5話 #桃の花弁 "関わるべからずな人" 2人目
大きな魚の看板をぶら下げた魚屋を通る。
ハァ、ハァと息を荒げながらも、俺は走る。
今は周りを悠長に確認する余裕はなかった。
今ちょっと気掛かりなのは生命線である能力無効化の腕輪とかお金を置いてきてしまったことだけ。
ヤバいな〜。本当にヤバいな〜
そう頭の中で焦りを感じる。しかし、頭は冷静だ。
やっぱりというか……俺は、あんまりこの裏切りにショックを感じてねぇようだ。
まあ、実際裏切り裏切られなんて俺にとっちゃよくある話。
今時のシティーボーイやら温室育ちの奴らとは訳が違うんだぜ?どーだ凄いだろ!
と、まあそんな調子づいたことを考えても、俺がその必需品を装備してないことは変わらないんだが。
しかし、今から戻るのもまた考え辛い。
俺の妄想がある程度正しいのならば、事は一刻を争う。だから、一刻も早く確認したい。今あるのはそんな思いだけだった。
彼方者という存在を彼女が知っていた理由は、単純に考えてどちらかだ。
偶々知っていたか、知らざるを得なかったか。
もうちょっと簡潔に言うならば、彼女が俺たちがこの世界に来た出来事と、なんらかの関係があるからか、だ。
でもこれはやっぱり……うん。
本当に…どうしようもないほどに、こじつけだ。
だってそうだろ?
リリさんが怪しいことには変わりない……でも、その可能性を記すような証拠は何一つ思いつかないんだから。
ほんと、怪しいという証拠だけは山ほど見つかるのに。
解体していた大豚が見えた。
ハァ、ハァと息を荒げながらも、俺は走る。
チラリと俺は先ほどほどいた包帯を見る。
その裏には、ナイフで傷をつけたような跡があった。
それと、前に発見していた何かに刺されたような跡のことを考えると、自ずと答えが見えてくる。
つまり、だ。
彼女は、俺が運命値やら能力やらを確認する前に俺から血を取り、それを確認していた。
そして、
俺の契約の能力を予め使っていたということだ。
ほんと、彼女はどこまでもどこまでもどこまでも、怪しい。
でも、
リリさんが俺たちがこの世界に来た出来事と、なんらかの関係があるっていうのは、ただ、彼方者を知っているって所から思いついた予想。いや…
これは、ただの俺の妄想だ。
"白鳩の籠"かと尋ねた宿屋を通る。
ハァ、ハァと息を荒げながらも、俺は走る。
彼女は確かに嘘をついた。しかし、それはこの世界の別の犯罪と関係してるかもしれない。
いや、そもそも彼女は嘘をついている自覚すらない可能性もある。
あの傷跡も、あの証言も、全て偶々。
偶然が重なってこの状況になった可能性は、俺の不運を考えると結構高く思えてしまう。
でも、例え妄想でも…その可能性があるのならば、急いで行かないといけない。
この出来事を知ってるかもしれない人を逃すなんてそんなこと、してはいけない。
俺は出来る限り早く、彼女が逃げる前に聞く。
それが今、俺のするべきことだ。
しっかしなぁ。と俺は思う。
確か彼女の能力は、軽い思考誘導。
これのどこが軽……、
――その情報は、誰から聞いた?
