30話 #桃の花弁 ……え、死んだくね?
三月猫の存在発覚から2日後。
4月30日。午前8時27分。
小さな瓦礫を拾い集め、荷台へと淡々と運ぶ作業。
近くでは三月猫が宙に浮いて、俺の不運への対処に勤しむ。
大きな瓦礫と中途半端に残る宿舎が立つ向こう側では、流石獣人と言うべきか。
ペシーは素手でガンガンと宿舎を破壊している。
そして、神城は地面に寝転びくつろいでいた。
そして、最近近場を根城にしているのか何なのか。
しょっちゅう遊びに来る梟とアイツは戯れていた。
満月のような金色の目をした梟と、アイツは戯れていた。
もう一体の三月猫に大きな瓦礫を運ばせて。……ズルい。めちゃくちゃ羨ましい。
そんな羨望の眼差しを向けて、俺は大小様々な瓦礫を手で集めていると………、
「よっ、お疲れぇい」
大きな瓦礫撤去に勤しんでいた筈の彼。ドルダンさんが、挨拶をしながらやって来た。
「あれ?向こうの作業は?」
そう、当然のように思った疑問を問いかけると、無精髭を撫でながら彼は答えた。
「あ〜、なんかこっちの作業が進んでないから、ちょっと手伝って来てって言われたんだよ」
「なるほどぉ」
俺はその返答に、首を縦に振って答えた。
ドルダンさんは地面に座り込み、俺と同じく瓦礫を拾い集めた。
そして少しして……彼は深いため息を吐く。
そして情けない顔で、俺に話しかけてきた。
「なぁ、なんか……いい人いない?」
「え、いい人?」
俺が困惑しながら返すと、ドルダンさんは「そう!いい人だ」と力強く返事をした。
「周りの人、幼馴染たちが次々と結婚していく中……俺はここ十数年ひたっすらに狩人として働き……」
「気付いたらもう!幼馴染たちが結婚してから7年8年経過!金は溜まったが、マジで相手が居ねぇんだわ!」
「俺は次男だからまだ許されたけど、それでも両親からの孫が見たいという圧が……!」
「はぁ」と深いため息を吐いて、ドルダンさんは俺の方へと向く。
「マジで、相手は早めに見つけろよ!これは行き遅れた俺からのアドバイスだ」
「は、はい……」
そう真剣な顔で言われ、俺は圧に押されながらも返事をした。
そんな話をしていると、奥からジャリジャリと音が聞こえた。
そして、音の方へと2人で振り向くと……そこにはお姉さん。ミントさんが立っていた。
「ちょっとあなたたち、駄弁ってないで手を動かしなさい、手を!」
そう注意する彼女に、ドルダンさんは聞く。
「なぁ、ミントさんや……知り合いでも何でもいいんだが、いい人いない?」
その質問に、少しキレながら彼女は答えた。
「いい人ぉ?何、あなた彼女が欲しいの?」
「はい、切実に」
そうキリッとした顔で答える彼に、彼女は言った。
「いい人、ねぇ。いい人なんてそんなの………そんなの……………私が、欲しいわよ」
顔を暗くして、そう言った。
ドルダンさんは聞く。
「あれ、もしかしてまだ未婚……」
「そうよ!彼氏なら今まで山ほど作ってきたし、結婚間近まで行った人もいるわ!でもね、私の能力のせいで必ずと言っていいほど結婚にこぎつけられないのよ!」
そう叫ぶ彼女に、どんな能力だったっけ……と俺は少し記憶を探る。
そんな俺の心情を悟ってか、彼女は自分の能力を話した。
「私の能力はログ。過去にあった物の位置や、過去にいた人物の位置を見ることができる……だからね」
「私の目に移る過去の位置と、現在の位置が少しでも違ったら私耐えられないの!本当に、それが無理なの!」
そう拳をブンブンと振り、声高々に主張する彼女。
そんな彼女の姿を見ながら、恐らく……恐らく俺たちは同じことを思った筈だ。
え、めんどくさっ。
「いまあなたたち、絶対に面倒臭いって思ったでしょ」
そう心を読まれたかのような言葉に、俺たちは必死で首を横に振った。
彼女は深いため息を吐きながら、言葉を口にする。
「今は能力のコントロールで見ないようにする術を見つけたけど、もうこんな歳よ」
