上がって、一体何を見ましたか?」
「仕事場っぽい場所と、食堂っぽい場所……」
「はい。では、その場所は、まるで人に荒らされた形跡があったように思えましたか?」
「…………えっと」
無かった。
確かに、机の上にファイルが散乱していたり、テーブルの調味料が倒れていたりなどはあった。しかし、かといってキャビネットの中身が荒らされていた形跡も無ければ、冷蔵庫に食料だって残されていた。
もしも都市が壊滅するくらいの争い事があったのだとしたら、どこもかしこも荒れに荒れ、食料品の一つも残されていない事があるかもしれない。
加えて、ここまで歩いてきた道中に在った、カフェテリアらしき建物の外内装はしっかりとしていたし、車の窓なんかも割られていたのを見てはいない。
つまり、それらの形跡はなにも争い事が起きなくともあり得る形跡なのだ。
「建物が崩壊しているのは、シンプルに経年劣化でしょうね。いくら頑丈な建物も、時間が経てば崩壊してしまうのは自明です」
メディは争い事が壊滅の理由ではないと考察し、僕もその根拠には納得できた。
「それじゃあ一体……何で滅びたんだ……?」
「ソイルさん。……それを考えるのは住宅街の探索が終わってからでもいいかもしれません」
「……なんで?」
僕の疑問に、メディは視線で訴えた。その視線は僕の背中へと向けられており、耳を澄ますと僅かに寝息らしき音が聞こえてきた。
なるほど……。確かに、彼女を起こすわけにもいかない。
メディへと頷いて、理解した事を伝える。
「……ふふっ」
すると、メディは顎に手を当てながら微かに笑った。
子供の眠る様を見て微笑んだのだろう。
きっと、カノジョは子供の患者とも上手く接することができるよう、子供に対して友好的に作られている。その証拠に、商店街のクリニックにおいても、子供に抱き着かれるぐらいには良好な関係を築いていた。それも、ものの数十分で。
───そんな、時折カノジョの見せる人間らしさが、僕は嫌いだ。
確かにそんな一面に助けられる場面だってあったし、そんなことはきっとこれからもあるだろう。なんなら、今こうしてオディギアと友好的な関係でいられるのもカノジョの人間らしさのおかげに違いない。
……だが、それを分かっていても、カノジョはやはりアンドロイドで……その大前提が頭の中にある限り、僕はカノジョの3割も好きになれない。
そういえば、不気味の谷なんて現象があったか。人間は、人間を模した物体に対し、デフォルメから写実的になっていく程に嫌悪感を覚え、そしてようやく人と見分けのつかないラインでその嫌悪感が好転するというもの。
これに則るのであれば、その見た目どころか中身すらも人間に近い、最新ロットのメディへは嫌悪感を持つはずがない。
個人の感じ方と言われればそれで終わりそうな話だが……教育用のティーチロイド、家事や育児もできるバトロイドとスチュワードロイド、性的な目的で使われるセクサロイド、産業用のインダストロイド……バチェラを殺めたファイトロイドだって、今まで見てきたどのアンドロイド達も機械的で無機質だった。そしてカレらカノジョらは、人間に近い見た目をしつつも、継ぎ目が見えたり、アンドロイドらしい関節部が見えていたりしていた。
しかし僕は、そんなアンドロイド達に嫌悪感など持ったことは無い。勿論、アンドロイドのいる生活というものが染みついていたのもあるかもしれないが……それなら何故、メディにここまでの嫌悪感を覚える?
カノジョもアンドロイドであるはずなのに。その好感は他のアンドロイドと同じであってもよいはずなのに。
……いや、だからか。
僕の知るアンドロイドはあくまでも『物』だった。だが、まるで感情が存在しているかのように振る舞うメディが、『人間』に見えているのだろう、僕には。
そして当然、これまで『物』として扱ってきたアンドロイドを急に『人間』として扱うなど無理な話だ。僕の中で認識がごちゃ混ぜになっている、故に感じる嫌悪感なのだろう。
…………ならば簡単な話だ。要はメディをこれまでのアンドロイド通り、『物』として扱えばいい。そうすれば、この嫌悪感は払拭できるはずだ。
これから長い旅路になるのだ。この嫌悪感と旅の終わりまで付き合っていける自信はない。
「そろそろですね」
心奥で自問自答をしていると、メディが目と鼻の先を指差してそう言った。
路肩に置かれた錆び付いた車と崩れた家々が目に映る。倒壊した家々からは草花が芽吹いていて、その多くは緑色が占めていた。
電柱は今にも倒れそうなくらいに傾いていて、その足元に逃げ水を作っており、そこへ誘導するかのように陽炎が道を作る。
「暑いな……。こんな中で残ってる建物を探すのか……」
都市の中央部と違って、陽を遮る物は何も無い。加えて、背中にはオディギアが密着している。ひび割れているとは言え、地面がアスファルトなのも問題だろう。
「こんな暑さですから、水分はしっかりと補給してくださいね。……それと、オディギアさんは私が持ちましょうか?」
「いいや、結構だよ。それよりもだな、名案を思い付いた」
「名案? ……どんなものですか?」
「心配になるとは思うんだけど、手分けして探すのはどうかな。危険は承知だし……それでも、探索は早いとこ終わらせて休憩できた方がいいだろう?」
「…………それは」
メディは沈黙した。何やら深く考え込んでいるらしいが……一体なにを考えているのだろう。
