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【注意・魔神詐欺!!】 魔界に転移した女医の私、何故か魔神だと勘違いされたので、魔神を騙って魔界統一を目指します  作者: 清水さささ


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魔界の深淵

 深淵族しんえんぞくのシェリー


 それは屈強な甲殻をもつ海洋族たちが恐れる、ピットファイトという海底コロシアムのチャンピオンらしい。


 私は深淵族なんて種族は知らない。


 知っている情報はただ、使い走りの海洋族が語っていた、深淵族が海洋族の上位種という事のみだ。名前からして海底に住んでいるのだろうと察しはつくが……


 そして私は、シェリーの名前だけは最初から知っていた。


 私が魔界に来た初日に、食人モンスターのアトラの巣で見つけた『過去に食われた未来人の手帳』それに、シェリーの名前とイラストだけが描かれていたからだ。内容は本当に名前とイラストだけだ。


 私は懐から手帳を取り出す。 『2067 my schedule』


 未来の年号が書かれた黒いラバーの表紙をめくった、その一ページ目にいきなり精巧なイラストが登場するのだ。


 描かれているのは黒いオールバックで、目つきが鋭い人間の女性のバストアップ。胸はピッチリとしたノースリーブのインナーが描かれており、腕には肘の辺りからギザギザの腕カバーが付いている。丁度胸のあたりまで描かれているため、その下は分からないのだが、一見普通の女性のように見えるそれに、違和感を感じ始めていた。



 私は浜辺で座って待機するイルカ風の女性の海洋族を眺めた。


 彼女は戦隊ヒーローの女性隊員のようなラバースーツ風の皮膚で、顔面までもが包まれており、頭頂部からイルカの胴体のようなものが髪の形に生えている。そして腕にはイルカ形態に変形している時のボディ部分の甲殻が付いている。それは黒い甲殻。肘の所からギザギザと皮膚が黒く変色して伸びているのだ。


 もう一度、手帳に目を落とす。シェリーのギザギザの腕カバー、これがもしも甲殻を示したものだとしたら。オールバックに描かれた頭髪だと思っていたものが、魚類系の胴体だとしたら……


 顔は完全に人間的であるシェリー、それはイルカ女のラバースーツ風の皮膚を人間にすり替えた時、かなりそのままシェリーの特徴になると言う事に、私は気づいていた。



 そして、手帳には全体として魔界で生きるための生物情報が書かれているのだが、挿絵は下手くそ、内容はディグラスと、七区から十区にかけての亜人族や獣人族のものばかりで、海洋族も巨獣族も描かれてはいなかった。



 そこで私は、ひとつの推察に行き着く。



 この手帳は、元々の持ち主だった者と、生物情報を書き込んだ者が別人だという事。


 つまり、第一持ち主は絵が上手く、50年以上前にシェリーと面識があった者だ。恐らくは似顔絵を描かせてくれるほどの友好関係。わざわざ手帳の一ページ目にそれだけ描いているんだから、相当仲が良いのかもしれない。


 そして第二持ち主が、ディグラスのせいで人間は定住が出来ないと書いていた。つまりディグラスから逃げながら七区以下のエリアを放浪する、人間のキャラバンの一員。下手な絵でも必死に生きる術を描き込んだのは、次世代や仲間の為に図鑑を作っていたから。そして50年以上前にアトラに食われた。



