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【注意・魔神詐欺!!】 魔界に転移した女医の私、何故か魔神だと勘違いされたので、魔神を騙って魔界統一を目指します  作者: 清水さささ


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9/13

裸の王様

 燕尾服、メイド、ナース、チャイナ、振袖、魔法少女のドレス……


 ブラック、ブルー、ピンク、グリーン、ブロンド、メッシュカラー……



「バニーちゃん天国は我が手の中にありっ!」


 上着だけコスプレを羽織ったバニーガール達が、際どいハイレグ姿で、ピチピチの尻を揺らして私の城の清掃や炊事等に従事している。



 エルフ村で働かされていたバビット達を解放し、給与制で雇い始めたのだ。


 エルフ村での生活は、食と安全の提供を受ける代わりに、自由の無い生活だったと言う。バビット族は何より自由と個性を愛する性質ゆえ、同じ衣装で森からの外出を禁止されていた事自体に長きに渡り苦痛を感じていたとのことだった。


 解放したバビットのうち三割は旅立ち、七割は私の城に出入りしながら、金が欲しい時だけ働きに帰ってくる。


 燕尾服のバビット、ノエルが手を高らかに上げて叫んだ。



「大浴場の解放時間だよー!!」

「はぁーい!!」


 バビット一同がそれに反応を示す。


 大浴場は私の神輿城の最上階に設置した、青空浴場だ。魔界十区の最高高度に設置された大浴場で、金属と石油のような魔力塵の黒い海、その薄暗いだけの光景が、高所から眺めることで、水墨画のように怪しくうねっていて美しく見える。そして……


「失礼致します……」


 私とバビット族達がくつろぐその暖かい空間に入ってきたのは、褐色で耳の尖ったダークエルフの女性達。森では木室の狭い風景、木材を燃やせない掟の為、水風呂が当たり前だったと言う。それに対しこの浴場の開放感と温かさは彼女達にとってまさに至福のひと時だろう。


「はぁ、極楽極楽……」


 ダークエルフのうち十数名は、もはや神輿城に入り浸って帰る気配すらない。



 大浴場の端から城下を見渡すと、中央広場で剣と剣のかち合う音が響いてくる。これこそが十区名物、決闘賭博だ。


「ジャシャシャ!! 次だっ! 次に死にたい奴はどいつじゃー!!」


 広場の中央ではナガンが終始息を巻いている。ダークエルフ村のバビット解放時に、一部の屈強なダークエルフがバビットを手放したくないとごねたので、ナガンと決闘して勝ったエルフの家のバビットは、解放無しと言う条件を追加した。


 もちろん、そんなものはナガンの戦闘欲求を満たす為の餌に過ぎない。




 そしてノエルが浴場で手板を持って歩き出す。


「さてさて、お次のカードは、人狼族のヴァイスと艶狐族のハクビだあ! 人狼族は強靭な筋肉と爪で鋼鉄すら切り裂き、艶狐族は怪しい幻術で相手を寄せ付け無いぞ! さあ張った張った!」


 それに浴場のバビット族達は群がって、我先にと賭け金を申請しだす。


「ヴァイスに二千骨!!」 「ハクビに一万骨よっ!!」


 風呂の熱気と絶景の中での決闘観戦賭博……この堕落しきった興行に、ダークエルフも他種族も夢中になっている。


「行けー!!」 「殺れー!!」 「勝てーっ!!」


『骨』は十区の人骨通貨の単位だ。概ね円と同等になるようにしている。この賭博興行で借骨しゃっこつまみれになった負債者に、私は特別な労働条件を用意した。それが魔軍への軍役。コボルト達の強制徴用から負債者徴用と希望制にした。戦場で目覚しい戦果をあげれば一発逆転、返済チャンスと言うわけだ。




「さてノエル、試合が済んだら軍事会議を行う」

「あいあいさー!!」


 軍事会議……私の支配区域は着実に広がりつつあった。



【ササーガ魔軍、邪眼族と兵を率いて、一日でダークエルフを制圧】

 エルフ村の攻略後、この見出しのニュースが強烈だった。


 長らく他所との交流を持たず、当たらず触らずで亜人の森を制していたダークエルフが、私が攻めた日に即日で魔軍の軍門に下ったという内容だ。正確には相互交流なので軍門では無いのだが、重要なのは他所がどう見るかという話だ。


