相容れない二人
昼休みの図書室。霧はここなら静かに沙羅と話せると思い、本の整理をしている沙羅を訪ねてきた。
「白鷺、手伝おうか?」
棚に本を戻している沙羅に声をかけると、彼女は少し驚いたように振り返った。
「あ、桐崎君!ありがとう。でも、大丈夫だよ。一人でできるから」
そう言われても、霧は特にやることがあるわけでもなく、沙羅と少しでも話したいという気持ちから棚の隣に立った。
「いやいや、俺も暇だしさ。本棚の整理くらい手伝えるって」
沙羅は微笑みながら「じゃあ、これお願い!」と何冊か本を渡してくる。その自然なやりとりに霧は内心でガッツポーズをした。
(よし、これで少しは二人きりの時間を作れるぞ!)
しかし、そんな小さな幸せは長続きしない。
「桐崎君、こんなところで何しているの?」
背後から冷たい声が飛んできた。振り返ると、瑠璃が腕を組み、いつもの鋭い視線でこちらを睨んでいた。
「え、何って。本を入れるのを手伝ってるだけだけど?」
「手伝う……?」
瑠璃は眉を上げ、棚を指さした。
「あなた、そんな入れ方だと本が奥まで入っていないわよ。雑な仕事ね。むしろあなたがいるせいで作業が滞っているんじゃない?」
沙羅が慌てて間に入る。
「瑠璃ちゃん、そんなに怒らなくても……桐崎君、ちゃんと手伝ってくれてるよ!」
「それはありがたいけど、効率を考えたら一人でやったほうがいいこともあるのよ」
霧はため息をつきそうになりながらも、反論を試みる。
「別に白鷺が嫌がってるわけじゃないだろ?俺が手伝うのが迷惑なら言ってくれればやめるけど」
沙羅は曖昧に笑い、「いや、全然迷惑じゃないよ。助かってるよ!」とフォローを入れるが、瑠璃はそれに満足するわけもなく。
「桐崎君が手伝うくらいなら、私がやるわ」
そう言って棚に近づく瑠璃に、霧は軽く肩をすくめて呟いた。
「俺、ただ白鷺と楽しく話したいだけなんだけどな……」
その呟きは小さかったが、瑠璃の耳にはしっかり届いたらしく、「何か言った?」と鋭い目が向けられる。
「いや、何も――」
「ならいいけど」
霧は内心で頭を抱えた。
(くそ、また邪魔された……これじゃいつまでたっても進展できねぇ!)
その後も霧は瑠璃に邪魔されつつも、瑠璃が不在な隙を狙って沙羅と少しではあるが接触していた。
今日も教室の片隅、窓辺に差し込む柔らかな陽射しの中で沙羅は楽しそうに微笑んでいる。
「桐崎君って、本当に面白いよね!」
沙羅は唐突にそう言い、キラキラした瞳で霧を見つめた。
「そ、そう?」
霧は照れくさそうに頭を掻きながらも、心の中では密かに喜んでいた。(面白いってことは好意的ってことだよな。悪い意味じゃないよな!)
しかし、沙羅の次の一言で、その喜びは一瞬にして霧の胸の中で霧散した。
「なんかね、桐崎君って、お兄ちゃんみたいなんだよね!」
「……え?」
霧は一瞬、聞き間違いかと思った。しかし、沙羅は本気でそう思っているらしく、楽しげに笑顔を向けてくる。
「話してると安心するし、なんだか頼りになる感じもあって。お兄ちゃんみたいに気楽に話せる人って、なかなかいないから嬉しいなって」
そう言いながら沙羅は笑顔でお茶を一口飲んだ。
(お、お兄ちゃん……?いやいや、待てよ。それ恋愛対象の方向じゃなくねえか?)
霧の心の中で鐘が鳴り響く。沙羅の言葉には全く悪意がなく、むしろ親しみを込めた褒め言葉のつもりで言っているのは明らかだ。しかし、その「親しみ」というのが霧の求めるものと違いすぎて、頭の中で警報が鳴り響くばかりだった。
「あ、ありがとう?」
絞り出すように礼を言う霧だったが、心の中では明らかに動揺していた。
その時、沙羅が無邪気に続けた。
「うちのお兄ちゃんも桐崎君みたいにちょっとズレたところがあってね。たまに突っ込みたくなる感じが似てるんだよね!」
(ズレてる……突っ込みたくなる……)
霧の胸に突き刺さる一言一言が、じわじわとダメージを蓄積させていく。
「そっか。白鷺にとって俺って、お兄ちゃんみたいな存在か」
霧はできる限り平静を装おうと、ふっと笑ってみせた。しかし、その笑みがどこか引きつっているのは沙羅には気づかれなかった。
「うん!」
沙羅は目を細めてにっこり微笑んだ。その笑顔があまりにも純粋であるがゆえに、霧はさらにモヤモヤを募らせることになる。
(いや、俺がなりたいのは“お兄ちゃん”じゃなくて、もうちょっと違う位置なんだけどな……!)
