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~注意・魔神詐欺~ 魔界に転移した女医の私、魔神と勘違いされたので、魔神を騙って魔界統一を目指します  作者: 清水さささ
廃棄区画編

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魔界の洗礼

 私の目の前に、魔物がひれ伏している。



「魔神様に、ご無礼な真似を……

 どうか、どうかお許しくださいませ。」


 魔神様?


 なんの勘違いだろうか、私はただの人間だと言うのに……


 私はサザナミ 響子キョウコ


 ついさっき異世界に転移してきた。ここはやけに薄暗く、揚げ物に使った油を半年放置したような黒い泥にまみれており、臭い。


 そして転移後に速攻で泥に溺れ、象のような巨大な魔物に襲われて食われるところだった。どうしようもなく死ぬしか無いと、諦めて覚悟を決めた所で、魔物が私を魔神と称えて土下座をしてきたのだ。


 意味が分からない。しかし、こんな所に転移してしまった私に対する最後の幸運かも知れない。せっかく拾った命なので、それっぽく振舞ってみて、命を繋ぐ事にした。


 私は泥まみれの身体で片足を前に出し、腰に手を当てて、アゴを上げて魔物を見下した。



「うむ、苦しゅうないぞ、オモテをあげい。」



 ……どうだ? 私の中の魔神とやらのイメージだ。この口調で良いのか!?



 巨大な魔物は慎ましく礼をすると、大河ドラマのような口調で返事をした。


「ははっ、ありがたき幸せ。魔神様にお会いできて光栄の極み」



 ……合ってたな! ? 魔神のイメージはコレで良いんだな!! この不遜なノリが好きなんだな!?


 とりあえず、ノリを理解したところで、逃げるにしても何にしても、名前から聞くことにした。



「そなた、名を聞いておこうか」


「よくぞ聞いて下さいました、我が名はアトラルナス・クロノヴァーム」


 ……うわー、名前長げぇ、化学薬品かよ。



「名前が長いな、今後、私の前ではアトラと名乗れ」


「おお、早くも専用の名を頂けるとは、このアトラ、感激の震えに悶えております。」




 ……とりあえず何とかなった。私が魔神という設定を貫く限りは、コイツは私を襲ってこないどころか、勝手に忠誠を尽くしているようにすら見える。


 ……しかし、ノリがめんどい。



「ここはどこだ? 暗いし、やけに臭いな」


「はっ!ここは廃棄区画である、ブリディミエルガナス……」



 ……あー、名前が長い。いわゆる厨二病というやつか。いちいち名前長くされても覚えるのは面倒臭いし、やかましい。



「アトラよ、私は長い名に興味はない。ここはどういう場所かと聞いておるのだ」


「こ、これは大変失礼いたしました! このアトラ、一生の不覚でございます。この失態を埋める為に私は一層の忠義を尽くしましてからに……」



 ……語尾が長過ぎて話が進まない。コイツ面倒臭いな。ちょっと距離を詰めてみようか。



「おい、やかましいぞ」

「はっ!」


「アトラ、お前は私がこの世界に降臨して、最初の配下となる者だ。遠慮せず普通にしゃべれ、へりくだる必要もない」


 魔物アトラは下半身が象程の大きさのオッサンの顔だった。その顔の両脇から極太の腕が六本生えて地面を支え、額から女性の上半身が生えている。その声と礼儀正しい意思疎通は、女性の部分が担当している。


 私を食おうとしたのは下半身のオッサンだった。下半身は私に話しかけられるたびにニヤニヤしたり、叱られるとしょげたりと、感情だけがストレートだった。


 そして今、最高に不細工なニヤケ面を晒している。



「感激です! こんな私を第一の配下として加えて頂けるなんて!!」



 ……まあ、このくらいの口調なら普通だし良いか。



「して、私はこの地に降臨して間もないのだ。この世界の事を聞いておきたい」


「はい、ここは『魔界』 その十ある区画のうちの最下層の最北端、魔界の全ての廃棄物が集積する廃棄区画でございます!」


「なるほど、どおりで臭いわけだ、この泥に毒は無いのか?」



 私はこの世界にきた瞬間、泥の中で溺れていた。まずこの泥が臭い。私は現世で医大に教授として従事していたから、健康には敏感なのだ。普段着と化していた白衣が、黒い油のような泥でギトギトだ。