 それにより、獣人種の住まう八区から訪問者が殺到し、人狼族の国と、艶狐族の国は既に私の管轄下となっている。




 軍事会議、私の玉座の前に並ぶ魔軍幹部一同の前で、私は不敵に笑ってみせる。


「ククク、次は鱗尾りんび族でもいっとくか?」


 私の国は今、風が吹いている。

 そのはず、そのはずなんだが……個人的には懸念点の方が圧倒的に多い。




 —―まず、軍事会議中に平気で肉を食べているアトラ……


「おお、この魔獣肉、人間程ではありませんが柔らかくて美味……っ! こちらの魚類も人間には及びませんが、味に深みがあって美味い!」


 食レポの基準が常に人間=最高の食材前提レポートだ。

 私の肌でも舐められた日には、そのまま感極まってオヤツにされる事だろう。




 ――そして次に、コボルトのマツリが懇願しだす。


教皇きょうこう様、私の息子が借骨しゃっこつまみれで、その額1000万骨……次の戦争で返済したいと意を決しております、何卒良き戦場へのご配属を……」


「ああ、他ならぬマツリの願いだ、健闘を期待している」


 ……これだ。コボルト村の風習であった人骨を通貨単位として継続採用している事。金属硬貨は通貨として使えない、コボルトは自分でいくらでも金属を変形出来るからだ。木材もエルフがいる為同様だった。


 そして私の身体の中から取れる人骨の総額は、既に二億円程に高騰している。この国の負債者の一番の一発逆転の方法が、私の身体を解体する事になってしまっているのだ。




 ――そして魔軍の正規雇用ではないが、戦争特権で壁から会議を見学しているナガン……


「シャア! 今日も十戦十勝じゃ! そろそろ本格的な野戦もしたいのう!!」


 ……決闘賭博では邪眼族が一人だけぶっちぎって強い為、一対一では敵無しの戦闘狂だ。もはやワンチャンに賭けた多重負債者しか挑戦しなくなっている。私はそんなナガンを気遣って話しかける。


「次に仕掛ける鱗尾族は、その卓越した刀剣扱いと、鎧のような鱗、壁を床のように這い回る集団戦闘が得意だと言う、戦いになれば手強い相手となるだろう」


「鱗尾族……! 血が湧くわ、これだけだ! これがわらわが居る理由よっ!!」


 この邪眼族のネームバリューが凄まじく、名を聞いただけで降伏した種族もあった。しかしこいつは戦闘という生贄を与え続けないと、私に決闘を挑んだり、国を去る時には私を一度は試し斬りしていくと言う。強烈な諸刃の刃だ。




 ――さらには、時折、床のはるか下から響く呻き声。


「グォォオ……ウォォオ……」


 対人間、自動捕食怪物、ディグラス=グィガ。

 こいつには言葉は通じない。神輿城に閉じ込め続けるしかなく、何度か殺せないか試したのだが、山のような体でありながら、バラバラに切り刻んでも、朽ちた肉から芽が出てきて、数分で元の巨体に戻る。


 しかも食欲は凄まじいのに餓死の概念がない。私はこの『人間を滅ぼす為だけに存在してる』みたいなやつの胃袋の上で日々を過ごしているのだ。




 ――最後に……エルフ村攻略後の、最も身近な懸念がもうひとつ。


 会議室を進めていると、会議室の奥の壁の中から、小柄な少女がすり抜けるように出てきて、私の方にまっすぐに駆けてくる。ダークエルフの忍者少女、アズミだ。


「響子さん! 今日は青髪の木の精の、フラアちゃんのページを書いたのよっ! 見てくださる?」


「おお出来たのか、どれどれ……なるほど、いい出来だな」


 アズミは数時間に一度は私を探しだして木の精の図鑑を読ませに来る。しかもその発見精度は異常で、私が戦場にいようがトイレにいようがお構い無し、いつでもどこでもやってくる。しかも……


「ねえ響子さん……魔神はどこにいるの? 私早く……早くアレ殺さないと、魔神ね……殺して、裂いて……開いて撒いて、森の肥やしにしてやるわ……」


 その小さな瞳が底の見えない暗黒に染まっていく。


 このアズミはどこでも現れる上に、魔神絶対殺すマシーンであり、狂気のストーカーと化しているのだ。私が魔神を騙ってるとバレたら、即殺されることだろう。


 なのでエルフ村攻略後に新たに発表をし、部下から魔神と呼ばれないように工夫をした。私は魔軍全軍を集めて、こう宣言した。


「我は既に魔神を超えた教皇である! ここまで統治を進め、魔神から明確に教皇として君臨する事をここに宣言する。以降、この私を魔神などと呼ぶことは断じて許さないっ!! 我は教皇!! 十区教皇である!!」


