魔界の英傑
廃墟、廃墟、廃墟……
それは一つの市が、丸ごと廃墟になったと言う他無い光景だった。
都市の先に小高い丘があり、その丘から先は岩場が続く魔界の自然の光景に繋がっている。
私は今、顔の魔物であるアトラの背に乗り、荒廃都市のビルの上から全景を眺めていた。
アトラのオッサン顔の本体から生えた太い腕が、垂直の壁を平気でよじ登る。
その上に立つ私は、本体の額から生える、美しい女性の上半身にしがみついている。
「教皇様、この景色、壮観ですなあ。十区とはまた違った退廃の香りがします」
「うむ、この都市の景観、コボルトに見せて十区にて再現するのも一興やもしれん」
……普通に日本の滅亡を感じる景観でゾンビまでいるし、いい眺めよりも悲壮感の方が強いがな。
すると私の後ろから顔を覗かせる兎人族のノエルが、私を見あげた。
「そうですかぁ?なんか終わった世界みたいで、悲しい感じしますけど」
……ノエルちゃん、私は君に同感なんだよ。察して……
ゾンビは最初に多く出てきたが、全体の数は多くなさそうだ。
犬、イノシシ、鷲……
人間の女性の身体に、動物の顔を取り付けたような、移植キメラのような死体達。
私一人ならゾンビ映画のような悲惨な結末を迎えそうだが、アトラの敵ではなかった。
アトラのオッサンの背中には、魚の頭が三匹折り重なるように、ギョロギョロと目を光らせている。
「キリ……キリリ……ヒカリ、ヒカリ、アル、ムコウ……」
直接脳内に響くような怨霊のような声。
久々に聞く、アトラの魚部分の声だ。
アトラの女性部分が遠く指を指す。
「あの建物、光っていますね。秘宝があるならば、あの光ではありまんか、教皇様!」
……廃墟の都市に光。何かがあるのはたしかに間違いないだろう。
「慎重に近寄れ、特殊な魔物が出てくるやもしれん」
アトラはビルからビルを、ハエトリグモのようにフワリとピョンピョン飛び回り、みるみると光の建物へと近づいて行った。
そして、近くまで来た時点で、私はこの魔界に来てから最大級の旋律を感じた。
何度も死にそうになったし、ギリギリの嘘で危ない橋を渡ってきた。
しかしそれらをぶっちぎって、その光景は私にとっての絶望だった。
「え、ここ、私の大学の研究棟……」
……途中から見た事ある店舗の看板が見える気はしていた。定番のコンビニ、定番の牛丼屋、ラーメン屋の隣にあるラーメン屋。疑いようもなく、切り取られて送られてきた日本の街並みだった。
アトラが聞き返す。
「ダイガク? ケンキュート?」
……まずい、アトラに私が人間だとバレたら食われる。
しかし、ショック状態の私はそれ以上思考が回らない、停止状態に入っていた。
ノエルが前に出て、私の手を握った。
「ダイガク世界真理・ケンキュートへの光ってやつですねー!私、初めて見ました!!」
底抜けの明るい声で意味不明な事を言い出すノエルのクリクリとした瞳と、焦るような表情が目に入り、私は我に帰った。
「ククク、ノエルよ、良く勉強しているな、そう、これこそが過去と未来を繋ぐ、ケンキュートの光よ」
咄嗟に意味不明単語で誤魔化す定番の魔神演技に切り替える。
すると、アトラも魔人様崇拝モードに切り替わる。
アトラの女性部分は目を輝かせている。
「過去と未来の接続...私、このような高度な魔術を目にできるとは!」
オッサン部分もニヤニヤと笑っている。
……アトラはチョロい。助かった。
だが冷静になって改めて実感する。
医学大学で女教授として従事していた私にとって、そこは自分のワンルーム以上に寝泊まりする頻度の高い、自分の家とも思える程の施設だった。
そして、四階の一部屋にだけ、灯りがついている。
電気の明かりでは無く、魔術的な赤みを帯びた明かりだ。
その部屋の位置を、私が間違えるはずが無かった。
そこは私の研究室だったからだ。