 細かくは知らないが、そんなところで大きく外してはいないだろう。




 そんな思考を巡らせていると、報告に戻った海洋族の若手が一人で戻って来た。剛腕の海洋族の男がそれを迎える。


「よう帰ったのうワレェ!! ケジメか!! 決戦か!!」


「兄貴、それが……」 若手は鬱屈そうに、申し訳なさげに声を上げた。


「シェリーが魔神は連れてこいと言ってる。それで魔神が来たのをシェリーに報告しなかったっちゅうて、オジキがケジメ受けろって、ピットファイト送りになっちょる……」


「なんじゃとワレェ!! 」 「オジキ助けなあっ!! すぐ戻るぞ!!」

「おう!! 仁義じゃ、仁義じゃ!」




 私はそのやり取りを目を細めて聞いていた。


 ……なるほど、悪くない展開だ。



 私は揉めている海洋族の元へと歩み寄った。


「おい、シェリーは私を連れて来いと言ったんだろ、手ぶらで帰れば貴様らの首もないと思うが?」


「なんだとコラ!!」


 拳を構える巨漢の腕を、パシリの後輩がつかんだ。


「兄貴、魔神連れてかんと、シェリーが……」

「うぐ、ぬぐぐ……!!」




 巨漢は苦い顔をしていたが、結局私をピットファイトへと連れて行くしか無かった。なんでも海洋族は肺呼吸であり、海底には空気のある居城があるとのことだ。


 海洋族のサメ変形には腕と背中の間に空気の層があり、そこに収まって連れて行って貰えることになった。こんなチンピラの背中に格納されて海底に行くなど正直不安しかないのだが、仕方ない。



 メンバーは私と、ノエルと、ケイル。


 ノエルは帰れるかも分からない命懸けの潜航なのに呑気だった。

「海底帝国ー!? ピットファイト!! 面白そうですねぇ!! 教皇様ぁ!!」


 ケイルには行かなくていいと言ったのだが、意思が強かった。

「私、巫女として、この歴史の節目に立ち会いたいですし、少しでも教皇様のお力になりたいのです……!!」



 ……健気過ぎて断れなかった。しかし危険は承知しているのだろう。私はその覚悟を飲み、同行を許した。




 そして巨漢の海洋族の甲殻の隙間に私とノエル、別にいたシュモクザメのような女の甲殻にケイルが収まり、海底へと向かった。



 海洋族の泳ぎは早く、おそらく時速80キロほどの速度が出ていた。その速度で30分間ほど進み、海底都市と言う場所についた。それはつまり、そこが海岸から40キロほど離れた外洋の海底と言うことだ。人間では逃げる事は絶対に不可能。


 私は海底都市を見て驚愕していた。海洋族は知性が高い感じはしないし、話していた通りにチンピラの暴力集団といった空気だったので、文化的な物は存在せず、薄暗くて塩臭い海底洞窟に居城があるんだど思っていた。


 しかし実際は違った。彼らの居城は超巨大なガラスのUFOのような構造体だった。その中に未来都市のような曲線と生物的な趣きを持った、立派な建物が立ち並んでいる光景だ。


 しかしその荘厳さとは裏腹に、分厚いガラス張りの都市ケースには、フジツボがビッシリついており、都市内の建物も近くで見ると廃墟に近く、薄い窓はほとんど割れ、機械はあるのだが電気が生きている感じもせず、管理されている感じもしなかった。



「なんだここは、文明の跡地か……? 魔界の古代文明?」


 到着して上陸すると、私たちを運んできた兵士たちは、私たちの事を気にも止めず、一目散に都市の中央に向かって走って行った。オジキとやらを助けに行ったのだろう。私たちもそれを追って歩き始めた。


 ノエルは目を輝かせて、あちらこちらを探っている。

「うおお、なんですかこれ、すごいすごい、見たことないものばっかりですよぉ!!」


 ケイルは慎重に辺りを見回しながら、二股の舌をチロチロと出していた。


「教皇様、私は生物の体温でどこに生物がいるのか大体分かるのですが、ここに入ってからずっと、建物の影に数名隠れて見張られています、常に襲って来れる距離です。お気をつけを」



 ……怖すぎるんですけど、ただでさえ帰れるか分からないのに、襲われたら即死だな。



「なるほどな、ケイル、それは素晴らしい能力と警戒心だ。だが今は気張らなくても良いぞ。ここまで来たら我々は、海洋族の協力を得る以外に道は無いのだからな」


「は、はいっ!! 上手くいくことを願っていますわ!!」



 海洋族を追って歩みを進め、都市の中央部につくと、ヘルメット同士を打ち合わせるような音が、カコン、カコンと響いてくる。そして、ドーム内の海底部分の岩礁に大きな穴が開けられており、周囲の岩礁がガタガタ振動し始める。穴の周囲にはそれを覗き込む海洋族の観衆。


