3話 #桃の花弁 "関わるべからずな人"
異世界生活1日目
「いやー、まさか夢ではよく見てた異世界に本当に来ちゃうとはなぁ」
「そだねー、俺は夢で見るだけで留めたかったけど」
そう会話を続け、俺たちはこの国の街並みを眺めて闊歩する。
単刀直入に言おう。
逃 げ ら れ な か っ た!
いや、まあ逃げる必要はなかったんだけどさぁ。
でも街道で叫ぶ男と知り合いってバレたくはないじゃん。
そんなことを思いながら、キョロキョロと周りを見渡す。
元の世界では見る機会の少ない昔ながらの店々や、この世界特有のものと思われる異世界チックなものまで、色んなものが目に入る。
燃えたぎる花に、キラキラと光る草。街灯の中には……何だ?花びらか?
見たことのない道具に、教科書で見たことのある道具。
正直、見てるだけで結構楽しい。
けど同時に、襲いかかる不運のことを考えると憂鬱になる。
いきなり刃物が飛んできたりとかしそうで怖いもん。
……え?不運から解放された可能性?
あの後俺が何回スリにあったと思ってる。10回だ。
5、6回までは自分を誤魔化せたんだが……流石に10回は無理だった。
………ただ。ただ、デカい不運が来てないのがちょっと気がかりだ。
だって馬車なんかも近くで通ってるのに…何もトラブルが起きてない。
まあ、偶々って可能性もあるにはあるが……俺の経験的には、この後にデカい不運が待ち構えている…または、もう既に特大の不運が起きたからこうなっているってことが多かった。
楽観視するなら…クラスメイトに殺されるっていう不運があったからまだ手緩いってこと。
警戒するとするならば…この後に何かが起きるってことになる。
そう改めて考えると…もうちょっと彼女からこの世界の情報聞いた方が良かったなぁ。
そう心の中で後悔していると、そういえばと思い出す。
……とりあえず考えないことにしてたけど、俺ってもう死んでるんだよなぁ。
チラリと横を向き、あいつの様子を見た。
平然と……というより、異世界に来たせいか、やや興奮してる様子が伺える。
その光景に俺は若干の違和感を覚えた。
だってそうだろ?
俺たちはもうすでに、死んでるんだから。
クラスメイトの一人に殺されて。
それなのに笑顔で異世界観光……うん、明らかにおかしい。
理由を考えるなら……こいつが"彼"だから…とかか?
俺は"彼"が誰か、一切と言っていいほど分からなかったから。
だからこそ、可能性はある。
……警戒しろ。
例えそれが、どんなに仲が良かった人でも。
"彼"である可能性がある限り、警戒しろ。
普段通りに勤め、おかしな点を引き出せ。
能力、運命値、弱み…生き残る為に必要な情報を全て引きずり出せ。
それが今、俺のするべきこと。
――……嫌だなぁ。
思わずそう思った。
でも、しなければならない。死なない為にも。
だから今から、俺はこのおかしな点を問いただす。
「てかお前、よく死んだのに異世界で興奮出来るなぁ」
そう俺は口に出すと、彼は驚いた様子で俺を見る。
そして呆気を取られた顔でこう返した。
「え?俺……死んだん?」
「え?」
「え?」
二人揃ってアホずらを晒し、見つめ合う。
思わず二人共の足が止まった。
……マジか…マジかぁ。
そういう感じなのかぁ。
マジかぁ。マジかー……
「とりあえず、説明プリーズ!」
そう俺に言い放った彼に、俺は渋々説明をすることにした。
………………
………
…
「なるほど、俺たちはクラスメイトの誰か……"彼"に殺された。そして何故か俺たちは異世界にいる……と」
「……マジで?」
「マジで」
「冗談抜きで?」
「冗談抜きで」
「マジかぁ……」
彼はハァっとため息を吐く。
正直、記憶がなければ理解に苦しむ展開だろう。