「行ってみるしかあるまい……」
そう私が意を決した瞬間だった。
アトラがしがみつく民家の屋根のとなり、コンビニの高い柱の看板の上から、知らない声が届いた。
「おお、これはこれは、客人とは珍しい。しかも美女が三名もっ!」
全員が一斉に振り向いて見あげた。
変態がいた。
青い肌に金と黒のメッシ髪を揺らし、銀色のビキニアーマーとマントを装備した、一見英雄っぽいような、それにしては下品な女性の魔物だった。
振り向くと魔物はがに股でしゃがみこみ、私たちの顔を見てニヤケ出した。
「だが随分と布面積が多くてもったいないなあ、うむ」
私はローブに魔力籠手の装備で睨みあげた。
「我は魔界教皇・ササーガである。なんだ貴様、頭が高いぞ」
……まずいかもしれない。こいつの強さは知らないが、ノエルもアトラも最低限の戦力であり、こいつがもし海洋族並のパワーを持っていた場合、太刀打ちできない。
しかし、魔物は立ち上がって足を揃えると、威厳たっぷりに片腕でマントを叩き上げて広げ、名乗りを上げた。
「私は絶都王、プフィーロ・ジェンヌ!! ナポレオンの転生かもしれないし、ジャンヌ・ダルクの転生かも知れないよ!?」
……絶対違うだろ。
そう心でツッコミを入れている間にマントは垂れ下がり、謎の片手上げポーズだけが残る。
アトラが小さく耳打ちする。
「教皇様の前で王を名乗るとはおこがましい。殴りますか?」
……アトラが珍しく私の指示も無く戦意を表している。相当癪に障ったようだ。
「待て、絶都の王、つまりこの荒廃都市を知る者と言う事。私はコイツと会話をしてみたい」
するとジェンヌは再び下品にしゃがみこみ、ノエルに視線を合わせて目を細めた。
「ちょっとそこのバニーガールのお嬢さん、こちらに臀部を向けて、振ってみてはくれないか、全魔界ビキニアーマー促進委員長であるこの私が見極めたい」
「え、嫌ですけど」
ノエルは今まで見たこと無いほどの真顔で冷たく答えた。
そしてウサギ型のメイスのついた、金属製のステッキを取り出して構えた。
「コイツ、やっちゃいますか」
……ノエルがこんなに前に出て戦おうとするのも珍しい。
私はノエルの前に手を出して、一歩前に出た。
「ジェンヌと言ったな、お前はここに住んでいるのか」
ジェンヌは両手を黒い雲の立ち込める空へと掲げた。
「そうとも、この絶都は魂の故郷、故に魔界全土の美女達はビキニアーマーを着なくてはならぬ、魂が、根源が、そしてこの私がそう願っているのだから!!」
……完全にお前一人の欲望じゃねぇか。まともに相手する必要も無い。切り込んでさっさと情報を聞き出そう。
私は私の研究室の明かりを指さした。
「ならばあの光も、貴様が付けているものなのか」
その瞬間だった。
ジェンヌはこれまでの楽しそうな顔から、一気に戦慄。
地獄でも見たかのような顔になる。
そしてアトラを指さした。
「お、お、お前ーっ!! その体はなんだっ! 許せん、ふざけているのかっ!!」
アトラは冷たくジェンヌを睨みあげている。
アトラはオッサン顔の上に女性が生え、背中に魚が生えている。ふざけてると言えば、確かにふざけた見た目だ。しかし、ジェンヌの主張は違った。
「お前、下半身が無いではないかっ! それでビキニアーマーを着るなど、許されるわけが無い!」
アトラはへその下、骨盤の浮き出るラインから下は、オッサンの頭皮になっている。たしかに女性の下半身はない。というかオッサンの方が本体かもしれない。
ジェンヌはコンビニの看板の上から飛び降りた。両腕を広げて上げ、片足を上げて飛びかかって来る。
「ひよおお!! 裁きを下すっ! 鶴の構え!!」
アトラに向かってまっすぐ落ちてくるジェンヌを、アトラのオッサンの右腕が思い切り殴り飛ばした。
ジェンヌは血を吹いてふきとび、そのまま研究棟の壁へと激突し、トマトのように弾けた。
