◇007/Spell amplifier-Spell canceller. 4/5
パンッ!!
突然圧縮された空気がはぜる、そんな乾いた音が辺りに響く。直後、書斎のドアは吹き飛び、ガラスが割れる音もした。
「アオイ、ここは僕が見る。早く処理を!行け!」
「はい!」
アオイが西側へと走り出す。一旦2階へ降り、東側から3階の残りの呪符処理を行う様だ。ドアが吹き飛んでいる以上、書斎の前を通れば軍部が潜入している事が中に悟られてしまう。それを踏まえてアオイは遠回りを選んだ。
…ピッ…。
「潜入班より、通達。3階書斎がはぜた。ただし爆発系ではない。アオイが引き続き札処理に向かった。東側班はアオイと合流次第、アオイの指示に従いサポートを頼む」
…ピッ…。
『了解』
アオイを見送るとハンドガンを携え、壁に背を這わす。
…ピッ…。
『監視2班より通達。今の爆発にてハンドガン所持の男が窓から転落。地上にて確保確認しました。隊長、安心して下さい。無事に確保です』
…ピッ…。
「了解」
──炎を伴わない。つまり爆発ではない。突風か?
…ピッ…。
「監視2班、書斎の中には誰が居る?!」
…ピッ…。
『監視2班より、書斎の中には呪符士と女性がいます』
…ピッ…。
「了解」
男が1人窓から転落し、書斎のドアは内から外へと吹き飛んだ。突風の起点は外部ではない。書斎の中だ。
──まずいな。
いくら狭い部屋の中とは言え、男1人を吹き飛ばせるだけの風。呪符も呪符士本人も高レベルでないとここまでの威力は出ない。片や自分達はどうだ?屋内、しかも広くない建物が故、多人数での制圧が出来ない。下手にこちらが呪符を使い、必要以上の破壊をする訳にはいかない。
どう動くか。壁に背を付けたままそっと室内を窺う。風によって紙片と書籍がが散らばっている室内、窓から転落した男の物と思われるハンドガンが1丁、呪符士の足元に転がっている。中心には呪符士と人質のロゼ。
「もう1度聞く。あんた、何者だ?」
ロゼは目の前を何枚も舞い散っている紙片から、瞬間的に呪符を見極め1枚手に取る。刹那、再び突風が室内から吹き出した。風と共に、廊下にも紙片が飛び散って来る。
──ロゼから風が?
それまで1回目の突風は呪符士が起こしたものだとばかり思っていた。だが2回目の突風はロゼを中心に起きた。ロゼが舞っていた呪符を手にしたら風は起きた。彼女の口から解放宣言はなかった。
何ヵ月か前、アイゼンから報告が上がった件を思い出す。『プラチナブロンドの女の子を中心に突風が吹いた』『年齢は20歳前後』『証言者曰く、例外』。
──まさか。
確かめる術はまだない。
東側からアオイが3階に上がって来た。アオイは疲れた様子を見せながらも必死に向こう側の呪符処理を始めた。アオイのすぐあとに、東側の班も上がって来る。西側からはアイゼンの班がほぼ同時に上がって来た。
「私は『お気に入り』じゃないの。貴方のお父様の協力者」
リアンはハンドサインで東側の進行を止める。気が付いた東側班はある程度離れた場所で待機をする。西側も同じ様に止めるが、アイゼンだけはリアンの横に来て同じ様に様子を窺った。
「貴方のお父様の考えに賛同した。私のこの力が活かせられると思ったから協力しているの。それなのに貴方は何?」
「俺だって…親父に協力をしたかったさ!」
「でも断られた。違う?」
「…!」
「だって貴方は貴方のお父様と違う場所を見ている!」
呪符士の目的が見えた気がした。
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──右手が痛い。
ちりちりと痛む右手を見る。呪符の火花を浴び続けた右手が赤くなり、もう痛くて堪らない。左手も右手程ではないがほんのりと赤くなっていた。アオイ自身、こんなにも短時間でたくさんの呪符の処理をしたのは初めてだった。呪符破壊も呪符の無効化も思っているよりも疲れる事を初めて知った。今までだって必要に迫られて何回か呪符の無効化をしてきたが、それこそたかだか1~2枚程度。単に疲れに気が付けなかっただけ。
──でも、僕がやらなきゃ。
最年少である彼の意見を聞いてくれた小隊長の期待に応えたい、アオイはそれだけで今、動いている。
