お前いろいろ図々しいな
「え?」
男が立ち止まったのは、どう見てもまだ鬱蒼とした森の中だった。年季の入った木造の小さな家が目の前にはある。
首を傾げているとストンと地面に降ろされ、草が慣れない裸足の裏をチクチクと刺す。
「ここが俺の仮の住処だ」
「仮」
「ここは西の果ての森だと言っただろう。街はまだ遠く先だが、俺は仕事でここに暫く滞在しなくてはならない。街に行くのは精々月に一度だな。冬になれば仕事を終えて王都にある本宅へと戻る」
「えっと、それは……つまり?」
「俺が仕事を終えて本宅に戻るときに、途中の街に置いていってやる。それまでは街どころかお前もここに留まるということだ」
じゃあ、しばらく森の中なのは変わらない、と。
「お前のためだけにすぐさま街まで送っていく義理はない。しかし、それまでこの家に置いてやってもいい」
「私もここに!?」
「嫌なら自力で森を抜ければいい。まあ……それができるなら、だかな」
ふん、と嘲るように笑って、男の意地悪な口端が引き上がる。
「そんな……冬まで……」
「不満か? なら……」
「うわぁあよかったぁあ!! 宿ゲットぉお!!」
「!?」
「よろしくお願いしますっ! ありがとうございます!」
「……おい。おい? 待て」
男が片手をこちらに向けて、今にも小躍りしそうな私を静止する。
「落ち着け。お前、話聞いてたか? それでいいのか? 俺とこんな荒屋に留まることになるんだぞ」
「しっかり聞いてましたとも! 私もここに置いてくれるんですよね! だって他に行くところなんてないし捨てられたら死んじゃいますって。ああ、良かった! 掃除とか洗濯とか、あと出来ないけど料理とかも一応頑張りますねっ」
しかも冬までだなんて、そんなにいいんですか?! 今がなんの季節かは知らないけど、とにかく有難い。
今更言ってないとは言わせませんよ! と意気込めば男は目元を押さえて俯いた。
「どうしたんですか?」
「お前……状況をよく考えろ」
「だから、考えてるじゃないですか。ほんと、助かったーって! あ、やっぱりやめたっていうのは無しですからね! 撤回なんて男らしくありませんよ!」
「なんだコイツ……」
なんだとはなんだ!
男に二言はないって言え! 念書を書け! と纏わりついて迫れば「うるせえ」と腕を振り解かれた。
「兄貴、さっき良いって言った!」
「もういい。わかった……わかったから。それから兄貴はやめろ」
「だって、名前教えてくれないから」
私の国では面倒見のいい歳上を親しみを込めて兄貴と呼ぶのだと適当に教えておく。
男は不本意そうな顔をして、ボソリと自分の名前を呟いた。
「……アドルフだ」
「アドルフ兄さん!」
「だからやめろ。アドルフでいい」
「アドルフ!! 私はウタでもウタさんでも良いです! アドルフ、何か服をください!」
「お前いろいろ図々しいな」
元々着ていたパジャマはパジャマだからね。寝てる間にこっちに来ているから私には普段着がないのだ。とりあえず少し肌寒いので服が欲しい。
くれ! と手を差し出した私から嫌そうに視線を逸らして、ぶつぶつ文句を言うアドルフについて家の中に入る。すると、自然と部屋の中に光が灯った。わ、まさか人感センサー!? いや、異世界だしマホウ!? よくわからないけど電気のようなものがあるっぽいのは安心だ。
家の中は意外に暖かく広かった。
平屋で入口すぐのところにノータイムでダイニングキッチン。
あ、暖炉らしきものもある。奥の部屋に入っていくアドルフの背中を見送りながら、キッチン周りをキョロキョロと見渡す。古臭い家ではあるけれど埃はなく、鍋やお皿、カトラリーは綺麗に整頓させていて清潔感がある。さてはあの男、マメだな。
そして水道……いわゆるシンクがあった。蛇口のような棒が付いてい手前に引いてみると水が出た! すご!
元の世界と変わらないこの様子ならトイレも期待できるかもしれない。
「とりあえずこれでも着ておけ」
奥の部屋から数枚の服を手にしたアドルフが戻ってきた。
「これってアドルフの?」
「そうだ。靴はあとで調達してきてやる。それまでは、外に出ず家にいろ」
早速パジャマの上から着てみると、シャツ一枚がワンピースみたいな膝下丈になった。
クルリと回ってスカートのように両端をつまむ。
「どう?」
「どうもこうもねぇな」
つまらない感想を頂いた。
「私も奥の部屋、見ていい?」
「寝室だ」
「私のお布団ありますか?」
「ねぇな」
「それって、アドルフが床で寝るって事? 大丈夫?」
「お前なあ……」
奥の部屋を覗くと、光を取り入れる小さな窓の前に木製の机と椅子。壁際にはベッドが一個しかなかった。板張りの床は硬くて冷たそうだ。
「なんで俺が床決定なんだよ。居候はお前だろうが」
「えっ」
「えってなんだ。えって。俺が居候だと思ってんのか?」
「だって他に部屋ないよね? あ、私が床で寝るのか」
「……」
「やだなあ……。でも、居候だから仕方ないよね……」
そうか、お客様用のお布団はないのか。
まあ、こんな山奥に尋ねてくる人もいないのだろう。アドルフは見た目気難しそうだから人付き合いとかもしなさそうだし。
わかりました。せめて大きめのタオルを貸してください。と、言えば、大袈裟に頭を抱えたアドルフに「お前、なんなんだよ!」とキレられながらベッドに放り投げられた。
「ちょ…危な! なんで投げるの!? この国は女の子を投げるの!? クソだな!!」
「うるせぇ! 寝ろ!!」
はあ??
急に不機嫌になったアドルフは寝室のドアをバシンと音を立てて閉めて出ていった。
なんで怒ってんの?




