4話 #桃の花弁 "関わるべからずな人" 1人目
プンスカと怒りながら彼女は扉を閉めて下へと降りていく。
俺はほっとため息を吐いて扉の鍵を閉め、神城へと向き合った。
怒られてしょげてる彼とこれからはボリューム下げていこうか。と話し合って、俺は呟く。
「さて、気を取り直して見せてもら……サイコキネシスかぁ」
いいなー。
使いやすそうだし、使い方によっては強そうだし。
いいなー。
俺は羨望の眼差しを彼に向ける。
それに呼応するように、へにゃへにゃと倒れていた彼はポキポキと腕を鳴らす。
ふっと息を吸って、短く吐いた。
準備が整った様子でそのままさっと手をかざす。
「それじゃあ、この腕輪を浮かてみせましょう!」
また女将さんに飛び込まれないように配慮した、少し小さめの声でそう高々と宣言した。
彼は俺が机の上に置いた腕輪に向けて手をかざす。
そして目をつぶり、手に向かって念を込める。
暫くの間、場が静寂に包まれ次の瞬間!
「ハァッ!」
そう声を出し、彼が腕に力を込める。
まるでマジックを見る観客のような気分で、俺はそれを見守った。
すると段々と、俺のその腕輪が見事にふわふわと浮かび出す。
まるで何か見えないものがそれを持っているかのごとく、ふわふわと浮かんだ。
そしてゆっくり。ゆーっくりと神城の方へと近づき、彼の手のひらの上にコトリとその腕輪は乗せられた。
俺は、元の世界ではあり得ないものを見ている。
これが…サイコキネシスか。
「はぁ、はぁ……はぁ」
息を切らし、その場にへたり込む神城の姿が目に映る。
……これが、サイコキネシスかぁ。
俺は思わずため息を吐いてしまった。
でもだってそうでしょ!?
あんなに時間をかけて、たった数メートル動かすだけの力が!?
絶対普通に取って動かした方が楽なこの力が!?
世にも有名なサイコキネシスってことは知ってる。
でもこれは……
「え、めちゃくちゃ意味ねぇじゃん」
「なっ!?」
思わず俺はそうバッサリと言った。
すると、驚きの表情で神城は固まる。
そしてフルフルと震えだし、そのまま地面にへたり込んだ。
「そうだよ、そうなんだよぉ、せっかく異世界に来たのにこんな能力なんだよぉ」
「クソゥ、俺だってもっとカッケー能力が、能力がぁ」
そして神城はそういじけながら涙を溢す。
……うん、あれよりかは俺の能力はマシか。
そう俺は思った。
そんなことをやっていると、ドタドタと足音が聞こえて来る。
そしてすぐにドンドンドンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「ヤベ、またうるさかったか?」
「えー、多少はボリューム下げたつもりだったんだけどなぁ」
「あー、いやでもこの時代だと殆どの音が漏れるだろうからなぁ、普段以上に気をつけないとか」
「やっちゃったなぁ」
そう話しながら、俺は扉へと近寄る。
そして、鍵を開けた。
…… 光沢を放つ石を嵌め込んだ首飾りが、目の前で揺れた。
顔を上げると、目の前にはオレンジの髪をした青年が立っていた。
あの時、逆立ちしながら腕立てをしてパンを食っていた……あの青年だ。
“関わるべからずな人”というレッテルを貼った、まだ幼さが見える青年。
何故にここに!?
俺は彼が入ってくる前に無言でバタンと扉を閉める。
するとまたドンドンと扉を叩く音が聞こえる。
どうやら部屋を間違えたとかそういうことでもないらしい。
「……ねぇ、見間違えかな?あの人と接点なんて無かったと思うんだけど」
「うん、無かった。無かった筈」
「それじゃあなぜにここに?」
「さあ?とりあえず話だけでも聞いた方がいいんじゃない?」
「え〜まじで?……仕方ないな」
そう言って俺は再び扉を開ける。
すると彼はツカツカと部屋の中に入り……扉をパタンと閉めた。
そして、彼は俺の方に顔を向け、口を開く。
「初めまして…魔族さん」
一瞬、なんて言われているのかが分からなかった。
聞き馴染みのないワードだったから?
それとも、そう言われることを予想だにしていなかったから?
正直、どちらでもあると思う。
だってそうだろ?いかに能力やらといった非現実がありふれたこの世界とはいえ、
これほどまでに早くバレるとは思わなかったんだ。
完全に概算をミスった。想定が、見積もりが、俺の考えの殆どが甘かった。
やっぱり宿屋は…人が集まる宿屋は、路上よりも圧倒的にバレやすく、こうして攻めやすい。
完全に、ミスった。
とはいえ、以外にも頭は冷静だ。
考えが次から次へと浮かんでくる。
「ハハ、いきなり来てなんですか?詐欺かなんかですか?」
そう会話をとりあえず伸ばし、考える。
これはブラフか?ただのやっかみか?