「なるほど、あれが穴底死闘ピットファイトと言うわけか」



 それを聞くや即座にノエルが駆け出して穴の中を覗きに行った。

「うわっ、やってるやってる!! すごーっ!!」


 私もそれに続いて穴の縁に立ち、中を覗いて見た。中には多くの海洋族の甲殻が散らばり、海洋族が何匹も横たわっていた。その中心で巨大な黒い拳を振るう女がいた。肌は肌色で、際どい布を巻き、ノースリーブの黒インナーにオールバックのような頭部の魚類構造。というかシャチの胴体だ。


 私の想像の範囲を超えていなかった。手帳を出して見比べる、一ページ目の似顔絵通りの鋭い目だ。



「なるほど、あいつが深淵族のシェリーだな」


 シェリーは海洋族の大きめの男とボクシングのような試合をしていた。その自動車のタイヤほどの大きさの黒い拳を軽々と振り回し、海洋族の男に飛び掛かり、まるで工事現場のドリルのように、甲殻同士がぶつかる音を連続で叩きだし続けている。連打が激しすぎて、飛び上がったあとずっと空中から殴り続けている。


 男は防御をし続けているが、腕を包む甲殻が一撃受けるごとにバリバリと削られ、その破片が、カンカンと重い音を出して岩礁へとはじけ飛んでいく。



「ファハハ!! 防御か!! まだ防御か!! 防御だけでは勝てないぞ!!」


 シェリーは反撃させる間もなく、圧倒的に攻め続けている。その顔は楽しそうな笑顔だが、鋭く生えそろった牙から凶悪さが滲みだしている。それを見てノエルが興奮し出している。



「うおおお!! 強い、速い!! あれナガンとどっちが強いですかね!? 教皇様ー!!」



 私はその反応に目を細めて、無言でノエルを見た。私の代わりにケイルがノエルへと返答する。


「教皇様は、アレとピットファイトしに来たんですが……」


「ああ!! そうだったよ!! 大丈夫!? 行ける? 勝てますかね教皇様!!」



 ……無理だろ。私はまともにやったら、コボルト一匹にも勝てない。何故そんな分かり切った事を聞くのか。


 しかし、それにはケイルも便乗した。


「でも教皇様なら、あれを超える力を持ってらっしゃるに違いないわ!!」



 ……勘弁してくれ。ケイルは私がただの人間の雑魚だとは、まだ知らない。だが私にはナガンとの試合に勝ったというブランドがある。ナガンが魔物を殺せば殺すほど、私の地位が勝手に上がるのだ。


 しかしナガンと戦った時は、一日かけて罠の舞台を用意し、ディグラスを使い、アトラを使い、弱点を攻め、ようやくリラクゼーションの射程に入って眠らせる事ができただけだ。ナガンの鱗は人力ではハンマーを使っても釘を使っても、傷一つ付かなかった。


 今日は完全に敵地、40キロ沖の海中ではダークエルフの森林操作も影響外のようだし、何も召喚出来ない。



 すると穴の中で攻撃を受け続けていた海洋族の男が、ついに反撃の拳を打ち上げた。



「ここだぁ!!」


 それは鋭い突き上げ、私の目には映らないほどの強力な、アッパーカットだった。パァンと鞭をしならせたかのような空気を弾く音が、穴の上にまで響き、肌が震えた。


 しかし、シェリーはそれを顎をすかすように避けてバク転。突き上げた腕の両脇をシェリーの肌色の生足が横切り……



「はいそれ、反撃確定ー!!」


 男のアッパーの下から鉄球のような拳を突き上げて、男の腹へとクリーンヒットさせた。


「ぐぼぉお!!」


 男は血を噴いて激しく吹き飛び、私たちの立っていた手前の岩礁に激突。岩が衝撃で弾け飛び、男の身体は水切り石のように跳ね返って私たちの頭の上を通り越し、20メートルほど先にあったビル跡へと激突。その壁を砕いて向こう側へと消えて行った。


