8話 #紫の花弁 この城に“彼方者”は4人居る
一回、情報を整理しよう。
まずは、回復薬についてだ。
回復薬。
それは怪我を治すことのできる薬。
それは大まかに低級、中級、上級…そして最上級という区分に分けられている。
低級は擦り傷、打撲、捻挫なんかの軽い怪我まで。
中級は骨折、裂傷、筋肉繊維の断裂なんかまではいける。
上級は、内臓へのダメージなんかも含め、殆どの部位を復元出来る。
そして、最上級に至れば欠損部位すら再生出来るという。
まあ、これにプラスして時間が経った古傷なんかは元の怪我より上のものを使わないといけないんだけど…まあ、それはとりあえず置いておこう。
そして、彼は……百歳君は、重体。
うん、急いで送ったにしては良いセレクトね。
完結に、どういう状況かが分かる言葉のセレクトだ。
ニュース用語で、重体というのは、死の危険のある状態を表す。
内臓部まで損傷が激しく、もしかしたら脳や心臓部なんかにも影響があるかもしれない状態だ。
そして、それを書いたということは……事態は相当ヤバい。
最低でも、入手するべきは中級。
ただそれでも恐らく死までの時間が伸びるだけ。
最終的には上級以上のものを手に入れないといけないって訳だ。
さて、問題はその回復薬をどうやって手に入れるか…か。
使用人さんに頼むのは間に合わない。
ならば、方法は一つだ。
……回復薬を元から持っている人。
そういった人間に頼む他ない。
さて、それならどうやって持っている人を探そうか。
幸運に任せて手当たり次第声をかける?うん、まあ有りではあるけど…もっと確実な方法がある。
それは、使用人さんに心当たりがあるか聞くことだ。
うん、来たばかりの私が変に考えたって進まないもんね。
まあ、いきなり聞くのは確実に下手な印象は抱かれるけど……仕方ない。
必要経費だと割り切ろうか。
そう考え、私は近くに佇む使用人さんに聞きに行く。
無表情で佇む、使用人さんに。
私は……少し懐かしさと寂しさを感じた。
頭に浮かぶのは現世の記憶。
母様、父様、馴染みのシェフ。
浮かび上がるそれらの顔をを首を振って掻き消した。
今は…そんなこと考えている場合じゃないから。
「何か御用ですか?」
定型文のように、彼女はそう聞いてきた。
私は言葉を返す。
「はい、今私……回復薬を持っていそうな人を探しているんです」
その言葉に、訝しげに使用人さんは言葉を繰り返した。
「回復薬を持っていそうな人……ですか」
「恐れ入りますが、理由をお聞かせ願っても……」
そう少し下手に出ながら理由を聞いてくる彼女に、私は言葉を返す。
「ごめんなさい、言う気はありません」
そうはっきりと、私は理由を話すことを拒否した。
だってそうでしょ?過去の人間にあげるため……なんて話せない。
下手な嘘を吐いたって意味ないし。なら、始めっから正直にいこうって考えた。
そう思って言葉を発したんだけど……少し、その言葉に使用人さんは動揺したようだ。
無表情の裏に動揺が見える。
そして、使用人さんは言葉を続けた。
「了解致しました」
「回復薬を持っていそうな人…でしたよね」
「……たしか、財政管理官であらせられるシルフィドール・ポワラス様は、回復薬を何瓶か常備していたと記憶しております」
私はその言葉で、その人物について思い出す。
私が使用人さんに頼んで貰った重役たちを記した資料で、その名前を聞いたことがあったからだ。
シルフィドール・ポワラス。
それは、この国の税収等の経済状況の帳簿管理をしている貴族。ポワラス侯爵家の次男。
年齢は確か54歳の官僚。ええ、厳格な財政管理を行う……正真正銘の貴族様だ。
なんでこの別館に居るんだろう……?
本館で仕事はしないのかな?
そんな疑問と共に、ゾクリと…緊張が胸を刺す。
私、貴族様にねだるのか。
そう実感し……ドキドキと緊張が込み上げる。
だって貴族様だよ?中世の貴族様。
下手なことしたら首刎ねられるよ?
それと同時に、思った。
私なら大丈夫、と。
数多くの重役たちと言葉を交わし続けた私なら大丈夫、と。
絶対的な自負が、私を包み込んだ。
……ただ、問題は一つある。
数々の場数を踏んできた私でも、中々解決出来そうもない問題。
それは、回復薬を欲しがる理由を用意しないといけないことだ。
単刀直入に言おう。思いつかん!