 アトラが泥をおっさん部分の手ですくって見せた。



「コレは魔力塵まりょくじん。魔物が魔術を使った際に出る廃棄物です。それが地下を巡り、全て最下層であるこの十区に流れついて来るのです」



 ……魔力塵。魔界だし当然の如く魔法はあるって事ね。



 アトラは顔を上げて私を見ながら笑って見せた。


「魔力塵は、一部の魔物や人間にとっては有毒なのですが、魔神様ならばきっと大丈夫でしょう! はははは!」


 ……っておい、有毒じゃん!! 私人間だし!!



「アトラ、私はすぐに体を洗いたい、水はないのか!!」


「は、はいっ!?」



 ……まずい焦りすぎた。私は魔神と思われてるから食われてないだけ。人間がバレたらこの魔物は再び私を食べようとするだろう。



「あ......あの、ふふふ、毒は恐らく大丈夫なのだがな?  臭くてかなわんのだ」



 ……早くして! 死んじゃう! 早くして!



「ならば私が運びましょう! 私の巣まですぐに着きます。」


 アトラはオッサン部分の額を差し出した。


 毛穴が開いている。同時に寄ってきた女性の部分は、汚いローブ一枚だけを羽織っているだけの下品な姿なのだが。近くでよく見てみると、完璧なプロポーションで艶やかな青髪に、滑らかな肌が美しく、まるで工芸品のようだった。


 きっとこの下の枯れたオッサンの養分は、上半身の女子にイタダキされているんだろう。



「ささ、こちらへ。」


 私はアトラの美声に誘われて、手を借りて額へと飛び乗った。足場のオッサンの皮はブヨブヨとしていて、踏むと生の鶏皮のようだった。


 しかも乗った途端にオッサン部分が異様に喜んで、腕でステップを踏んでいる。私が女だからか? とにかく気色悪い。



「なんだ、足場が不安定だな」


「申し訳ございません、すぐ着きますので、好きな所に掴まっていて下さい」


 アトラの女性部分がそう言うので、辺りを見回してみる。オッサンの頭部には脂ぎった髪が生えているが、とてもじゃないが触りたくない。


 後頭部を見ると魚がいた。魚類のような頭部が三体、折り重なって生えている。鮮魚コーナーの匂いがした。触ったら匂いが移りそうだ。



「ならば貴様の肩を借りようか」


 私は遠慮なくアトラの女性部分に肩を組んだ。この醜い魔物の掴まる場所なんて他にない。その瞬間だった、女性部分が悲鳴をあげ、引きつった表情に変わる。



「は、はああああああ!! も、もしや魔神様、やはりあなた様は……」


 ……やばい、人間なのバレたか? 近寄り過ぎた? 食われる!?


 すぐに後方である魚類側に飛び降りられるように構えたが、アトラは感激しているだけだった。


「私のような者と、肩を組んでくださるとは......! 光栄です、この肩は生涯洗いませぬ!!」





「………」





「洗え」


 ……くそっ! 驚かせやがって!


 とにかく身体を洗わないと毒が皮膚から侵食してしまう。気持ち、肌が痒い気すらし始めてきた。


「アトラ、お前は第一配下だと言っただろう。我ら既に一心同体よ。」


「ははあああ! 私は! 私は今日死ぬのか!? こんな幸せが……!」


 ……もういいから、早く行って! 今日死ぬの私になるから!! 毒が、毒が……



 すると、オッサン部分がこちらを見上げながら、腕二本をあげて自分をさし、アピールしていた。正直言って構ってられないし生理的にきついのだが……


「ふふふ、そうだな。 わ……我らは三身一体よ!」

「うぉう!うぉう!」


 オッサンはゴリラのように吠えて腕をムキムキして喜んでいる。すると今度は後部の魚類の部分が、キリキリと音を立てて蠢きだした。三段重ねになった魚類の頭部、その全ての死んだ魚のような目が、ギョロリと揃って私を凝視している。



 ……こいつらも自我あんのかよ。何体分だ? 女、オッサン、魚三匹で良いのか? それとも魚だけで三位一体? 分からん、どうでもいい!!