 私は不意に両手で顔を塞ぐ防御の姿勢を取っていたが、あんなのがぶつかったら私の防御なんて意味はない。高速道路のど真ん中で防御姿勢してるのと何ら変わらない。私は腕の隙間からシェリーの姿を覗き見た。


「いい加減な破壊力だな……」


 シェリーの姿を目に写して認識した時、既にシェリーは私の目を見ていた。完全に目が合っている。それを確認するようにシェリーはその巨大な腕を私に向けて、熊の腕程の太さを持つ人差し指を動かして、クイクイと私を誘うポーズを取った。



「はい! いいよー、次ー!!」



 ……マジかよ、気付くの早すぎるだろ。と言うか今の男と戦いながら、私が来たのに気づいていたのか。


 シェリーの指名、そしてピットファイトの穴を覗く観衆達。逃げられない。ここで逃げては全てを失う。


 って言うか、降りて行こうにも穴の深さがビルの三階ほどの高さがある。こんなものは落ちたら死ぬ。人間が飛べる距離ではない。だが降りなくてはいけない。止まっている訳にはいかない。



 私は魔力籠手を打ち鳴らし、手を叩いた。


拍手魔法アクレーム!! 強いな。シェリーとやら、まずはその勝利を賞賛しようではないか!!」


 アクレームは強制拍手魔法だ。その性質は集団意識の強化にある。『みんなが拍手してるから自分もしないと』そんな気持ちのトリガーを引く魔法だ。もし強い意志で『絶対拍手しない』と思われてると、効かない事までは分かっている。


 その場で穴を覗いていた海洋族の者たちは、一斉にシェリーへと拍手を贈り始めた。



「あ、ああ、そういうのは、別に良いんだけど」


 シェリーは小さく頭をかいてこちらを見ている。しかし他の観客は全員シェリーを見ていた。そして私はノエルとケイルの腕を素早く引いた。


「ケイル、ちょっと先に穴へ飛び降りて、シェリーに一礼だけしてこい、絶対闘うなよ!!」

「えっ!? は、はい教皇様の命令とあらば……!!」



「ノエル、ケイルに注目が集まってるうちに、私を穴の下におろしてくれ、隅っこの方からこっそりとな!!」

「は、はい……!?」



 開戦前、穴を降りつつ威厳を保とうとするだけでこの小細工。頭が痛くなってきた。


 しかしケイルは鱗尾族。小娘とはいえ種族のフィジカルの高さで、難なく穴の中へと飛びで降りた。シェリーの前に踊り出ると、華麗な所作で一礼を入れる。


「初めましてシェリー様、わたくし鱗尾族のケイルと申します。今日は挨拶をしに参りました」


「え、えっと何、対戦するの? めっちゃ弱そうだど」


「いえ!! 私は対戦しません!! 魔神様が御用があると言う事ですので……!!」



 そう言うとケイルは素早く穴の端まで下がって行った。そしてそれと入れ違いになるように、私は後ろから顎を浮かせて、余裕たっぷりに前進していく。



「やあ、会いたかったよ。シェリー」



 拍手を続ける壇上の者たちがざわめいていた。

「あいつ、いつの間に」 「アレが魔神か……」



 一方でシェリーは拍手の対象であり、アクレームは効いていない。ケイルが飛んだのも目で追っていたが、私がノエルに抱えられて降りてきたのも、しっかりと見ていた。



「えー、君が魔神なんだよね? なんか全然弱そうじゃん。んじゃまあ、やりますかー」



 穴の上で拍手は鳴り響き続けている。シェリーは戦闘態勢、私は無力。


 これは賭けだ。仮定と推測の上の賭け。アクレームは解かない。




 私はシェリーに対して腕を突き出して、高らかに声を上げた。


「魔神聖秘術・コレーム・ギロ!!」



 発言の瞬間、シェリーのいた場所の岩礁が弾け飛び、その姿が完全に消えた。私の目では全く追えない超速度。右に行ったのか、左に行ったのかすら分からない。分からなくて良い。


