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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄から始まる逆転令嬢

作者: 柴野 沙希


「フィリス・アイゼンハルデ!貴様との婚約、ここで破棄する!」


───フローガル王国、貴天教会。礼拝堂の中で、第一王子ヴィクラー・ロルバ・フローガルは高らかに宣言した。


「そして、ここにいるリヴィニア嬢との婚約を宣言する!」


───ざわつく貴族達、周囲を守る衛兵は、不気味な沈黙を保っていた。


「まず、破棄の理由をご教示頂けますか?」


 ヴィクラーに相対するフィリスは、両手を前に組み、静かにそう尋ねた。公爵家令嬢たる彼女の鋭い眼光、それを向けられたリヴィニアが怯え、ヴィクラーに寄る。ヴィクラーは彼女を強く抱き寄せ、そうしたフィリスの態度に更に不快を覚えた。

 

「理由など自明だろう!貴様が、リヴィニアに対して様々な非道を行った!多数の貴族、本人から証言がある!公爵家でありながらその身分を濫用する行い、目に余る!」

「そうですぞ!フィリス嬢!庶民出身のリヴィニア嬢に非道を行うなど!恥を知れ!」

「そうだ!貴族として恥を知れ!」


 指をさし、王子は強く言い放つ。礼拝堂の椅子に座る貴族たちが、同調するように立ち上がり、声を上げる。リヴィニアはヴィクラーの胸に顔を埋めている為、表情は窺い知れない。

 フィリスの劣勢は、明らかだった。だが、フィリスは笑うことも、泣くことも無く、静かにヴィクラーを見つめていた。どこか、ヴィクラーに何かを期待していた。


「申し開きはあるか!?」

「……殿下、失礼ながら申し上げます。なぜ、お疑いにならないのです」

「無礼な!余に何を疑えと!?」

「全て、でございます」


 礼拝堂が静まり返るまで待ち、フィリスは静かな声で言った。なんだと……!と顔を赤くするヴィクラー。貴族の罵声、怒りの声が再び上がる。衛兵も、それを止める様子はない。


「今一度、申し上げます。ここに列席する貴族、リヴィニア嬢をなぜお疑いにならないのです?」

「他の貴族よりも、成果や便宜を図れる優秀な者達だ!当然、余が信ずるに値する臣下である!そして、リヴィニアも庶民出身とは思えぬほど器量に富んだ女性だ!疑う理由などない!」

「殿下、なぜ彼らが優秀なのかを考えたことがございますか……?」

「全て、成果が物語っているだろう!」


 罵声と怒声の中、フィリスは問いかけを続ける。しかし、ヴィクラーは腕を上下に振り、大声を上げるのみである。

 密かにリヴィニアは、顔を上げてフィリスを見た。ヴィクラーから見えないその表情は、明らかにフィリスに対する敵意を孕んでいた。フィリスは、リヴィニアを一瞥して、鼻で笑う。リヴィニアの敵意が、一層強くなった。


「しかし、それはここ数年の話でございます。して、収量が異常なほど伸びております」

「大いに結構!これぞ、有能な臣下というものであろう!」


 そうだそうだ!と同調する貴族。だが数人は、どこか焦った表情で衛兵に向けて、フィリスを捕らえろ!と言いつける。しかし、衛兵は動かない。


「なぜ、伸びたのか。一度でも、お考えになられましたか……?」

「また小言か!煩い女め!……リヴィニア、恨みを晴らしてもよいぞ」


 ヴィクラーはリヴィニアに視線を落とし、優しく語りかける。リヴィニアはフィリスを恐れるようにヴィクラーの袖を掴みながら、相手を見た。その手元は、震えている。王子はその様子を見て、眉間を寄せ、一層怒りを深める。


「いえ、私は庶民出身のしがない女で、公爵家のフィリス様に虐められるのも当然です……」

「そのようなことを言うな!リヴィニア、君は何よりも美しく、聡明だ。悪いのは、そこの女なのだ」

「殿下……ありがとうございます」

「……元婚約者として、公爵家令嬢として、最後の諫言でございます。国を想うのならば、一時の感情などに身をやつしてはなりません。どうか、お聞き届け下さい」

「くどい!」


 フィリスは初めて、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。その目には、深い失望が宿っている。ヴィクラーは視線に気づかず、フン!と鼻を鳴らした。リヴィニアの口元は弧を描いている。貴族たちは、フィリスの言葉をかき消すように罵声を浴びせた。最早正当性など、どうでもよくただの中傷や暴言も混ざっていた。