まあ、記憶が消えてる…それが事実なら、ね。
とはいえかく言う俺も正直、情報量が多すぎて、大部分の理解は保留してるからな。
何故"彼"を認識できなかったのか。
何故俺たちは殺されたのか。
何故この世界に連れてこられたのか…etc。
本当、訳がわからない。
そんなことを考え、一つの事実に気付く。
「お前、この世界に来てすぐ話せたのか?」
「ん?ああ、この異世界は異世界語翻訳が自動でつくんだぁって感心したからな……まさか」
「ああ、俺……始めはなんも聞き取れなかったぞ」
再び顔を見合わせる。
ああ、情報量過多だ。
意味がわからない所が多すぎる。
「マジで何起きてんだよ」
「分からん。本当に分からん」
そうお互いに睨めっこしていると、段々と空が暗くなってきたのが分かった。
風が肌を薄く撫でる。
同時にスリ…これで通算13回目だ。
パッとそれを避けると、神城は口を開く。
「……とりあえず、空も暗くなってきたし今日の宿を決めよーぜ」
「あ、それなら良い場所を衛兵に聞いたんだよ」
「お、マジで?」
俺は「うん」と頷き、白鳩の籠という宿のことを話す。
「なるほど……場所は?」
そう彼に返され、あっ!っと気付く。
迂闊だった。場所もセットで聞いておけばよかった。
そう後悔しつつ、近くの人に場所を尋ねるために俺はキョロキョロと周りを見渡した。
すると……真っ白な髪、赤と黒の虹彩異色症の瞳、そしてただならぬ雰囲気を感じさせる男が目に入る。
不思議と高貴さとか…気品さを、感じた。
日本人の虹彩異色症約0.01%。
先天性白皮症約0.006%。
現実的に同時になることはほぼあり得ない。
そして神城もあの人に気付き、声を出す。
「ここって異世界だよな?染髪とかカラコンとかないよな?」
「うん、その筈。……いや、それでああなるのか?」
再び顔を見合わせる。
神城はぶつぶつと「まあ異世界では白い髪ってのはありふれてたし…いや、でもここは現実…」と呟く。
俺はそんな様子を見ながら考えた。
若白髪プラスカラコンに似た何かを装着……うーん、可能性としてはこれか?
だとすると、あの人は自らあの姿にしているってことに……。
とりあえず俺は彼に"関わるべからずな人"というレッテルを付けた。
そして俺たちはそそくさと近くに腰掛けていたお爺さんに場所を聞きに行く。
「あの、白鳩の籠っていう宿屋って近くにありますか?」
「ん?ああ…それなら…」
そう言って、お爺さんは大通りの奥の方を指差す。
「この先をまーっすぐ行った所にあるよ。あれは馬鹿みたいに目立つ宿屋だから見ればすぐわかると思う」
「それに、そんな遠くはないからすぐ着くよ」
そう俺たちに教えてくれた。
俺はそのまま感謝を伝えて過ぎ去ろうと思ったが、一つ良いことを思いつく。
この世界に、あの文化があるかを確かめる方法を。
そして、俺は「ありがとう」とお礼を言って、持っていた袋から銅貨を取り出す。
そして、そのおじいさんにチップを渡した。
そしておじいさんは「おう」っと言って声を返す。
その様子に、俺は内心がっかりしながらおじいさんの指差した方向へと歩みを進めた。
「今、何やったん?」
そう彼は困惑した様子で聞いてくる。
俺は一個一個理解できるように説明を始めた。
「ああ、とりあえずこの国にチップ制度があるか知りたくてさ」
「アメリカとかヨーロッパの一部なんかではよくあるからさ、もしあったら宿屋ではそれを考えないとなぁって思って」
「んだから道を聞くついでに確かめたって訳。本来はこんくらいのことでわざわざ払う必要はないよ」
俺は説明した。
海外経験のない神城は相場なんかを知らないだろうし、丁寧に説明した。
しかし、依然としてあいつの頭にはハテナが浮かんでいるのが見える。
彼は口を開く。