使用人さんになら、黙秘権は通る。
しかし、貴族様相手なら……不可能だ。
下手な嘘は吐けない。バレて首を落とされるのはごめんだ。
だが、かといって本当のことは?
絶対に無理だ。言うことは出来ない。
怪我人が過去にいるなんてこと…言いようがない。
だけどだからといって怪我人を偽るのも厳しいだろう。
え?どうしよう。
そう思考の迷路に彷徨い込んでいると、使用人さんが「どうかなさいましたか?」と声をかけてくる。
私は咄嗟に、「何でもないです」と声を返すと同時に、これを聞いとかないと…と、声を出した。
「シルフィドール・ポワラス様ってどこにいますか?」
その言葉に、目をぱちくりして使用人さんは同じ言葉を呟く。
「シルフィドール・ポワラス様の居場所…ですか?」
「ああ、そういえば集められてましたね」
「えっと…確か――」
「――2階の奥から3番目の部屋」
2階の奥から3番目の部屋。2階の奥から3番目の部屋。
言い訳を考えるのを一旦やめ、忘れないように私は頭の中でその場所を唱え続けた。
そして、私は使用人さんに軽くお礼を言って歩き出す。
私たち"彼方者"が泊められているのが3階。
ゆらゆらと耳飾りを揺らして、一階下の階へと移動する。
廊下を渡り、階段を降りて……そして、
私は、その扉の前へと来た。
走ることはしなかった。息が荒れるのは失礼に当たるからだ。
念の為にと奥からの数を数え直し、緊張している自分を落ち着かせる。
そして、考え始めた。
彼相手に話す言い訳を。
素直に怪我のこと…ダメ、怪我人が過去にいるなんてことを言いようがない。
嘘を吐くしかない。…ならなんて嘘を?
別の人を怪我人に✖️理由無し✖️頼まれたから?誰から?個人的理由?王命?あーもう、本当どーしよう!?
考えて、私!大丈夫、時間ならまだある筈。しっかりと考えてどうにか誤魔化して回復薬を手に入れ……
次の瞬間――
――ガチャリと、扉が開いた。
マ ジ で す か!
頭がショートする中、思わず声が出そうになるのを頑張って我慢する。
社交をし続け、磨き上げられたポーカーフェイスで私は佇む。
中から出る人間が誰かは、すぐに検討がついた。
目の前に居る眉間の険しい偉丈夫はシルフィドール・ポワラス。その人だ。
………やばい。やべぇ。大変だ。
何も思い付かずに会ってしまった。
「誰だ」
低く、威厳のある声色で、目の前の男は言葉を放った。
顔には深い皺が刻まれ、身体は大柄で筋肉がありそうなその格好の彼は、訝しげにこちらを見てくる。
頭の中が大パニックを起こしながらも……私は体に染みついた動きで、彼を見つめた。
そして、私は微笑みながら言葉を返す。
……姿勢と、礼儀作法。そして言葉遣い。
社交場では基本、その三つで相手を評価する。
異世界だからといって……昔の世界だからといって、その根底は変わらない。
そこだけは疎かにしないよう、ゆったりと言葉を返した。
「初めまして、"彼方者"が一人、白兎 三葉です」
「本日は、ひとつお引き受け頂きたい事がありまして……こちらに参らせて頂きました」
深々とお辞儀をし、私は余裕を持って返答する。
チリンっと耳元で耳飾りが鳴った。
当然内心では未だに言い訳を作れてない状態での邂逅に馬鹿みたいに騒いでる。
……うん、本当にどうしよっか。
ただまあ……私が、いかに幸運でもハプニングはよく起こるもの。
率直に言えば…この程度で、私は崩れない。
日本での…女性の正しい立ち方を心がける。
私は背筋を伸ばし、手を前に持っていき、右手で左手を掴むようにする。