「あー、クソったれが」
そう俺は思わず悪態を吐いた。
宿屋の位置を聞いた、あのお爺さんの姿が見える。
そしてその数分後に、着いた。
彼女と別れた場所。
そして、俺が神城と出会った場所。
どでかい城門が目に入った。
「すいませーん」
俺は近くにいた衛兵に声をかける。
「なんだ?」と聞くその人に、俺は呼吸を整えて言葉を放つ。
ゆっくりと、俺は声を放った。
「"リリ"っていう女の衛兵ってここにいませんか?」
返答が返ってくる。
「…?まず、ここには女の衛兵はいないぞ」
困惑した表情でそう言った。
……マジか、マジかマジかマジかマジか。
確かにあの時、他の人が手伝ったりとかそういうのなかったけどさぁ、
まさか衛兵ってことさえも嘘とは思わなかったよ。
全てが偶々という可能性は……消えた。
ふぅと息を吐いて、俺はその事実をゆっくりと噛み締める。
この事実をゆっくり飲み込み、今までの情報に加えて思考を巡らす。
すると、俺は同時にもう一つの事実に気がついた。
――彼女には、時間がなかったという事実を。
だってそうだろ?偽の情報を残すなり、次策を打つ為に利用したり、衛兵というレッテルは便利な道具だった筈だ。
でも、それを使わなかった。それ以上の策があるのか、はたまた何か別の思惑があるのか。
でもさ、急拵えでなきゃあんな便利な能力を持っているのに、外堀を埋めないなんて下手は打たない。
怪しまれる芽を残すなんて下手は打たない。
彼女には時間がなかった。これは紛れもなく事実だろう。
……この衛兵が嘘を言ってなければ、だが。
流石にそこすら疑っちゃキリがないか。
っとそうするなら……ああ、それならばこの状況は…チャンスだ。
この謎だらけの状況から、情報を得るチャンス。
段々と気分が高揚してくる。目に力が宿ってくる。
俺はとりあえず、この衛兵周りから調べることに決めた。
「とりあえずその人の情報を言うので、見た人が居ないかっていうことを調べてくれませんか?」
「あー、まあそんくらいなら……」
その衛兵は憂鬱そうにそう返事を返す。
俺は思い出そうとする。
彼女の姿、背格好、髪型、髪い………?
――あれ?彼女って、どんな人だっけ。
頭にモヤがかかったのかのように思い出せない。
頭からその存在が消えたかのような損失感だけが感じられた。
俺は混乱する頭の中、必死で彼女の糸口を掴もうとする。
ぼろぼろになった爪がジクジクと痛む。
痛む、痛む、痛む、いた……あ。
彼女と話していた時の記憶が蘇る。
そうだ、この爪は…この痛みは、彼女がこれ以上酷くならないように俺を止めたんだった。
「どうしたの?なんか悪いことでもあった?」
「悪いことは、忘れた方が楽よ」
そう言い残して。
俺はその事実に思わず笑った。
これが…そうなのか?
これが、俺が彼女を忘れた原因なのか?
文脈、主語述語フル無視のこれが?
ああ、だとしたらほんと、便利な能力だよ。
でも、でもさー、
そうじゃない可能性の方が高いだろ、クソが。
予め彼女が俺の記憶を消すように何か能力を使った可能性。
いや、能力なんて大層なものじゃなくていい。
別の何か…薬やらなんやらを飲まされた……いや、違う。
そうじゃない。そんなことを考えてる場合じゃない。
俺はガツンと俺の頭を殴った。
そんな的外れなことを考える、ポンコツなこの頭を。
びくりと、目の前の衛兵は驚いた。
そしておかしなものを見るような目で俺を見た。
自分に体のいい原因を探すな。
納得のしやすい事実を探すな。
そんな意味のない事実探しは、するだけ時間の無駄だ。
「信頼して」
そこから発生した妄想は、いい線をいっていたかもしれない。
でも、……彼女にはもう、逃げられていた。
俺が今受け入れるべき事実は、彼女にしてやられた。
彼女は、時間がない中でもアフターケアがバッチリだった。
その事実だけだ。
ハァっと思わずため息を吐く。
やられた。その事実を胸に、深いため息を吐いた。
「あの?情報は?」
「いや、もう大丈夫です」
困惑した顔で立ち尽くす衛兵を背に、俺は引き返した。
完全にしてやられた。ああ、やられたよ。ちくしょうが。
でも、後悔するのはそこまでにしろ。
今から考えるべきは、これからのことだけでいい。
思考を切り替えろ。意味のないことを考える必要はない。
こんな謎だらけの状況では、1分1秒が大事になる。
俺はパンっと頬を叩き、気合を入れた。
そして帰路についていると……ようやく、自分の今した行動の恐ろしさを実感する。
待って、俺今ここに来るまで周りの警戒心一切してなくね?周りを確認する余裕がないとか言って誤魔化してたけど普通に死ぬところだったよね?あれ?