「……分かりました。ですが、条件を付けさせてください」
「うん」
「まず、オディギアさんを私に預けること。次に、危険だと判断した建物には近寄らず、その建物が危険かどうかを判断するための観察も慎重かつ時間をかけて行うこと。この2点を約束してくれるのなら、手分けをして探索することに賛成です」
「後者は分かるけど、前者はどうして?」
「もしも危険な状況に遭遇した際の事を考えて、怪我人がいるといないとでは生存率や怪我のリスクが大きく変わってきます。仮にそんな状況になったら、ソイルさんは生き残るために怪我人を捨て逃げるなんてできるとも考えられませんし……私であっても、極力、怪我人を見捨てたくはありません。……であるなら、カノジョと逃げる際は、一緒に居るのが私である方が最も生存率の高いはずです」
なんだか馬鹿にされている気がしなくもないが……ごもっともな意見だった。オディギアの安全の為にも、彼女がメディと居る事は得策だろう。
「分かった、構わないよ。約束できる」
「はい、信じます」
「……それじゃあ」
メディが僕のリュックを地面へと置き、僕の背中からオディギアを受け取った。そうして、オディギアを渡して間髪入れずにリュックを背負った。
「目ぼしい物を見つけるか、夕日が沈む前頃にここでまた落ち合いましょう。その為にも、太陽の位置と明るさはしっかりと見ておいてくださいね」
「あぁ、分かった」
そうしてメディは、眠るオディギアを背負って住宅街東の最奥方面と靴先を向けた。
「……あっ、言い忘れていました」
僕がメディの向かっていなかった北方面へ足を向けた時、メディがその言葉ともに振り返った。
「ん? 何?」
「私は東方面を調べてきますから。ソイルさんは?」
見れば分からないか。そう突っ込もうとしたが、念のためにも聞きたかったのだろう。
「メディが東方面に歩いていったから、僕は北の方に行こうと思ってた」
「分かりました。……気をつけてくださいね」
「お互いにね」
そうして、互いに背を向けて歩みを進めた…………のだが。
「……ソイルさん! 本当に大丈夫ですよね?」
今度は大きめの声で心配を投げてきた。
「……はぁ、大丈夫だって。キミだろう、さっき信用するって言ったのは。しつこいアンドロイドは嫌われるぞー?」
あんまりしつこいので、ちょっと棘のある言葉を放ってさっさと探索に行かせ、僕も行こうとする。
「───一緒に旅をすると決めた人が、怪我なんてしたら心配じゃないですか。……ソイルさんは違いますか?」
声に抑揚は無く、表情を面に出さない(僕が読み取れてないだけかもしれないが)メディが、珍しくそれらを分かりやすいものにしていた。カノジョは本気で心配している。
……ついさっき、『物』と『人間』を区別すると決めたはずなのに。メディの様子を見て、どうしてか口ごもってしまう。
「そ、そりゃ……故障されたら困るよ。万が一に治療してもらえなくなるし……禁書の解読はできないし……オディギアの言葉を翻訳できないし────なにより寂しくなるし……困る」
「……っ! …………そう、ですか。ありがとうございます」
メディはまんざらでもなく下を俯いては、表情を隠している。……そんな反応をされたら、より人間扱いできなくなるじゃないか。
妙に顔が熱い。日差しのせいか……それとも、つい口走った恥ずかしい言葉のせいか……。
訪れたしばらくの沈黙が、それらの熱を更に迸らせていくのが分かる。
20秒くらいが経っただろうか。ようやくメディが口火を切った。
「───あの、ソイルさん。何か気を遣わせてしまったようで申し訳ないんですが……」
「…………ん?」
なんだ唐突に。何故謝る?
気を遣わせた? なんの事だ?
僕はただ、メディの面に出す程の心配があまりにも優しすぎたものだから、それが嬉しくって……メディが喜びそうな言葉を返しただけで。それがちょっと恥ずかしい言い回しになっただけで。
それなのに、メディは申し訳なさそうに顔を背ける。そんな反応をされては、妙に不安を感じてしまうではないか。
「『もしもソイルさんが私の立場でならどう思いますか』という意図で『ソイルさんは違いますか?』と、聞いたんです。すみません、言葉足らずでした」
「…………なに?」
「『そりゃ、メディカロイドである君の立場なら心配する』とか言われると思って……。でもまさか、ソイルさん目線の、あんなに嬉しい言葉を言ってくれるなんて思わなくて……その。なんといえば良いか……ありがとうございました」
軽い会釈とその言葉を最後に、メディは速足で東方向へと歩いて行った。
「………………は」
そうして、そこには僕一人が取り残され……暫くの間、起こった会話の状況を整理することに時間を使っていた。
「うっわ、はず……」
身体に急な寒気が走るのと同時に僕は飛躍した勘違いをしたのだと気付いた。
メディは『私はそう思う。貴方もその立場ならそう思うでしょう?』という、自分が過剰に心配する理由を納得させるための問いを投げたつもりだったのだろう。
それをあんな恥ずかしい言葉で返して…………死にたい。
というか、アンドロイドが言葉足らずなんて起こすべきでない。
「……もう行こう」
少しでも恥ずかしさを振り払おうと、北方面へと進み始める。
がしかし、さっきに走った寒気が一気に反転しては、顔面の火照りとなって返ってきて、暫くは頭を抱えながら歩く事になったのだった。




