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そして僕らは楽園で出会った。  作者: 北上 柊助


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第一章【エピローグ】−旅立ち−

 メディが待つ車へと向かう。

「待たせてごめん……もう、大丈夫だ」

「いいえ、全然待っていませんから。こちらも大丈夫です」

 そう言ってメディは運転席から降りてきた。

「そういえば、腕……」

 カノジョの腕を見ると、そこには包帯が巻かれていた。きっと申し訳程度だろう。

 その証拠にカノジョの左腕は未だ若干、震えていた。

「心配しないでください、損傷は軽微ですから。どちらかと言うと、私は貴方の頬の方が気になります」

 確かさっき、銃弾が頬を掠めたのだった。当初は気にならなかった痛みが、今はかなり激しく感じる。だが今は、そんな事どうでもいい。

「そんな事はどうでもいいんだ、メディ」

「どうでもは───良くないと思いますが……はい。何か……言いたげですね」

「あぁ」

 バチェラは言った。

 『全力で生きろ』『したい事をしろ』『夢を持て』と。

「僕は下層に落ちてから、どうせ長くは生きていけないって諦観してた。……だけど、今は思うんだ。全力で生きてみたいって。したい事は恩返ししかなかったけれど、どうすればいいのか全く分からなくて……でも、ようやくその方法だって見つかった。夢は……まだ一つしかないんだけど、それを叶えられる機会は多分、今しかない」

「……はい。因みに、その夢はどんな夢なのか、聞いてもいいですか?」

 メディは微笑みながら、僕のまとまりのない言葉へ耳を傾けてくれていた。

「外の世界を…………この目に、脳内のフィルムに収めること。できるのなら、カメラに残したいんだけどね」

「外の世界を……と言うことは、ソイルさんもエクソダスを────」

「あぁ、するよ。できれば、キミと一緒に」

 食い気味に放ったその言葉に、メディは目を丸くしていた。

「私と…………。いいんですか?」

「うん、キミが良いなら一緒に行かせてくれ。僕の知る中で、唯一外界を知る者はキミだけだ。もしも一緒に居てくれたら心強いと思う」

「はい……! こちらからも、お願いします。何が起こるか分からない外界で、協力できる人が居る事は、私もとても心強いので」

 そう堅い言葉を並べたメディは、浮かべていた慈愛の微笑みを、喜びの笑顔へと変えていた。

 そうしてメディへと僕の生き方を告げ、そうすることで深く胸に生き方(それ)を刻んだ。

 次は旅立ちの準備をしなければならない。だが、その前にやる事があった。

「そうと決まれば準備をしたいところなんだけど……その前に、バチェラを埋めてやりたい」

「賛成です。幸い、移動手段はありますし。どこに埋めてあげるのかは決めているんですか?」

「うん。当然、あそこしかない」

 そして僕らは、ファイトロイドの使っていた車を用いて農園へと戻った。

 ダルヴァザから差し込む陽は若干の陰りを見せていて、これから主を失う農園を惜しんでいるようであった。

「ただいま」

 いつものように小屋へと入る……が、返事はなかった。静けさに涙が浮かんできたが、深く瞼を閉じて、涙を一滴へとまとめて落とした。

「これ以上は……泣かないように頑張るから」

 ふと、机の上にあるランタンを眺めて、それもリュックへと仕舞う。ついで、旅に必要な道具を最後に確認してから、外にある倉庫からシャベルを出した。

「ここにしようか」

「……はい」

 そこは農園の中心、ダルヴァザから差す光のど真ん中だ。そして、僕の落ちてきた時にクッションとなったビニールハウスがあった場所でもある。

 10分程をかけて、休む事なく人が一人収まりそうなスペースを掘り進めた。その間にメディは、バチェラの身体をキレイにしてくれていた。

 そっと、やさしく、掘った穴へとバチェラを置く。

「……メディ」

「はい」

「一つ隣のビニールハウスにじゃがいもが植えてあるんだ。持ってきて……ここへ入れてあげてくれないか」

「分かりました」

 メディがビニールハウスへと速足で向かっていった。

 しゃがみこんで、静かに眠るバチェラを見つめる。

「本当は僕の物を置いていきたいんだけど……生憎、そんなもの無くってさ。───改めて、ありがとう。またいつか……会おうね」

 そう呟くと、早速メディが戻ってきてくれた。

「持ってきましたが……ソイルさんが入れてあげてください」

 じゃがいもを持ってきたメディは、それを僕へ差し出す。

「そっか……ありがとう」

 供物にしては不格好だったが、じゃがいもを彼女の胸へと添えて、土を被せる。

「それじゃあ、行ってきます。バチェラ」

「バチェラさん、お邪魔しました」

 そうして、僕らはバチェラへと感謝を置いて、車で出立した。

 もう少しだけゆっくりして、身体を休めつつ、物資を揃えてから出る事も考えたが、ファイトロイドの増援がいつ来るかも分からなかったため、余裕もないままに僕らはシャングリラを覆うスリガラスの足元を目指した。