 次の瞬間、私の眼前には戦車のキャタピラのような黒い拳が迫っており、激しい暴風が私の長い髪を水平になるほどになびかせた。


「響子さん!!」 後方でノエルが私の本名の方を叫んでいた。


 だがその拳は私を踏みつぶさず、その距離で停止していた。



 観衆はそれを見て唸る。

「うおお!!止まった!?」 「なんだ! なにが起きた!!」


 きっと私が攻撃を止めてるように見えているのだろう。




 魔神聖秘術・コレーム・ギロ。


 ……そんな魔法はない。今思いついた。ただの叫びやすいだけの言葉だ。



 しかし停止したシェリーは、私の手元を見つめていた。


「なんで、それを……」


 私は突き出していた。未来人手帳の手帳の一ページ目。シェリーの似顔絵のページを、彼女に見せつけるように開いて突き出していた。


 そして私は涙を流して、シェリーにだけ聞こえるように小さく呟いた。


「会いたかった、ずっと会いたかったんだよ、シェリー」


「お前誰だ? なんでそれ……」


 シェリーは困惑している。この手帳がシェリーにとって何なのかは知らない。ただ反応して止まっている。必要な事実はそれだけだ。私は黒い鎧の下に羽織っていた白いローブをつまんで見せた。



「人間はな、短命だからさ……」



 シェリーの拳が落ち、視線が揺れた。唇が震えている。拍手し続ける観衆に動揺が走り始めた。

「どうした、様子がおかしい」 「どうしたんだシェリーは?」



 シェリーはヨタヨタと、一歩一歩近寄って来る。


「そのローブ、トウジの? トウジはどうしたんだ?」




 ……来た!! 釣れたぞこの魚が!! それがシェリーの核心!! トウジって誰だ? そんなの知らん、知らなくていい!!



 手帳の似顔絵を描いた者が、シェリーと友好関係だったと言う仮説。それが正解だという証明。それがトウジと言う男の名前だ。それだけで良い。


 私が賭けたのは、そういう存在の者がいたという可能性だ。手帳の提示はシェリーにとって50年以上ぶりの友人の遺品との再会。彼女の目の良さに賭けた。彼女の記憶力に賭けた。


 私の白いローブ。これはアトラの巣で拾った物だが、50以上前に持ち主が食われて放置されていたのに、へたりもほつれも無く強靭。私の知る限りでは現代の日本にも存在しない素材だった。


 ここは古代文明の跡地だ。歩いていてそう思った。これはそこから繋がる結論だ。

 未来手帳、高性能ローブ、未来都市、シェリーの似顔絵。魔界にはオーバーテクノロジーが存在する。


 それを推理して、引き当てた。




 私は手帳を手元に戻して、自分の胸にあて、可能な限りの大声で叫び上げた。


「心臓が、止まってしまったのだ!!」


 そして今度は静かにシェリーを見て、小さく声をかける。

「人の一生は短いだろ、シェリー。私は君を探していた。受継いだ思いを君に伝えるために……」


 シェリーのギザギザの歯が、カチカチと音を立てていた。


「受け継いだ、思い……? 愛……? 愛ってやつの事か……?」



 私はそれを見て、優しく微笑んだ。


「そうだ、愛だ」



 シェリーは立ったまま、首をガクりと落とした。私はそれに近寄り、シェリーを抱きしめた。


「それを伝える為だけに、長く旅を続けてきた、良かったよ本当に。君に会うことが出来て……」


 シェリーは抱きついても抵抗しなかった。その甲殻を避けて触れた人間の肌には、確かに人間の体温が存在した。


 私はシェリーに小さく告げた。


「命は尽きる。だが愛は受け継がれる。アクレーム解除。愛は……」



 セリフの中に小さく織り込んだアクレーム解除。観衆は一斉に拍手をやめ、瞬時にピットファイトに静寂が走る。


「愛は……」


 この次の瞬間に、私は再び大声を上げた。


「蘇るのだシェリー!! 尽きることは無い!! 共に歩む未来のために!!」


 その叫びの中にあったシェリーには、さっきまでの恐ろしい殺戮者の顔はなかった。その剛腕を私の背中に回し、大声で泣いていた。


「うわあああ!! トウジ、トウジ……!!」



 背中に甲殻が当たって痛いが、そんな事が気にならないほどに有り余って、私は自分の勝利を確信していた。


「シェリー、これは愛の……愛の……」ボソッ


「勝利だ!! 私はキョウコー!! その為にここに来た!! アクレーム!!」 パンッ!!



