裸の会談
軍服を羽織ったバニーガールだったジェイレルは、その規律正しい上着を脱ぐと、綺麗に畳んで風呂の周りの飾り石の上に置いた。
流れるようにバニースーツのチャックを降ろして、タイツと一体化させながら脱ぎ、それらは乱雑に軍服の上に投げ捨てていた。
……バビット族の脱衣シーンは何度も見てるけど、なんで種族単位でバニーガールしてんだろな。
そんなに素朴な疑問を口にする余裕は無かった。このジェイレルとの交渉ひとつで、私の生死が決定し、国として一定の秩序を築きつつあったものが終了する。
バビット族が持つウサギ耳は、頭から直接生えてる。見た目ウサ耳人間だったジェイレルは、そのまま何も包み隠さず、つま先から斬り込むように湯船の中に入って来た。
「髪は濡らすと乾かすのに時間かかるから、あそこ座っていい?」
ジェイレルは風呂の一番外側、沈む夕日と広がる景色を一望できる外壁側の空間を指さした。それに対して私は背を向けて湯を蹴って歩き出した。
「広い風呂だからな、ご自由にどうぞ」
そう言って、私は外壁際で外の景色を背にするようにして腰を下ろし、胸までを湯につけた。ジェイレルはもこもこの髪をねじって首に巻くようにして後ろに流し、宣言通りに私の手前の風呂の隅へ外壁を右に見る形で座り、胸までを湯に浸ける。
「はあ暖かい、こりゃあいいね、ダークエルフも入り浸るわけだ」
そこにノエルがタオルで身を隠しながら、ソロソロと寄って来て、背もたれ無しの私の対面で湯に沈み、水中正座をして、すぐにジェイレルへと問いかけた。
「私なんかがジェイレルさんと一緒に風呂入ってるってのに驚きなんですけど、いつから見てたんですか」
……どこから聞かれてたのかは割と気になってたが、私から聞くよりノエルが聞いた方が意味が軽くなる。良い質問だ。
ジェイレルはノエルをしばらく眺め、目を細めた。足を曲げて膝を掴みながら答える。
「んー、君は可愛いね、この十区に目をつけるの相当早かったんだよね、いつから見てたの?」
ノエルは顔を赤くして湯面に視線を落とした。
「私はその……! この城出来てるの見て、すぐに来たから、二週間くらい前で......」
するとジェイレルは膝を更に曲げ、その膝の頭が湯面から飛び出し、胸に張り付いた。そして明るくノエルを褒め始める。
「すごいねえ、君さあ、商才あるって! だって魔界の中でも十区の事件なんて取材するバビットいないし、こういう所に目をつけられるセンスって、私大事だと思うのよね!」
「いやあ、私なんかがジェイレルさんに、そんな……」
ノエルは照れたように頭をペコペコしている。
それを見て私が切り込んだ。
「おい、ノエルが質問しただろう、いつから見てたのかって聞いたはずだ」
ノエルは水音を立てて顔をあげて私を見た。焦ったようにしゃべり出す。
「響子さん、私が聞いたのって、そんな深い意味ないですから……!」
……ちがう、確かにノエルの質問の意味は重くなかった、しかしノエルを褒めるという動作で、ジェイレルが情報を出さずにノエルの情報が抜き取られている、この状況を放置すること自体が後々良く無いんだ。
私はジェイレルへとブレない目線を送っていた。
ジェイレルは膝から手をパッと離して軽く答える。
「ああ、わるいわるい、別に意図は無かったんだよ?ただ性質上他人のことの方が先に気になっちゃってさ、私は見てたのは今日からだよ、最初は遠くから見てて、二人で風呂に出てきたのが見えたから、屋根に乗ったのはその後だよ」
私は目を細めたままジェイレルを見据え、一息ついてから切り出した。
「まあ状況的に、こちらの不利は変わらん、今の武力では龍神族とは戦えないだろうし、私の正体もお前にはバレてしまっている。私が生き延びるには、お前が描いた集金装置の歯車になってやる以外選択肢は無いんだからな、要件を聞こうか」
ジェイレルは足を延ばし、手を湯の中へと落とした。そして顎をあげながら、不遜な態度で回答した。
