第19話 惨状の果てに
男の姿と共に、空間を割って開かれていたゲートが収縮していく。穿たれた穴が瞬く間に閉じられ、スペルフィールドに異様な静けさを残す。
だが、敵が去ったと言っても安寧を取り戻したわけではない。残された私たちの問題は山積みだ。
「メアちゃん……! やだよ、置いてかないで!」
沈黙したまま一切動かないメアリの体と、それを必死に揺すり、繋いだ手から自身の魔力を供給し続けるドロシー。
メアリはとっくの昔に事切れている。涙ながらに叫び続けるドロシーの姿は、痛々しくて見ていられなかった。
彼女の行為を「無駄だ」と止める薄情さは持ち合わせていない。数ヶ月前の私なら、魔力を大事にすべきだと躊躇なく伝えていたかもしれないが……大切な人の命を何としても守りたい気持ちは、今ならよく分かる。
私も、傍らで悪夢に魘される少年を見つめた。
「……イサト」
今も何が起きたのかは理解し切れていない。
異常に溢れ出る魔力と、黒い翼は一体なんなのか。言葉も普段のものではなく、まるで別の人格に体を乗っ取られているような雰囲気があった。
それに、あの男が言っていたこと。イサトの動向がトリガーになるとはどういう事なのか。
不安なまま見つめていると、突如として彼が目を見開く。
「ガガァァァ……! 足リナイ、血ガ! 魔力ガァ!」
勢いよく起き上がったイサトは、明らかにまだ暴走状態にあった。
私の姿を見て、瞬時に魔力のエネルギー弾を放ってくる。慌てて防御壁を展開。
普段のイサトからは考えられないほどに重く激しい攻撃に、私の魔法が撃ち負ける。張ったバリアが破壊され、急いでその場から飛び退いた。
「威力が、増大している……?」
いくらドロシーの特訓を熱心に頑張っていたとはいえ、イサトが私よりも格上の魔法を操るなんてあり得ない。
では、目の前にいるアレは何者? どこから力が発せられているというのか。
「ウーちゃん! イサトくん! メアちゃんを助けて!」
状況が見えていないのか、ドロシーが金切り声を上げている。
イサトの視線がドロシーへ向く。まずい、別の獲物を見つけて悦んでいるのが表情から分かった。
案の定、イサトの闇魔法が瞬時にドロシーへ放たれた。この一瞬で形成したとは思えないほどの強大なエネルギー弾が、地面を抉りながら彼女のもとへ向かう。
「嘘、イサトくん!?」
「まずい!」
イサトの変化にようやく気づいたのだろうか、ドロシーが驚愕している。傷ついた彼女が瞬時に防御できるかは怪しい。
私は考える間もなく飛び出し、自分の体でドロシーへの攻撃を防いだ。圧縮された闇魔法が接触と同時に爆発し、私の体は熱に焼かれる。
「あ、ぐぅ……!」
激痛。思考が全て遮られ、死の気配が自分に迫っているのを否が応にも感じさせる。
メアリも、先ほどこんな気持ちになったのだろうか。不意を突かれた彼女は身構えることもなくその生涯を散らせた。魔法少女として常に全力であろうとしたあの子は、最期の瞬間まで悔いなくいられたのだろうか。そうであってほしい。
視界がぼやける。私もすぐメアリに会えるかもしれないと、ぼんやりと思った。
「イサト。……ごめんね」
ボソッと彼の名を口に出す。
彼の身に何が起きたのかは分からないが、救ってあげたかった。傷ついて何もできない力不足な自分を、私は最期まで恨むだろう。
「ウ、イカ……」
私の言葉を聞いて、イサトの体がピクりと反応した。
攻撃が止む。僅かだが、表情に元の人格が見え隠れしているように感じられた。
――彼の意識はまだそこにある。
そう確信した瞬間、私は一歩を踏み出していた。痛む体は殆ど感覚を失っていたが、彼に向けて進む足を躊躇うことはない。
正面から歩いてくる私の姿を見て、イサトが動揺している。彼から私は敵に見えているのだろうか。だとしたら、本当は怯えているのかもしれない。
そのまま、私は彼の体を抱きしめた。あの別荘では私が慰められる側だったが、今度は私が彼を包んであげたいと、心からそう思う。
「大丈夫。もう、大丈夫だから……」
残った力で彼を必死に引き寄せて、私は言葉を紡ぐ。
固まっていたイサトの体が、私の声を聞いてゆっくりと脱力していくのを感じた。
声が届いている。それだけ私の心も安心感が戻ってくる。
伝わってくる彼の体温はまだ温かくて、私は朦朧とする意識の中で何度も囁いた。
「大丈夫……だいじょうぶ……」
眩んでいく視界の向こう。イサトの翼が魔力の粒子となって散っていくのが見えた気がした。
私、ここまでなのかな。