仮に本当だとすれば、どこでバレた?
バレたとするならば運命値の測定か、路上で書いたあの紙を読まれたかだ。
前者ならば能力は不明……後者ならば日本語を読めたことから、戦闘には不向きな能力の筈。
しかしここに単身で乗り込んで来るところを見ると……
ぐるぐると思考を回転させる。
慣れたものだ、不運によって突然の危機に晒されるのはいつものこと。
だからこそ、俺の予感が告げている。
選択肢を間違えれば死ぬと。
俺はさらに急いで思考を動かす。
結論を。答えを。何をすれば正しいのかを。
しかし、俺のこの高速で回転する考えをぶった斬って、神城は一言言葉を発する。
「うん、俺たちは魔族だよ」
!?!?????
なんで言った?何を考えた?何が目的でそれを?
やっぱりお前は"彼"!?それともただのアホ!?
俺の頭にそんな疑問が乱入してくる。
考えがまとまらない。思考が宙ぶらりんになった。
その一言で、俺の脳はぶっ壊された。
神城は何が為に、そう馬鹿正直に言ったんだろうか。
そんな疑問が、頭に突き刺さる。
正直、何がなんだか分からなかった。だからとりあえず、俺は神城に全てを任せるつもりで現状を見守ることにした。
オレンジ頭の青年は言葉を続ける。
「お、やっぱりか……よかったー合ってて」
「それじゃあ完結に言おう」
「俺は、英雄になりたい。物語に出て来るような偉大な英雄に」
だから……、
「僕に君たちを殺させてくれ」
彼は動く気配一つ見せずに、そう淡々と宣言した。
彼着けた首飾りがキラリと光る。
余裕か、傲慢か、はたまたこれもまた作戦の内か。
俺は、正々堂々と宣言する彼の姿をボーッと見る。
頭は全くと言っていいほど働いてなかった。
「とりあえず、説明してくれない?」
神城が発したその言葉に返答しようとする彼の言葉に集中するくらいしか、今の俺にはできなかった。
ごくりと唾を飲む。
そして彼は、口を開けた。
「そうだなぁ。まず、僕の名前は……うん、とりあえず秘密にしておくよ」
「誰かに利用されるかもしれないからね」
そう言って、チラリと俺の方を向く。
俺は動揺を心の底に押し込めた。
……コイツは、どこまで知っているんだろ。
そんな疑問を抱えながら、俺は再び耳を傾ける。
「えーっと、となるとどこから……ああ、生まれから話そうか」
「僕の生まれは普通の農村。特にこれといったことはない、普通のね」
「そんな所で生まれた僕は、一冊の本に出会った」
「当然、字は読めないから読み聞かせてもらったけど、その本は本当に面白かった」
「それはとある英雄譚。それにバカみたいにのめり込んだ僕は、その勢いのまま英雄になる為の修行を始めた」
「修行して、修行して、修行して……そして、16歳になったこの春、僕は勢いのまま村を飛び出した」
「そして、その勢いのままここまで来たって訳だ」
さっきの英雄宣言と同じく、堂々とした態度で彼はそう話す。
俺は思った。
それで俺たちを見つけるって……確実に主人公補正的なものついてるだろ。
と。
いや、だってこの街って意外と広いぜ?如何に魔族かを見分けれるっていっても、俺たちを真っ先に見つけるって……運良すぎじゃね?
そんな感想を抱いていると、神城もまた口を挟む。
「全て勢いのまま来たんだ」
「うん、居ても立っても居られなくてね」
「まあ、他にもこの国に来た目的はあったけど……それはとりあえずはいいよね」
「そして……君たちを見つけた」
「魔族を捕まえる。こんな英雄らしいことを英雄になりたいと望む僕がしない訳がない」
「でも……でもさぁ」
そこで少し溜めて、一言言った。
「不意打ちで仕留めるって英雄らしくなくない?」
と。
俺は、心底何言ってんだこいつ?と思った。
倒すなら不意打ち、それが一番楽で簡単で確実だ。
そんな俺を尻目に、彼は続ける。
「そう、やっぱり英雄なら正々堂々と、それでいて相手に配慮した倒し方をしようって思ったんだ」
「だから僕はこうしてここにやって来た。殺していいっていう許可を得るためにね!」
バーン!という効果音が流れそうなほど堂々と、彼は宣言した。
自信満々に、仁王立ちの状態で。
俺は正直八割方なんて言っているか分からなかった。
いや、言ってることは分かるんだけど理解が出来なかった。
ついでになんで神城があの行動を取ったのかも謎だ。
まあただ、とりあえず今は殺されないってことだけは分かってほっとした。
そして俺は思考を切り替える。
さて……これからどうやってこいつを追い払おうか。
①直球でお願いする。
②女将さんに連絡して追い出す。
③実力行使。
どれにしよっかなーと悩んでいると、こそっと神城が俺の耳に耳打ちをした。
「ちょっと、俺にコイツの相手を任せてくれない?」
と。
お前の魔族宣言のせいで俺の頭はショート寸前なんだけど!?