「それじゃあ、ダークエルフと艶狐族、ひとまず全員、私の管轄下にください。彼女らは龍神族からも逃げ隠れるのが上手く、捕獲難易度が高い、ゆえに非常に高価で取引されています」
それを聞いてノエルが先に反応した。
「えっ、龍神族に魔物を売るんですか……!?」
それに対してジェイレルは流し目で即答する。
「私が管轄した後のことを聞く必要ってある?」
私は外壁側から背中を浮かせ、身をよじって外の景色を眺めて見せた。そして落ち着いてゆっくり話し出す。
「出来るわけないだろ、ダークエルフは支配では無くて同盟だ。艶狐族もダークエルフが見つかるようでは隠れきれないと察して保護化という事で傘下に入っている、戦争でも無い無意味な犠牲に、種族を差し出すような取引は出来ない」
ジェイレルは足だけで体を動かして移動し、外を見る私の顔を覗き込んで来た。
「この国だって決闘賭博とかして金儲けてるじゃん? それを龍神族に売るってだけで、同じようなものでしょ? 私はそんなクーデターになるような暴政は敷かないよ、ちょっとづつ売らないと希少価値も下がるしね」
……なるほど生贄か、私もナガンに殺されないように、他の魔物に理由をつけて戦わせ、ナガンの欲求を満たす為の犠牲にはしている。しかし……
「ダメだな、決闘と嗜虐の為の品では、そもそも意味が違う。その条件を飲むくらいなら、国は解散して私が龍神族の元へと連行されよう、そのほうがマシだ」
そう言うと即座にノエルがタオルで身を隠したまま立ち上がる。
「響子さん!? それ死にに行くようなもんですから!! 今まで何人ものバビットがジェイレルさんみたいに龍神族の情報屋になろうとして旅立ちましたが、誰も生きて帰って来なかったんですから!!」
……やべえな龍神族。
「フフフ、だがこのジェイレルは龍神族に出入りしていて、それで成功して生き延びるどころか大富豪なんだろ? 道が無いと言う訳でも無さそうだ」
そう言いながら、外を見るのをやめ、横から覗き込んできているジェイレルに目を合わせ、余裕の顔を浮かべて見せた。その時目が合ったが、ジェイレルの顔は冷淡なものになっていた。
「なかなか正気じゃないね」
「正気でいたら、今頃どっかの魔物の胃袋の中さ」
私がそう返すと、ジェイレルは再び腰を下ろし、元の位置に戻った。そして首に巻いてた髪を解き、湯面におろした。そのフワフワだった長髪が湯面で一本一本に解かれて広がっていく。肩までお湯に浸かると、ノエルの方を見て発言した。
「ねえ、ノエルちゃん、私の髪濡れちゃったからさ、ちょっと乾いたタオルとか準備しに行ってくれない?」
ノエルはすぐに答えて背中を見せた。
「は、はいっ!! ちょっと行ってきます!!」
それを私は呼び止める。
「待てノエル、行かなくて良い、お前もここにいろ」
「え、でもタオルは……」
……ノエルは純粋な上に、ジェイレルに委縮している。流されてはいけない。
「ノエル、私は無力な人間だ、バビットと二人きりにされたら勝てん、連れ去られればそれまでだ」
私のその言葉を受けて、ジェイレルは肩を落とした。
「ははっ、疑り深いな。しないって、私も服は脱いでるんだし、この格好じゃ外になんて出れないよ」
私はジェイレルを睨みつけた。
「ならば、なぜ人払いしようとした」
ジェイレルは沈みゆく夕日、既に地平線の上に先っちょの光しか写さない景色を見ながら言った。
「ほら、重い話するのにさ、この子に聞かせたら、可哀想かなと思って……」
ノエルの身体を隠すタオルを握る手に力がこもる。
「響子さん、私一度席外しますよ、タオル取ってくるまで、一応ジェイレルさんの衣装を預かっておけば良いですよね……」
私はノエルの提案を聞いていたが、ジェイレルへと声をかけた。
「ジェイレル、私はこのノエルに命を賭したギャンブルを仕掛けられ、それに勝利した。コイツの抱えた負債は命の支払い、それをわたしとの運命共同体として過ごす事で支払わせている。私とノエルが死ぬ時は一緒だ、話があるなら一緒に聞く」
