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魔法少女が死ぬ前に  作者: 宮塚慶
第1章 普通の世界を、変える出逢い
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第4話 お世話係と監視係

「どうなってるんだ」


 俺が思わず強めの口調で問いかけたのに対し、ウイカは小さく首を曲げて疑問の意を表する。

 別に脅したりするつもりはないが、それにしたって一切動じず焼きそばパンを口に運ばないで欲しい。そして、俺のことを無視して満足げに目を輝かせるな。

 人気(ひとけ)のない体育館裏までウイカを連れ出して、ようやく対話の時間を作った。ここで誤魔化されては(かな)わない。

 軽く咳払いをして、俺はもう少し質問を具体的にする。


「転校してきたのは、何が目的?」

「ん……。あなたの監視」

「監視?」


 見張られているのか、俺。

 彼女は口に含んでいた焼きそばパンを咀嚼して飲み込むと、手提げの巾着袋から水筒を取り出して水を飲み、ゆったりまったり落ち着いてから話を続ける。


「あなたがフィールドに入れた理由は、まだ調査中。特例だから、しばらく近くで調べることになった。命令」


 スペルフィールドとかいう、怪物の跋扈(ばっこ)する世界に迷い込んでしまったのが偶然なのかは俺自身も気になっている。

 入る方法も出る方法も知らない以上、俺から気をつける(すべ)はないのだ。対策を見つけてくれるなら願ったり叶ったりだが。


「……調べた結果、その何とかって組織に始末されるってことは無いよな?」

「さあ?」


 怖いこと言うな。

 しかし、近くで見張られたところで何が出るわけでもないぞ。俺自身は本当に何も隠していない、ごく一般的な高校一年生だ。

 まあ、命令というからにはウイカさんにも上司か何かがいて、指示に従っているだけなのだろう。ここで彼女に不平を言っても始まらない。


「もう一つは、昨日の約束を守っているかの確認」

「約束って……誰にも言うなって話? あんな荒唐無稽(こうとうむけい)なこと、話したところで誰も信じてくれないよ」

「荒唐無稽?」


 ポカンとするウイカ。

 海外の人だということなので四字熟語が通じなかったのかと思ったが、彼女は少し意外な反応を示した。


「魔法少女の話は、理解されないもの?」

「え? そりゃ、そうじゃないか……?」


 誰にも言うなというぐらい秘密の話なのだから、理解はされないだろう。現に俺が理解できていない。

 しかし、その返答に何故か彼女は少し悲しそうな顔をする。


「ちょ、なんで落ち込むんだ」

「……落ち込んでない」

「そんなしょんぼりしながら言われても」


 何が気になったのか、弱ってしまうウイカ。

 こういう時に何か気の利いた言葉をかけることができれば良いのだが、あいにく俺は他人を思いやる器用な機微を持ち合わせていない。真凛か幸平なら何とかしてくれるんだろうが……。


「と、とりあえず! 転校してきた理由は分かった」


 どうすればいいのか分からなかったので、ひとまず無理矢理話を打ち切る。

 その言葉にウイカも何処か安堵したようで、表情がいつもの無味なものに戻った。

 昨日から思っていたが、彼女は口下手なきらいがあるので、今後も時間をかけてじっくり話を聞いていく他ない。俺の監視が目的というなら一日や二日でいなくなったりはしないだろうし、また話すタイミングもあるだろう。