 シェリーにだけ聞こえる小さな呟きと、大衆にも聞こえる大声の使い分け。アクレームの再発動でピットファイトの穴の周りでは大歓声が巻き起こった。


 パチパチパチ……!! ワァァァアア!!


「うぉぉ!? マジか、一撃!?」 「シェリーが、あのシェリーが赤子同然だ!!」

「どうなるんだ!? シェリーが負けるなんて!!」 「魔神、何者なんだよ!!」


 大衆のざわめきは拍手に飲まれて雑音になる。


 私はシェリーを抱きしめながら、ほくそ笑むように歪んだ笑みを浮かべていた。

 そう、私とシェリーの間に実際に起きた事と、穴の上の大衆が見たものは、まったくもって違うのだ。



 シェリーが見たのは、過去の再来。愛するトウジの意志を受け継ぐ者の登場だ。



 大衆が目にしていたのは、シェリーが一瞬で私に敗北したという光景。


 まず、私が手を突き出して『コレーム・ギロ』の呪文を唱えて、シェリーが停止。腕を下ろし、頭を落とした。


 その後私の、『心臓が止まってしまった』宣言。ここでは敢えて主語を入れなかった。観客にはシェリーが一撃で心臓を止める魔術を受けたように見える。


 その次は抱きついてからの『(愛は)蘇るのだシェリー、尽きることは無い、共に歩む未来のために』宣言だ。シェリーには失われた愛の再生。大衆には心停止したシェリーが蘇生されたように見える。


 シェリーは嗚咽してトウジの名を叫んだ。大衆にそれが蘇生の感動に見えたのか、死を体験した恐怖に見えたのか、敗北の屈辱に見えたのか。そんな細かい事はどうでもいい。シェリーは私の腕の中、大衆の前で泣いた。それが事実。それだけが真実。



 そこへと高らかな勝利宣言。シェリーには時空を超えた愛の勝利に聞こえ。大衆にはピットファイトのタイマン勝利として映る。それ以外のシェリーへの甘い囁きは、全て拍手に掻き消させた。


 愛だのなんだのは一切、穴の上には届かせていない。


 最終的に大衆が見たものの流れは、ピットファイトの圧倒的なチャンピオン、シェリーの心臓が一撃の魔法で停止。その後目の前で蘇生されてると言う奇跡。


 そして魔神教皇ササーガの勝利。私はキョウコ―!! の叫びも二つの意味が螺旋のように重なっている。


 シェリーへは『私は響子キョウコ』という自己紹介。

 大衆へは魔神である『私は教皇キョウコウ』の支配宣言。



 そうだ、私はそのためにここに来たのだ。



 私はシェリーのシャチの髪を優しく撫でていた。包み込むようにしながらも、本当に心臓が止まりそうだったのは私の方だ。


「キョウコ、キョウコー!? トウジの最後は、トウジはどうだったんだ!?」



 ……知るかコイツ、この魚が。見るなり速攻で殴り殺そうとしてきやがって。


「彼は立派だったんだ、私達は命を救われていた。シェリー、いつも君の事を思っていたようだったよ」


 ……だが、成し遂げた。


 あとはシェリーを即座にここから連れ出さなくてはいけない。シェリー自身に敗北の事実を知られてはいけない。海洋族の観客と答え合わせされたら本気で帰れなくなるだろう。シェリーは『伝説の敗者』だ。海洋族の間で語られる物語はそうであってもらわねば困る。



「シェリー、君に見せたい国があるんだ。トウジが残した思いが、どれほどの命を救っているのか、君に見てもらいたい」


「国……? トウジの、国……?」


 キーワードは得た。トウジと愛だ。



 ……ここまで来たなら簡単だ。まあ、やってみるさ。




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