「完っ然に行き遅れたわ」
顔から悲壮感の漂う表情をしながら、彼女はそう語った。
俺は、そういえばと思い、2人に聞く。
「今、お二人とも何歳ですか?」
ドルダンさんは答えた。
「俺は27歳だ」
ミントさんは答えた。
「私は28よ」
俺は思う。まだまだ若いと。
……でも、ここは中世。昔の価値観だ。
晩婚化の進む現代とは違い、寿命も短いから……結婚的年齢は10代。25過ぎたらもうおじさんおばさん扱いなのかもじれない。
っていうか、ドルダンさんはちょっと身体がゴツいし強面だから、もっと歳いってるもんかとおもってたわ。
そんな感想を抱きながら……、
「まあ、頑張って下さい」
俺はそう言うくらいしかできなかった。
そう話を終えると、別の場所を片付けていた幼女…イルに呼ばれ、2人はそちらに向かって行った。
そして、今度は向こうから、寝転んで居た神城がジャリジャリと地面を踏み締め、やって来た。
「よ、お疲れ〜い」
「おまえは寝てたから疲れてないよな」
「あ、バレてた?」
ほとんど作業着に汚れのついていない彼と、そう軽く会話を交わした後。
俺たちは地面に落ちる瓦礫たちを拾い集める。
近くに梟が来た。ほうほうと鳴いた。
………そうして、何分経ったか。
拾い集め、拾い集め、拾い集め、荷台に入れる。近くに梟が来た。ほうほうと鳴いた。拾い集め、拾い集め、拾い集め、荷台に入れる。近くに梟が来た。ほうほうと鳴いた。拾い集め、拾い集め、拾い集め…………、
ふと、神城が声を出した。
「あ、……ねぇ。これ何だろう?」
瓦礫を拾い、顔を伏せながら……もう片方の手を俺に差し出す。
そこには、白い切れ端が。
布地は恐らく…ナイロン。俺の、Tシャツの切れ端だ。
心臓がバクバクと鳴り出す。身体中の毛穴が開く。緊張が全身に走った。
真っ黒な瞳をした梟が、ほうほうと鳴いた。
……これは、確実な俺への手掛かり。何故ここに?分からない。分からない。でも、よかった。先に領主側の人間に取られなくて。
ーー神城が手にしたのが幸運だった……。………?
心臓が激しくなる。恐怖が全身を包む。だっておかしいだろ?俺が……俺が、幸運?
宙に浮かぶ三月猫はくるくると宙を舞い、笑った。口を三日月にして笑った。
そうだ、何で神城は俺に聞いて来た?確実にわかるはずだ。神城なら、布の繊維からそれが何か分かるはずだ。
おかしい、おかしい、確実にこれはおかしい。罠だ、罠だ、罠だ、罠だ、罠だ――
脳裏に、白兎から送ってきて貰った一枚の資料が浮かんだ。
俺は、答えた。
「さぁ、ただの布とか紙切れじゃない?」
と。
神城は、「そっか」と言い残し、その場を去って行った。
俺は三月猫に言った。
『今日、おまえと話し合いたいから、準備をお願いしたいって、神城に伝えてくれ』
『は〜い』
三月猫は、気の抜けた声で返事をした。
………………
………
…
勤務時間が終わったすぐ後。
俺は今、神城の部屋に立っていた。
布団の上でドルダンは三月猫に眠らされていた。
さて、ざっくりと事の顛末を話そうか。
あの後、三月猫を介した神城との会話で、俺たちは勤務時間が終わったすぐ後に神城の部屋で集合をすることになった。
また、三月猫の調べにより、この領の領主と、初日俺たちを案内してくれた騎士様の定例報告会が16時20分……これからすぐにあるらしい。
そして、それを三月猫があれやこれやしてくれたお陰で、その場を閲覧させてくれるらしい。
……なんか、本当にとんとん拍子で良い感じに進んでる。進みすぎて、逆に怖いわ。
……いや、っていうか三月猫の力が化け物過ぎるな。
そんな感想を抱きながら、俺は再度神城に聞いた。
「なぁ、本当に……あの時、身体が勝手に動いたんだよな?」
その質問に、再度神城は答えた。
「ああ……あの瞬間、暫くの間は身体が勝手に動いて、声も勝手に出させられた」