「あの、まずチップって何?」
マジか……マジかぁ。
お前異世界ものとか読むのに知らねぇのかよ。
俺は、歩きながらゆっくりと丁寧に説明することにした。
……………
……
…
「なるほど、チップっていうのは、サービスを受けた時に渡さないといけないお金」
「そしてその金額はある程度の相場が決まっている……と」
「え?めんどくさくね?」
少し憂鬱そうな顔であいつは俺にそう言った。
まあ、日本なら出たことのないあいつにとっちゃ面倒な制度だろうなぁ、と俺は思う。
うん、まあ流石に存在くらいは知ってると思ったけど。
「とりあえずは俺が基本的にお金を出すことにするよ」
「んだから代わりにお前がお金の管理しとけよ」
「りょうかーい」
そう呑気にあいつは言葉を返す。
俺がお金の管理が出来ないのは、当然のように俺のお金はすぐに消えるからだ。
盗まれる、壊される、燃やされる。
そんな理由ですぐに消え、残ったお金で壊れたものを直す。
黒い…いや、グレーの仕事をやっているにも関わらず俺が素寒貧なのはそれが原因だ。
……ってか神城にお金を渡すって言ったの失敗だったか?"彼"だった時敵に塩を送るような真似になるし。
うーん……念の為あの袋を渡す前に少し抜いておくか。
そんなことを思っていると、俺の顔目掛けてナイフが飛んでくるのが視界の端に映る。
キラリと光る切先に、ゾクリと恐怖が身体を刺した。
俺は全身全霊をもってそれを避けた。
そしてそのナイフは、そのまま地面へと刺さる。
バクバクと暴れる心臓を宥めながら、俺は衝動的に刺さったナイフへと視線を向けた。
……!あっぶねぇ〜。あとちょっとでグサリと刺さる所だった〜。
油断を指摘するようなこの不運に、「大丈夫?」と心配する神城に返答しながら、俺は絶対に気を抜かないことを決心した。
うん、もう異世界の風景に見惚れねぇ。
そして、そんなことを思いながら俺はナイフが飛んできた方向をチラリと見る。
すると、一匹の大きな豚が吊るされているのが見えた。
十中八九元の世界には存在しないであろう、馬鹿でかい豚だ。
さっきのナイフはどうやらあそこから飛んできたらしい。
皮を切ろうとしてバイーンと跳ね返されている大人たちが見える中、その中の一人は俺に向かって飛んだナイフを取りに来ているのが視界に入った。
流石異世界、狩りとかの迫力もエゲツなさそうだなぁ。
そんなことを考えていると、あっ!と神城は声を漏らす。
「あれじゃない?」
神城の指差す先には、所謂な異世界の……もっと分かりやすく言うならば、フツーの宿屋が建っていた。
あれ?おじさん、目立つって言ってたのに……これ目立つか?
そんな疑問と葛藤していると、ささっとアイツは近くの人に聞きに行き、ささっと俺の元に帰って来た。
そしてさっと結果を口に出す。
「違うって」
「違うのか」
「Let’s go?」
「here we go!」
そして俺たちは歩き出した。
神城は「もう疲れたしここで良くね?ね?ね?」と、ブツブツと文句を垂れながら歩いた。
そしてまたしばらくすると、あっ!と声を漏らした。
愕然とした顔で俺に言う。
「そうだ、異世界に来て折角会ったのにこれ聞いてなかったじゃん!」
「これ?」
そう聞き返すと、神城は小声でそっと俺に耳打ちする。
「運命値と能力だよ。異世界っぽさ満点のこれ聞かないとやっぱり異世界は始まらねぇよ」
そう言って俺にどうだった?と聞いてくる。
そして、俺が口を開こうとすると、同時に神城は俺に注意しろと小声で呼びかけた。
「あ。一応、法律的には外で能力を使っちゃいけないらしいから、簡単な能力の説明と……後運命値ね」
そう言われ、俺は声に出して能力を言おうとし……はたりと止まった。
……ここで能力言ったら見知らぬ人にも聞かれんじゃね?