「教皇様……!万歳!!」 「十区教皇様、万歳!!」



 響子きょうこ教皇きょうこう、アトラを誤魔化す為に言ったダジャレのようなこの言葉遊びが、教皇と呼ばれる私をアズミの疑いからギリギリの所で守ってくれている。


 アトラが私に声をかける。

「教皇様……それでは鱗尾族との戦争に向けて、軍の配備を進めて参ります」


 それにマツリが続く

「では私も管理権限のバビット達に、報告して参ります、教皇様」


「うむ、よろしく頼むぞ、頼もしい者達よ」

 私がそう言って視線を流すと、膝に張り付いたアズミがにこやかに顔をあげる。


「じゃあ次はウェルスちゃんについて書いたら見せに来るね! 響子さん……!」


「う、うん……頑張ってね……!」

「うんっ!! 頑張るっ!! ありがとう響子さん!」


 そういうと、アズミは影のように素早く姿を消した。私は額には汗が残る。新たな種族を攻めに行く会議のはずが、私の中では自分の首を絞める為の精神磨耗会議にすり変わっていく。





 ……ダメだ、もう落ち着きたい、癒されたい。


 そう思うと私は手板に計算を書き込んでいるノエルの方を見た。

「ノエル……風呂に行くぞ、今度は二人での貸切で使う、用意せよ」


「はーい! 準備してきますねー!」


 ……くっ、可愛い、もうバビット族達とどこか遠くに旅立ちたい……っ!




 そして準備が出来た後、さっそく私とノエルは二人で湯船に浸かっていた。


 遠く夕焼けの滲む地平に、湯気の煙が揺らめいている。頂上展望の大浴場、ノエルと二人の貸切だ。ノエルはさっそく湯船で身体を崩す。


「いやー良いですねぇ! みんなでギャンブルしながら入るのも良いですけど、こうしてゆったり広く使えるのも、幹部の特権ってやつですねぇ」


 明るく身体を大っぴろに広げるノエルに対し、私は肩をすぼめて外を見る。


「なあ……ノエル、私の戦いって、いつまで続けないといけないんだろうか……」


 私は遠い夕日を見つめていた。金属の丘の向こう、獣人族の住む西の森が広がり、そこに夕日が沈んで行く 、その太陽の下には別種族の営みがあり、その先にも、その先にも営みがある。



 ノエルは両耳をつかんで畳みながら、口軽く答えた。


「そりゃあ、魔界統一ですからっ! 龍神族の征服までしないと完了とは言えませんよねぇ?」


 私はそれを聞いてノエルに振り向いた。揺れる水面に波が立ち、端の囲い石にあたってパシャリと跳ねる。


「ったく、軽く言ってくれるよな、お前にだけは全て話したはずだ、私は魔神などでは無い。魔物ですらない。ただの人間だ。能力も何も無いし、正体が割れれば国ごとあっさり砕ける詐欺と虚飾の王に過ぎない」


 ……......不安が、孤独が、私の胸を震わせていた。種族人間が絶滅している世界と言う孤独。一番人間らしい見た目のバビット族ですらも、それは見た目だけで中身は超人であり、自由人の狂人まみれだ。この国の王座と言う私の居所に対し、自分ながらに不信と居心地の悪さを感じている。


