瑠璃と昼とお弁当
(……このタイミングで来るのかよ!)
霧は内心で叫びながらも、表面上は飄々とした態度を保った。
「鳳条さん、どうも。今日も監査役みたいな登場だね」
霧が軽い調子で返すと、瑠璃は肩をすくめて言い放つ。
「監査役だなんて大げさね。ただ、気になることがあったから来ただけよ」
霧が「嫌な予感しかしない」と内心つぶやく中、瑠璃の視線は彼の弁当箱へと向けられる。
「唐揚げに卵焼き、炊き込みご飯……なるほど、栄養バランスを考えられているとは思えないわね」
霧は即座に反論したくなるが、感情的になるのは瑠璃の思うツボだと判断し、肩をすくめた。
「いやいや、これでもちゃんと考えてるんだよ。炊き込みご飯には野菜が入ってるし、唐揚げだってタンパク質豊富だしさ」
瑠璃はその言葉に鼻で笑い、冷たい口調で続ける。
「そんな表面的な知識で栄養を語るなんて滑稽ね。炭水化物と脂質の塊で、健康を損なう典型的なメニューよ」
霧は一瞬だけムッとするが、ここで引いては沙羅の前で格好がつかないと判断する。
「まあ、確かに鳳条さんみたいな完全無欠な人には、この家庭的な味わいの良さは理解しづらいかもね」
軽く挑発するような口調で言い返すと、瑠璃の眉がわずかに動く。
「味の良し悪しを論じているわけじゃないわ。ただ、沙羅がこんな食事に惑わされるのはどうかと思ってね」
沙羅が困ったように間に割って入る。
「瑠璃ちゃん、桐崎君のお弁当は美味しいし温かい感じがしてすごくいいよ」
瑠璃はその言葉にも冷静なままだが、少しだけ視線を緩めて沙羅を見る。
「沙羅、それがあなたの感想なら尊重するけれど、健康を考えるならもっと栄養価の高いものと関わる人を選ぶべきよ」
霧は思わずこいつ、まだ続けるのかよ……!と心の中で叫びつつも、冷静を装って言った。
「じゃあ、さ。鳳条さん、次は君が俺に完璧なお弁当を作ってみせてよ。文句言うだけじゃなくて、実際にどうすればいいか教えてくれると助かるんだけど」
瑠璃は一瞬だけ目を細めて霧を見つめたが、すぐに冷ややかな笑みを浮かべた。
「私があなたのような人のためにお弁当を作る必要はないわ。でも、どうしてもというなら、学園の食堂で栄養バランスを学んでみたら?」
霧は心の中で沸騰しそうな怒りを必死に抑えながら、飄々とした態度を崩さなかった。
(こいつ、本当にムカつくな!だけど、ここで怒ったら俺の負けだ。白鷺の前だし、冷静に、スマートにやり返すんだ)
「いやいや、鳳条さんには栄養のプロみたいな余裕を感じるし、口だけってことはないと思うけどさ」
霧は笑みを浮かべながら、わざと瑠璃の目をしっかり見据えた。
「でも、俺としては実践で教えてもらえた方がありがたいんだよね。口だけじゃないこと、証明してほしいなーって」
その一言に瑠璃の表情が微妙に変わった。彼女の冷たい笑みの裏に、明らかに「挑発を受けた」感情が滲んでいる。
「証明、ですって?」
瑠璃は軽く眉をひそめた。
「そんな必要性はないと言ったはずだけど?」
「鳳条さんがあそこまで言うからには、相当自信あるってことだろ?」
霧は肩をすくめて、あくまで軽いノリを装った。
「だったら、一回くらい実践で見せてくれたら、俺も納得するし、今後の参考にもなるし……一石二鳥じゃん?」
瑠璃は霧を鋭い視線で睨んだ。その目には挑戦を受けたプライドがはっきりと宿っている。
「いいわ。そこまで言うのなら、私があなたに『本物の弁当』とは何か教えてあげる」
瑠璃は冷たい声でそう言い切った。「ただし、一度きりよ。これ以上、あなたに私の貴重な時間を割くつもりはないから」
霧は瑠璃の視線を物ともせず、飄々と笑って見せた。
「マジで?ありがたいなー!」
瑠璃は霧の軽い調子に冷ややかな視線を投げながら、手短に告げた。
「明日の昼休み。私の作った弁当を持ってきてあげる。それで満足するなら、もう無駄な挑発はやめなさい」
そう言い捨てて瑠璃は踵を返し、颯爽とその場を去っていった。その後ろ姿には、プライドの高さがにじみ出ている。
瑠璃が去った後、霧は軽く肩をすくめてため息をついた。
「いやー、あの人、全力で相手をねじ伏せようとするタイプだよな。白鷺はよくあの人と仲良くできるね」
沙羅は微妙な表情を浮かべながらうなずいた。
「うん、幼馴染だからね。小さい頃からずっと一緒にいるけど……たまに、瑠璃ちゃんの真面目さに疲れることもあるかな」
「だよな!」
霧は勢いよく頷いた。
「俺にその真面目さが直撃しすぎて胃に穴が開きそうなんだけど!」
沙羅はクスクスと笑った。
「でも、桐崎君に興味がなかったら、あんな風に絡んでこないと思うよ」
「いやいや、興味の方向が間違ってるでしょ。あれ、ただの嫌がらせだから!」
霧は即座に反論したが、沙羅はさらに笑顔を深めた。
「でも、桐崎君も瑠璃ちゃんに挑発したりして、なんだかんだ言って楽しそうに見えたよ」
霧は大きく息をついて頭をかきながら答えた。
「楽しそうに見えた?それ、俺が頑張って耐えてただけだから」
沙羅は霧の愚痴に小さく笑いながら、自分の弁当箱を閉じた。
「でも、桐崎君って瑠璃ちゃんみたいな人と意外と相性いいんじゃないかな。お互いに遠慮しないところとか」
「勘弁してくれよ。俺の寿命が縮むだけだよ」
霧は肩を落としつつも、沙羅の笑顔につられて少しだけ口元を緩めた。そんな軽口を交わしつつ、二人はそれぞれの午後の授業へと向かう。