声を出そうとした瞬間、そんな疑問が頭をよぎった。
……何が不運に繋がるかは分からないからな。
その疑問に、一応警戒するかと懐からメモ帳とペンを取り出す。
そしてそこに日本語で、俺の能力と運命値を書き記そうとし……止まった。
本当のことを書くか否かを迷ったのだ。
しかし逡巡したのも一瞬。
俺はすぐに書き始めた。
書き書き、書き書き、書き書き……。
歩きながらで少し字は汚くなったが、まあ読めはする筈だ。
俺は、書き終えたそれを神城に渡す。
すると、それを読む前に再びあっ!と声をあげた。
「このぼろぼろの爪どうしたんだよ」
神城はすっとそう俺の指を差す。
俺はそう言われ、あ〜っと、少し答えづらそうに俺はあのことについて話した。
一言一句、丁寧に、俺はそれを話した。
そして、俺はそれを思い出すように指を握り締める。
この痛みを忘れるなと言うように……無意識で、俺は指を握り締めた。
俺が神城にそのことを話し終わると、あいつはこう返す。
「え…いつからこの世界、ファンタジーじゃなくてホラーになったん?」
「あーでも、クラスメイトに殺されたって時点でホラーじみてたか」
「え〜、こっわッ!」
思わず俺はそれに同意した。
いや、だって怖いもん。マジで意味分からねぇもん。
いかなり爪がボロボロになるまで引っ掻く…どんな展開だよ。ファンタジーじゃねぇよ。
ホラーって別にあんまり好きなジャンルじゃないのになぁ。え〜。
そんなことを思っていると、俺は神城があの紙を見途中だったのに思い出す。
「とっととお前その紙見ろよ」
「あ、ごめーん。忘れてた」
そう、少しおちゃらけたように言葉を返す。
そしてその紙を見ると、
「……マジか。マジかぁ」
それを見た神城は、呆然と繰り返しそう呟いた。
まあ、それも仕方ない。結局俺は、"魔族"って書いたんだから。
しかし、そう驚いたのも一瞬。
神城は「よし、今度は俺の番!」と言って、さっと俺の持つメモ帳とペンを奪い、書き記し出した。
書き終わると、彼はそれをほいっと俺に渡す。
そこには、
能力 サイコキネシス
運命値 0
そう書かれていた。
リリさんは、人間か魔族かについてしか言及してなかった。0はどっちに属すんだろう?
でも、少なくともこの世界の事情の分からない俺にも分かる。
――0は、イレギュラーだ。
「……マジか。マジかぁ」
そして俺は、さっきの神城と同じように言葉を繰り返す。
神城が衝撃を受けた理由は分かった。
うん、二人が普通じゃない運命値を持つってヤバイよなぁ。
片方が主に行動するなんてこともできないし…うん、ヤバイ。
そしてそれに加えるように、
「あ、因みに衛兵に聞いた感じ、今まで運命値0の人はいなかったらしいよ」
神城は小声でそう捕捉した。
予想通り、やばかった。
ってかほんとにヤバイな、謎という謎が多すぎて訳が分からないことになってる。
運命値0が嘘って可能性…いや、嘘吐いても意味ないしなぁ。
ちょっとこの異世界ハードモード過ぎない?
そう文句を垂れていると、同時に、疑問が一つ浮かぶ。
確か魔族かどうかを確かめる為に、前もって運命値は調べていた筈だ。
あれ?じゃあ衛兵はそのことを知っているのか?
