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学園生活の始まり

 入学式が終わり、クラスに案内された霧は、他の生徒たちと一緒に整然と席についた。教室の窓から差し込む陽光が、きらびやかな桜華院学園の空気をさらに輝かせている。


 担任教師が黒板の前に立ち、簡単な挨拶を済ませると、すぐにお決まりの一言を発した。


「さて、新しいクラスメイトを知るためにも、まずは自己紹介をしましょう。前の席から順番にお願いします」

霧はその言葉を聞いて内心で軽く息をついた。

(自己紹介ねぇ……この学園の空気に合う話でもしないと、浮くよな。)


 生徒たちは次々と名前や趣味、将来の目標を話していく。誰もが堂々としていて、「父が経営する会社で学びたい」「オペラを習っていて~」など、まるで華やかなプロフィールを競い合うような自己紹介ばかりだ。


 やがて順番が霧に回ってきた。注目を集める視線に一瞬たじろぎそうになったが、彼は気取らず自然体を意識して立ち上がった。そして、適度な間を取ってから口を開く。

「どうも、桐崎霧です。正直、自己紹介って何を話せばいいか悩むけど……とりあえず、覚えやすい名前なんでそこは得してるかなって思ってます。趣味は本を読むこと……と言いたいところだけど、正直そこまで真面目じゃないんで、ゲームとか映画とか、のんびり楽しめるもののほうが好きです。気軽に話しかけてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします」


(よし、無難に済んだな。自己紹介ってのは、こうやって適度にフツーを装えばいいんだよ。ここで下手に「将来の夢は何ですか?」なんて聞かれても、「ヒモです!」なんて言ったら即終了だからな。)


 霧は席に戻りながら、内心で汗を拭った。自分の「夢」は、この桜華院学園では明らかに異質だ。それを隠しつつ、この学園の環境を最大限に利用する。それが彼の戦略だ。


(しかし、すげぇな……こいつら、ほとんどが「家業を継ぐ」とか「世界的な舞台で活躍する」って。俺が目指してるのはもっとシンプルな幸せだっつーの。金持ちのお嬢様を見つけて、そのおかげで一生楽する。それが俺のゴールだ。)

 ちらりと横目で見ると、まるでモデルのように整った顔立ちの女子や、優雅に髪をかき上げる男子がいる。そのたたずまいから漂う「育ちの良さ」に、霧は少しだけため息をついた。



 数日後、桐崎霧はすっかり桜華院学園の空気に馴染んでいた――いや、馴染んでいるように見せる技術を身につけていた。

(最初は敷居が高そうに見えたけど、意外とこいつら単純だな。あまり気取らず普通に話す方がウケがいい。)


 最初は戸惑うばかりだったが、持ち前の話術と洞察力でクラスメイトたちの話題に適度に入り込み、ちょうどいいポジションを確保することに成功していた。

霧がその「ちょうどいいポジション」をどう確保したのかといえば、それは徹底した観察と計算の賜物だった。


(まずは相手を知ることからだ。金持ち連中の会話に入り込むには、それなりの準備が必要だからな。)


 霧はクラスメイトたちの会話を、さりげなく聞き耳を立てて分析していた。「ハイブランド」「海外」「オーダーメイド」といった単語が頻繁に飛び交うのを聞きつつ、ふと気づく。


(なるほど、こいつら自慢話が大好物なんだな。けど、全員が自慢し合ってたら会話が成立しない。つまり、聞き役が必要ってわけだな。)


 霧はその構図に気づくと、すぐに自分の役割を決めた。「親しみやすくて、いじりやすい奴」として、彼らの輪に入り込むのだ。


 昼休み、クラスメイトたちが高級時計や海外旅行について盛り上がっているところに、霧は軽いノリで近づいていった。

「へぇ、すごいな。それってやっぱり、値段も桁違いなんだろ?」

さりげなく話を振ると、中心にいた男子生徒が得意げに笑いながら答える。

「そりゃそうさ。ゼロがいくつも違うからな。お前には一生縁のない代物だよ、桐崎」

冗談交じりの挑発に、周囲がクスクスと笑う。しかし、霧はまるで意に介さず、肩をすくめて軽く返した。

「まあな。俺なんて、小学生のときに買った腕時計を、壊れるまで使ってたし」

そう言うと、ふと思い出したように笑みを浮かべる。

「しかもさ、その時計、たまに秒針が逆走してたんだよ。時間を巻き戻せる時計とか、俺だけタイムトラベラーかって本気で思ったわ」

一瞬の沈黙のあと、クラスメイトたちは吹き出した。

「おい、それもう時計じゃなくてオモチャだろ!」

「秒針逆回転って、絶対100均のやつじゃん!」

霧は肩をすくめ、苦笑する。

「いや、100均ですらなくてさ。親戚のオジサンが『もう使わないから』ってくれたやつ。おかげで、テスト中に『まだ30分ある』って本気で勘違いして、見事に時間切れになったこともあったな」

「それ時計のせいじゃなくて、お前が馬鹿なだけだろ!」

「いやいや、逆回転のせいなんだって。余裕こいてたら急に『終了5分前です』とか言われるんだぞ? そんなん、もう答案を眺めることしかできないだろ」

クラスメイトたちはまた笑い出す。

「お前、それ時計のせいにしすぎ!」


「でもさ、そんなゼロが何個も違う時計、毎日つけてたら逆に緊張しない? 俺だったら、落とした瞬間に人生終わる気しかしないわ」

クラスメイトたちは顔を見合わせ、笑う。

「それはあるな。ちょっと机にぶつけただけで冷や汗もんだし」

「ほらな。結局、高級時計も気を使わなきゃいけないんだよ。俺の逆回転時計なんか、何も気にせずつけられて最高だったわ」


(よし、このくらいなら悪目立ちもしないし、ちょうどいい距離感だな。)

 金持ちだらけのこの環境に飛び込んだとき、最初に彼が決めた戦略は「無理に背伸びしないこと」だった。自分がいじられやすく、話しやすいキャラであることを最大限に活用し、相手の興味を引き出しながら場を和ませる。それが霧流の「馴染む方法」だった。


(金持ちの話題についていけなくても、こうやって軽いノリで絡んでおけば、相手も警戒しないし、話しやすい奴だと思ってもらえる。安心感を与えるのが先だな。)

 霧はそんなことを考えながら、昼休みの残り時間を笑顔でやり過ごしていった。

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