そして、彼の返答を待った。
そして、彼はチラチラと周りを見渡し、こちらを見る。
そして重々しく言葉を吐いた。
「……そうか、入れ」
「はい」
私は流れのまま中へと入った。
そして、扉の前で立ち止まる。
彼はそのまま進んで行き……大きな椅子に腰掛けた。
……コイツ、露骨に上下関係を見せつけやがって。
思わず私は心の中で毒づく。
椅子に座る者……対して私は立ったまま。
座れと言われてない以上……今の私の階級的に私が今座るのは確実に無作法。
絶対に、してはいけない行為……だが、
だが、元の世界では特権階級にあった私だ。
王様相手ならいざ知らず……侯爵の次男坊風情にこんなことをやられるのは、ちょっと……いや、結構腹が立った。
イライラゲージ +1
ムカムカとやり切れない思いを抱いていると、彼は口を開いた。
「異世界から来た者…だったか」
「扱いとしては平民だったんだよな?」
「はい」
貴族制度はないからね。"一応"平民ですね。
ボソリと、心の中でそう呟いた。
そんな中、目の前の彼は私たちの素性を確認するように話を聞く。
そして彼は同時に私をじーっと見た。
沈黙が流れる。
私はその間も立ち尽くしたままだ。
まあ、頭の中では物凄い勢いで言い訳を考えてるけど。
そしてそんな中……不意に、百歳君のことが頭をよぎる。
私は心の中で焦りを抱いた。
大丈夫大丈夫、私は…大丈夫。
必死で頭の中でそう繰り返す。
そして、彼は口を開いた。
「ふんっ、庶民にしては中々教養がなってるな」
「ただ…」
そう言って、彼は私の手の位置を指差す。
右手で左手を掴む私の手を。
「前に組んだ手だが…左手を右手で掴むようにするのが礼儀だ」
「他にも……いや、まあいいか」
「気をつけるがいい」
「だがまあ、庶民にしては及第点……良かろう、話はなんだ?」
尊大な態度で、目の前の彼はそう言った。
イライラゲージ +1
そして、目の前の彼は足を組んだ。
曲がりなりにも交渉相手の私に向かって。
イライラゲージ +1
「どうした?早く言わないか」
そして急かす。あくまで上位は俺であると主張するように急かす。
イライラゲージ +1
急かす。尊大な態度。観察するような視線。そして少しの不機嫌さを滲ます顔つき。………
イライラゲージ +1 +1 +1 +1 +1 ………
[-Tips-]
白兎は結構短気。
流石は温室育ちと言った所だろう。
あー、なるほど…そういう。
ピキリと、頭に苛立ちが走った。
怒りが……限界点に達した。
流石に我慢の限界だった。
ちょっと見逃せない態度が多すぎた。
……ええ、分かっているわ。これがこの世界では当然のことだって。
上流階級の者が下の者からの申し出を受ける。今の状況は簡単に言うとそういうこと。
話を聞いてもらってくれてるだけありがたい……。
そう、今の私はただの小娘だし…目の前のこのゴミ虫は別に間違ったことはしてないのよ?
ねぇ、特権階級に胡座をかいた死に片足突っ込んだ老害さん。
私を…白兎家一人娘、白兎 三葉を舐めすぎよ?
因みに現代日本だと私の手の組み方が正解なのよ?
逆手は忠誠心を表すのよ?
間違えた訳じゃないのよ?
私は心の中で思いの丈をぶちまけた。
ふふ、ふふふふ…ええ、ええ!酷く虚仮にされた気分だわ!
私はかの有名な白兎家が長女白兎 三葉。
誰がどう見たって完璧で素晴らしいお嬢様。それが私。
私が…庶民。私は…ギリギリ及第点。
尊大な態度!私を完全に下と見てるその態度!
ふふ、ふふふふふふふふ…、――――!!