 ノエルは犬のように風呂を軽く泳いできて、私の正面に顔を寄せた。


「それでも響子さんは魔神ですよ。響子さんみたいな大胆な嘘つく度胸なんて普通の魔物にはないですし、結果みんなそれを信じてて、魔神様だと思っちゃってるんですから!」


 そう言って、ノエルは夕焼けに照らされたその顔に、笑みを浮かべさらに続けた。


「龍神族を征服して魔界統一だなんて……響子さんにしか言えない事です!! 魔物は龍神族には逆らわないべきって常識がありますから!!」


「ホントに狂ってるよな、この魔力塵の景色を見て、龍神族に挑もうだなんて……」


 右を見ても、左を見ても、黒い海が広がっている。この膨大な量の魔力塵の半分は、龍神族が使った魔術の廃棄物だと言う。しかしノエルは相変わらず軽い調子で拳を掲げた。


「あっはは! 響子さんなら出来ますって! 龍神族をぶっ倒せーってね!!」

「ふふっ、本当に適当だな、お前は……」


 ……ノエルの発言には理屈も中身も無い、ただ少し、心が軽くなった。


「さて、食事をして編成の最終確認だな」

 ノエルにそう告げて、風呂を上がろうとタオルを掴み身体を隠して立ち上がった……




 ……その時だった。


 風呂の入口となる脱衣場の屋根、その上から突如、知らない者の声が投げかけられた。


「いやー驚きっすわあ、まさか龍神族に本気で挑もうとしてる奴が居るなんてねぇ?」


 私はその声に対して即座に構えた。

 ……聞かれた? 今このノエルと二人で話してた内容を……!? まずい、どこからどこまでだ。コレは内容と相手によっては非常にまずい。


 私の余裕は一瞬で無くなっていた。考えることなく、焦って声をあげる。


「誰だ無礼者!! いつからそこに居た!! 場合によっては極刑であるぞ!!」



 しかし、返ってきたのは、気の抜けた、嘲笑うかのような返答だった。


「極刑って何ですかあ? 怖いなあ、それって国外の人にも適用されるんですかあ?」


 そう言いながら、脱衣場の屋根の上で、揺れるように人影が立ち上がった。その姿は長身の女性で、軍服のロングコートだけを羽織っており、残りはバニーガール。長いウサギの耳をパタつかせていた。



「バビット族!? 貴様......今は入浴時間外のはずだぞ!!」


 ……ダメだ違う、セリフが的外れだ。落ち着け、国外と言ってた。城内の配下のバビットでは無い。




 するとノエルが腰を抜かし、その足裏が水面から飛び出すと共に、バシャリと湯の飛沫が跳ね上がった。ノエルは震えた指でそのバビットを指し示した。


「ジェイレルさん!? 何故ここに……!!」

「ノエル、なんだこいつ、知り合いなのか!!」



 ノエルは湯の中で後退りしながら、視線を反らして説明し始めた。

「バビット族なら知らない者はいない伝説の人ですよ、なんせバビット族で一番の大富豪なんですからっ!! 」


 続きを語るノエルの表情に力が籠りだした。


「ジェイレルさんの担当は龍神族への情報伝達なんです……!! ジェイレルさんに一度目をつけられたら、龍神族が攻めてきて、国が滅ぶとも言われてますよ!!」



 それを聞いてジェイレルは一歩踏み出して足を屋根のヘリに乗せ、そのフワッと長い雲のような髪をかき分けながら返した。


「あれぇ? 私ってそんなに有名ー? それとも熱烈なファンの子なのかな?」



 ノエルは小さく息を飲んで、ジェイレルを見つめた。

「誰が呼んだか……通称、魔界警察ジェイレル・ナイワー」



 ……魔界に警察の概念あるのか。


 ジェイレルは冷めた流し目で、私達をただ上から見つめていた。


「さてとー、怖ーい計画聞いちゃったし、さっさと龍神様達の元に逃げ帰りますかねぇ」



 ……なるほど、もはや推し量るまでもない、今ジェイレルに抜けた情報は、『全て』だ。私が人間である事、嘘で国の運営を運んでいる事、そして龍神族を征服しようとしている計画だ。


 ……無論、龍神族の征服など本気で考えては居なかった、適度な所で歯止めが効けば、そこで安住を目指すつもりだった。しかしジェイレルには、私が嘘つきだと言うことを先に盗み聞きされている。安住を目指すなどと、今更言っても嘘にしか聞こえない。




 私は一つ深呼吸を取り、身体を隠すタオルを手放した。タオルは水面で気泡を作って一瞬浮かび、水を吸って沈んでいく。私はジェイレルの顔を見据えて語り始めた。


「なるほどな、もはや私がお前に隠せるものは何も無いようだ」


 そして両手を広げて見せた。その動きを見てジェイレルの顔が嘲りに歪む。



「なんですかあ? いきなり見せつけて、ストリップショーするから見逃してくれー、とかですかー?」


 私はそのまま首を傾げ、挑発するように言い放った。


「フフフ……何に見える?」



 ジェイレルは唖然とした顔をしながら、顎をさすって軽率な回答を出してくる。



「んー? おっぱい?」



 私はその回答に軽く湿った笑いを返した。

「フフ……そうだな、それも見せている。だがこれは人間である私の全て、裸の王の姿だ」



 ジェイレルはそれを持ってしても、冷淡に答える。

「そうなんですねー、服着たら?」


私は目を細めて彼女を見上げる。

「私はここまでの情報を、こんなに簡単に抜かれるとは、思っていなかったよ」


「んー! そうですかね! まあ! バビット族は耳が良いのが職業ですからねー!」

 彼女は上からワザとらしいニヤケ顔を飛ばしてくる。それに対して私は真剣な姿勢を崩さない。



「ジェイレル、私は全て晒したぞ。お前の目的も、そろそろ言ったらどうだ?」


「私の目的なんて決まってるでしょ、そこのバビットちゃんが言ってた通り、私は龍神族の情報屋だよ。 十区に龍神族を征服するとか言ってる奴がいまーす! って、サクッとチクって、お金貰うだけよ?」