アトラはすぐに謝罪した。
「申し訳ありません。あまりに不快だったので、殺してしまいました……この罰はなんなりと……」
「いや、構わん」
……まあ、良いか。私の研究室の光の主はジェンヌしかいないだろう。絶都王など言っていたが、コイツに配下がいるとも思えない。消去法であの部屋を使ってるのはコイツしかいない。ならば安心材料だ。これでもう正体不明の部屋主に怯えながら探索する必要もなくなる。
「とにかく、ケンキュートの光を見に行くぞ」
「はっ!」
私たちはジェンヌの残骸の横を通り抜け、研究棟の壁をよじ登り、外から窓を開けた。
「アトラ、お前は体が大きい。何かあれば壁をぶち抜いて良いが、ここで待っていろ」
「かしこまりました」
するとノエルがメイスの杖をくるりと振り回して前に出た。
「教皇様ぁ、ゾンビくらいなら全部私が倒しちゃいますから、どうかご安心をっ!」
「うむ、雑魚処理は任せる。私は高位魔術の解析に時間を使うのでな」
……ああ、頼もしい。キュンキュンしちゃうわ、この子。
窓の鍵は開いていた為、ノエルは飛び込むように中へと入り、私はゆっくり片足ずつ入って、ノエルに支えてもらった。
研究室に入ると、自分の居場所であったという安心感と、それが汚れた廃墟になっているという不安感が混ざって、妙にノスタルジックになってくる。
飾られた表彰状、見慣れた試験管、鍵付きのガラス棚の中の薬品。どれもが私が覚えている痕跡だ。
ノエルはメイスを構えて警戒しつつも、見たことないものに興味を持ったり、警戒し直したりと、せわしなく動いていた。
表彰状の中のひとつを見る。
───────
日本再生研究学会賞
漣 響子 殿
貴殿はティタノ細胞に関する 研究において、独創的な知見をもって、再生医療の発展に多大なる貢献をされました。よってここにその功績を讃え、これを表彰します
令和七年 六月五日
───────
私の名前で表彰された賞状。間違いなく私がしていた細胞の研究のもの。その研究室だ。
そして、その隣にもうひとつ同じ内容の賞状があった。
名前だけが違う賞状。そこに書かれていた名前は。
『石上 統司』
私は目を見開いた。
「イシガミ トウジ……トウジか!?」
シェリーの言っていた「トウジ」に違いない。
ここまで来て、偶然に同名なんて言うことは無いだろう。
だが不思議と、私はこの統司という、私の隣にある名前。同じ内容の研究を共にしていたハズの、絶対に知っているはずの男の名前を、全く思い出せなかった。
そして、部屋の内壁を挟んだ向こう側に、赤い光の正体があった。
それは真っ黒なお椀のような形をした装置で、内壁が赤く発光していた。原理は分からないが、金属製らしきその物体自体が発光しているように見えた。
「なんだ……これは」
私はその容器を見た事が無かった。
「もしかして、私が知っている現実とは違う現実なのか……?」
その装置を見つめていると、ノエルの耳がピクリと外を向き、この部屋のドアに向けて杖を構えた。
「外から金属のハイヒールの音が近寄ってきます!!ゾンビじゃありません!!」
……この部屋の主か? ジェンヌはさっき殺した。という事は、この部屋の主はジェンヌではない?
……別の者が出入りしており、そいつの力こそが未知数。私たちを見つけたらどうするか? 油断した。もしかしたらこれは命を落とす危険すらある。
私は慌ててノエルの後ろへと退避。
コツ……コツ……
私の耳にも聞こえるほどに足音は大きくなる。
窓の外に逃げるにも、脱出には私の体幹では手間取る。
いきなり背中を見せるのは危険。
「気をつけろノエル、ヤバい敵なら一旦様子だけ見てすぐに脱出するぞ……!」
「はいっ!!」
ノエルが杖をぎゅっと握って正面に構えた。
研究室のドアが、勢いよく開いた。
バァンッ!!