俺はその疑問を解決しようと口を開く。
「あれ?それじゃあ衛兵に調べられた時大丈夫だったの?」
「ん?ああ、この運命値を調べた時か」
神城は困惑した様子でこう言った。
「いや、俺衛兵に調べられたりしてねぇもん」
「え?マジで?」
俺は呆然とそう返した。
だって…彼女は、確保した時に不審者かどうかを確認する為に運命値を確認するって言っていた。
だから、そんな筈は……
そう俺が困惑する中、あいつは言葉を続ける。
「うん、人の能力やら運命値やらを勝手に調べるといらない問題が発生するからしなくなったらしいよ」
「だから俺、能力を見た時も運命値を見た時も一人にさせてもらえたんだ」
その言葉に愕然とする。
え、俺完全に見られながらだったんだけど。
なんなら真横にいたんだけど。
え〜、俺のプライバシー……。
衝撃の事実に呆然としていると、神城はその様子をおかしく思ったのか俺に疑問を投げかける。
「ん?何かあった?」
俺は彼女のことを話そうかと迷いながら、とりあえず秘密にしようかと話題を逸らす。
「いや、別に何かあったとかじゃなくて、まだ見つからないのかぁって思って」
そう言われ、あっ!神城は声を上げる。
「確かに結構歩いたのにまだ見えないのか、あの宿」
「うん、30分位は歩いたからさ、もしかしたら見逃したかもしれないなぁって思って」
「……確かに」
そう言われ、二人揃って近くの人に聞きに行こうとする。
キョロキョロと周りを見渡すと、俺はまためちゃくちゃにおかしな人の姿がまた見えた。
周囲には筋肉質なガタイの良い兄ちゃんたちが沢山居る中、そいつは一際俺の目を引いた。
歳の割に筋肉のついた体付きをし、首から木の飾りをぶら下げ、オレンジの髪型をしたそいつは……、
そいつは逆立ちで腕立てをしながらパンを食っていた。
俺は再び"関わるべからずな人"というレッテルを貼り付けた。
「なんか、ヤバイ人多くね?ここら辺」
「あー、やっぱ異世界だからとか?」
お互いに顔を見合わせ、そう呟きあった俺は、そいつとは逆方向に居た女性に話しかけに言った。
「すいません、白鳩の籠ってどこにありますか?」
「ん?ああ、それならこっち方向に少し歩いたら着くわよ」
そう彼女はおじいさんと同じ方向を指差す。
俺は、「ありがとうございます」とお礼を言って、そのままそっち方向へと歩き出す。
そしてまたスリにあう。14回目である。
神城は「まだ歩くのかぁ」っとげんなりした顔で後に着いてきた。
「まだ先なのかぁ。もう結構足疲れたんだけど」
「ま、少し歩いたら着くって言ってたし、もうそろそろだよ」
そうお互い励ましていると、神城は思い出したかのように話し出す。
「あ、そうそう聞いた?運命値ってあんまり人に話さないよって話」
「なにそれ」
「あ、やっぱり聞いてない?よかったぁ。聞いといて」
そう安心した様子で、彼は一息吐く。
そしてさっと俺を向いて話し出した。
「まず、この運命値っていうのを気にするのは、国と密接に関わる……いわゆる"貴族"のような人だけなんだよ」
「他の村人や市民なんかが気にするのは、"魔族"か否か…後は高いか低いかくらい」
「高い人なんかはそんな"貴族"の人から誘いが来るけど…まあ、普通の生活をしてれば世界への影響なんて殆ど与えないからまず人に聞いたりなんかはしないんだ」
そこまで聞いて、なるほどと納得する。
……確かにこの世界が貴族制度とかが残っている世界なら普通の人がそんな高くなる筈がないか。
就職だって家業を継ぐのが基本だろうしなぁ。
そう感想を抱くと同時に、それなら貴族は?と思う。
しかし、
「"貴族"だったら自分の運命値の高さをひけらかしたりとか、そういう"いかにも"なことしないん?」
「そう!それを俺も思って聞いたんだよ、そしたらさ…」
神城はゆっくりと、思い出すように話し出した。
「まず、この運命値を調べる石が神様から与えられ始め、そしてこの値が表す意味が発見された時、大いに国は荒れたんだ」
「俺が偉い!私が一番!みたいにね」
「そしてそんな中、王様はその値の有用性を考え、そして……」