そして、良い子には到底効かせることのできない言葉を連呼した。
当然のように、その激情を表に出さず……二人の間には沈黙が流れていた。
その間、私ははちゃめちゃに悪口を心の中で言いまくった。
言って言って言って言って言って……そしてようやく、落ち着いた。
私はようやく落ち着けた。
……今は他にするべき事があるから見逃してあげる。
でも……機会があったら、必ずこの借りは返す。
覚悟しておきなさい。
私は彼を真正面から見直す。
洗いざらいぶちまけたおかげで、少し冷静になれた。
私はふっと息を吐く。
今することは、怒りに任せることじゃない。
回復薬を手に入れることが、最優先だ。
そう自分に言い聞かせ、私は言葉を放った。
言い訳?ああ、そんなの……もう要らない。
大丈夫、私は彼を…堕とすから。
ええ、彼の立場ならあの態度は普通っていうのは分かってる。
だから大丈夫、軽めの八つ当たりにしておくわ。
姿勢と、礼儀作法。そして言葉遣い。
社交場では基本、その三つで相手を評価する。
……でも当然、それだけで人を評価する訳ではない。
与える様々な情報と様々な背景状態によって、評価する。
私は頭の中で、彼の頭にある私たちのイメージについて考える。
そして、口を開いた。
「回復薬を持っていると聞きまして……なので、"王様への献上品"に使おうかと」
「なのでどうか何瓶かお願いできれば幸いです」
目の前の男は、その言葉に少し微笑んだ。
彼にとっての私たちのイメージと言えば、王様が目をつけた人間。ただそれだけの庶民。っといった具合だろう。
そして、"王様への献上品"……当然そう言われては、彼の頭には私たちの謁見の話と王様から下った"出来る限り頼みを聞け"という命令と、"一週間後の謁見"という言葉が頭に残る。
とまあ、そうなれば彼の頭の中で一週間後の謁見の為に王様への手土産を探している…という、ありもしない物語が生まれる。
そこから、貴族相手に道具を集める見所のある小娘…なんていうありもしない評価を彼は抱く。
また、彼は王様が目をつけた人間に貸しを作ることができるというメリットに目が眩む。
となれば彼に拒否なんて言葉は思いつかない。
「分かった」
これでミッションコンプリート。
……本当に、簡単なことだったなぁって今更ながらに思った。
「今は一番上が…上級回復薬が1瓶」
「中級回復薬が2瓶しかないが…これでいいか?」
少しご機嫌な様子で、彼は私に渡してくる。
まあ、私はこれを王様に渡すつもりなんて一切ない訳なんだけど。
え?大丈夫かって?うん、それが大丈夫なんだ。
この程度の言質ならどうとでも出来る。
もし目の前のこの男が実際にこんな口約束を社交場でしたら…即食い物にされるでしょうね。
だからこれは……目の前の彼が私を侮っていたからできたこと。
一般貴族相手なら彼ももう何問答か繰り返して、真意を確かめていたことだろう。
んでまぁ、誤魔化した後は……どーしよっかなぁ。
元の世界の私なら、このまま相手を放置して良かったけど……残念ながら、今の私は庶民。
簡単に権力の力で鏖殺されてしまう。
だからその日までに使わなくてもいいようにする対策をしないとなんだけど……まあ、考えるのは後にしよう。
今は、彼を救える喜びに心を任せよう。
彼が持った回復薬の瓶と瓶が当たり、ガラス同士が触れ合い高めの音が鳴り響く。
私は両手でそれを受け取った。
そして、賛辞を交わす。
「感謝申し上げます」
「ああ、その日を楽しみにしている」
私は扉から出た。
そしてゆっくりと、扉を閉める。
同時に私は、ホッと息を吐いた。
チリンっと耳飾りが音を奏でる。
ドキドキとまだ心臓が暴れている。
何故かって?
貴族との交渉だから?嘘を堂々と吐いたから?それとも、あの人の顔が怖かったから……?、違う。
人の命がかかった、交渉だからだ。
人の命のかかった交渉は……こんなにも緊張するんだって思った。
私はちらっと近くにかけられた時計を見る。
時刻は9時45分。
まだ12時前だった。
……まだか。
そう少しため息を吐いた。
伝書鳩の能力には、幾つか制約がある。
一つ、運べるものの重さ制限。
結構重いものまでいけるが、重すぎると飛ばすことが出来なくなる。
一つ、対象の明確な指定。
自分がしっかりと対象を認識していないと、この伝書鳩は飛んで行ってくれない。
あやふやな認識の人に届けることは出来ないって訳だ。
一つ、時間制限。
一日に遅れる手紙は、一通のみ。
12時になれば使った数がリセットされる仕組みだ。
すなわち、今日もう既に百歳君に送った私は、12時を超えるまで送ることが出来ないのだ。
……それまでに、死なないわよね、百歳君。
それに、この回復薬が効くのかも疑わしい。
効力がどんなものか……私はさっぱり知らないもの。
もし効かなかったら……効かなかったら……
………それを考えるのは、やめよう。
今、それに気を取られるのは……時間が、勿体無いわ。
吉報が返ってくるのを待ちましょう。
