2話 #桃の花弁 知らない人
能力だ。異世界っぽさしか感じさせない、特殊能力だ。
俺は彼女の声に集中した。
「例えば……今話してるこの状況だって、話せるようにしたのは私の能力なんだよ」
彼女はそう言い、「あー、■■ーッ」っと声を変える。
俺は、そういえばと思い出す。
始めはずっとこの世界をあの世だって思ってたから、「そんなこともあるのかなー」なんて思ってたけど、
この世界が現実なら、やっぱりカラクリがあったのか。
そう改めて納得した。
「簡単に言えば、私の能力は言葉を操ること。能力名は言霊操者」
「今やっているように、言葉を翻訳したりも出来るし、後は……」
そう切り出して、俺の方を向いた。
彼女はビシッと俺を指差し、
「手を挙げて」
そう一言俺に向かって言い放った。
俺の両腕は、呆気に取られていた俺の意思とは関係なくすっと上に挙げられた。
彼女はくすりと笑って説明する。
「こうして言葉で多少行動の操作が出来るんだ」
「まあ、しっかりと抵抗の意思があると効かないんだけどね」
「他にもそれぞれの人の能力を物に付与した付与具っていうのもあるんだけど……とりあえずそれはいっか」
そう自己完結した彼女は、「ちょっと待っててね。えーっと君の能力を確認する装置は……」と扉を開けて奥に何かを取りに行った。
俺は、正直凄く興奮した。
テンションが上がった。もう"魔族"とか"不運"とかそういうのの話は完全に頭から消えた。
だって特殊能力だぜ?人間誰だって憧れる。
それに……もし俺の能力が強ければ、不運を気にすることなく自由に動けるという訳だ。
自由に、好きなように動く自分を夢想し、憧れる。
……そして同時に、気づきたくなかったことに気づいた。
確かこの世界は、全員が能力持つ世界だって言っていた。
……ということは、不運関係なしに、"魔族"として狙われた時俺の能力が使いものにならなかったら……。
俺の顔が青ざめる。
仮に能力が使いものにならなかったとすれば、それはもう素の能力でどうにかしなければならないということに他ならない。
……すなわち、死の未来しかないという訳だ。
これで仮に不運も働けば……うん、終わりの未来しか見えない。
そんな絶望の未来が垣間見えている最中、ガキンッと鋭い痛みが走った。
理由は簡単……ぼろぼろになった爪を、握り込んだからだ。
でもなんでだろう…この痛みに、すごく。
すごく……安心感を抱いたのは、なんでだろうか。
「あったあった……よーし、それじゃあ早速しらべよっか」
そんな少しおかしな考えを抱いたのをぶった切るように、彼女は口を挟む。
ハッと、その言葉で俺の意識は現実に戻って来た。
チラリと視線を彼女へと移す。
彼女の手には少し大きめの紙と、小さな針を抱えていた。
そして彼女は、それを床に広げる。
「この針で血をこの紙に流せば、能力についての詳細が現れるよ」
そう彼女は補足し、俺にはいっと針を渡してきた。
俺は心臓がバクバクと動くのを感じながら、針を指につける。
……俺の能力が、これで分かるのか。
唾を飲む。緊張を紛らわせようと、チラリと視線を針からずらした。
そしてその時、初めて今の自分の身体の違和感に気づいた。
……あれ?なんだこの傷は…。
俺の腕には、身に覚えのない小さな刺され跡があった。
それと同時にバッと俺は制服を捲る。
中には防弾チョッキを纏った俺の素肌が見える。
撃たれても大丈夫なように着た…じゃなくて、
俺は防弾チョッキをガバッと捲る。
そこには、生傷が一つもない素肌があった。
あれ?なんでこんなに……綺麗なんだ?
俺はそう疑問を覚える。
常日頃から不運に狙われた俺だ。
見える部分なんかでもよく絆創膏を貼ってたりしてたけど……でも、それ以上に隠していた生傷の方が酷かった。
切り傷、火傷、打撲痕、手術痕……ありとあらゆる傷がおの身体には縫い付けられていた。
しかし、今の俺の身体は新品のように綺麗だ。
そしてそれにプラスして、知らない刺され痕が身体にある。
……何が起きてるんだ?
俺はそう混乱しながら、「こっちも……」と足に巻いた包帯を剥がそうとした。
しかし、包帯に触れる前に彼女が「大丈夫?」と俺に声をかけた。
俺はハッとして、考えを切り替える。
うん、とりあえず、今はそんなことより能力だよな。
俺は針を握りなおした。
そして、針を指に刺す。
……願わくば……不運を、狩りにくる人たちを退けられるような能力。
……そして出来れば分かりやすい単純な能力。
……うん、そして出来るだけ強い能力が欲しい!