え、待って待って。っていうかそう。俺能力無効化の腕輪置いてきたよな?これって行きはよいよい帰りは怖い状態じゃん。え?今さっきの俺、ふざけんなよ?死ぬぞ?俺。
え、ちょっ、やばい。このまま無事で帰れるん?
「…………」
少し立ち止まってこれからの展望について考える。
そして、一つ一つの仮説……いや、事実に気付いた。
………いや、っていうかそうだよ。俺よく行き死ななかったよな。
もしや。もしかしたら。え?これあるんじゃない?あり得るんじゃない?
俺の不運、いよいよ修正来たんじゃない?弱くなったんじゃない?
半ば…というかほぼ確で妄想と言われるような事実に俺は浸った。
というか、そうでも考えないと、この先俺が生きてる未来が見えなかったのだ。
呆然と、上の空の中、俺は歩みを進める。
そんな最中、ドンっと俺は人とぶつかった。
「ああ、すいません」
咄嗟に声を出す。そして気付いた。
そのぶつかった人は、"関わるべからずな人"というレッテルを貼ったあの白髪の男ということに。
さっと俺は会釈をし、そのまま通り抜けようとし……そして、
俺は全力で頭を下げた。
ああ、謝ったとかそういう意味じゃないよ。物理的な意味で、だ。
そして、俺の頭があったところには、その男の拳が鎮座していた。
単刀直入に言えば、彼に俺は殴られた。
しかも普通に死ねるレベルのスピードで。
当たっていたら確実に頭が爆砕したであろうスピードで。
警戒していなければ…絶対に死んでた。
――ついに、不運が牙を剥いた。
俺はさっと奴と距離をおく。
「ふむ、避けるか……愚族にしてはやる」
すると、目の前のそいつはそう呟いた。
はぁ!?なんだよ!?ふっざけんなこの若白髪!
と憤慨する気持ちを抑え、俺は急スピードで、脳を回転させる。
なんだ?何が原因でこんなことになってる?今考え得る可能性は?ああ、そうだ。魔族だからか、あの事件に関わっているかだ。
となると愚族は魔族と同義の蔑称?
いや、魔族だとしたらどうやって発見した?運命値をはか…いや、違う!そんなことを考えてる場合じゃない!
ここでの最善手を考えろ!
俺は自身を叱咤する。
えーっと、この場合の最善手はなんだ?何をすれば正解だ?考えろ考えろ考えろ!
今俺が危惧するべきことは?素性がバレること?いや、あの付与……!
「ちょっとちょっと、いきなりなんだよ」
「皆さーん、逃げてー!」
俺はそう叫んだ。
彼女から貰ったこの能力…それすらも"嘘"の可能性が若干頭によぎるが、なんとかこれは本当のようだった。
蜘蛛の子が散るように、さーっと周りにいた観衆たちは皆逃げた。
ついでに白髪のアイツも逃げて欲しかったが……どうにもそういう訳にはいかないみたいだ。
まあ、彼に向かって言わなかったからかな。
それとも…彼には効かない、か。
この能力にしても検証が全然終わっていない。
だから、理由は分からない。
とりあえず周りの人たちはいなくなり、俺はほっとため息を吐く。
さて、増援の心配はこれでなくなった。半端ないスピードで自警団的な何かが飛んでくることがなければ、なくなった筈だ。
そして、今足に着けている彼女から貰ったアンクレットのおかげで、この場から逃げ切れればとりあえず見つかることはない。
……ちょっとそれが嘘という可能性は考えたくない。
ならば、今考えるべきは逃げること。
相手の目的が魔族である俺を殺すこと…と考えるなら、それを周りが知ったら…周りにいた全員は敵にまわられる。
それはマズイかった。
そして、それと同時に…奴に仕込もうと考えた。
彼女の能力で、彼女がしたように言葉を。
うん。……それをとりあえず、第一作戦とでもしようか。
「んで、どうしたんですか?」
「何用?」
なるべく話を続けようとする。
どうにもさっきの…「逃げろ」ということが通じなかったことが気掛かりだ。
言葉でどうにか出来なかった場合を…第二作戦を用意したいからだ。
その間、俺は改めて彼を見た。
そして、彼の姿を観察した。
背丈は高め(190cmくらい)、筋肉量は…うん、服の上からの判断だけど、結構ある。
武器は持ってなさそう。となると、気をつけるべきは……
彼の能力…そして付与具、か。
どっちとも、予想の出来ないものだな。
さっきの拳のスピードからして、どちらかの能力の系統は身体強化とかその辺だろう。
彼は言葉を発する。
少し高貴さなんかを感じさせる…"上の人"みたいな声で言葉を発した。
「五月蝿いぞ口を慎め"魔族"」
「そんなこと言わずに目的だけでも」
話しを続ける。考える時間を確保する。
時間を延ばして延ばして延ばしていかなければ、第一作戦が成功出来なければ、何も抵抗出来ずに……死ぬ。
とりあえず「何用?」って言葉は効かなかった。
やっぱコイツにゃ能力は効かねぇんか?確かに意志の強さで抵抗出来るとは言ってーー
ーーリリさんは、敵だ。
ーーああもう、これが嘘とか考えちゃうじゃん!キリねぇよクソが!