今そんな中俺頑張って考えてたんだけど!?
そう思わず文句を漏らす。
しかし、同時にあの3択のどれがいいのかも分からないのも事実だった。
俺は少し悩みながらも、有効な選択肢が見つからなかったのでとりあえず任せることにした。
「任せた。失敗したら夕飯抜きな」
「え?マジで?頑張らなきゃじゃん」
「因みに成功したら?」
「俺の夕飯抜いてやるよ」
神城は覚悟を決めた様子で、「了解」と返答する。
そして彼はツカツカとあの英雄志願者に近づき、こう言った。
「ちょっとその英雄譚の内容、教えてくんない?」
そして時間が流れていった。
……………
……
…
「マジか!お前ら別の世界から来たのか!」
「そーなんだよ、いやぁほんと大変で大変で」
「ちょっとそっちの世界のことを教えてくれよ」
「オーケー、えーっとまずは……」
二人はものの数分で完っ全に意気投合した。
そんな楽しげに話す二人の会話をボーッと見る孤独な人間が一人。
そう、俺だ!
うん、間違えた。完全に選択肢間違えた。あいつに任せるべきではなかった。
いや、あいつはここまでが想定出来たからあんな独断先行に走ったのか?
っていうかさ、アイツ俺たちが異世界から来たって情報をナチュラルに渡してるよ。やべぇだろそれ。
あー、ほんと選択肢ミスった。なんでこうなっちゃうかなぁ。
「ってかお前名前を名乗らないって、俺お前のことなんて呼べば良いん?」
「んー?何でも良いよ」
「オッケー、……よし、んじゃお前は英雄志願者だ」
「よし、採用」
なんか知らぬ間に彼ーー英雄志願者の呼び方も決まってるし。
俺は二人の様子をジトーっと見て、改めて思った。
っていうかお前ら一応敵同士だよな?いや、神城が俺の味方じゃなかったら敵同士にはならないけど……じゃなくて。
殺し殺され合う間になるであろう人何がどうしたらものの数分でこんな仲良く……、え、なんで?やっぱりお前"彼"か?おい、"彼"か?
そう思った。
そして、そんなことを考えていると、神城は口を開いた。
「おーい、百歳!お前も会話に混ざれよ」
そうこんな混沌な状況にした主犯がそう俺に言う。
「え〜」と当然のように渋る。
だって俺たちを殺す宣言した相手だぜ?どうやってかは分からないけど魔族であることを見破ったやつだぜ?
むしろ何故にそんなに盛り上がれたのかを問いたいぜ?俺ぁ……。
そう訝しんだ目で神城を睨み……、少しして、俺は彼らに近づいた。
俺の中での優先順位が定まったんだ。俺が今、英雄志願者を怪しむよりも優先すべきことがあった。
この世界で生きて行いくための、情報だ。
コイツが何を考えているか分からない以上、俺が考えるべきはコイツを利用すること。
聞き出せ。俺たちが生き残る為にも。逃げ切る為にも必要となる情報を。
俺は彼の方向を向き、質問した。
「なあ、この国って今どんな感じなのか教えてくんない?」
「あー、そっか。お前ら別世界から来たから知らないのか」
「お、いいね!やっぱり観光地の情報を知った方が楽しめるからね!」
約1名、この危機的状況の中そんな能天気なことを言うお間抜け野郎を尻目に、俺は彼の説明に集中した。
そして彼は口を開ける。
「まず、ここは大陸一の大国、パリストフィア帝国」
「まあ、簡単に言えば世界一栄えている国だね」
「そして今……そんなこの国ではあるビックイベントが行われている」
「ビックイベント?」
そう神城は疑問を口に出し、言葉を挟む。
「うん。そのビックイベントの名前は、王位継承戦」
「今はそのドロドロした戦いの真っ只中って訳さ」
そう言われ、俺はへ〜と頷く。
そして神城もまたなるほど。と頷いた。
それを見た彼は、また口を開く。
「当然のように継承権の優先順位は、第一王子、第二王子、第三王子の順で決まっている」
「そして、今いるこのフェールド領は、第二王子との血縁関係が強く、一応第二王子派ってことになってるんだ」
「だからここでもまあまあその余波に巻き込まれてるって感じ」
俺はこの話を聞いて、思わずため息を吐いたのは仕方ないだろう。
うん、だってさ、そんな時期に来るなんてタイミングが悪いとしか言いようがねぇもん。
そんなふうに俺がガッカリしている間も、彼は言葉を続ける。
「んだからここもその王位継承戦に巻き込まれる可能性もあるから気をつけないとなんだ」
「へー、なるほどねぇ」
「因みにこの領を統治してる人は知ってる?」
そう俺が尋ねると、彼は目を輝かせて話し出す。
「そう!それをこれから話そうと思っていたのさ」
「このフェールド領を統治するのは、一人の女の子」
「マリア・リアーズ・フェールド姫様だよ」
そうもったいぶって彼は話す。
正直名前を言われても全く分からない。
「……その人はどういう……?」
「彼女はね……この世界にあまりいない、"無敗"の称号を持つ一人なんだ」
……"無敗"?