ぷつりと指から血が出てきた。
それをゆっくりと紙へと近づける。
ぺたりと、俺は血をその紙につけた。
すると、なんの変哲もなかった白い紙にばーっと文字が現れていった。
日本語だ。
言葉とは違い、ここは親切なんだなぁ。っと、俺はそんな感想を少し抱いた。
そして、最後までズラーっと文字が現れたその光景は、凄く幻想的で……同時に俺は、異世界っぽさを感じた。
そして書き切られたその紙を見て一つ呟く。
「……長くね?」
「うん、普通の人よりこれ圧倒的に長いよ、これ」
ズラーっと書かれたその紙には文字がぎっしりと詰め込まれており、これは強い能力では?と俺は内心心踊った。
「っていうかこれ読めるの?日本語だけど」
「ああ、これ読む人の読める文字に置き換えられるんだって」
「へー、便利だね」
そう会話をし、お互いに見合って頷く。
「とりあえず読むか」
「そうだね」
そして、とりあえずと一通り読み込むこととした。
能力 血の契約
1.強制契約
契約書に予め契約内容と、契約者同士の名前を書いておく。
そして要求された自分自身の血液を消費することによって、その契約を履行することができる。
また、契約の破棄は、契約書を破る事で実行される。
しかし、血液は戻ってこない。
2.協約
互いに飲んだ条件の元、契約を行う。
その際、等価の契約である必要は無く、互いに了承すれば契約は成立する。
そして双方共に血液が固定で10ml消費するものとする。
また、契約に使われる紙は2枚必要であり、2枚共に契約相手と自身の名前、そして契約内容を記す必要がある。
契約破棄は、契約書を片方でも破棄されれば、契約は解消される。
……なるほど。
俺は一通り読み終え、自分の能力をある程度理解できた。
まあ簡単に言うと、契約書を作って、必要な血液量を捧げればその契約は行われますよ……ということらしい。
……誰が血液を要求するのかは分からないけど。
そして、それには二種類あり、それが強制契約と協約。
強制契約の方は、自分で勝手に相手と契約できますよー。
ただその分内容によるけど血液量は多く必要ですよーっていう感じだ。
そして、協約は2枚契約書を作って、互いに血液を10ml消費すれば契約できます……という能力だ。
まあ、とりあえずこの文を見た感想を率直に言おう!
バカ使いずれぇ!!
だってさ、これ絶対使いたい時にその場で契約書を書く余裕ない訳じゃん。
ってことは、この能力を使うためには予め契約書を用意しておかないといけないってことでしょ。
それってめちゃくちゃキツいよね。
ピンチになったらもう遅いって圧倒的に防御力のねぇじゃん!!俺死ぬぞ!?
そして第二に、血液量をどう測れという話だ。
さっきみたいに少し出すとかなら簡単だけど、必要とされた血液量をコントロールして出すなんて訳がない。
それで指定された量……10mlとか不可能だろ!
んで更に言うと、ここは異世界だ。
計量カップとかいう便利アイテムも存在しない世界だ。
尚更どう測れってんだよ!クソが!
チラリと彼女の方を見る。
未だに何回か読み返している彼女は、すっとこっちを向き、こう言った。
「……とりあえず、使ってみる?」
と。
俺はとりあえずその言葉に頷いた。
するとまた、彼女はさーっと扉の奥へと行き、そして2枚の紙とペン、そしてナイフを持ってきた。
そして、彼女は紙をまた広げ、ペンを掲げる。
俺は何を契約するかと考え、彼女に聞いた。
「何を契約する?」
と。
すると、
「出来るか分からないけど……とりあえず、私の能力を貸してあげるよ」
そう返された。
そして、思い出した。
そういえばここで会話出来てるのは彼女の能力のおかげだったということに。
そして、それがなければ俺ら彼女以外誰とも会話することができないことに気づいた。
衝撃の事実に気付いた俺は、ピシャリと石像のように固まる。
そんな俺を尻目に、彼女はささっと契約書を書いていく。
異世界語で、なんて書いてあるか分からないが、彼女はそのままスラスラと書いていった。
……あれ?そういえば俺名乗ったの偽名の方だけど大丈夫か?
