◇001/先を見通そうとする者 3/4
着実に無線が減って来ていた。それは自陣の人数も減ってはいるが、相手側の人数も減り動けない状態とも言える。
──『相手は遊撃班。動き回り臨機応変に対応する事に長けている。故にこちらは迎撃に徹し、相手が踏み込んで来るのを待つべきだ』
その通りだった。遊撃2班の班員は身を隠しながら少しずつ第6小隊のエリアへと進撃していた。
──『あの2人は2班でも屈指の前線人員。隙を見付けてはそこから攻めて来る。あの2人の体格を舐めてはいけないよ。あの2人は誰よりも軽装を好む。それだけ機敏性と機動力を重視すると言う事だ。君達2人に比べてシンハラは小柄だ。ユーディはそこから更に小さい。それをカバーするだけの技術もある』
黒曜から聞き出した情報は有難いものだった。書類上からの作戦提案を黒曜にすれば、それなりに補正されて返って来る。
──『僕も同意見だね。多分2班は、班員が活路を開きにやって来る。どうせシンハラとユーディは直ぐには来ないよ。だから前線と中層狙撃で班員を削るのがベターかな』
黒曜のアドバイスは惜しみなく組み込んだ。それが効いているのか第6小隊員の報告を聞く限り、班員の撃破報告はいくつもあったが榛原とユーディアルライトの報告はまだない。
──『ユーディアルライトは僕ではなくアイゼンを狙ってやって来る。相手側にも事情が存在する』
リアンが置いた策は着実にアイゼンの元へユーディアルライトを導いた。
『南エリア7高所より通達、敵2名、エリア7Cより8Aへと侵入!』
『補正より、予定通りお願いします』
「南エリア8中層狙撃、確認。只今より狙撃体制に入る」
3階建ての建物の屋上から、ライフルがアイゼンの居る小屋の入り口付近を狙う。微調整をし、数メートル後ろを行く男を捉えていた。瞬間を待つ。それはまだ来ない。
ボンっ、と小屋の屋根で小さな爆発が起きた。それは本当に小さな爆発。衝撃で斜めの屋根から雪が滑り落ち、小屋のドアを塞いた。先に建物に侵入した者と後ろに付いていた男を雪が分断した。
──今だ!
ライフルの引き金の指に力を込めた。弾は射出され、男の胸部に鮮やかな蛍光色が広がった。
「南エリア8中層狙撃より通達!敵1名、被弾確認!」
──演習終了のサイレン、鳴らない!
『補正より、想定通り続行』
──『他の班員を排除していけば、いずれシンハラとユーディがアイゼンの元へと来る。ユーディ主体で来るだろうから、最後にシンハラを落とせば…』
狙撃主のフードが風によって後ろへと落ちる。短い伽羅色の髪が靡いた。
──『最後にシンハラさんを落とせば、アイゼンとユーディアルライトで1対1になる』
リアンは知っていた。遊撃手と言うのは臨機応変に動いて行けるが、逆を返せば限られた空間に押し込んで臨機応変の選択肢を減らしてしまえば何も出来ない事を。遊撃手と言うのは機動力を重視する故、基本的に重装備はしない。だからこそ1対1になった時の力押しには弱い事を。そして黒曜の言葉通り、アイゼンとユーディアルライトとの勝負となった。
──アイゼン、取れ!
暫くの静寂のあと、聞こえたのは無線の音声だった。
『…拠点より通達、敵1名、撃破』
ヘッドセットからアイゼンの声が零れた。演習施設に演習終了を告げるサイレンと、第6小隊員の歓声が響いた。
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「アイゼン、検討を祈る」
そう言い残すとリアンはライフルを手にし、小屋を警戒しながら出て行った。普段、ハンドガンとブレードを使うリアンにしては珍しい選択だったが、それは彼等の取り決め通りの行動だった。
残されたアイゼンもフードを深く被り、自分の髪色を出来る限り隠した。小屋にあった大きめのテーブルらしき物を倒しバリケードにすると、その後ろ側へ移動し息を潜める。アイゼンの手には、リアンのハンドガンと模擬ナイフ、それと呪符が1枚。それが彼の装備だった。
──さぁ、来いよ。ユーディ!
相手は遊撃班、いつ襲撃されてもおかしくない。リアンが居酒屋で言っていた事を思い出す。
──『相手は遊撃班。動き回り臨機応変に対応する事に長けている。故にこちらは迎撃に徹し、相手が踏み込んで来るのを待つべきだ』
──『まずは班員が路を開きにやって来る。シンハラさんとユーディアルライトは直ぐには来ない。だから前線と中層狙撃で出来るだけ班員を削る』
──『ユーディアルライトは僕ではなくアイゼンを狙ってやって来る。相手側にも事情が存在する』
現状、リアンの読み通りに事は進んでいた。
『南エリア7高所より通達、敵2名、エリア7Cより8Aへと侵入!』
『補正より、予定通りお願いします』
『南エリア8中層狙撃、確認。只今より狙撃体制に入る』
無線からはリアンの声が流れる。遊撃2班班長榛原とユーディアルライトが小屋の側に来ていると、アイゼンにはわかった。
バリケードの後ろ側で潜むのを止め、立ち上がった。左手のグローブは外し軍服のポケットへと仕舞う。被っているフードはそのまま、いつ入って来られても大丈夫な様に右手のハンドガンを構える。
キィ、と僅かばかり軋んだ音をたて小屋のドアが開いた。ハンドガンを構え、警戒しながら1歩踏み込んで来たのはユーディアルライトの方だった。
──『こちらと同じ理由で2班の指揮官はユーディアルライトの可能性が高い』
──来た!
互いにハンドガンを向け合う状態。今はまだ拮抗状態、互いに発砲が出来ない。それを崩したのはユーディアルライトだった。ドアを開け事により、外から冷たい空気が流れ込む。ふわり、とアイゼンのフードが飛んだ。ユーディアルライトに見えたものは、『黒色の髪のアイゼン』ではなく、『伽羅色の髪のリアン』だった。
にやり、とアイゼンが笑う。ユーディアルライトに一瞬の躊躇いが出来たのを見逃さなかった。
「──!」
左手に持っていた呪符の力を解放させる為の解放宣言を口にする。
──『ユーディアルライトとシンハラさんはここにアイゼンが居ると思ってやって来る。今回の演習の性質上、それは間違いない。そこにもし、僕が居たら?…きっと隙が出来るよね』
リアンが伽羅色のウィッグを無理矢理アイゼンに被せた理由がここでわかった。背丈が3㎝しか違わない2人を他部隊の人間が区別するのには、まず目につく髪色でしかない。
絶対的な確信をしていたにも関わらず、一瞬でも思い描いていた人と違う人が目の前に現れたら、戦場ならなおのこと無意識に僅かな隙を作ってしまうだろう。
呪符が魔術的な火花を散らしながら燃え尽きた。ボンっ、と小屋の屋根で小さな爆発が起きた。それは本当に小さな爆発。衝撃で斜めの屋根から雪が滑り落ち、小屋のドアを塞いた。先に建物に侵入したユーディアルライトと後ろに居た榛原を雪が分断した。
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