ジェイレルはそれを受けて、ノエルをチラリと見上げてから、私へと視線を落とす。
「なるほど、流石は狂った国のハッタリ王とバビット幹部ってわけだ、それじゃあ確認したいんだけどさ、最終的に龍神族を従えようって構想は本気なの? そこ私の職場なんだけど」
ジェイレルは腕を組みながら、頬に手のひらを置いてこちらを眺めている。
……見定められている。私の動機は自分の保身が最優先だ。龍神族など生涯関わりたくない。ジェイレルの欲しい答えが分からない、アトラやナガンとは明確に違う。コイツは情報を隠して、こちらの意志を先に確認しようとしてくる。
私はその重い質問に、息を飲んで言い淀んでいた。すると間をおかずしてノエルが一歩前に出て、湯面を揺らした。
「本気ですよっ!! 私たちはこの国の支配地域を広げて、魔界全土を制圧するんですから!! その為の魔界教皇ササーガ様なんですからっ!!」
ノエルの瞳に迷いはなかった。それを見て私は目を見開いていた。
……そうだ、ノエルが私に乗ってるのは、魔界全土を巻き込む一大ギャンブルに加担したいと言う思いが強い。それは私の求める平穏とは真っ向からぶつかる物だった。
ジェイレルはノエルの声に耳を傾けたのち、私を見て確認した。
「そうなんですか?」
……ここまで来たら突っ切るしかない。
「そうだ、ノエルの言う通り、私は支配地域を広げ、先に他種族と邪眼族を落とした後に神竜族へと挑む。邪眼族は龍神族と長期間の戦争をしていた種族、魔界全土のパワーを邪眼族に追加すれば龍神族にも届くと私は読んでいる」
ジェイレルは目を閉じ頬から手を外し、湯の中につけた。
「なるほど、もっともですね、その統一が成されなかったからこそ、龍神族は最強種族の座から降りることがなかった」
そして、水音を立てて、湯の中から立ち上がった。熱い湯がジェイレルの緩急激しいボディラインを駆け下り、濡れた髪が胸に張り付き、その流線の下髪から染み出した水が、清流のようにへその脇を流れ落ちて湯船へと落ちていく。
彼女は私にその跳ね上がるような尻を向けた。長髪の隙間から、うさぎのしっぽが短くも濡れて身体の中央線上にあった。
「響子さん、交渉は決裂です、人間は希少価値が高いため高く売れます。後日あなたを誘拐し、龍神族に十区の情報を売ります、この風呂は気持ちよかっただけに、少し残念ですけどね」
ジェイレルからの一言は冷酷であり、簡潔であった。
……何かが気に食わなかった? それとも最初から決めていて値踏みしていただけか?
瞬時にさまざまな思考が巡ったが、ほぼ詰みのその一言に返す言葉を直ぐには見付けられず、私は質問した。
「理由だけ聞いてもいいか?」
ジェイレルは背を向けたまま、肩越しに視線だけを私に落とし、短く告げた。
「深みに届かなかった」
それだけ言って歩き出そうとする背中に、私は立ち上がり、更にたずねた。
「理由ってのは、誘拐をわざわざ予告する事だ、別に私にそれを言っても、逃げられるリスクを負うだけ、わざわざ言うのは何か察して欲しい交渉の余地があるのでは無いのか!」
ジェイレルはそのまま湯船から上がり、浴場を囲む床へと上り、既に完全に日が落ちて、オレンジとダークブルーのトワイライトとなった空を見つめ、静かに告げた。
「んー、慈悲……ですかね?」
私は唖然としていた。
……慈悲? 私を身売りにして、国を滅ぼすのに……慈悲? 私が逃げ出すための猶予の事か? ダメだ意味が広すぎて断定できない。
「慈悲と言うには、中々に酷な宣告だと思うが?」
風呂の脇をゆっくり歩いて遠ざかるジェイレルへと私はその場から声をかけていた。もはや余裕の無い言いがかりレベルの一言。ジェイレルは自分が脱いだ衣装の所まで戻り、バニースーツを手に取ると、私へ向けて冷たい目線を送った。
「だってあなた、私がせっかく服脱いでまで話に付き合ったのに、嘘ついたじゃないですか」
私の身体を水滴が流れ落ちていく。それが伝う冷たさも、冷や汗の冷たさも、区別がつかなくなっていた。