そんな一抹の不安を抱えながら、俺はその様子を見る。
一枚が書き終わり…二枚目へ。
そして、
「はい、これで終わり!」
そう最後まで書き終わり、彼女はペンを置いた。
すると、頭の中に数字が浮かんだ。
10mlと。
さっと俺はナイフを手に取る。
そしてまだ冬服で、ブレザーを着ていた俺は、長袖である制服をまくり、すっと腕を切った。
不運で痛みに慣れていたお陰で、あまりその痛みを気にすることはなかった。
すると、頭の中の数字の表示がどんどん小さくなっていく。
そして、0mlになった。
俺は、彼女にナイフを渡し、彼女もまたすっと腕を切った。
こっからどうすれば…….と、少し混乱していると、お互いに必要な血液量を出血量が満たしたのか、契約書に書かれた文字が光り出す。
そして同時に、ポタポタと垂れていた血液が赤い粒子となって消えていく。
その光景は俺にさっき自分の能力を調べた時のことを思い出させ、俺は再度異世界っぽいという感想を抱く。
そして光が止むと、これまでとは変わらず契約書が2枚落ちていた。
俺は疑問を口ずさむ。
「これで……出来たのかな?」
「うーん……あ、とりあえず能力を使ってみたら?」
そう返され、それもそうだなと思った俺は、彼女に命令した。
「手を挙げろ」
するとさっと彼女の手が上がる。
どうやら成功したようだ。
「よし、それじゃあとりあえず君にやらせるべきことは終わったかな」
彼女はそう言い、置かれた2枚の契約書を畳んだ。
そしてその内の1枚を手に取り、同時に懐へと手を入れる。
彼女は小さな茶色の麻袋を取り出した。
そしてさっと、俺に契約書と一緒にそれを渡す。
俺は契約書を脇に挟み、その麻袋の中身を覗き込んだ。
金、銀、銅、石といった色をした丸いコインが中にいくつか入っている。特に金が多かった。
俺は彼女に疑問を投げる。
「これは……お金?」
「そう、この世界のお金」
彼女はそう答え、こちらに寄ってきて、それぞれの色のお金を手に取った。
そして、説明を続ける。
「それぞれが金貨、銀貨、銅貨、青銅貨、灰銅貨って呼ばれてて……大体灰銅貨二枚位でパン一個位で……っとまあ、詳しいことは習うより慣れろ…か」
「えーっと、後は…おすすめの宿とか教えておこうかな」
「おすすめの宿屋は、白鳩の籠っていうお店だよ」
「あそこは安い割に料理も美味しいから」
「後は…時計台観光なんかもおすすめだよ」
「外に行けば、嫌でも目に入るだろうし、近くに行って見てみてよ」
「そして……」
そう言いかけて、また彼女は懐をゴソゴソと漁り出す。
そして彼女は持った二つのものを突き出して言い放った。
「じゃじゃあーん、魔族バレ防止用"付与具"二点セットー!」
彼女の手には、ブレスレット?二つが掲げられている。
付与具…?と言葉に少し躓き、暫くして思い出す。
能力の付与された道具のことだったな、と。
彼女は口を開き、その二つの道具について説明する。
「それはさっきちょっと話した付与具の一つで……こっちは付ければ他の人の能力を受けない能力をもった腕輪」
「そしてもう一つは、顔を人に覚えられ辛くなる能力のアンクレット」
「とりあえずそれをつければ、基本的に"魔族"だってバレない」
「それに、バレても腕輪のおかげで能力で調査されても発見される心配も少ないっていうね、良いでしょ?この二点セット」
「ま、そんな大したなものじゃないんだけどね」
そう言って、彼女は俺に腕輪を渡す。
そして残ったアンクレットを俺の足につけた。
俺は渡された腕輪をボーッと眺める。
見た目を簡単に言うなら…骨董品によくある見た目の腕輪。
骨董品だって思うのはこの時代だからだろうけど、腕輪にしてはとりあえず装飾が少ないっていうのが目についた。
これがそんな力を……と、なんだか怪しい占い師にものを買わされた時みたいな感想を抱いた。
「さ、それじゃあ説明もすることも終わったし、君は異世界デビューする時間だよ」
彼女はそう言って扉の方に俺を案内する。
……ここから、俺の異世界デビューか。
警戒していこう。
心臓がドキドキと鳴り響いた。
……まあ、その前に言わないといけないことがあるけどな。
俺は、親切にしてくれた彼女に顔を向ける。
「リリさん、ありがとうございました」
「この恩はきっといつか返します」
そして、腰を曲げてお礼を言った。
彼女は少し驚きながら、言葉を返す。
「ふふ、ありがと、じゃあその時を待ってるね」
そして彼女はこっちこっちと手で俺を招いた。
