第12話 獣魔遭遇
「いい? 扉のイメージ」
「あ、ああ」
放課後、遂に決行の時がやってきた。
学校を出てから人目につかない路地裏までそそくさと移動し、スペルフィールドに入るためのゲートの開き方をウイカにレクチャーされる。
しかし、他の魔法もそうだと言っていたが、想像力を使うと言われても曖昧だ。扉をイメージする。彼女の持つ巾着袋が四次元の収納ポケットだったように、スペルフィールドに繋がる大きなどこでも行けるドアを思い描くべきなのだろう。
目を閉じて、ドアノブを掴むように右手を伸ばす。そこに扉がある、開けばスペルフィールドに侵入できる。そういうイメージ。
「うん。そのまま」
言いながら、俺の右手の上にウイカの右手が重なってきた。
「ちょっ!?」
「? 続けて」
いやいやいや、この一瞬でめっちゃ集中力削がれたんですけど。
彼女の手のひらから体温が伝わる。左手が俺の左肩を掴み、後ろから全身で俺の体を支えるようなポーズになるウイカ。
瞳を閉じていると音に鋭敏になるというが、今ウイカの声がよく聞こえるのは単純に彼女の顔が真横にあるせいだろう。右耳に息がかかるぐらいの位置で、彼女が囁く。
「ドアノブを、捻る」
「は、はいぃ!」
伝わってくる彼女の温度から、もっと温かく力強いものを感じた。熱ではなく力。上手く表現できないが、彼女の血潮がそのまま流れ込んでくるような不思議な感覚に体がふわふわする。
これが、魔力……?
言われるがまま、右手に力を込めて捻る。扉を引くと、その向こうから風が吹き込んできた気がした。
重力が曖昧になって体が宙を浮く。足元が覚束ない。
この感覚は知っている、彼女とはじめて出会った時に、スペルフィールドから現実世界へ戻った感覚と同じ。
つまり、これは。
「できた。いいよ」
声をかけられて、俺はゆっくり目を開ける。
景色は先ほどまでと変わっていないような気がするが、ウイカは頷いた。
「魔力は手助けしたけれど、他は問題なかったと思う。次やる時は一人でも試して」
「分かった。……というか、成功したんだな」
辺りを見回すが、やはり普段の街並みと変わったようには見えない。
……いや。よく見ると空が少し歪んで、波打っているような気がする。オーロラが被さっているかのように、色合いを少しずつ変えながら揺らいでいた。前もこうだったのだろうか、全然気づかなかったが。
他に人がいない世界はとんでもなく静かだ。普段聞こえてくる喧噪が何一つ届かない街並みは不気味で、この違和感が別世界であることを実感させてくる。
ウイカはと言うと、巾着から例の魔法使いコスプレセットを取り出して身に着け始めていた。
「あ、それ今回も着るんだ」
「うん。これの方が、自分が魔法を使うイメージがしやすい」
やっぱり、そういうものなのか。
帽子やマントを上から身に着けるだけなので何の問題もないのだが、女の子の着替えをまじまじと見つめるのは憚られる。俺は視線を周囲に逸らして、様子を確認しようとした。
が、すぐにウイカが俺の腕をグッと掴んで動きを止めさせる。
「な、何!?」
「しーっ。もう、いる」
ウイカが人差し指で静かにするようジェスチャーしてから、その指で道の遠くを指した。
その先を俺が凝視する。
かなり離れた位置だが、たしかに何か生き物らしき影が動いているのが分かった。前回の熊みたいなヤツとは形状が全く異なる。
立ち姿は一見ライオンのようだ。立派なたてがみが生えているし、鋭い牙も見せている。だがその下半身に獣のような毛は無く、膨らんだ腹部から細い足が四本突き出していた。上半身のがっしりとした二本の前脚と合わせて、計六本の足で歩いている。
獣と虫のハーフ、というか上半身と下半身を無理やり繋ぎ合わせたような形の怪物。あれが今回のターゲットということか。
「ミルメコレオ」
「見る目……なんだって?」
「中世のヨーロッパで最初に目撃された獣魔」
中世ヨーロッパの、獣魔?