……えーっと、これから色々と手紙を書くにしても、時間は余るわね。
ちょっと急ぎすぎたかも。
そう少し後悔しながらも、私はこの後どう時間を潰すかを考える。
……無難にとりあえず書庫で情報収集でもしましょうか。
私は歩を進めた。
…………………
………
…
チク、タク。チク、タクと時計の進む声が耳にはいる。
同時にペラペラと紙どうしが擦れる音が聞こえた。
真夜中だからだろう。シーンとしている室内にその二つの音が聞こえるのは、どこか不気味さを感じさせた。
チク、タク。チク、タク。時間が進む。
ペラ、ペラとページを進める。
そして暫くすると……私はパタンッと本を閉じた。
「ふぅ」
少し、ため息を吐く。
この世界のことを本で読むというのは…予想以上に疲れるのだ。
やっぱり異文化ともなると……集中力やら理解力がないと、理解が追いつかない。
本当に……本当に、大変だ。
今はただでさえ、集中が出来ない……彼のことに気を取られてるっていうのに。
とはいえ、時間は有限だ。出来る限りのことをしないと。
それにしても、やっぱり一番理解に苦しむのは…能力やらが絡む新しい情報ね。
今読んでいたのは、
【パリストフィア帝国のこれまで】著作:レイニー
という本の、100年前の記録。
本来ならこの国の郷土とかを調べようと思ってたんだけど……うん。さっきも言ったように彼のことに気を取られて集中できなくて。仕方ないから彼の時代のことを調べていた。
前回見たのは簡単な世界史の目録だった。
他国の情報なんかも多分に含まれる、ざっとした本。
だから、今回は100年前のパリストフィア帝国に注目した本を読んだの。
古めかしいデザインの、この本を。
この本にはあのちょっとした一文しか書いていなかった所が事細かに書いてある。
ただ…百歳君の助けになりそうな情報が欲しかったんだけど、残念ながらあんまり良さそうな情報はなかった。
……けど、分かったことはある。
前の歴史書の、718年 7月の部分。
718年 7月 --空白期間の始まり--
この時期のことは誰も知らない。
何が起こったのか、何があったのか。
誰も、知らない。
--しかし対象の死亡は、ここで確認された。
--彼の死体が確認されている。
各地で大きな被害が在った。
旧パリストフィア帝国は国がずらされた。
そして、その地に我らが王国が在った。
この部分の、旧パリストフィア帝国の国がずらされた。
そしてその地に我らが王国が在った。
この部分の意味がようやく分かった。
いや、まあ全く検討がついていなかった訳ではないんだけどね。
でもこれでしっかりと、理解出来た。
空白の期間は…誰もその間の記憶を覚えていない。
けど、その期間が終わった時、旧パリストフィア帝国民は、現在のパリストフィア帝国の在る位置に大規模に移動していたらしい。
着の身着のまま……全ての領地……全ての村々の住民全てが、だ。
そして、旧パリストフィア帝国が在った位置には、この国人間たちが居て……そのままこの国、オルガルド王国がパリストフィア帝国の跡地を乗っ取ったってことらしい。
さて、これを地図におこしたものが載ってたから、ちょっと私は比較してみた。
……すると、私たちの今居るオルガルド王国の王都と……彼の居る旧パリストフィア帝国のフェールド領がピッタリ重なるのだ。
これがどういうことか分かる?
すなわち、座標軸で言うと……この国と、百歳君の居る旧パリストフィア帝国は、国が違うけど同じ位置に在る。
すなわち、私がなんらかの方法で過去に行けるのであれば、そのまま私は百歳君に会うことが出来るという訳だ。
そして、更に言うと……過去の、フェールド領の領主の住居。領主館は……ここだ。このお城の別館だ。
具体的なことは分からないけど……でも、読んで分かった。
この国王様は、領主館を建て直すのでもなく、そのまま別館として流用しているのだ。
これは……良い。凄く良い情報を手に入れられたと思う。
百歳君が危険な目に遭いそうになった時……私はこの別館から過去に行けば、直接その時代の領主に会うことができる。
そこまでしなくても、時間と座標が分かっていれば、何かの能力を使って干渉ができるかもしれない。
……これも手紙に書いておこっかな。
それを言っておけばもしかしたらあっちから干渉してくれるかもだし。
さて、それじゃあ書き終わったらとりあえず12時になるまで引き続き本を……
そんなことを考えていると、突然、後ろから声をかけられた。
男の人の、声だ。
「どう?順調?頑張ってる姿が見えたからコーヒー淹れてきたんだけど飲む?」
湯気が立つコーヒーカップを手に持って、そうフレンドリーに話しかけてくるのはこの城最後のクラスメイト。
私は耳飾りを揺らしながら、返答する。
初めに、この城には四人のクラスメイトが居ると言っただろう。
一人目は私、白兎 三葉。
二人目は古巣 晶。
三人目は影梨 瑞稀。
四人目…
「ありがと、神城君」
神城 結。
これが、この城のメンバーだ。