えーっとひとまずその問題は置いておくとして、俺の手札は…あれ?俺、能力の仕込みとか何もまだしてなくね?
俺は今更ながらも、驚愕の事実に気づいた。
そうだよな、俺契約書がないと動けない系の人間だもんな。
今あるのって、元から俺が持ってた、
・スマホ ・マッチ ・十徳ナイフ ・サイコロ
・ボールペン ・メモ帳 ・ハンカチ ・包帯
ぐらいじゃね?能力無効化の腕輪とかお金も置いてきたからマジでヤバくね?
ああ、後さっき使った彼女との取引でゲットした能力か。まず取引自体が怪しいから本当に持ってるかも怪しいこの能力……いや、言語の翻訳はしてるし持ってるのか?それとも洗脳能力だげがない?ああもう訳わかんなくなってきた!!
ってかさっき周りの人たちが逃げたのとか、今更思うと能力関係なしにただ怖がって逃げたように思えるから笑えるよな。
っと、そんなことを考えてる場合じゃない。とにかく、これで作戦を……。
そこまで考えて、時間が来た。
延ばした時間に終わりが。
「にしても今ここで"魔族"…いや、いいか」
「とりあえず、死ね」
そして、彼はパッとこちらに飛んで来る。
第二作戦はまだない……もう第一作戦を試すか?いや、まだいなせる。
結構な距離があったのに、彼は一瞬で距離を詰めてきた。
やっぱり身体強化系だな?だとすれば何が一番の対応策だ?
そんなことが頭に駆け巡りながら、俺は全力を振り絞ってその拳を避ける…すると、
目の前に、拳があった。
それが逆手だと気付くのに、そう時間はなかった。
避けろ!という脳への命令は、走馬灯の駆け巡る脳内で思ったほどスムーズに処理され…ギリギリで、避けることに成功した。
そこから数手、拳を交わし、距離を取る。
そしてまた、お互いに見合わせた。
決定打がないのだろう。膠着状態となる。
俺はその間に、思った。強くね?と。
俺には格闘の良し悪しは分からない。まともに習った覚えはないからだ。
だが、この数手でなんだか…彼の格闘から堅実さを感じた。
っていうかナチュラルに身体強化して拳を打ち込んでくるのがヤバイ。
痛い。ちょっと拳を交わしただけなのにめちゃくちゃ痛い。
……そしてさ、能力を使った奴にまだ時間稼げてる俺凄くね?
え、これまだ生きれるか?いけるか?
そう沸々と湧き上がる俺の力量への自信を否定するように、目の前の男は呟いた。
「ふむ、やはり慣れぬな」
「んじゃちょーっと休戦ってことに…」
「誰がするか痴れ者」
「そっすか〜」
俺は、口を開き続ける。
話すネタを考え、言葉を発する。時間を稼ぐ為に。
能力が効くことを信じて、情報を得ようとした。
「もしかしてって思ったけど、貴族さまだったりしますか?」
「……さてな」
やっぱ効いてねぇ!コイツに使うのはもう諦めるか!?
