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瑠璃と昼とお弁当 2

 昼休み、教室に響くのは時計の針の音だけ――いつもなら活気に満ちた空間が、まるで放課後のように静まり返っていた。霧は机に肘をつきながら、閑散とした教室を見渡して眉をひそめた。

「なあ、白鷺。今日、教室、なんか静かすぎないか?普通、もっとワイワイしてるよな」

 沙羅もお弁当を持ちながら、キョロキョロと辺りを見回した。

「確かに……購買に行った子が多いのかな?でも、こんなに全員いなくなることって珍しいよね」


 その時、教室の扉がスッと開いた。そして入ってきたのは、やはりあの冷徹な鳳条瑠璃だった。重々しい足取りで霧と沙羅の机に近づくと、瑠璃は無駄な感情を一切感じさせない瞳で霧を見下ろし、薄く笑った。


「気づいたようね。クラスの大半がいないことに」

 霧は警戒するように眉を上げた。

「まさか、何かしたんじゃ……?」

 瑠璃は顎を軽く引いて答える。

「もちろんよ。必要な措置だから」

「な、何やったんだよ?」

 霧は半ば呆れながら問いただした。

「あなたたち以外の全員に今日は食堂で昼食を取るように伝えたの。教室はこの時間のために使うから」


 霧は驚きを隠せないでいた。

「まじか、勝手にそんなこと決めて……」

 沙羅も眉をひそめながら瑠璃に向かって言った。

「瑠璃ちゃん、それはちょっと大げさ……」


 しかし、瑠璃は沙羅の言葉を遮るように静かに言い放った。

「集中できる環境を整えたかっただけ。それに、こうして静かな方がお弁当も落ち着いて楽しめるわ」


 静まり返るような重い空気の中で、鳳条瑠璃が霧の前にスッと立った。そして無言で机の上に弁当箱を置く。その動作には、まるで王が臣下に剣を授けるような威厳があった。


「これが私の作った弁当よ」

 蓋を開けると、そこにはまるで高級料亭から直送されたかのような、完璧に整えられた弁当が広がっていた。色鮮やかな錦糸卵が折り重なり、ぷっくりとした焼き鮭には絶妙な照り。隅には手間のかかった一口サイズの煮物が並び、箸をつけるのがもったいないほどの完成度だった。


 沙羅は思わず声を上げた。

「すごい……プロみたい!瑠璃ちゃんが作ったの?」

 瑠璃は微笑むこともなく、冷静に頷いた。

「当然よ。私にとって料理は創作活動の一環だから」

 その様子に霧は内心イラッとしながらも、負けじと机に自分の弁当をドンッと置いた。


「おーい、じゃあこっちも見てくれよ。俺の弁当、家庭的なやつだけどな!」

 蓋を開けると、中には姉の努力の結晶――もとい、霧の土下座によって作られた「奇跡のバランス弁当」が収まっていた。


 ほっくりと甘辛く煮付けられた鶏そぼろ丼、彩りを添える小松菜と人参の和え物、そしてきらりと光る梅干しが中央に鎮座する。隅には、霧が自ら「作った風」を装うためにちょこっとだけ手伝った卵焼きが並んでいる。


 沙羅はまたも感嘆の声を上げた。

「こっちもすごい!桐崎君、本当に自分で作ったの?」


 霧はニヤリと笑いながら、心の中で(姉ちゃんに足向けて寝られねえな……でも、絶対に言わねえ!)と固く決意する。

「まぁ、そこそこ頑張ったかな!栄養バランスとか彩りとか、いろいろ考えたんだよね」

 沙羅は驚いた顔で弁当を交互に眺めていた。

 瑠璃は自信たっぷりに霧を見下ろす。

「家庭的だろうと何だろうと、栄養を考えた料理でない限り本物とは言えないわ」

「料理はただの栄養補給じゃない。美味しさで心を動かすものだ。鳳条さん、俺の弁当食べてみなよ。栄養の話ばっかしてるけど、実際に味を知らないと評価もできないだろ?」


 瑠璃はその挑発に一瞬だけ目を細めたが、すぐに箸を取り、渋々と言った様子で霧の弁当に手を伸ばした。慎重に鶏そぼろの一部や和え物を摘み上げ、口元へ何度か運ぶ。


沈黙が流れる。


 瑠璃は一口食べた瞬間、眉をピクリと動かした。表情には出さないが、そのわずかな反応を霧は見逃さなかった。

(ほら、うまいだろ!うまいって反応したぞ!)


