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霧のギリギリデート 3

 雑貨屋に着くと、店内は柔らかな照明と木の温もりが漂い、小さなアクセサリーやインテリア雑貨が整然と並んでいた。沙羅は目を輝かせ、真っ先にディスプレイ棚の前へ駆け寄る。

「わあ、可愛い!」

 沙羅は手のひらサイズの陶器の小物を手に取り、可愛らしく微笑んだ。

霧はその後ろで沙羅の反応を観察しながら、やっぱり白鷺はこういうのが似合うんだよな……とぼんやり考えていた。しかし、その隣から鋭い視線が突き刺さる。


「桐崎君、そんなぼんやりとしていて大丈夫?」

 瑠璃が低い声で言う。

「沙羅が何を気に入ったか、ちゃんと覚えておかないと後で後悔するんじゃないかしら」

「は?」

 霧は思わず声を漏らす。瑠璃は少し呆れた表情を浮かべて続けた。

「そういうの、デートの基本じゃない?女の子が気に入ったものを覚えておくのって」

「誰がデートの指南頼んだよ!」

 霧は思わず反論するが、瑠璃の目は真剣そのものだ。沙羅が目を輝かせ、小さな陶器の花瓶を手に取る。

「これとか、部屋に置いたら雰囲気良くなりそう」と無邪気に笑うその様子に、霧は思わず「うん、似合いそうだな」と口にした。


 だが、その横から即座に瑠璃の声が割り込む。

「沙羅、それならこっちのほうがいいんじゃないかしら?」

 瑠璃が手に取ったのは、同じく陶器製だが、落ち着いた色合いと繊細な模様が特徴的な花瓶だった。沙羅が目を輝かせた花瓶よりも値段は少し張りそうだが、確かに洗練されている。


「こっちは形もシンプルだし、長く使えそうよ。それに、あなたの部屋のカーテンとベッドの色にも合うんじゃない?」と、まるで沙羅の部屋のインテリアをすべて把握しているかのような口ぶりで言う。

「確かに……そうかも!」

 沙羅は瑠璃が差し出した花瓶をもう一度手に取り、しばらくじっと眺めていた。しかし、ほんの少し迷うような表情を浮かべたあと、苦笑いをしながらそっと棚に戻す。

「うん、これも素敵だけど……私の部屋にはちょっと大人っぽすぎるかも。普段の私っぽくない気がするな

 沙羅は少し申し訳なさそうに微笑んだ。


 その言葉を聞いた瑠璃は、一瞬考えるように視線を彷徨わせる。店内を見渡した後、迷いなく歩き出し、ディスプレイの中心に置かれた特別な一角で足を止めた。

 そこに並べられているのは、ただの雑貨ではない――まるで美術館に飾られるガラス工芸品のように洗練されたディフューザーたちだ。

 ガラスの表面には薄くゴールドがあしらわれ、光を受けるたびに上品な輝きを放っている。中央のラベルには、ヨーロッパの高級香水ブランドのエンブレムが刻まれている。香りのラインナップも「ムスクとベルガモットの調和」「ジャスミン&ゼラニウムの優雅な余韻」などエレガントな名前のものばかり。


「沙羅、新しいディフューザーが欲しいって、前に言ってたわよね。こっちに沢山あるわよ」

 瑠璃がディスプレイを指さすと、沙羅は興味津々な表情を浮かべてその一角に近づいた。美しいディフューザーが整然と並ぶ様子に、思わず小さく感嘆の声を漏らす。


「これなんてどうかしら?」

 瑠璃はその中の一つを沙羅に差し出しながら、迷いのない声で言った。

「香りも素敵だし、見た目もあなたの部屋にぴったりだと思う。シトラス系の爽やかな香りなら、普段から気分がリフレッシュできるんじゃない?」


 沙羅は瓶をそっと眺め、香り見本を近づけて深呼吸すると、思わず「わあ……いい匂い!」と声を上げた。沙羅はそのディフューザーを目を輝かせながらじっと見つめた。

「これ、すごく素敵!香りもすごくいいし……こんな綺麗なボトル、飾っておくだけで気分が上がりそう!」


「でしょう?それに、あなたの好みにもぴったりだと思ったの」

 瑠璃の声は余裕があり、霧から見ると、完全に沙羅の気持ちを掴んでいるように見えた。

「これ、いくらなのかな」

 瑠璃は値札をちらりと確認した。

「12万ね。まあ、ちょっと奮発するくらいの価値はあるんじゃないかしら?」

 さらりと言う瑠璃に、霧は内心で思わず吹き出しそうになった。

(ちょっとどころか、かなりだろ……!)


「沙羅、これ本当に気に入ったなら、今買っちゃったほうがいいわよ。こういう商品は人気だから、すぐ売り切れちゃうかもしれないし」

 沙羅は少し考え込むようにディフューザーを見つめたが、バッグを開けて中を確認し始めた。財布を取り出し、中を覗いた沙羅は「あ」と声を漏らした。

「どうした?」

「うーん……カード忘れてきちゃったみたい」と沙羅は残念そうに微笑んだ。

「現金は……10万円しか入ってないや。もっと持ってくればよかったな」

「10万しか……?」

 霧の頭は衝撃で一瞬真っ白になる。高校生が気軽に財布に入れておく金額とは思えない数字だ。

「今日は我慢しようかな。次に来た時にまだ残ってたら、その時買うよ」

 瑠璃は沙羅の言葉を聞き、小さくため息をついた。そして、迷いのない動作でディフューザーを棚から取ると、レジの方へ歩き出した。


「瑠璃ちゃん?」

 沙羅が驚いたように呼び止めた。 「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」と瑠璃は振り返りざまに言い、軽く手を挙げただけでそのままレジへ向かった。


 瑠璃は淡々と商品をレジに置き、スマートにカードを取り出すと支払いを済ませた。その様子を遠巻きに見ていた霧は、またもや愕然とする。

(さらっと12万払うの普通におかしいだろ…)


 沙羅は困惑した表情を浮かべている。その視線の先で、瑠璃はすでに紙袋を手にして戻ってきた。

「はい、沙羅」

 瑠璃は紙袋を沙羅に差し出した。相変わらず余裕に満ちた笑みを浮かべている。

「えっ、これ……買ってくれたの?」 「前に沙羅から海外旅行のお土産をもらったけど、まだお返ししてなかったから」

 沙羅は袋を大事そうに受け取った。そして、ほんのりと頬を染めながら微笑む。

「瑠璃ちゃん、ありがとう……本当に嬉しい」

「どういたしまして。あなたに似合うものを選んだつもりだから、大事に使ってね」

 瑠璃の振る舞いに、霧はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

(……勝てる気がしねぇ……)

 そして瑠璃は、どこか勝者の余裕を見せつけるかのように微笑み続けていた。

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