沙羅と昼とお弁当 2
廊下を歩くと、ちょうど沙羅が階段の踊り場でお弁当を広げようとしているのが見えた。霧は自然を装いながら近づき、軽く声をかける。
「あれ、白鷺。ここで食べるの?」
沙羅は驚いたように振り返り、少し照れくさそうに笑った。
「あ、桐崎君。今日は瑠璃ちゃんが用事でいないし、なんとなく静かな場所で食べたくてね」
「そっか、落ち着くよね、ここ。俺もちょうど静かに食べたいなって思ってたんだ。隣、いい?」
沙羅は少し戸惑ったようだが、すぐに柔らかい笑顔で頷いた。
「もちろん。どうぞ」
ふたを開けると、霧の弁当には家庭的な卵焼き、黄金色に輝く唐揚げ、そしてほのかに香る炊き込みご飯が詰まっていた。その香りに、沙羅の目がキラリと輝く。
「わあ、美味しそう!桐崎君って、家のお弁当なんだね」
「まあね。普通だけど」
霧は得意げに言いながら、内心では沙羅の反応に小躍りしていた。
(きた、完全に興味津々だな!)
沙羅は自分のお弁当を開けると、丁寧に詰められたサンドイッチが並んでいた。それを見た霧はさりげなく話を振る。
「白鷺のも洒落てるじゃん。手作り?」
「うん。でも、私が作ったんじゃなくて、家の人が……。桐崎君の唐揚げ、すごく美味しそうだね」
その言葉に、霧は軽く箸を動かし、唐揚げを一つ取ると沙羅の弁当箱の端に乗せた。
「よかったら食べてみなよ。味には自信あるからさ」
沙羅は驚いたように霧を見つめ、唐揚げをじっと見た後、柔らかく笑った。
「ありがとう!じゃあ、遠慮なくいただきますね」
彼女が唐揚げを一口食べた瞬間、目を輝かせて「おいしい!」と声を上げた。
「すごいね、これ!桐崎君が作ったの?」
霧は一瞬だけ答えに詰まりそうになったが、すぐに得意げな笑みを浮かべて答えた。
「ま、ほぼ俺が作ったようなもんだよ。こだわってるんだ、揚げ物の温度とかさ」
心の中では(揚げたのは姉ちゃんだけどな)と冷や汗をかきながらも、あくまで自然体を装う。
沙羅はもう一口唐揚げを頬張りながら、目をキラキラさせていた。
「ええっ、すごい!自分でお弁当作るなんて、偉いね。しかも、こんなに美味しいなんて!」
「いやいや、そんな大したことじゃないって。朝にちょっと時間作ればどうにかなるもんだよ」
霧はさらりと流すが、心の中では(姉貴が作った夕飯の余りを詰めているだけなんだけどな…)とモヤモヤを抱えている。しかし、沙羅の反応を見ていると、それをわざわざ訂正する気にはならなかった。
「桐崎君、本当にすごいね。私なんて朝はバタバタしてるから、全然作れないもん。私も唐揚げとか作れるようになりたいな」
「これぐらいなら簡単だよ。それに白鷺のご飯洒落てるし、俺の弁当より美味しいでしょ」
沙羅は一瞬自分のサンドイッチに目を落とし、少し恥ずかしそうに笑った。
「えっと……味は普通だと思うけど、もしよかったら……桐崎君も食べてみる?」
霧は驚きつつも、これは意外な展開と心の中で小躍りしながら、軽く首をかしげた。
「え、いいの?」
沙羅は笑顔を浮かべて、弁当箱からサンドイッチを一つ取り出し、霧の方に差し出した。
「大丈夫だよ!うちの人が作るの好きだから、いつも多めに入ってるし」
霧は一瞬戸惑うふりをしてみせたが、実際は迷う理由などない。沙羅から直接手渡されたサンドイッチを受け取りながら、口元に笑みを浮かべた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます」
一口食べると、ふわっと広がるクリーミーな味わいに目を見開いた。
「これ、すごいな!中の具、何入ってるの?めちゃくちゃ凝ってる感じするんだけど」
沙羅は嬉しそうに頷きながら説明する。
「アボカドとクリームチーズ、それにスモークサーモンを挟んでるんだって。うちの人が健康にいいって力説してて!」
霧は感心したふうに頷きつつも、心の中では「これが金持ちの味か……!」と驚きを隠せない。
「いや、これ本当に美味しいよ。なんか、俺の唐揚げってこれと比べると急に庶民感出るな……」
沙羅は大きく首を振りながら、唐揚げをもう一口食べてニコニコと笑った。
「そんなことないよ!桐崎君の唐揚げは家庭的な優しさの味がするし」
霧と沙羅が和やかな空気の中で笑い合っていると、その空気を切り裂くような冷たい声が後ろから響いた。
「ずいぶん楽しそうね」
霧が振り返ると、そこには鳳条瑠璃が立っていた。いつもの冷たい視線をそのままに、二人のやり取りを見下ろしている。