 話を終えて、彼女は再び焼きそばパンを口に頬張る。そしてまた目を輝かせた。購買で買った普通の商品だが、ずいぶん気に入ったらしい。


「焼きそばパン、好きなの?」

「はじめて食べた」

「マジか」


 外国暮らしが長いなら焼きそばパンを知らないのも無理はないのかもしれないが、こうも意外な反応をされると、日本での生活に馴染めるのか心配になる。

 日常生活でどんどん知らないことが出てくるだろうし、一応お世話係を(おお)せつかった身として、彼女の今後を少し案じてみた。


「美味しい」


 ひとまず、食文化の違いは乗り越えられそうでよかった。

 ここからはクラスメイトとしての話。まずは彼女が何を知っていて、何を知らないのか、日本とこれまでの暮らしの差を確認しておきたい。


「前はイギリスの学校にいたんだっけ? お父さんの国とかなんとか」


 先ほどクラスで質問攻めに遭っていた際、そんなことを言っていたはずだ。


「それ、嘘」

「は?」


 特に悪びれもせず彼女はあっけらかんと虚偽を申告した。

 なんでそんなことを。


「私、アザラク・ガードナーの施設で生まれ育った。普段は外に出ない」

「獣魔討伐部隊、だっけか。外に出ないって、そんな厳しいの?」

「別に厳しくない。普通」


 普通ではないと思うけれど。

 彼女にとっては外に出ないことが当たり前になっているのか。

 実態を知らないので迂闊なことは言えないが――なんか怖い施設だな、と感じた。


「部隊のことは他の人に言えないから、設定を作ってきた」

「それが、イギリス人のお父さんと日本人のお母さん?」

「うん。私、両親とかいない」

「え、そうなのか」


 またしても意外な事実。

 昨日の今日だし、俺は彼女のことを何も知らない。普段の暮らしも、家族も、趣味だって分からない。

 そんな少女が俺の監視係としてしばらく行動を共にすると言うのだから、これはもう少し色々聞いておかないと後々困りそうな気がする。

 いや、別に彼女の仕事がどうなろうと俺の知ったことではないんだけど。


「じゃあ、飯食い終わったらでいいから、考えてきた設定を教えてもらえるか? 口裏は合わせた方がいいだろ」

「うん」


 〇 〇 〇


 ウイカと共に教室に戻ると、何故かご立腹な様子の真凛が腕組みをして待っていた。


「んで? あの娘とはどういう関係なの?」


 普段は真凛や幸平と一緒にお昼を食べる。ルーティーンになっていると言ってもいいだろう。それを突然断りもなくすっぽかし、転校生を口説き落として二人で食事に出掛けたとなれば、疑念の目も向かざるを得ない。……誤解なんだが。

 真凛の隣で、幸平も肩を(すく)めた。


「流石に僕もビックリしたよ。あのイサトが、女の子を誘って出ていくなんてさ」

「いや、なんというか……違うんだよ」

「なーにが違うの、何が」


 真凛の顔が怖い。

 なんと説明すべきだろう。どういう関係かと聞かれても、昨日道端で出会っただけだ。そこから、少しばかり事情を説明できないミステリアスな出来事になったのはたしかだが、関係値など無い。

 言葉に迷う俺を見て、真凛は深い溜息をつく。


「勘違いしないで欲しいけど。別にイサトに彼女ができようが、その子と二人で出掛けようが、それは構わないのよ」

「だから、彼女とかそういうのじゃないって!」

「でもね! あたしや幸平に説明できないのは何? あたし達、それなりに心を開いてやってきたと思うんだけど」


 友達だからといって逐次ちくじ恋愛報告をする必要はないと思うが、真凛の言いたいことは分かる。そこを包み隠さず話せるぐらい、俺たち三人は明け透けにやってきた。

 真凛が誰かに告白された話も、幸平が誰かに告白して撃沈した話も、全部素直に話せる間柄だった。

 なので。

 ――俺は、ウイカが考えてきた嘘設定を交えて過去をでっち上げることにした。すまん。


「あの子の母親が日本人だってのは聞いただろ? それ、俺の母親の親戚なんだ。ちょっと遠い繋がりだけど」

「し、親戚ぃ?」


 予想外の話をされて狼狽(うろた)える真凛。幸平も、へえ、と驚きの声をあげた。


「俺も名前を聞くまで思い出せなかったんだけどさ。昔一度だけ会ったこともある。だから驚いたんだ」


 考えながら話しているので無理があるかもしれないが、我ながらよくもまあペラペラと嘘が出る。

 こうなったら、疑われる前に畳みかけて何とかするしかない。


「それで、話を聞きたかったから呼び出した。教室で聞けなかったのは、その……」


 俺はウイカの設定と齟齬がないように、濁しながら話を続ける。


「ウイカは、ちょっと複雑な家庭でさ。あんまり大っぴらにはできなくて」


 ちょっと大袈裟めに頬を掻いてみる。渾身の三文芝居で、ばつの悪そうな表情をしてみせた。

 人情に訴える作戦。家庭事情となれば迂闊に詮索できないだろうし、このまま押し切ろう。真凛と幸平に目配せしながら、俺は話を仕上げる。


「俺もできる限り協力するつもりだけど、二人もウイカと仲良くしてもらえると助かる。たぶん困る時も出てくるだろうし」


 さあどうだ!

 ……いや、結果は分かり切っている。

 真凛はこういう他者の弱いところを放っておけない女だ。そして幸平も、根っから心の優しい男である。

 案の定、駆け出した真凛は包み込むようにウイカの両手を取ると


「困ったことがあったらなんでも言ってね! あたしたち、親友だから!」

「? うん」


 涙ながらに彼女を迎え入れたのだった。

 親友はちょっと気が早い気もするけれど。

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