「獣魔ってそんな昔からいるのか!?」
俺が驚きの声をあげると、またウイカが人差し指を口元に置いて沈黙を促した。すまん。
ウイカは基礎知識として獣魔の説明をする。
「古い時代の伝説や物語に出てくるものは、多くが獣魔の目撃例」
「マジかよ」
はじめて獣魔の話を聞いた時は、そんな怪物が俺たちの世界に出てくるなんて全く想像できなかった。
けれど神話や伝承というのは数多くこの世界に残っている。日本だけでみても妖怪や幽霊といった不可思議なものだったり、それこそ俺が最初に思い浮かべた未確認生物たちもそうした類の存在に当てはまる。
どこまでが実際の獣魔かは分からないが、彼女たちの組織はそんな言い伝えみたいな敵と戦っていたのか。
ウイカが前に出る。
「荒城くんは此処にいて。行ってくる」
彼女の目つきが鋭くなった。表情のあまり変わらないウイカだが、この本気モードとも言える鋭い視線だけはすぐに分かる。
俺は見守ることしかできない。
「ウイカ。その……無茶するなよ」
その言葉が適切かは分からなかった。彼女が無茶してでも怪物を倒さなければ、俺たちの世界にあれが侵攻してくる。彼女は自分の生き方として使命を全うするわけで、現に怪我をしてでも戦ってきた。
でも、俺が心配している意思は伝わったようだ。
ウイカはコクりと頷いて飛び出すと、箒に跨って一気に上空へと飛翔する。
「がんばれ、ウイカ」
突然飛び出してきた人間に、化け物ことミルメコレオが視線を向けた。彼女を追いながら首を動かす。
ミルメコレオよりも遥か高くに陣取ったウイカは、すぐさま例の玩具ステッキを構えた。
「我が炎を以て悪しき魔を穿て。――地獄の業火!」
ウイカが呪文を唱え、杖から火炎放射を放つ。
魔法がイメージだというならば、あの呪文も本当は決まった技名ではなく、それらしい言葉を彼女が考えて詠唱しているのだろうか。
燃え盛る火の手はミルメコレオを確実に捉え、周囲の街ごと焼き尽くす。少し離れて様子を見ている俺にまで熱が伝わってきて、頬が焼けるような感じがした。
「やっぱ凄い!」
こうして目の当たりにすると、やはり現実感がない光景だ。
ウイカの鮮やかな先制攻撃。段取りが決まっている映画のワンシーンかのような錯覚を覚える一撃。
前の獣魔は、この業火と共に腕を切断されてあっという間に沈黙していた。
だが。
「ウオォォォォオ!」
ミルメコレオは吼えると、そのまま物凄い勢いで跳躍。
「え!?」
ウイカが驚きの声をあげる。
羽も持たず、見た目もライオンと昆虫をくっつけたような姿をしているミルメコレオが、上空から見下ろしていたウイカの高さまで飛び掛かっていったのだ。
あの高さなら大丈夫とウイカは油断していたかもしれない。傍から見ていた俺もそう思っていたので、呆気にとられた。
ミルメコレオが持つ獣の前脚が、鞭のようにしなってウイカを地面へ叩き落とす。
「グッ……!」
弾き飛ばされ、ウイカが肺から息を吐きだした。そのまま地面に叩きつけられて転がっていく。
「ウイカ!」
俺は思わず叫んだ。瞬間、ミルメコレオの視線が俺の方に向く。
しまった。
何やってるんだ俺は! 見つからないよう隠れていろと言われたのに。
跳躍していたミルメコレオは地面に着地すると、倒れているウイカを尻目に、こちらへ向けて駆け出してきた。
「まっずい!」
ゲートを開いて現実世界に退避することができればいいのだが、練習したばかりのあの集中力を即座に発揮する技術は俺にはまだ無い。
――やられる!
と、ミルメコレオの後ろでウイカが動いた。倒れていた体をなんとか起こし、炎を撃ち出して敵の行く手を阻む。俺とミルメコレオの間に炎の壁を生み出した。
「あなたの相手は、こっち……!」
頬から血が滲んでいるウイカ。地面に墜ちた際に擦り剥いたのだろうか。
それでも彼女は平然と立ち上がって再び構える。ミルメコレオも反転して再びウイカと向かい合った。
これが獣魔とのバトル。
彼女は、本当に命を懸けて戦っているんだ。