なんだ?その称号は。
そう俺が疑問に思っていると、あっ!と神城が声を上げる。
「それ俺も聞いた!あれでしょ、確か……」
「確か、一度も賭け事に負けたことのない人につけられる称号」
一度も…負けたことがない?
貴族にとっての賭け事の重要性はさっき聞いたから覚えている。しかし、
……一度も負けないなんてそんなこと、
「そんなことがあり得るのか?」
思わず俺は口に出す。
「ああ、本来なら…普通にやったらあり得ないよ。ただ、普通じゃない方法なら可能なんだ」
「能力を使うなり、イカサマをするなり、それこそ……」
「とんでもない幸運だったらいけるだろうね」
その言葉に思わず拳を握りしめた。
ぼろぼろの爪が、痛みによって俺に存在を証明する。
しかし俺はまた、気にも止めずに拳を握る。
どうやら俺は予想以上に、彼女のことが嫌いらしい。
幸運という一言で、思わず彼女を想像してしまうのは…ほんと、毒されすぎとも思ってしまう。
今の説明に、彼女の要素なんて一つもなかったのに。
そんなことを考えている間も、彼は言葉を続ける。
「まあ、十中八九イカサマだろうけどね。でも……」
「でも、貴族の世界では、イカサマを使ってもバレずに勝てれば良し」
「勝つこと……勝利数が自分の権力……同時に運命値の高さの証明になってるんだからね」
「だから、この領の姫様はとんでもなく頭が切れる人ってことになってるんだ」
俺はその解説に思わず「へ〜」と声を漏らす。
「一応彼女にも王族の血は流れてるんだけど、女ってことで王位継承権が無いも等しいことになってて……と、」
「この国の説明としてはこんなもんかな」
そして彼は説明をそう締め括った。
「でも、なんでいきなりこんなことを?」
「ん、ああ…いやー、これからどうしようかな〜って思ってて」
「あ、確かに」
神城が俺の言葉に納得すると同時に、俺はその情報を聞いた上で改めてこれからのプランを頭の中で思い描いた。
……やっぱりここからは早く逃げた方が良いかもな。
そして、この結論に辿り着いた。
元よりここは“魔族”の排斥が盛んらしいし、更にきな臭いとすれば、もう決定だろう。
そうと決まれば、英雄志願者が居なくなったら神城と話して即行動だ。
ここでそれを言ったら……何だか奴もついてきそうだし。
とりあえずは暫くここに居ることを表明しつつ、物の相場とかを色々と聞き出して……、あれ?
そういえば、何で俺は積極的に魔族を殺そうとするこの国に、留まっているんだ?
そんな疑念が脳裏によぎりながらも、俺は口を開く。
「とりあえずこの入国証明書みたいなのあるし、暫くはこの国にいても……」
そう言って、俺は胸ポケットからその板を取り出した。
そしてまたその板から視線を戻し、前を向くと………困惑した表情で彼らは俺を見ていた。
なんだ?と思っていると、神城は口を開いてこう言った。
「何それ?」
と。
え?
俺の思考は再びショートする。
「いや、この国に入った時に貰う……」
そう理由を説明しようとすると、それを遮って二人は答える。
「ううん、僕がこの国に来た時、そんなもの貰わなかったよ」
「俺も」
二人はそう困惑した様子で言葉を返した。
なんだ……?何が起きている?