「そして、それを王様は運命値が高いものが優遇し、低いものが冷遇するようになった」
「そんなことになって……その頃にこんな噂が流れたんだ。「運命値の高いものは幸運だ」っていう噂が」
その言葉にハッと俺の不運が頭に浮かぶ。
しかし、噂という単語が聞こえ、俺は、なんだ噂なのかと肩を落とした。
そして続きは…と耳を傾けた。
「そしてそんなまま時代は流れ……世代が変わった」
「そして、運命値の序列も変わることとなった」
「一番運命値の高かった男の後継はそこまで運命値は高くなく、逆にそこそこの運命値だった男の息子は、運命値が一番高い存在となった」
「要は、世代で簡単にその家の権威が変わるようになっちゃんたんだ」
「そしてそれによって国が荒れることを危惧した王様は、噂を利用することにした」
噂……?とさっき話していたことについて思い出す。
「運命値が高い人間は幸運……」
そう呟くと、彼はビシッと俺に指を刺して、
「そう!その噂を利用したのさ!」
と言い放った。
そしてコホンと咳払いをし、続きを話し出す。
「"貴族"にも階級がある……それが簡単にコロコロと変わるのは、上位の貴族にとっては不都合だった……だから、判断の基準をすり替えたんだ」
「運命値を直接見せるのではなく……ギャンブル、すなわち自身の幸運さを見せることによって、その家の権威を見せることとした」
「そんな、偉い人達の思惑によって、今のこの世界じゃ運命値を人に見せることは殆どないんだよ」
そう彼は締めくくった。
俺はなんだか一つの歴史を聞かされていたみたいで、眠たくなっていた。
チラリと横を見る。
そこには、デカデカと魚の看板が吊り下げられたお店が見えた。
一瞬宿屋か?と思うが、店の中にある大量の魚の姿を見て違うことを察した。
そんな逡巡をしていると、
「どうだった?結構面白くない?」
そう少し興奮した様子で神城は俺に感想を求めた。
そんな神城を尻目に、俺は話す。
「うん、とりあえず先生がこの世界でバカ強いってことだけは分かった」
「あ、それ俺も思った!」
そう互いに言って笑い合う。
俺たちのクラスの担任の先生…名前は鳴城 樹。
元プロギャンブラーで、今は海外の経験を活かして英語の教師をしている。
定期的に生徒に賭け事を教えてる……いや、賭け事をやって食べ物を奪っているダメ人間の先生だ。
あの時、真っ先に殺された…先生。
多分、この世界なら先生は多少は輝くと思う。
「そういえば、俺たちがここに来てるってことはやっぱり教室に居た全員がここに来てるのかなぁ」
そんな疑問をふと神城が口にすると同時に、あの鮮烈な光景が脳裏に蘇った。
死にそうになって……そんな中でも俺に告白してきたあいつの光景が。
途端に苛立ちと嫉妬心が湧き上がる。
それに呼応して、俺は拳を握りしめてその感情を押し殺す。
爪の痛みなんて気にも留めずに、握り締めた。
それと同時に改めて思う。
……あいつにまだあの時の記憶があったら、一言感謝を言っとかないとだな。
と。
そんな感情のせめぎ合いの最中、あっ!っと神城は声を漏らした。
「これだろ!絶対これだ!」
そう言って指差す方向を見ると、そこには建物自体を大きく囲んだ籠があった。
そしてその中に、デカデカと白い鳩が飾られている。
看板には何で書いてあるかは分からない。
「あー、うん……これは見たらすぐに分かるわ」
そう呆然と眺めている俺の手を引っ張り、神城は中へ中へと俺を連れて行った。
カランコロン♪という入店の合図と共に、俺の視界にこの宿の光景が浮かび上がる。
外の見た目とは相反して、宿の内装は至って普通だった。
中に居るのは小柄なウェイターと、恰幅のいい女将さんと思われる人が一人。
その光景を見て異世界だ!と、興奮した神城に連れられるがまま、女将さんの前へと足を踏み出す。
宿屋……人の密集する場所。
警戒するべきことは沢山ある。
そう俺は頭の中で考えていると、女将さんは口を開いた。
「いらっしゃい!何泊だい?」
彼女は元気よくそう聞いてきた。
俺たちはそう言われ、顔を見合わせる。
何泊泊まるかなんて決めてなかった。
どうしようか。とりあえず一泊?二泊?