そんなことが頭によぎりながら、俺は必死で頭を動かす。
これまでの情報を頭で纏めた。
とりあえず言霊の能力は置いといて……今の所、使った能力は身体強化だな。
となると奴の能力は身体強…いや、まだ断定はできない。
とりあえず近くにある建物にでも入って逃げるか?
チラリと周りを見渡す。
後ろにあるのも、前にあるのも石造りの家だけだ。
「どうしてそう感じた」
「いや、なんか端々から気品さが」
いや、っていうか場所を把握してない場所に入っても追い詰められるだけだろ。
後はあの能力で洗脳?……あ!
そうじゃん、言葉で周りを味方につけてあいつを倒して貰えばよかったじゃん!この能力が機能してるか分からんけど!
「……そうか」
「ねぇ、ちょっと考え変わったりしない?」
「もう大団円にしない?」
あー、やべー…思いつかなかったぁ。
チラリと周りを見渡す。
周りに人…うん、居ないね!見事に0人だ。
「しない。お前は殺す」
もう、限界か。
えーっと、後使えるのはなんだ?どうする?何がいい?
そう考える俺に、ジャリっという音が聞こえる。
……足音…砂……目潰しするか。
だとするなら、使えるのは……
俺は懐からさっと十徳ナイフを取り出した。
武器なしよりかはまだ武器があった方が良いだろう。
ある程度は作戦は決まった。
……じゃあちょっと、試してみるか。
第一作戦を。
「残念。それじゃあ……死ね」
一言、俺は奴に言った。
奴は、笑った。
クッソが!やっぱ効いてないッ!まあ薄々勘付いてはいたけどッ!
第一作戦は…失敗だ。
それじゃあ第二作戦……を……
彼は手を前へと出す。
そしてそいつは、手のひらに炎を出した。
ゴウゴウとたちまちその炎をデカくなっていく。
おいおい、嘘だろ?さっきと能力の毛色がまるで違うんだが?
さっきまでは身体強化系だったのに急にどうした!?ええ!?
付与具か!?なんだ?なんだ!?
待てよ、おい?作戦練ってる時くらいは待っててくれよ?な?お約束だろ?っていうか出したナイフが一切使えないんだけど!?
「ちょちょちょちょちょちょちょちょー!?」
そして、彼はそれをそのままこちらへと放った。
デカい炎がそのままこちらへと発射される。
当然のように、避けれるような大きさではなかった。
スピードとしては、ギリギリ俺の全速力が負ける程度。
俺は思わず、後ろに振り返って走り出す。
少し、転びかける。そんな素振りを見せつけた。
十徳ナイフを持つ手で砂を、拾う。
はぁ、はぁと息を荒く繰り返す。
チラリと後ろを見ると、火の球の後ろに、彼が居た。
動いてはいなかった。
そして、そのまま後ろにあった石造りの建物へと入り込む。
そしてさっと壁に寄りかかった。
石ならば、あの程度の火なら避けられるから。
そしてこの隙に…と、スマホを取り出す。
こうなりゃ第二作戦を、決行だ。
真横を火が通る。壁が少し熱くなる。
熱波が頬を掠めた。
とりあえず、と俺はこの場所の間取りを確認しようとする。
えーっと床は石、二階建て…小部屋への入り口一つと階段がーー
俺は情報を入れる途中で気付いた。
ーー何故避けられる攻撃を奴は仕掛けた?予想してなかった?いや、避けれる方向はこの家だけだった。そして避けれる場所もこの玄関の壁裏だけ……ッ!
誘われたということに。
ーー影でどっちに避けたかなんて一目瞭然じゃねぇか!!
