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霧のギリギリデート 4

雑貨屋を出た三人は通りをぶらぶらと歩いていた。沙羅は大事そうに紙袋を抱えて嬉しそうに微笑んでいる。その隣を歩く瑠璃は、相変わらず落ち着いた表情で歩いている。


「さっきの香りもすごく良かったけど、実はムスクの方も気になったんだよね」

沙羅が楽しそうに話し出す。

「ムスクね、確かに良い選択肢だけど、あれはベースノートが強いから、普段使いにはちょっと癖があるかもしれないわ。特に、暖かい季節には少し重たく感じるんじゃない?」

瑠璃が即座に返す。彼女の声には迷いがなく、まるでアロマのプロフェッショナルのようだ。


「そうだね、冬ならムスクもいいけど、今の季節だとフローラルウッドの方が軽やかで合いそうだよね。それに、あのジャスミンのミドルノートがすごく繊細で……あれが好きなんだよね」

沙羅が同じテンポで応じる。まるで長年の香り仲間が再会したかのような空気だ。

「わかるわ。そのジャスミン、ただ甘いだけじゃなくて、ちょっとグリーンっぽいアクセントが入ってたのよね。あれが全体を引き締めてる。沙羅みたいな柔らかい雰囲気の人には、絶対に合うと思ったのよ」

瑠璃が頷きながら言う。

「そうそう!甘いだけだと私にはちょっとくどいけど、あのバランスなら長時間つけてても飽きなさそうだし……。あのブランドってさ、天然の香料を使ってるから香りが本当に奥深いよね」

沙羅は満面の笑みで話し続ける。


「そうよ。それに、あのブランドは拡散性が程よいから、自分だけじゃなくて周りにも自然に香りが届くのよね。香りの広がり方って大事よ。ムスクは確かにインパクトがあるけど、逆に周りが香りに圧倒されちゃうこともあるし」

「うんうん!私、前にちょっと失敗しちゃって、ムスクの香りが強すぎて電車の中で周りの人に迷惑かけちゃったことがあるの。だから今は、拡散性が強すぎない香りを選ぶようにしてるんだよね」と沙羅が笑いながら話す。


一方、霧は二人の少し後ろを歩きながら、どこか気まずい気持ちで視線をさまよわせていた。

(フローラルウッド?ミドルノート?何それ、呪文?なんかもう、完全に俺いらなくない?この状況……)

霧は心の中で深いため息をついた。


「それにしても、最近のディフューザーや香水って、香りのレイヤーが本当に素晴らしいよね。前に試したあのバニラアンバーのやつ、トップノートは甘いけど、ラストノートに入るとほんのりスパイシーになってたのが印象的だったよ」

沙羅が熱心に語る。


「ええ、あれは香料のバランスが絶妙だったわね。アンバーが強すぎると野暮ったくなるけど、あれは上品にまとまってた。沙羅が使うなら、ああいうバニラアンバー系もアリかもね。ただ、あれは夜向きかしら?」


「確かに、昼間よりは夜だよね。でもあの香り、なんかすごく心が落ち着くんだよね……」

沙羅は夢見るような表情で呟く。


一方で霧は、ただ黙って二人の後ろを歩くしかなかった。

(俺が入る隙、どこにもねぇ……いや、そもそもこの会話に入ったところで、絶対「わかってないのに無理しちゃって」って目で見られるだろ……)


「心を落ち着ける香りは大事よね。リラックスできる空間作りには欠かせないものだもの」

(あのさ、リラックスできないのは俺なんだけど……)


歩きながら沙羅がふと空を見上げ、手で軽く額の汗を拭うような仕草をした。

「今日、ちょっと暑くない?なんか冷たいもの飲みたくなってきたな」

自然にこぼれた言葉に、霧は顔を上げる。確かに、じんわりとした陽射しが肌にまとわりついてくる。

「それならちょうどいい場所があるわ」と瑠璃は即座に答えた。

「ジュースの専門店が近くにあるの。フレッシュなフルーツを使っていて、味も格別。確か、沙羅が好きそうなパッションフルーツやピーチ系のジュースもあったはずよ」

「あ!それ聞いたことあるかも!瑠璃ちゃんが言うなら間違いなさそう!」沙羅の目が輝く。


霧は心の中で舌打ちをした。

(またこいつが仕切り始めたよ……っていうか、ジュース専門店?なんか敷居高そうだし、俺、ついて行くべきなのか?)


ちらりと沙羅を見ると、瑠璃と楽しそうに笑っている。霧は少し足を止め、二人の後ろで考え込んだ。

(正直、もう俺いなくても良くない?会話にも全然入れないし、三条がいるし……しかも、ジュースに金かける余裕もないしな……)


そう思っていると、沙羅が振り返った。

「桐崎君どうしたの?急に立ち止まって」

霧は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに表情を整えた。

「いや、なんでもない。ただちょっと考え事してただけ」

「もしかして、行きたくない?」

沙羅が軽く笑いながら問いかけてきたが、その瞳には微かに心配の色が浮かんでいた。

「いや、そんなことないよ。ジュース専門店なんて行ったことないし、どんなもんか興味あるよ」

霧は軽く笑い飛ばした。

「そっか、良かった。桐崎君も一緒のほうが楽しいからね」

沙羅は無邪気に言いながら瑠璃のほうに戻る。

霧はその言葉に小さく溜め息をつきつつ、心の中で自分を奮い立たせた。

(別に嫌じゃないし、白鷺が楽しそうならそれでいい……けど、なんかモヤモヤするんだよな。この鳳条の存在感が)

「ほら、桐崎君、遅れてるわよ」

瑠璃が一歩先を歩きながら振り返る。その表情はどこか挑発的でもある。

「今行くよ」

霧は足を早め、二人に追いついた。


瑠璃は再び沙羅と自然に会話を始める。

「そのお店、フルーツの種類も多いし、カスタマイズもできるの。たとえばピーチにライムを少し加えると、甘さと爽やかさがちょうど良くなるわよ」

「え、そんなことできるの!?すごい、瑠璃ちゃん本当に詳しいね!」

沙羅の目がさらに輝く。


その横で霧は少し苦笑いを浮かべながら思った。

(詳しすぎるだろ……)


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