「フフフ心強い。我らは六身一体よ、これで六神豪ろくじんごうとなったな」


「ぬおおお! 六神豪、凄まじき響き、ありがたい、ありがたいお言葉!! 我らこの身果てるまで尽くしましょうぞ!!」


 ……もう良いから早く行ってくれ、その前に私の身が尽き果ててしまう。



「良い働きを期待している。では巣とやらへ急げ!!」


「お任せを!!」



 すると、魔物のオッサン部分の太い腕が、脂ぎった地面をガシリと掴んだ。




 そして……


 一瞬で超加速を開始した。まるでゴキブリだった。


「ちょ! はや!! はっや!!」



 女性の上半身部分に肩を組んでいなければ、確実に振り落とされていた。



 オッサンは地面が油なのに一切滑らず地面をしっかりと噛んで走っていく。魔界の廃棄の集積場と呼ばれたその空間はどこも黒い泥で満ちており、木のように生えた金属の柱が、ツルツルに磨かれて骨のように隆起していた。恐らく魔力塵と言うのに長時間触れてると、ああゆうスリム形態になってしまうのだろう。


 巣の前に到着。アトラの駆け足はとにかく速く、巣と言っていた洞窟まで1キロ以上はあったのだが、二分とかからなかった。これは私が人間だとバレたら、逃げる事は不可能だと確信した。



 でも、とにかく今は毒を落とさなければ……


「水はあるのか?」


「もちろんでございます! 洞窟の奥には湧き水がありますので、そこで存分に身をお清め下さい!」


「なるほど、行ってくる」


 オッサンの額から飛び降りて洞窟の奥に向かおうとすると、女性の部分は腕を組んでキリっとした顔で見送っていたが、オッサン部分が勝手に前進して着いてこようとしていた。


 私はすぐさま振り向き、オッサンを叱りつけた。


「おい、覗きに来るな!」

「うぉおう……」


 オッサンはしょげかえって大人しくなった。ふにゃふにゃしているが全然可愛くない。


 そして魔力塵の泥でベトベトのインナーが気持ち悪くて痒みを増していた。襟首に指をつっこんで、胸に空気を送り込む。多少の不快感は和らいだが、身体を洗いたい気持ちが一層強まった。


 しかし服を伸ばしていると、アトラの女性部分が顔をしかめた。


「魔神様、失礼ですがお伺いしたい、その漆黒のローブは魔神様の身体の一部のハズ。もしや外されるような事はありませんな?」


 ……えっ? 漆黒のローブ、白衣の事か……?


 自身の胸元を見つめてみると、着ていた白衣が確かに魔力塵で黒く染まって、黒いローブを着ているように見える。



 そういえば、アトラに最初に見つかった時、彼女は非常に興奮した様子だった。


 彼女はこう言っていた。


「いやああああ!! はああ、人間、50年ぶりの人間だ。人間は滅んでいなかった、最後の一口、私が、私がいただく!!」


 この時のアトラの発言から推測するに、魔界では人間は食料枠であり、そして既に食い尽くされて絶滅している。魔界に迷い込んでしまった私は、最後の激レアグルメと言うわけか。