俺は咄嗟に、熱が以前と残る、先ほどの炎の通り道へと足を向ける。
そして走る…その瞬間、後ろの壁が崩れた。
後ろを見る余裕はなかった。
俺は熱が残り、依然として熱いこの道の上で、スマホを握りしめる。
操作なんかする必要はない。
俺がこれを取り出したのは……ただ、彼が見慣れない道具だろうからだ。
後ろからガラッと、土石を踏み込む音が聞こえた。
同時に、俺はゾクリと寒気を感じた。
ヤバイッと思い、俺はスマホを持つ逆の手で、咄嗟に後ろに十徳ナイフを突き出した。
そして彼は、それをさっと避けて、俺の腹に拳をぶつけた。
ゴリっと、人体から聞こえてはいけない音が聞こえた。
けど残念ながら、その音は俺の腹の音じゃあない。
なんたって俺は、服の裏に防弾チョッキを着ているんだ。
そして、同時にニヤリと笑う。
だってよ、俺が今まで何度も何度も何度も何度も"受け"に関しては練習してきた。
人間は簡単に死ぬ……攻撃を受ければ尚更だ。
最初は頭だろうが胸だろうが軽い衝撃で、簡単に心臓が止まったり脳震盪で倒れたりしてたけど……今では完全に理解した。
ある程度の衝撃は、俺はいなせる、
今がチャンスだ、と。俺は悟った。
俺はその勢いのまま右手に持ったナイフを彼に向けて振る。
それと同時に、左手でスマホを彼の下へと投げ出した。
見慣れないであろう道具…、さあ、邪推しろ。
彼はナイフを避ける為に、さっと一歩下がった。
そして、奴は避けたナイフを自然な動きで俺の右手から落とさせる。
同時に真下に落ちたスマホに、彼は視線を動かした。
彼の頭には今、急速に一つの疑念が渦巻いているだろう。
――これは、何の付与具だ?
という疑念が。
俺は彼が視線を外すと同時に、ナイフを落とされ、砂だけを待った右手を再び振った。
そして、そのままカツンとスマホが地面へと落ちる。
しかし、何も起きない……まあ、当たり前だ。
何も小細工なんかないんだから。
そして彼は、すっと顔を上げる。
ああ、その瞬間を……俺は、待っていた。
タイミングバッチリだ。
俺は手を開く。すると、砂が彼の瞳へと飛んで行った。
避けれる距離ではない。彼の瞳に砂はそのまま入り込む。
そしてそのまま、彼は目を瞑る。
全ては計算通り。これこそが不運に見舞われても生き残ってきた俺の知恵だ!!
さあ彼の視界は閉ざされた……この隙に逃げ…!
彼は、目を瞑った状態のまま、こちらに手を向ける。
俺はすぐに、この後の展開を悟った。
どうする?避ける?いや無理だ。何か道具は?いや何もない。じゃあ耐える?耐えられるのか?いや、耐えられる!
――彼がさっき炎を誘いに使ったのは何故だ?理由なんか一つしかない。
――その炎じゃ俺を殺しきれないからだ。
不運はなるべくしてなった結果だ。
摩訶不思議な力があってなるものではない。
原因があっての…結果だ。
だから、大丈夫。死なない。
そして、彼は目を瞑りながら、炎を放った。
俺はすぅっと息を吸う。
俺が選んだ選択肢は、耐えること。
そしてそのまま、俺はその炎をモロに食らった。
熱さで皮膚が溶ける。呼吸はしてはいけないっと、俺は必死に口をつぐんだ。
熱い、熱い、熱い、痛い。
予想以上の火力…だが、耐えれた。
しかし、思うように身体は動かない。
だが、生きられただけ儲け物だ。
仕方ない。考えを、切り替えろ。
当初の目的の"逃げ"は、今は出来ない。
逃げる✖️戦う✖️策?無し。隠れ…よし、
俺は、近くにあった瓦礫を拾った。
そしてその瓦礫を近くの窓ガラスへと投げ込む。
パリンッと窓ガラスの割れる音がした。
そして、俺はその熱さと痛みの中、近くの小部屋へと隠れた。
熱い。痛い。疲れた、疲れた、疲れた!
ドキドキと鳴る心臓と、ゼェハァと息を切らそうとする俺の肺を必死で食い止め、俺は息を殺す。
見つかるな、見つかるな、見つかるな!
そして彼は目を開ける。ゴシゴシと目を拭いて、砂を取った後に……笑った。
割れたガラスにも、他の場所には目もくれず、俺の隠れる部屋に、彼は直行した。