「嘘……?」
私の口から出たのは間抜けな一言だった、嘘まみれの自分の、どの嘘を見破られたのかを思案していた。しかしジェイレルはバニースーツの上に軍服を重ねて取りながら、続けて答えた。
「私が龍神族と戦うのは本気かと聞いた時、あなたは言い淀み、ノエルが答え、私の顔を見てからあなたが便乗しました。なのであれは本心ではない嘘です。あなたは本気で龍神族と戦うつもりなんて無い」
……図星だった。私は既に言い返す言葉を見失っていた。
すると、ジェイレルは姿勢を上げ、ノエルへと声をかけた。
「ノエルちゃん、結局タオル取ってきて貰う時間無かったから、ついてきて貰える?」
ノエルは身体を隠していたタオルを下ろし、ジェイレルへと正面をむけ、溜めるようにたずねた。
「ジェイレルさん、私……あなたのファンで、龍神族相手に情報屋をして生き残ってて、大富豪で……ずっと憧れてたんです……!!」
「ありがとー、タオル借りれる?」
ジェイレルは軽く答え、外に出ようとする。しかしノエルの口調は強まっていった。
「私は龍神族に絡んでどうにかなれる気はしなかった!! みんな失敗して、行方分からなくなって……それに、龍神族につかえてるのって、ジェイレルさん的にはどう思ってるんですか……!! 仲間がやられて悔しいとか、そういうのって無いんですか……!!」
ノエルは喋りが続けば続くほどに、声が強くなっていく。その背中からは本気の思いが溢れていた。
……ノエルにとって私は、龍神族に届きうる刃としての希望だったのか。ギャンブル中毒が故の魔界統一便乗、それ以上に、その下に熱く燃える気持ちが。
ジェイレルは笑顔を作って答えた。
「ノエルちゃんさ、私と組もうか? 龍神族相手に商売成功させるコツはね、コイツらから全部搾り取ってやろうって気持ちで挑む事なんだよ。みんなはさ、ご機嫌取ろうとして可愛がられちゃうから、すぐ死んじゃうんだよね」
「私が……ジェイレルさんと……?」
ノエルは一度固まり、私の方へと振り返った。その顔は不安に満ちていた。私は胸元で腕を組んで告げた。
「ノエル、私が龍神族と本気でやり合う気が無かったってのは本当だ。私は人間が食料扱いされるこの十区に出てきてしまい、コボルト達から身を守ろうとした。その結果国が出来ただけであり、私が求めているのは保身だけだ、闘争ではない」
私は数歩お湯を掻き分けて歩き、ノエルの肩に手を置いた。
「お前は好きなようにしろ、私はお前を恨まない。こうなってはこの国は長くない、私も私なりに逃げる道を考えるさ」
「響子さん……」
ノエルの顔には迷いと悲しみが浮かんでいた。私はその目に優しく笑顔が写るように笑った。風呂の外、壇上でジェイレルが再び声をかける。
「ほらー、良いなら、早く身体拭かないと湯冷めしちゃうからさ、おいでよ」
ノエルは身体から外してぶら下げたままの濡れたタオルを、ぎゅっと握った。そして姿勢を正してジェイレルに対して意志を持った瞳を向けた。
「ジェイレルさん、誘ってくれてありがとう、でも私は響子さんに命を全BETしてるので、たとえ泥舟でも降りる気はありません」
私はノエルの両肩を掴んで訴えかけた。
「ノエル……ありがとう。だが妙な意地で命を張らなくて良い、命懸けの賭けの精算も、お前が便利だと思ってそばに起きたいと思ったからそう言っただけだ、ジェイレルが決めた以上、この国の転覆は決まった。既に泥舟ですらないんだ」
「響子さん、私とあなたは運命共同体、沈む時は一緒です。そう言ったじゃないですか、私に取ってこれは死ぬか魔界統一するか、ふたつにひとつのギャンブルなんですよ」
ノエルの表情にゆらぎは無かった、その目は芯からの、愚直な決意を表明している。それを見てジェイレルは冷めた目をして頭をかいた。
「やれやれ、コレは本物のギャンブル中毒だったね、これはどうやら仕方がないや」
ノエルはそれを横目にして、私に身体の正面を向けた。