 ……冗談じゃない。


 そしてその時私は、泥から拾い上げられると、オッサンの腕に捕らえられ、あの汚い口に、放り込まれるところまで行った。



「ぐああああ!!」


 ヨダレとオッサンの歯が腰に当たり、痛みとともに絶望した、その時だったのだ。


「おい待て! 深淵より生まれし漆黒のローブだ! 魔神様じゃないのか!?」


 そこで初めて、女性部分の謎の勘違いをしだしたのだ。私はヤケクソだったが、助かりたさ全開でそれに便乗して叫んだ。


「そうだ! 我は魔神であるぞ!! なにをしているか、この無礼者がー!!」


 この一発でアトラは土下座モードに入り、助かったのだ。



 そして今、女性部分は、私が白衣を脱いで水浴びをする事を疑っている。この毒まみれの白衣だけが、アトラ視点では魔神の証明と言うわけか。


 脱いで食われるか、着たままジワジワ毒死するか……


 アトラの女性の目は真剣だった。それと共に、口の端からヨダレを垂らし、50年ぶりの最高グルメを食べたいという気持ちが流れ出ていた。


「そのローブ、もしや外されるようなことは……ありませんな?」



 再三の確認……わたしはアゴを引いてベチョベチョの長髪をパシャリと跳ねて、アトラを睨んだ。


「やかましいぞアトラ。」


「もしや魔神様は本当は……」


「私は魔神と言っても、ただの魔神ではないのだ。我が名は、キョウコ。」


「魔神では………ない? キョウコ? それは、人間の名前……?」


 ……え、魔界に日本人名、通るの!? お前らめっちゃ長い名前好きそうなのに!?


 アトラのオッサン部分の腕に、メキメキと力が入っていく。オッサン部分の口が開き、ヨダレの排出が止まらなくなってきた。人間バレ・即・死の強欲なニヤケ顔……


「違うぞ! 聞き間違えるな愚か者が、私は魔神の中でも上位種にあたる存在、教皇きょうこう!!」


「キョウコウ……?」


「そうだ! すべてを導く者という意味を持つ。私はこの魔界を統治する教皇となるべく降臨した魔神である。真の名前はサザナミ……」


「サザナミ……日本人……?」


 オッサンがバネのように歪んでへこみ、深く構えた。


 ……キョウコは幾らでもいる名前だけど、漣は珍しい苗字だろ、なんで日本人まで認識できてんだよコイツ!!



「早まるな、我が名は、サザナミミナ・ガムナ・ミ・ミムガムナ・サザン!!」


「えっ? サザ……ザザ…?」


「聞き取れないのも無理はない。魔神語は本来発音を持たないのだ。だが、お前にも聞き取れる音で発音すると……そうなる。」


「お、おお…?」


「分かりにくかろう。私のことは、魔界教皇・ササーガと呼ぶがいい。」


「おお! 魔界教皇・ササーガ様……!!」


 ……通った!! なんとか、ギリギリだ、やっぱり魔界とか言ったら、名前長くしとけば何とかなる!!




 だが、まだ解決していなかった。アトラは問う。


「して……漆黒のローブは脱がれますか?」



 私はそれに対して、白衣の上半分を肘まで落として、黒のニットのインナーを見せつけた。


「フフフ……ローブによる魔力補強に頼るのは下級の魔神よ。私はローブが無くても問題の無い強力な魔神。このローブは私の背の邪眼を隠す為の物だ。この目を覗いたものは、久遠の闇で死すら訪れぬ永久の苦悶を受け続ける事になる。アトラ。そなたは私の右腕となる者、苦悶の闇を与える訳にはいかない。」




 ……どうだ、これで通れ! これが通らなければ私は……!!


 すると、アトラのオッサンの額部分に、ボトボトと透明な液体が零れ落ちてきた。上を見ると、女性部分が大口を開け、ヨダレを垂れ流していた。



 ……ヨダレ!!


 と、同時に、目がフニャフニャになるほどに潤み、口を開けたま号泣。赤ん坊のように涙がボロボロと流れ落ちていた。



「そんな……そこまでの魔神様に認められて、私は……私は……!!」




 ……良かったチョロいわコイツ。



「ふふふ、憂うことは無い、我ら既に六神豪と言ったはずだ、いかなる時も心は一つ、そうであろう?」



 そう言ってアトラにハンドサインをなげ、ドロドロの白衣をバチャリとはためかせ、洞窟へと振り返った。その背中で、オッサンは土下座モードに入り、女性は手を合わせて頭を下げていた。



「じゃあ、臭いから、洗って来る。」


 そして、私は毒を落としたくて走り出したい気持ちを抑え、威厳たっぷりにゆっくりと洞窟の奥へと歩いて行った。



 遠く見える景色には 火山やら刺々しい城やらが乱立し、怪しくも美しい瘴気と、広大な暗黒が広がっていた。


 この一匹の魔物を騙した綱渡りのような出来事が、私の魔界統一サーガの始まりとなったのだった。


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