「そうか」
俺はその答えに、やっぱりこの能力かと確信し、懐から部屋から持って来た紙切れを取り出す。
白兎から貰った大量の資料……その中の、一つ。
マリア・リアーズ・フェールド。
フェールド領の領主にして、能力……「支配者」の持ち主。
能力の概要は、他者の身体の支配権を奪い、自分の思うがままに動かすというもの。
細かい条件なんかは分かっていないらしい。
……これだよなぁ。使われた能力、これだよなぁ。
領主様が、能力で神城を使って、俺のTシャツの切れ端を手に、俺に話しかけてきた。
………バレた?これ、もしかして俺だってもうバレてる感じだよね。
え、うーん……いや、やっぱりこれ俺バレてそうだよなぁ。
俺は腕を組み、頭の中で色々とこねくり回す。
それでもなお、結論は変わらずバレているかもと思ってしまう。
そんなこんなをしていると………、
「時間だ」
時間になった。
三月猫が、空中に映像を映し出した。
そして、コンコンコン……という扉を叩く後の後。
俺の皆に、耳に女の子の声が入ってくる。
「入りなさい」
俺は、今から流れるこの映像に、集中した。
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煌びやかという程ではなく、かといって質素ともとれない美麗な部屋。
天蓋のついたベットが置かれ、扉の正面には車椅子と机が置かれていた。
車椅子の上には、灰色の髪を持つ、幼さの残る顔立ちの女が居た。
外の大きな時計の針が、16時20分を指し示す。
それと同時に、コンコンコンっというノック音が部屋に響いた。
彼女はその音を聞き、目を瞑って何かを確認した後……、
「入りなさい」
凛とした……されど、幼さを感じさせるその声で、扉の外にいる彼に命じた。
「失礼します」
そう言って、扉を開けて入ってくるは、初日に俺たちを案内し……業務中の監視を請け負っていた、騎士。
甲冑を鳴らし、部屋に入って数は歩いた後……部屋の真ん中で、彼は跪いた。
そして、藍色の目を光らせ……彼女は宣言した。
「これより、定例報告会を開催します」
「はっ」
その言葉に、騎士は短く返答する。
その姿をじーっと彼女は眺め……脱力した。
「はぁ。そうは言っても、殆どは現状報告と情報の再確認くらいしかすることないのよね」
「ベルメス……そっちは、何か言うことはある?」
「はっ、こちらは依然足取りは掴めておりません。私の不徳が致すところです」
「そ。なら今日するのは私の行動と情報のすり合わせね」
そう言うと、カラカラと車椅子を動かしながら、彼女は話し始めた。
「前回の報告の時に話した第ニ王子の件。あれは一旦解決したわ。雇った『獣の守』も、いい働きをしてくれてる」
「それは良かったですね、姫様」
「ええ!もう、あの人たちと関わるだけで手間がかかるのに、今回の場合は余計に面倒臭かったわ!」
そう怒りを露わにする彼女。しかし、表情はさほど変わった様子はなかった。
「……で、とりあえずその件はいいとして……問題は、"魔族"ね」
「はい。……"魔族"の侵入というのは、他領や他国からの心象の大幅な低下を招きます」
「ゼロにするのは不可能にしろ……表沙汰には、決してしてはいけない」
「ええ、ここら辺はもう既に言ったわよね。白髪の彼からの言葉で存在が確認された以上。この国に居た事実を消す為、発見次第消すつもりよ」
「普段なら逃がす選択肢もあったが、今回は例外。もう既に門に検査を入れ、外への脱出をほぼ不可能にしたわ」
「そして、現場にあったボロボロの靴を修復し、足のサイズ……」
「何故かは分からないけれど、あの靴から所有者を導く能力が使えなかったから、私はわざわざ足のサイズから絞り込むことにしたのよね」
「恐らく、能力を無効化する付与具か、はたまたそういった能力を対象は持っている」
「いえ、これは恐らくではなく、確定で……でしたね」