「もうよい!衛兵、この女を捕らえよ!」


 ヴィクラーが、衛兵に命令する。

 しかし、衛兵は動かない。


「衛兵!何をしている!女を捕らえよ!」


 貴族たちも衛兵に口々に命令するが、衛兵は動かない。最初は衛兵を罵っていた貴族達と王子だが、やがてその異様な雰囲気に呑まれ、沈黙する。貴族たちの座る椅子が軋む音さえ、大きく響く。不気味な沈黙が、礼拝堂を包み込む。


「……衛兵」


 フィリスが小さくそう言った瞬間、衛兵は一斉に彼女に身体を向ける。ガチャッ!と甲冑の音が響いた。一糸乱れぬその音と姿勢を見て、貴族達が怯える。ヴィクラーとリヴィニアも、困惑したように衛兵を見回している。


「……殿下、残念です」

「貴様……どういうことだ!」

「ここで自覚して頂ければ、私は処刑されてもよかったのです。国に殉じるなら、それもまた本望でした」

「まさか……」

「ですが殿下は、最後まで立場をお忘れになられました。ならば道は、一つしかございません」


 徐々にフィリスの発言に力と“熱”が籠っていく。ヴィクラーは一歩後ずさり、リヴィニアはその後ろに隠れる。


「王家に対する反逆であるぞ!衛兵、フィリスを捕らえればその不敬、不問とする!捕らえよ!」


 叫ぶように命令するヴィクラー。しかし、衛兵は動かない。気がつけば、出口の全ては抑えられていた。フィリスは両手で前髪を流し、溜息をつく。


「殿下、無駄でございます。この兵らは、幼少より訓練を共にした者達。私のみに忠誠を誓っております」

「くっ……余を捕らえたとて、父上が貴様らを全員処刑するだろう!」

「王宮には今頃、アイゼンハルデ公及び公爵家の方々、その精兵が向かっております」

「王位を簒奪するというのか!?」

「……嘘でしょ」


 静かに状況を語るフィリス。その中でリヴィニアが、小さな声でそう言った。リヴィニアは、カタカタと震えていた。怒るヴィクラーに対して、フィリスはどこまでも静かであった。


「王国は、ここで滅びます。…………殿下、断頭台が貴方の結末でございます」


 心の底から哀し気に、フィリスは静かに告げる。組まれていた両手は、もう下がっていた。

 ヴィクラーは暫く言葉を探すように黙っていたが、やがて力強く拳を握った。リヴィニアは、王子の背中を掴んでいた。


「貴様らが支配する国など、上手くいく訳なかろう!王無くして国は無い!」

「殿下、国無くして王は無いのでございます。民を蔑ろにし、奸臣のみを重用する殿下と国王陛下の暴政は、看過出来ません」

「貴様!!」

「衛兵!」


 フィリスに掴みかかろうとするヴィクラー。しかし衛兵が、その間に立つ。ヴィクラーは眉間を狭めて衛兵を睨みつけたが、やがて引き下がった。

 貴族達も運命を悟ったのか、長椅子に座って怯えるばかりである。貴族数人がどうにか逃げようと出口に走るも、抜かれた剣の前に戻ることしかできない。


「フィリス様。紫花騎士総員、揃っております」

「了解よ。……殿下、失礼致します」


 言葉を失い、立ち尽くすしかないヴィクラーとリヴィニア。フィリスは彼らに背を向けて、騎士二人を傍に連れながら中央の通路を進んでいく。その目には、強い決意が宿っていた。


「フィリス様!私は関係ございません!」

「どうかお助けを!」

「貴女に従います!どうか命だけは!」


 何人もの貴族が、フィリスに請願する。しかし彼女は一瞥もせず、通路を歩く。騎士に睨まれた貴族たちは、足元に縋りつくことさえ出来ない。フィリスは礼拝堂を出る寸前、王子達の方を振り返った。


「では皆様、御機嫌よう」


 一言だけ言い残し、外に消えていった。残された貴族や王子、リヴィニアはもう一言も発する事が出来ず、ただうなだれ、今後の運命に絶望するばかりであった。

 礼拝堂には、貴族のすすり泣く声だけが響き続けている。

 運命を悟ったヴィクラーとリヴィニアは、一言も発せないまま強く、抱きしめ合っていた。


───そうして王歴227年、フローガル王国は歴史の中に消えた。

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