「ソイルさん」

「何?」

 僕を呼んだメディは、損傷した左腕を鑑みてか、右手だけでハンドルを操作していた。

「外へ出たら、一度ゆっくりとできるところを探しましょう」

「気遣ってくれてるの?」

「あんなに早く感情に整理をつけて、見慣れぬ土地を歩いていくのは、きっと大変ですよ」

「どうだろう。それは外に出てから考えるよ」

「そう……ですか」

 後ろへと振り返る。ふと、下層が恋しくなってきたのだ。

 あんなに辛くて大変な生活だったというのに、いざ別れを告げる時はこんなにも物悲しいものなのか。

 ……いいや、バチェラとお別れする事が辛いだけなのかもしれない。

「ところで、どうやってスリガラスを突破するつもりなんだ?」

 少しでも哀愁を誤魔化そうと話を切り替える。

「この車を突っ込ませようと考えています」

「……なんかキミ、禁書庫に侵入したりとか、エクソダスを計画したりとか、今回に至っては車を突っ込ませるとか、中々大胆な事をするよな」

「今回はこの方法が、追手が来る前にエクソダスを実現できる最速かつ最適解な方法だと考えただけです。もしも、この車が手に入っていなかったら、もう少し堅実的な方法を考えていました」

「例えば?」

「……産業廃棄物からダイナマイトや爆発物に成り得る化学物質を採取するとか」

「前言撤回。『大胆』じゃなくて、『野蛮』の間違いだった」

「しかし、それ程でもなければ、あの強度のスリガラスは破壊できません」

「はいはい。合理的合理的」

「…………えい」

「おぉっ!?」

 僕の反応が気に食わなかったのか、メディはハンドルを急に切って車を揺らす。それも大振りに、左右へ大きく蛇行させながら。

「分かったよ! 分かった!」 

「はい、分かればいいんです」

 メディにハンドルを握らせたのは間違いだったかもしれない……。

 そんな後悔も束の間、車は、スリガラスからある程度の距離を取って停止した。

「この辺りからなら、スリガラスまでの距離で最大速度を出せますね」

「……まさかじゃないけど、僕らが乗ったまま突っ込む訳じゃないよね」

「…………まだ私を野蛮なアンドロイドか何かだと思っているのですか?」

 まるで吸い込まれそうなぐらいに真っ直ぐこちらを見つめるメディは、その表情が真顔のままだ。本気で怒っているのか……?

「ち、違うってば! ってか、気にしすぎじゃない?!」

「はい、冗談です。当然、その辺りも考えていました」

 真顔で冗談を言うのが怖すぎるだろう。さっきまで笑っていた時もあったではないか。

 さっきの表情が本気であったのか疑問に思う最中、カノジョは早速行動を開始していた。

 何やらトランクに入っていたロープを取り出し、車体前面からハンドルをくぐし、運転席下部へと巻きつけて、更に車体前面へ───を繰り返し行っている。

「これは……何をしてるの?」

「アクセルを最奥まで踏みっぱなしの状態にしつつ、ハンドルを直進の状態へ固定しています。結び終わり次第、キーを挿してエンジンをかければ、勝手に前へと、それも最大速度で進んで行くはずです」

「へぇ〜……。考えたもんだね」

「当然、こんなやり方だってできますから、野蛮でない事は理解していただけましたか?」

「さっきの、絶対気にしてんじゃん……」

 小声で呟いた。運の良い事に、メディには聞こえなかったようで、カノジョはそのまま車にキーを差し込んではエンジンをかけた。そうして、直ぐ様車から距離を取った。

 音を立てて、慌てるように車が急発進する。まるで徒競走のスタートのように一瞬だった。

 かく言う僕らも、慌てるように発進した車から離れる。

「ケホッ! ケホッ……」

 舞い上がった土煙に肺が殺られかけると思ったが、運良く刹那的な咳で済んだ。

「あれ、本当に大丈夫だよな……」

「恐らくは。私達も追いかけましょう」

 そうやって、一歩。二歩。三歩と踏み出して────3分ぐらいが経過しただろうか。

『バリィィッン!』 

 盛大に響いた、何かがガラスを突き破るような音に、僕は胸を昂らせた。

「上手く……行った……!?」

「あっ! ちょっと……ソイルさん!」

 自然と身体は、膨らんでいく期待へ比例するように、車が走った跡を追いかけていく。下層に来てからの2年間、ずっとエクソダスを夢見てきた訳では無かったが、あり得ないと言われていた瞬間を、この目で見れるという高揚感は、まるで有名人を一瞬でも拝めるという、一種の期待感に似ていた。

 これから見えてくるであろう予想だにできない景色。それが確実に目の前に在る事を証明するかのように……スリガラスを通さない直の光が、身体を通り抜けて行く暖かな風が、嗅いだことも無いような外の匂いが、何も知らない僕達を新しい世界へと導いていた───。



 かくして、シャングリラでの生活は幕を降ろす。

 上層と下層、それぞれでの生活は僕に幸福とは、平等とは何かを教えてくれた。

 どれだけ暇の無い生活であろうと、ただ近くに大切な人が居るだけで、ただその人との時間を過ごせる事が幸せだった。

 平等な世界とは不平等の上に成り立ち、されど、それが不幸ばかりをもたらす理由にはならない。

 それらを含めて、失ってから気付く事ばかりだった……。それでも、失物が僕に遺していった温もりや想いは決して無駄ではない。

 いや、無駄では無かった事を、これからの僕の生き方で証明していくのだ。

 天然物の光が、風が、匂いが、旅の始まりを告げる中、僕らは前を向いて歩く。

 一人とヒトリが、各々の胸に、希望を抱いて。

二章につきましては、来週月曜日より、1話ずつを隔週投稿していく予定です。

詳しくは、後ほど活動報告にて書き込む予定ですので、思い出した際にご一読いただければと思います。

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