第6話 リーダーシップ
「じゃ、作戦会議を始めるねー」
言いながら、ドロシーさんはおもむろに紙の資料を取り出した。
手には何も持っていなかったはずだが、服のポケットから信じられない量の書類が取り出されていく。ウイカの巾着袋と同じ理屈なのだろうが、ちょっとした手品にしか見えない。
テーブル上に広げられた紙には、何やら数値が刻まれている。グラフなども記載されているが、パッと見では理解できなかった。
「これは?」
「ウーちゃんが日本配属になったのが五年前。それから今までの獣魔出現数とか、諸々のデータ」
なるほど。書かれた数字は獣魔に関するものか。
五年前といえば俺もまだ小学生だ。彼女らは日本配属になる前から戦っているはずなのでこの感じ方はおかしいのだが、そんな頃からウイカが日本で戦っていたのだと思うと、今更ながら危険が身近なものだと思えて恐ろしくなる。
ドロシーさんは、資料の線グラフを指でなぞった。獣魔の出現数だと言われると、一目でそのグラフの異常さが分かる。
「ね? 見てのとおり。右肩上がりで、獣魔の襲来は増え続けている。これでも、一年前の数字は他の国と変わらないぐらいなんだけどね」
そういうものなのか。つまり日本は数年前までかなり安全だった場所で、一年前のデータでも他国と変わらないぐらいだと。
俺は関わりがないものの、他国の魔法少女たちも同じだけの苦労をしているんだと思うと、過酷な状況をより実感できる。
「ただ、今年に入って勢いがさらに増して、どう考えてもウーちゃんだけでは手が回らない状況になってきた」
「……」
ウイカが物申したそうな顔をしている。
別に一人でもやれる、と言ったところかもしれないが、彼女らに力を誇示しても仕方ない。ドロシーさんたちを日本配属にしたのはジェラルド司令の指示で、彼女らはそれに従っているに過ぎない。
そこが分かっているので、流石に言い返しはしなかった。
ドロシーさんはグラフを見ながら、敢えて強調するように告げる。
「こんな状況で、過去のいざこざで喧嘩してる場合じゃないわけ」
部屋の空気がまた重くなる。うぅ、胃が痛い。
わざわざ粒立てて言うことではないと思うのだが、ドロシーさんは強気な目でウイカとメアリさんに目配せしている。牽制の意味が強いのだろう。
「で、あたしたち三人のフォーメーションとか、攻撃のタイミングをもっと洗練させる訓練が必要だと思って、この作戦会議を開いたの」
「えっと、じゃあ質問」
俺はおずおずと手を挙げる。
「はい、イサトくん」
「三人の連携が必要なのは勿論だけど、これ俺はどうすれば……」
「まー、いきなりあたしたちについてこいってのは無理よ。これまでどおりの訓練で力をつけて、それからね」
それしかないのか。
敵の脅威は増しているのに、力になれない状況が続くのは忍びないところ。即戦力とはいかないのも分かっているのだが、焦る気持ちから俺はがっくり肩を落とした。
気を使ってくれたのか、ドロシーさんが付け足す。
「大丈夫。イサトくんにはイサトくんにしか出来ないことがある。動き方についてはあたしも考えてることがあるから。また特訓メニューに加えてあげる」
「……ありがたいんですけど。それ、もしかして今よりキツくなるやつですか?」
「ふふーん。楽しみにしてなさい」
励ましてくれたのかと思ったが、これからはもっと厳しくなりそうだ。
早く一人前になりたい気持ちと、地獄の特訓が待っているという倦怠感が綯い交ぜになって、これ以上の言葉は濁した。
「んじゃ、具体的に動きを考えていきたいんだけど――」
「はあ」
ドロシーさんがこの会議の主題へ入ろうとしたところで、メアリさんがわざとらしく溜め息をついた。
大袈裟な反応にウイカが視線を向け、メアリさんも待ってましたとばかりに挑発的な目で迎え撃つ。間で火花が散っているのではないかと言わんばかりに睨み合った。
「話し合いなんてしなくても、私とドロシーはずっと一緒にやってきた。連携はできている。じゃあ、誰が足を引っ張っているかは明白よ」
また始まった。
メアリさんがこの態度だと、今日はもう話が進展しないと決まったようなものだ。
そして案の定、ウイカも売り言葉をすぐに買ってしまう。そこを聞き流してくれとさっき言われたんじゃなかったのか。
「それ、どういう意味?」
「言葉どおり。合わせられない人が混ざってるって言ってるの」
「日本は私が防衛してきた場所。そっちがサポートに徹してくれればいい」
「ウイカ、あなたねえ!」
今にも取っ組み合いになりそうな雰囲気の二人。それぞれが椅子から腰を上げ、ゆっくりと距離を詰める。
まずい。間に入ろうと俺も席を立ちあがった。が、そこでドロシーさんが強くテーブルを叩く。
「いい加減にして!」
その剣幕に呆気にとられ、静まりかえる部屋。
普段は怒っていても笑顔を絶やさない印象のドロシーさんが、今日は何度も爆発している。
「今ごちゃごちゃ言って、それで何になるの!? リーダーはあたし! あたしが連携をとるべきだって言ってるの!」
荒れた態度でウイカとメアリさんを睨みつける彼女に、いつもの余裕ある雰囲気はなかった。
「二人は、リーダーであるあたしの指示に従って動けばそれでいいの!」
「ど、ドロシー……?」
メアリさんが不安そうな目で見ている。
怒っているのは分かるが、ちょっと角の立つ言い回しだと思った。リーダーの指示に従えと断言してしまうのは、独善的で身勝手な物言いにとられる可能性がある。
そのことに本人も気づいたのだろう。ドロシーさんはハッとしてから、いつもの笑顔を見せた。
「あ、あはは。ごめんごめん。とにかく、言い合いは無し!」
取り繕うが、冷え切った空気はすぐには戻らない。
口を挟んでいいのか悩みつつ、俺は必死なドロシーさんに声をかける。
「ドロシーさん、大丈夫ですか? 無理してる感じがするんですけど」
「だ、大丈夫だって! あたしが一番お姉さんだし、リーダーとしてビシバシやっていくよー!」
ガハハ、と明瞭な笑い声で元気を振りまこうとするが、その空回りっぷりに更なる不安を覚えた。
どうにもドロシーさんは、自分が年上だから全員をまとめなくてはいけないという使命感に駆られている気がする。
「次からは特訓でも実戦でも、練度を意識していきましょ」
ウイカとメアリさんも、流石にそこから口論をする様子は無かったが、作戦会議は全員の発言が消極的になったことで、やがて自然と解散になった。