 私は手を広げたまま、顔を伏せて溜めるように笑った。


「ククク……随分ともったいぶるじゃないか、私がここまで全て晒け出していると言うのにな、さっさと本題に入ったらどうだ?」


 それを聞いてノエルが湯の中から私の顔を見あげた。

「教皇様、本題って報告のことじゃ……」


私はノエルには視線を送らず、再びジェイレルを見据えた。

「違うな。報告するなら、私達に姿を見せずにさっさと報告しに行けば良い。姿を現す事、それ自体にリスクがあるのに、コイツはわざわざ姿を現した。それには理由がある。私と交渉する為だ」


 ジェイレルは腰に手を当てて、コチラを覗き込むようにして笑った。

「ははー! 面白い考察、私は余裕で逃げれるしっ!! からかいに出てきただけかもよー?」


「無いな。自由放浪のバビット族の中で、伝説の大富豪と呼ばれている。お前は生粋の勝負師だ。得の無いリスクに時間を使うとは思えん、仮に交渉がないなら、ただの馬鹿だ、報告に行かれたとして脅威になりえん」



 ジェイレルは指をパチンと弾き、私を指さした。

「いいねえっ! その読み! じゃあ口止め料に手持ちの資産の半分くらい貰っちゃっても良いのかな!?」


ノエルはその発言に身を乗り出した。

「資産の半分って、条件イカレてるんですか!? そんなの滅べって言ってるのと同じじゃないですか!!」


私はノエルの肩に手を置いて制した。

「おい、いい加減ふざけるのもその辺にしとけよ。我々の通貨は資産とは呼べない人骨だ。そのくらいお前ほどの者ならば、既に調べているだろう」


「たっはー! 確かに骨は要らないや!!」


「それに仮に渡せる資産があるとして、受け取ってから龍神族に我々を滅ぼさせれば済む話、それでは私がお前個人に資産を譲渡するメリットが無い」


「それマジで言ってる? そんなの極悪の裏切りって感じじゃん!? やらない、やらないってー!!」




ジェイレルは一向に調子に乗ったような態度を崩さない。全ての発言に中身が無い。こちらのペースを崩しに来ているだけだ、更に深層……情報を抜き出す為にだ。だから私は引き下がらない。


「お前が私の前に姿を現したのは、もっと莫大な金の動く臭いを感じ取ったからだ。お前の考えてる事など別に脱がなくても分かるぞ、そんな裸同然のバニーガールの姿で、堂々と現れた時点でな。その姿、ここからでも中々良い眺めだぞ」


 私の発言にノエルが水飛沫をあげながらツッコミを入れていた。

「ちょっと、そのバビット族ネタ、私にも刺さってますからねーっ!」


 そこでジェイレルは屋根のヘリに乗せた足を降ろして、冷たい目で私達を見下した。その顔が初めて真顔になった。その言葉は短かった。


「ふーん……」




……来た、核心だ。ここを押すしかない。


私は更にジェイレルへと投げかけていく。

「……で、結局お前が興味があるのはなんだ、コボルトか? ダークエルフか? 人狼族か? 艶狐族か……?」



 それを聞くとジェイレルは目を丸くしてから怪しい笑顔を作り、脱衣場の屋根から飛び降りて浴場の床をヒタヒタと歩き始めた。ゆっくりとこちらへと向かってくる。


「良いねえ! そこまで分かってると話が早くてっ! とりあえず興味あるのはダークエルフと艶狐族なんだけどさ、まあ……ゆっくり話そうよ」


 彼女はそう言って前進し、風呂から立ち上がる湯気に顔を当てると、その中でしゃがみこみ、指だけを湯につけてみせた。湯面を通ったその指が、屈折して折れたように映った。


「おお、ちゃんと暖かいんだなあ」



 ノエルは手を広げたままの私の後ろに隠れ、私に質問をする。

「えっと……今の、どういう会話なんですか?」


「ジェイレルは私が支配している地域の魔物を使った金儲けを考えている。だから龍神族に私の正体と計画を黙ってる事を引き換えに、協力関係を作ろうとしている……そんな所だ」


 ジェイレルは手の平でお湯をゆらゆらと掻き回しながら、顔をあげて笑った。


「気持ちよさそうだね、私も入ってもいい?」



 私はそれを受けてニヤリと笑い、両腕を下ろした。


「フフフ……風呂に入るならな、服はちゃんと脱げよ?」


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