「私いまさら龍神族の手下になんて、なりたいと思いません、響子さんの嘘、龍神族を従えるって嘘、私はそれが嘘でも信じます」
ノエルの真剣な目を見て、私は屈んで身長を合わせ、両肩を揺らすように握りこんだ。
「嘘だって分かってるのに信じるって、いってる事おかしいぞノエル……!!」
腰を落とした私の胸に、ノエルは飛び込んで抱きしめてきた。
「おかしくないです!! だって響子さんの嘘をつく姿はかっこいいから……私が命を賭けるなら、魔軍が良い……!!」
私はノエルの頭をそっと撫でた。
「ははは、ノエルお前言ってる事がめちゃくちゃだぞ」
その光景を見てジェイレルも声をかけてくる。
「正気じゃないけど仲良いのは分かったよ、もうタオル勝手に借りてくね?」
それに対し、私は声のトーンを落とし、ノエルの手から冷めたタオルを取り上げて、湯に浸して温めてから、抱きつくノエルの体に巻いて見せた。
「フフフ……この魔界教皇である私に、ここまでの賭けをさせようとはな」
ノエルはタオルを抑えて顔を上げた。
「響子……さん?」
ジェイレルは冷めた目で見下ろしている。
「その茶番、今更やんの?」
私はノエルの肩をつかみ、180度回転させてジェイレルの方へと向けさせた。そしてジェイレルをにらみ、不敵に笑って見せた。
「これが茶番になるかどうか、決めるのはノエル、お前だ。今よりこの目の前の裸ウサギをお前が捉えよ。コイツが我が城から出なければなんの問題も発生しない!! その鍵を握るのはノエル、お前がこいつを捕まえられるかにかかっている!!」
ノエルはタオルを胸元で織り込んでまきつけ、高らかにさけんだ。
「あいあいさー!! ギャンブルのお時間ですねー!!」
水中からバシャリと足だけ飛び出して、身体を小さく畳んだ。私は膝を曲げて膝の上に手のひらを広げ、ノエルの飛び出す足場を作った。
ノエルのジャンプに合わせて、身体を仰け反らすようにしてノエルを射出、私は湯の中に転んでお湯を跳ね上げ、ノエルは高く飛んでジェイレルと脱衣場の間に綺麗に着地した。
「私はノエル……!! 魔神の耳です……よろしく!!」
名乗りをあげるノエルに、ジェイレルは冷静に振り向いて告げた。
「やる気? 君ごときに捕まる気はしないけど、捕まったとしても、私が三日帰らなかったら龍神族が攻めてくるよ?」
私は湯から顔を出し、髪にたっぷりと含んだ水で幽霊のように顔の前を半分程隠しながら、高らかに告げた。
「龍神族の侵攻、結構! その日までに迎え撃つ用意をせんとなぁ!!」
ジェイレルはそれを聞き、大きく笑った。
「はっはは!! 龍神族と戦うって、正気で言ってんの?」
私はタオルをロープのように伸ばして前に突き出しながら、ジェイレルへと歩いて向かった。
「我ら元より狂気の中にあり、我が安寧は魔界統一の先以外に無し……!!」
ジェイレルは手に持っていた着替えを、再び風呂周りの飾り石の上へと置いた。そしてニヤけて私の目を見た。
「本当にイカれてるね君たち、湯冷めしちゃったからもう一度お湯浸かっていい?」
私はタオルを前に構えたまま、余裕たっぷりに答えて見せた。
「たった今、わたしの一存で法改正を執り行った、この風呂は以降、国民専用のものとする」
「はははっ、あっそ」
ジェイレルはそう軽く答えると、迷わず歩みを勧め、風呂の中で腰をおろした。
「だったらさっさと龍神族対策会議しないと、私も命かかってんだよね」
私もその場で腰をおろして湯に浸かった。
「ククク、全く現金なヤツめ」
ノエルは脱衣場の前でタオル一枚体に巻き、拳法家風のあまり強くなさそうなポーズで構えていた。
「あれ!? なにこれ、どうなったんです!? 捕まえるのは!?」
私は困惑するノエルを呼び込んだ。
「お前ももう一度湯に入れ、この賭けは勝ちで和平締結だ。お前のお陰でな」
ノエルは頭の上にクエッションマークが見えそうなほどのキョトン顔をしながらも、すり足で湯の中に戻ってきた。