扉が120度折り返して壁に当たった。
白いホコリが煙幕のように立ち上がる中に、青い人影があった。
「我こそは不死身不滅の絶都王! プフィーロ・ジェンヌ! 吸血鬼の末裔かも知れないよ!?」
さっき壁で潰れたはずのジェンヌが、なぜか傷一つ無い元通りの姿になって入ってきた。
ノエルは一瞬の迷いもなく駆け出し、ジェンヌの顔面をウサギのメイスで強打。弾けるように顔は歪み、首の骨が一発で折れて、廊下へと吹き飛んで行った。
そして廊下から叫び声が聞こえる。
「ちょっと! 暴力ダメ! 待って話をっ! ビキニアーマーを着れば分かり合える! ビキニアーマーを着て話し合おうじゃないか、ウサギちゃん……!!」
ノエルは無言で廊下に駆け出し、ジェンヌを片足で踏みつけて、畑でも耕すように容赦なくメイスを叩きつけ続けていた。
「ああっ! 痛い、いたっ! やめ、やめろぉー!!でもいいっこの眺め、このアングル……!!」
私はその光景を、ただ唖然として見ていた。
……プフィーロ・ジェンヌ……コイツはヤバすぎるかもしれない。
だが、だからこそ開ける道もある。
私は殴られっぱなしのジェンヌに対してローブを広げた。
「私もビキニアーマー好きなんだよなぁ、私って国王だから、ビキニアーマー帝国を作る事も出来るんだどなぁ」
そう軽くつぶやくと、ジェンヌはノエルに殴られながら足だけで身体と血液を引きずり、部屋の中に入ってきて私の前で、つま先を立てて停止した。
完全に折れた背骨のまま下半身だけ立ち上がると、3Dプリンターの出力でもするかのように、下から肉が移動して元の姿へと再構築されていく。
「私は絶都王プフィーロ・ジェンヌ! 君と共にビキニアーマーの千年帝国を築く、伝説の英傑になるかも知れないよ!?」
再構築された顔は、凛々しくもありながら、やはりどこか、下品さを帯びていた。
それを見たノエルは呆然と立ち尽くし、ウサギのステッキがカランと廊下に転がった。
……すまんノエル。今は、何より情報なんだ。って言うか、ビキニアーマー帝国とか、嘘だから真に受けるな。
私は目の前の変態、ジェンヌの顔を見ていた。
……コイツから聞き出したいことは色々あるが、まずこれだ。
「ジェンヌよ、帝国を築く国王として聞こう」
「ええ、なんなりと」
「イシガミ トウジという男を知っているか」
ジェンヌは露骨に嫌そうな顔をして、目を細めた。
「男の名前など2秒以上は記憶できません」
そして一歩近づき、私の胸を指さしてきた。
「それよりあなた、ビキニアーマーも着ずにビキニアーマーを語るとは、ビキニアーマーに誠実とは言えないのでは?」
「え、ああ。うん」
……なにこいつ、面倒くさ。
ジェンヌはマントをバサリと広げ、謎の黒いお椀の装置の元へと歩き出した。
「多種多様なビキニアーマーがありますが、確実なのはエメラルド、パール、ブラックダイヤの3種です。どれをお望みですか?」
……え、マジでどうでも良いんだけど。
「魔神の正装は黒と決まっておる。ブラックダイヤに決まっておろう」
私はとりあえず、ジェンヌのどうでもいい願望を埋めることから始めることにした。
ジェンヌは黒いお椀を両手で握りこんだ。
そしてこちらをチラリと見て一言。
「名前、なんでしたっけ?」
「魔界教皇、ササーガ……」
名乗った瞬間、背筋がゾクッと寒くなるような気がした。
そしてジェンヌは唱え始めた。
「根源よ、真理よ、魔界の神よっ! 魔界教皇ササーガの衣装はブラックダイヤのビキニアーマーである!」
黒い器の内側が赤く光り始めた。
「悪魔の角のような禍々しい趣向、不均一に散りばめられた黒いダイヤモンド、そして抉りあげるようなハイレグの至高の一品をお願いします!」
……AIイラストの指示かよ。
そう思った瞬間、私が着ていた黒いローブは下から3Dプリンターに書き換えられるかのように、指示通りのビキニアーマーへと変換されて行った。
……え、なにこれ、ビキニアーマーなんて着たくないんだけど!? そういう装置だったのそれ!?
布製だったローブが際どい装甲になると共に、硬質なカーボンのような素材に変わっている。
それを見たノエルは耳をタレ下げてヒザをついた。
「そんな……教皇様、そんな姿に……」
……バニーガール姿でビキニアーマーに絶望されても説得力に欠けますけど……!?
……だが、私は、突っ切らねばならない!
「ククク、素晴らしいぞジェンヌ、良くやった。これこそ魔界教皇に相応しい正装よ!」
……秘宝どころか、とんでもないオーパーツが出てきてしまった。そして、この変態が、装置の使い方を間違えてる事だけは確信出来る。
「フフフ、ご安心ください、今後あなたは全裸になる時以外、どんな服を着ても、そのビキニアーマーに変換されます。マイナーチェンジの際はご用命を」
ドヤ顔でこちらの事をジロジロ眺めるジェンヌに新たな恐怖を感じていた。
……呪いじゃねぇか。
しかしこの、言えばなんでも出来そうな謎の装置と、殺害不可能な不死身のジェンヌ。
これらを野放しにしておけないという事が、私の中で確定した瞬間だった。