霧が教室を出て廊下の片隅で一人モヤモヤしていると、突然横から冷ややかな声が飛んできた。
「沙羅があなたに興味を持っているのは、一時的なものよ」
霧はが振り返るとそこには腕を組み、冷たく見下ろすような表情をした瑠璃が立っていた。
「は?一時的?」
霧は眉をひそめながら問い返す。瑠璃の視線は冷たく、何を言っても揺るがない確信を帯びている。
「そうよ。一時的。ただあなたが面白いおもちゃに見えているだけ。沙羅はあなたに恋愛感情なんて抱いていないわ」
瑠璃は淡々とした口調で、まるで事実を告げるように言い切る。その言葉が霧の胸をぐさりと突き刺した。
「おい、何勝手なこと言ってんだよ!お前に白鷺の気持ちが分かるわけないだろ!」と思わず怒鳴りたくなったが、霧はぐっとこらえ、軽く肩をすくめてへらっと笑った。
「そりゃあ分かってるよ。白鷺は誰にでも優しいし、楽しい子だから。俺は別に恋愛とかじゃなくて、単純に友達として楽しい時間を過ごしたいだけだよ」
瑠璃はまったく引かず、冷ややかな視線をそのまま霧に突き刺した。
「まあ、あなたが沙羅にどういう気持ちを抱こうと自由だけど」
瑠璃は淡々とした調子を崩さない。
「沙羅と幼馴染みの私から言わせると、あなたは沙羅にとって“少し面白いクラスメイト”程度で、それ以上の存在にはなれないわ。勘違いしないようにね」
霧はその辛辣な言葉を受け流そうと、またもや笑みを浮かべた。しかし、その笑みの奥に潜む怒りは隠しきれない。
「へえ、ありがとな。鳳条さんの冷静な分析のおかげで俺の立ち位置がよーく分かったよ。でも、悪いな。それでも俺は白鷺ともっと話したいし、もっと仲良くなりたいって思うんだよね。それが“ただの面白いクラスメイト”って枠だけでも、俺は構わないから」
「そう。好きにすればいいわ」
瑠璃は肩をすくめ、笑みを浮かべた。だが、その表情には明らかに棘が含まれている。
「ただ一つ忠告しておくけど、何も持たない貧乏人がこの学園で生き残るには私たちに媚びるか、何かしら役に立つ場合だけよ。癇に障る行動は控えた方がいいと思うわ」
その一言に、霧の笑みが一瞬消えた。胸の奥から湧き上がる怒りを感じつつも、それを表に出すのを必死にこらえる。
「へえ、すごいな。そんなに偉そうに言えるのは、さすが“鳳条さん”ってとこだな。でも悪いけど、俺は媚びるのも役に立つのも趣味じゃないんだわ。俺は俺らしくやるだけだから」
瑠璃の目がさらに細くなり、冷たさが一段と増した。
「そう、あなたの“俺らしさ”がいつまで通用するか見ものね」
二人の言い合いがヒートアップする中、廊下の向こうから小走りに近づいてくる足音が聞こえた。
「二人とも!」
沙羅の困った声が響く。
「そんなに喧嘩しなくてもいいんじゃないかな……」
瑠璃と霧は同時に沙羅の方を向いたが、どちらも譲る気配はない。瑠璃は冷たく腕を組んだまま沈黙し、霧は気まずそうに頭をかきながら笑みを浮かべている。
「いやいや、俺たち別に喧嘩してるわけじゃないって、ねえ鳳条さん?」と霧が言うと、瑠璃はその言葉を鼻で笑うように小さく息を吐いた。
「ただの意見の違いよ。気にすることはないわ、沙羅」
沙羅はその言葉に苦笑いを浮かべた。
「でも、ちょっと怖いよ……二人とも、そんなに言い合わなくてもいいのに」
霧は沙羅の言葉に一瞬だけ動揺したが、それを隠すように笑みを深めた。
「そうだよな、白鷺に迷惑かけちゃいけないよな。じゃあ鳳条さん、これでおしまいってことで」
瑠璃は何も言わず、冷たい表情を崩さないまま霧をじっと見ていた。その目は、「これで終わると思わないで」という無言のメッセージを放っているようだ。
沙羅がなんとか場を取り繕おうとするも、霧と瑠璃の間に漂う火花は収まらないのであったーー。