「宿舎破壊時に近くにいた不審者に触れ、能力を使おうとしましたけれど、使えませんでしたもの」
「今までそんな能力聞いたことないし、余計に怖いけれど……ま、きっと大丈夫でしょう」
「後は白髪の彼の傷口から右利きであり、認識が阻害されたとの報告から、無効化と合わせて二つの能力の存在を確認。付与具の可能性を考慮し、装飾品をつけていると思われる」
「新しく来た人の可能性……とはいえ、成り代わった可能性もあるから宿屋暮らし、または一人暮らしの住民に絞った」
「その結果、候補となったのが11人」
「ここら辺までは、話したのでしたっけ?」
「はい、ここまでは前回の報告で聞きました」
「それじゃあ、その続きを……」
そして、少女は窓を開け、窓から戻って来た梟を抱きしめる。
そして真っ黒な目をしたその梟に、ポリポリと餌を食べさせ始め、話を続けた。
「魔族側の1人はカミシロ。カミシロ ユイに確定したわ」
「現場に居た人間からの証言でねね」
「全く……証言から犯人1人を特定って、長らくそんなことはこの領ですることはなかったのに」
呆れた顔でそう話し、彼女はため息を吐く。
そして、続きを話した。
「まず分かったこととしては、認識阻害の能力は複数人には対応してないわ」
「そうでないなら、彼が捨て駒にされた……もしくは操られているってことね」
「だから、彼に1番近い存在。モモトセ ノゾムは有力な魔族候補ではあるけれど、確実とは言えないわ」
「…………」
騎士は黙って、その話を聞く。姫様は梟を撫でながら淡々と、話を進めた。
「それと、能力無効化能力と認識阻害能力は現在使ってないわ。私が今日、全員を操ろうとした結果、しっかり操れたわ」
「まあ、これで操れないような人ならば、そもそもこのバイトを怪しいっていう理由だけで拒絶するような間抜けでしょうね」
その言葉に、軽く笑いながら、騎士は「そうですね」と同調した。
そして、彼は続けて聞いた。
「後どれくらいで、修復が完了しますか?」
「そうね……多分、3日あれば彼女なら終わらせれると思うわ」
「私が靴を直し、足のサイズから検討をつけたように……私は彼女に、シャツ。上着。ズボン。それぞれの服の一部を渡し、全ての修復を依頼した」
「全ての修復が終われば、それだけで身体の体型のほぼ全てがわかる。そしたら、後は候補の中で当てはまる人を捕まえるだけ」
「仮に"魔族"が直された靴を見て、その可能性に気付き、私の出したバイトを証拠隠滅のチャンスと考えてここに来たなら、きっと3日以内に動きを見せる」
「それを考えつかない人なら、その魔族を捕まえるのも時間の問題ね」
「今日、カミシロを使ってカマをかけてみたけど、めぼしい反応はなかったし、私たちは3日後を待って正体を割り出すしかないわ」
「はい、仮に動きを見せた場合は、姫様の警護を最優先で進める所存です」
「ええ、それでいいわ」
表情をあまり変えずに、それでも軽く笑い合う姫と呼ばれた彼女と、甲冑に身を包み、顔の見えない状態で笑う2人。
良好な関係を気付いているようだ。
「もし、このバイトに応募もせず、この体型もかいくぐれるようなら私にはお手上げですけど……恐らく、大丈夫でしょう」
「そうですね、そうでないことを祈りましょう」
そして、騎士様は立ち上がり…車椅子に座っている姫様を抱き抱えた。
「書斎に向かって。今朝の仕事を終わらせるわ」
「はい、仰せのままに」
そうして、2人はその部屋を出て行った………
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「……え、死んだくね?」
「え、ま……俺正体バレてたの?」
「ってかあの時車椅子に乗ってた……え、彼女が?」
窓の外から、白い鳩が飛んでくるのが見えた。
俺たちは、ただひたすらにこう思った。
助けて、白兎ぃ!!