──あと少し…。
残りは書斎の隣の部屋と、その間の廊下の呪符の確認と処理のみ。もう少しで彼にしかこなせない仕事が終わる。アオイは呪符無効者故、普段の戦闘や演習において一切呪符を使えない。呪符に関しては全く役立たずだと思っていたし、無論それを選んだのはアオイ自身だったから自分を責めるしかなかった。だが今回は他の誰もが呪符に手出しを出来ない状況に陥っている。解放宣言も要らない、誰かが触れただけで発動する呪符に唯一対抗出来る。
書斎の隣の部屋の呪符は破壊すべき呪符だった。バチっ…と、小さな痛みは既に感じなくなった右手で呪符を握り締める。そして両手で破り棄てた。火花が散り、燃え尽きる呪符。残すは今居る部屋と書斎の間の廊下に呪符があるかどうか。アオイはふらふらしながらも廊下に出る。書斎の向こう側に、リアンとアイゼンの姿を確認して少し安心した。最後、廊下の呪符を確認する。ここには設置されていない。
アオイは呪符ケースを掲げて笑顔を見せた。やりきった事をアオイなりに伝えた。
あとは書斎の中のみ。アオイもそっと中の様子を窺った。
「貴方には人なんか救えない!貴方のお父様が求めている物なんか作らないくせに!貴方のスキルは確かに素晴らしい。でも傲慢で自分のスキルを違う方面で誇示してばかり。それは求められていないってどうしてわからないの?」
「…ってめ…」
──何で…?何でここに?
心臓がどくん…と弾ける様な感覚。
──『何が怖い?』と問われれば、命のやり取りと答えたい。
目の前で行われているのはまさに『命のやりとり』。軍属のアオイにとって、命のやりとりなんて良くある事の筈なのに、目の前でロゼが呪符士に突き飛ばされ、足元から拾い上げたハンドガンを突き付けられているその光景。それを見た瞬間、数年前の事が甦り怖くなった。あの時に傷付けられたのはルヴィだったが、今度はロゼが傷付けられる。多少形は違えど、あの時を繰り返すのか、と怖くなった。
最初に動いたのはリアンだった。この状況では穏便になどもう無理。自らのハンドガンを構え、呪符士が持っているハンドガンを近距離から撃ち飛ばす。
アオイが飛び出した。過去と同じ事が繰り返されるかもしれない。でももしかしたら繰り返されないかもしれない。
ロゼを突き飛ばした呪符士を、今度はアオイが突き飛ばした。呪符士の左手から呪符が零れ落ちた。ひらひらと舞うそれは、ロゼを目掛けてゆっくりと落ちて行く。
自分の得物を全て手から失い、突き飛ばされた呪符士はアオイの次に踏み込んだアイゼンによって確保された。
──『何が怖い?』と問われれば、あの時のルヴィの表情と答えたい。
目の前に居るロゼに重なって見えた気がした。確かに似ているとアオイは感じている。似ているどころか…とさえ思う。
過去のルヴィは客人を厳しく睨み付けていた。そんな表情をさせたサフィールは自分自身を責めた。自分の不甲斐なさをサフィールは責めたし、そう思わせてしまった事をルヴィは責めた。
──『何が怖い?』と問われれば、呪符だと答えたい。
自分達が『呪符増幅者』と知らなかったサフィールは、自ら呪符に触れ暴発させた。あれ以降、サフィールは呪符が怖かった。だけど今は?今はもう怖くない。
2人の呪符増幅者は、片や『呪符増幅者』を受け入れそれと上手く付き合って来た。片や『呪符増幅者』である事を苦痛に思い、それを棄てて『呪符無効者』となり真逆の道を選んだ。
だから大丈夫。
──『何が怖い?』と問われれば、炎だと答えたい。
アオイは必死に手を伸ばす。ひらひらとロゼに舞い落ちる呪符に向かい、必死に手を伸ばす。アオイの指先が呪符に触れるか触れないか、その瞬間。
「サフィール、駄目っ!」
ロゼが叫んだ。刹那、アオイの手の内に呪符が納まった。
バチっ…と呪符から魔術的火花が散る。ロゼの脳裏には、呪符から吹き出す炎しか思い描けなかった。
「…あ…」
自分に残された道は、至近距離からの炎に巻かれ、焼き尽くされる道のみ。それしか未来は浮かばない。
「大丈夫だよ、ルヴィ。炎なんかもう出ない」
ロゼの目の前には笑顔のアオイが居た。
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