二泊でいこっか。そうしよう。
そう小声で話し合い、俺たちは「二泊、朝食、夕食有り」のプランで泊まることにした。
金額は、銀貨1枚。チップで銅貨2枚。高いのか安いのかは分からない。
ただ、袋の中には銀貨が少なかったから、それを消費するのは怖かった。
それと、この時代には珍しく、宿屋に食事がついているのは正直ラッキーだった。
そうして鍵を受け取り、そのまま二階へと上がっていく最中。
またしてもあっ!っと神城は声を上げた。
「そうだ、俺そういえば今日あいつに告白するんだった!」
「やっべ〜、完っ全に忘れてた……」
そうがっくしと膝をつく神城の姿を見て、そういえばと朝のくだりを思い出す。
あの事件に会う前の…あのくだりを。
それは覚えてるんだ…と思いつつ、俺はアイツを茶化す。
「おいおい、また今日も告れずに泣き寝入りか?何日目だ?四日目か?」
そういやらしく俺は煽っていると、覚悟を決めた表情で俺に言い放つ。
「よし、この異世界で会えたら…俺会った瞬間に告るわ」
「あー、はいはい、頑張れー」
キラリと目を輝かせ、そう言うアイツを尻目に、俺は部屋番号を確認する。
同時にガチャリと他の部屋の人間が居る部屋の扉が開いていたのでチラリと覗く。
その人は靴は脱がずに座っていた。
すなわち、この宿屋は洋式だということだ。
俺はそれを確認し、部屋の扉を開ける。
中あったのは一つの机と二つの椅子。
風呂はない。トイレもないから、共用だろう。
まあ、ここら辺は予想してた。
……ただ、一つ問題があるとすれば、
一つしかベットがないことだろう。
「マジか、シングルか」
そう思わず声に出す。
どうする?部屋帰る?
いや、もう疲れたから後で。
そう言われ、仕方ないなと俺は中に足を進めた。
そして、俺は思わずごとんっと腕につけた付与具を外した。
何気に重いのだ。この腕輪。
そして、懐から契約書とお金を取り出し机に置く。
これが破れたら契約破棄。話せなくなる。
ずっと持ってるとくしゃくしゃにしそうでちょっと怖いから、とりあえず置いておくことにした。
お金は…うん、やっぱり金貨やら銀貨やらは持ってる方が怖い。
とりあえず、と置いておくことにする。
アンクレットは……
俺はそう思ってチラリと視線を移動させるが、すぐにいいか。と思った。
だってこれ外すのはちょっと怖いもん。
そして最後に、扉を閉めて鍵をかけた。
すると同時に神城は床にゴロンと転がった。
土足で歩き回られた、床に。
せめてベットにしろベットに。
そう思っていると、神城は叫ぶ。
「つっかれたぁ!」
そしてそう大声で叫んだ。
「おいおい、30分ちょっと歩いただけだぞ?」
「普段から運動しないからそんな早くバテるんだよ」
そう小言を言う俺に対して、神城は言い訳をするように話し出す。
「いーの、俺ぁ寺坊……神社坊主なんだからそんな動けなくても良いの、とりあえず精神力があればなんとかなるだし」
ゴロゴロと硬い床を転がって必死に言い訳をする神城を見て、俺は「精神力ぜってぇねぇだろ」と思った。
声に出さなかっただけマシだと思って欲しい。
そんなことを考えていると、そういえばと思い出す。
「お前の能力って確かサイコキネシスだったよな」
「せっかくだしお前のサイコキネシスの能力見せてよ」
「ん?オーケー!しっかりと目に焼き付けなよ!」
すると、そう堂々と宣言をし、彼は立ち上がる。
そして、「やったるかー!」と大きな声で喝を入れた。
すると、ドタドタと扉の外から駆け上がって来る音が聞こえてくる。
そしてその音は扉の前まで近づき、ドン!と扉を叩いた。
俺は鍵を開け、扉を開けた。
扉の前には女将さんが立っていた。
なんだ?と考える暇もなく、女将さんは叫んだ。
「あんまりうるさいと追い出すよ!!」
そう言って、彼女は般若のような顔をして立っていた。
俺たちはあまりの恐ろしさに条件反射で謝る。
「「ごめんなさい!」」