 しかし、瑠璃は冷静さを取り戻し、淡々とした口調でこう言った。

「……味付け自体は悪くないわ。でも全体のバランスがまだ未熟ね。特に、この鶏そぼろは甘さが強すぎる。もう少し塩分を利かせた方が、お弁当全体の味わいが引き締まるわ」


 霧は瑠璃の厳しい評価を聞いても笑顔を保ちつつ、自分の手作りの和え物をちょっと箸でいじりながら、言葉を返した。

「確かに甘いかもしれないけど、俺は頭をよく使うから糖分が多いぐらいが丁度いいんだ。鳳条さんの弁当も確かに美味しそうだね。一口食べさせてもらえるかな?」

 瑠璃は一瞬ためらいの表情を浮かべるも、結局は小さくうなずいた。

「いいわ」

 霧は丁寧に瑠璃の弁当箱から焼き鮭、錦糸卵、そして一口サイズの煮物を選び、一つ一つ味わう様子を見せた。焼き鮭の柔らかさとほど良い塩加減、錦糸卵の繊細な甘み、そして煮物の深い味わいが口の中で溶け合う。


「うん、これは本当に美味しいな。焼き鮭の火入れが絶妙で、錦糸卵も甘すぎずにちょうどいい。煮物は味がしっかり染みてて、プロの仕事だね」と霧は評価しながらも、一つ疑問を投げかけた。

「でも鳳条さん、毎日こんな手の込んだお弁当を作ってるの?正直、毎日これを作るのはかなりの手間だと思うけど」


 瑠璃は霧の問いかけに少し間を空けてから、冷静を装いつつ答えた。

「それは…実は、普段はもう少しシンプルなものを作ってるわ。今日はあなたにちゃんとしたものを見せたかったからね」

「へえ、そうなんだ」

 霧はそう言いながら隣に座る沙羅に目を向けた。

「白鷺、鳳条さんは普段どんな昼食食べてるの?」

 沙羅は突然の質問に少し驚きながらも、真実を隠すことなく答えた。

「普段はパスタだったり、サンドイッチだったりするかな。たまにスイーツだけの日もあるよ」

 霧は沙羅の回答に眉をひそめた。その反応を見て、瑠璃は急いでフォローに入った。

「それはね、沙羅がそういう軽食を好むから、私も合わせただけなの。家ではもっと栄養バランスを考えた食事をしているわ。朝はグリーンスムージーやフルグレインのブレッドを食べて、夜は必ず野菜とプロテインをバランス良く摂るようにしているの」


 霧はその説明に一瞬、瑠璃の顔をじっと見つめた後、軽く笑って言った。「なるほどね、それはいいことだ。でもさ、俺も同じようにトータルで栄養バランスを考えてるんだ。だからこれからは、お互いにもう少し空気を読んで、余計な口出しは避けようぜ」と霧は少し強めに言い放つ。


 瑠璃はその挑発的な言葉に少し顔をしかめたが、すぐに切り返してきた。

「そうね、最終的には各自が自分の食生活に責任を持つことだものね。でも、健康を考えたアドバイスをするのは人として当然だと思うけど」


 沙羅は二人の間の緊張が再び高まるのを感じ取り、場の空気を和らげるために機転を利かせた。

「二人とも、私もちょっとそのお弁当試してみてもいいかな?どっちもすごく美味しそうだし、食べ比べてみたいなって思って」

 霧と瑠璃は一瞬お互いを見つめ合い、やや渋る様子を見せつつも、最終的には沙羅の顔を見て小さく頷いた。


 沙羅は瑠璃の弁当から手をつけた。まずはその見た目からして完璧な焼き鮭を一口。肉厚でありながらふわりと崩れるその食感に、沙羅は目を見開いた。

「わぁ、これ本当に美味しい!鮭の焼き加減が絶妙だね」


 次に霧の弁当に手を伸ばし、鶏そぼろを味わった。霧の弁当は家庭的な温もりを感じさせる味わいで、甘辛い鶏そぼろはご飯との相性が抜群だった。「桐崎くんの鶏そぼろもすごくいいね。甘いけど、しっかりと味が染みていて、心がほっこりするよ」


 瑠璃と霧は沙羅の一言一言に集中していた。どちらも自分の弁当に対する評価に興味津々だが、同時に負けたくないという妙なプライドが顔に出ている。

 瑠璃は沙羅に尋ねた。

「じゃあ、沙羅はどっちのお弁当が優れていると思うの?」

 沙羅は二人の視線を感じながら、少し気まずそうに箸を置いた。そして両手を胸の前で合わせ、困ったように笑う。


「どっちも本当に美味しかったよ。でも、どっちが優れているかって聞かれたら……うーん、難しいなぁ」

「はっきりしてくれよ、白鷺」と霧が不服そうな様子で言う。

「そうね、判断を曖昧にするのは得策じゃないわ」と瑠璃もきっぱりと言った。


 沙羅は軽く肩をすくめ、観念したように答える。

「じゃあ、栄養バランスで言えば瑠璃ちゃんの弁当かな。さすがだよ、プロ並みの配慮がされててすごいと思う。でも……味の面では霧くんの弁当が勝ってると思う。どれも家庭的で、食べるとほっとする味がするの」


 その瞬間、霧は勝ち誇ったように「よし!」と拳を軽く握り、瑠璃は顔をしかめながら「味だけで評価するのは短絡的ね」と呟いた。


「まあまあ、二人とも。それぞれの良いところがあるってことだよ!」

 沙羅は両手を広げて場を和ませようとする。

 こうして、波乱の昼休みは幕を閉じた――しかし、二人の火花が散る戦いがこれで終わるわけがなかった。


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