確かに彼女は、これは領に入る人に与えると言っていた。
しかし、それは実際にはなかった。……つまり、
俺は彼女に…嘘を吐かれたのか?
思わず理解を放棄し、現実から目を背けようと…俺はこの板を懐に戻そうとする。
すると、コロンっとあの石が落ちた。
「これは…?……!?」
神城はそれを拾い、驚愕の表情で固まる。
そこには、運命値0と表示されていた。
当たり前だ。それを測る石なんだから。
しかし、
「ん!?」
そう同時に英雄志願者もまた、驚きの表情で固まった。
やっぱり運命値0は珍しいのか。
そんなことを思いながら咄嗟にどうしたのかと聞くと、二人揃ってこう答えた。
「いや、だって……」
「「運命値を測る石は…こんなに小さくない」もん」
「いや、そもそもこの石を持つのは教会だけで、個人で所有するようなものじゃ……っていうか運命値0!?」
そう続けて話す彼の声なんて、もう俺の耳には入ってこなかった。
だってそうだろ?彼女は……彼女はそれを、いくつも持っていたんだから。
魔族の中では普通?それとも何か勘違いを……そんな疑念が渦巻く中、神城は俺の置いた腕輪を指差した。
「ねぇ、これもその人から貰ったもの?」
「うん、能力を無効化できる腕輪って……」
「え?」
ポツリと、そう彼は言葉を漏らす。
「そんな付与具、聞いたことない」
「能力の無効化とか…そんなの、」
「そんなのきっと、貴族様でも持っていない代物だよ?」
呼吸が…上手く出来なかった。
リリさんは、なんて言ってそれを渡したんだっけ。
覚えてない……でも、貴重だとは言ってなかった筈だ。
ドクンドクンと、心臓が鳴る。
「なあ、これ……」
そう切り出し、見せたのはさっきの板。
いつの間に手に取っていたのだろう。
そして、こう言った。
「これ、多分位置情報を与える付与具が入ってる」
と。
「確か、希少ではあるけどどっかの地方に植えられた木がそんな能力を持ってて、確かその木の匂いが……」
そう補足して説明する彼の声はもはや、俺には届かなかった。
俺は思わず口を押さえる。
吐き気だ。こんな簡単な罠に引っかかった俺に吐き気を催した。
どうして初対面の彼女に気を許し、こんな罠に引っかかったんだろう。
そんな疑問が降って湧いて、頭の中で渦巻く。
なんで。どうして。このバカが!何故違和感に気付かなかった。おかしい部分はいくらでもあっただろ!いや、そうだ、おかしいんだ。不運に侵された俺があの状況とはいえ初対面の相手に警戒しないなんておかしいんだ。なんでこんなことになった。おかしい、おかしい、おかしい、おかしい!
なんで、なんで、なんで、なんで!
ガリッと、いつの間にか俺は床を引っ掻いていた。
痛みが走る。痛みが、痛みが、痛みが、痛みが………あ。
彼女の能力は言葉の翻訳と、人の思考を操ること。
そして、俺が爪を引っ掻きまくった時、リリさんはこう言ってた。
「俺は生き残れる?」
「うん、大丈夫。私はあなたの味方」
「信用して」
俺は再び吐き気を催す。
こんな意味のわからない答えに辿り着いた俺に、吐き気を催した。
だってそうだろ?こんなのただの妄想だ。証拠もなければ確実性もない酷い妄想だ。
けど、俺の頭はその考えで犯される。
やられた、と。そう激しい怒りが怒りが込み上げた。
ああ、ダメだ。ダメだ。
ダメだダメだダメだ!
完全にしてやられた。
クソっ、クソっ、クソが!
そして……そこから更に発展した妄想が頭を走る。
でもなんで彼女はそんなことを?初対面だ。会ったこともない。いや、でももしかしたらこの状況を知っていたのかもしれない。そうだ。そうじゃなきゃこんな行動を取らないだろう。そうだ、ということはもしかして……?
本当に、酷い妄想癖だなぁ。と俺は思う。
だってそうだろ?こんな答えはただのこじつけだ。正解な気がしない。
ああ、ほんと……酷い妄想だ。
でも、そう考えると全ての謎が解けるような気がした。
思わず俺はその妄想に縋り付く。
そうでしないと、この訳が分からない状況を飲み込めなかったのかもしれない。
一呼吸おいて、俺は神城と英雄志願者に聞く。
「ねぇ、彼方者って知ってる?」
彼らは再び困惑した様子でこう言った。
「……何それ?」
「…知らん」
と。
俺は立ち上がり、その勢いのままあの城門前の小屋へと走り出した。