一歩一歩確実に、俺は外へと向かう。
そんな中、彼女はあったあったと駆け出して近くに置いてあった袋を持つ。
そして俺にほいっと袋を渡した。
特に何も考えず、俺はその袋を開けた。
その中には俺の持ち物が一通り入っていた。
・スマホ ・マッチ ・十徳ナイフ ・サイコロ
・ボールペン ・メモ帳 ・ハンカチ ・包帯
犯罪者としてあの場所に入れる前に、一通りの持ち物検査をしたそうだ。
……気付かなかった。
いつもなら不運のお陰で、些細な違和感もすぐ気づけるのに…やっぱり殺されたのがショックだったのかなぁ。
そんな感想を抱き、俺はその袋もまた懐へと入れた。
そして、俺は彼女の行く道について行き……そして、外へと出た。
目に映るのは、人、人、人。
東京のスクランブル交差点なんかには負けるけど……それでも十分にごった返していた。
そしてそこに聳え立つ……巨大な時計台。
思わずイタリアのビック・ベンがと脳裏に浮かんだ。
不運が怖くて碌に旅行もしたことない俺は……柄にもなく、感動した。
少し視線を下に移すと、歴史の教科書なんかでしか見たことのない、古い、石造りの街並みが見えた。
上を向くと、晴れた空が見えた。今は丁度昼頃だろうか。
不思議と、お腹は空いていない。
照りつける太陽が少し眩しい。
俺は思わず……見惚れてしまった。
瞬時に俺は気を引き締める。
異世界……俺の知らない国の、知らない文化で成り立っている。知らない世界だ。
普段から知ってる場所でも散々警戒してるのに、今回知らない場所なのにも関わらず……事前情報も対応策も何もない。
だから、俺の知らない……予想も出来ない不運が俺に襲いかかってくるかもしれない。
そしたら俺は多分、すぐに死ぬ。
チラリと後ろを見ると、巨大な城壁が見えた。
自分はその近くの小さな小屋のような場所から出てきたのかと納得する。
彼女はバイバイっと手を振った。
俺はそれに手を振り返す。
「また何かあったらここを頼ってね」
「はーい、ありがとうございました!」
そして、彼女は城壁の中へと戻った。
さて、これからどうしようかと前へと振り返る。
当然、警戒は解かない。
人通りの多い場所だ。スリ、ひったくり、通り魔……他にも能力によるアクシデントや、魔族だとバレての集団リンチ。
不運の源となるものは……理由は、沢山ある。
結局俺の不運は無くなったのかなぁ。
そんな淡い希望を抱きながらもこうして警戒しているってことは……まあ、俺自身でその可能性を信じていないのだろう。
そんなことを思いながらキョロキョロと辺りを見回していると……小さな男の子とぶつかった。
そして、彼はさっと俺の懐に手を入れてきた。
俺はさっとその手を払いのける。
男の子は舌打ちをし、そのまま走り去って行った。
見た目から見て、スラムか何かで暮らす子供だろう。
街並みなんかを見ても、まだまだ治安問題に手をつけれるような時代になってないだろうということが伺える。
とはいえ外国ではスリなんて日常茶飯事だ。
そんな不運の王道中の王道……常日頃から不運に狙われている俺が引っかかるかってのっ!
そう心の中で威張り散らかすと、少しおかしいことに気づく。
あれ?俺の不運消えた可能性これで潰れたくね?
あれ?あれれ?
とりあえず俺は未だ不運に纏わりつかれている以外の可能性を考えることとした。
……そう、偶々だ。
不運から解放されたけど、俺のリアルラックは未だに悪かった。
ここじゃあきっとスリなんて日常茶飯事だろうし……うん、仕方なかった。
うん、きっとそうだ。俺はもう不運じゃない。
そう俺は自分に自己暗示を繰り返す。
とはいえ依然として警戒は緩めない。
不運から解放された可能性を求めつつも、違かったことが分かるのは死ぬ時……なんてのは嫌だからだ。
頼む、もう解放されててくれ!
そんなことを思っていると……後ろから、男の叫ぶ声が聞こえてきた。
「異世界っ来たー!!!」
大声で、歓喜を表す彼の声は……つい最近、死ぬ前に聞いたばかりですぐに誰かが分かった。
咄嗟に振り返る。
大勢の人に迷惑そうに囲まれた、一人の男が見えた。
あ、ほんと…見覚えがすごいある男が見えた。
……神城だ。
この世界で初めて会えた知り合い。
そして、“彼”かもしれないクラスメイトの一人。
「……知り合いですか?」
あの声を聞き、迷惑そうに彼を睨む衛兵のような人に、俺はそう声をかけられた。
神城を見つけて、俺が真っ先に抱いた思いは一つ。
"彼"かもしれない?クラスメイト一人目?いや、違う。
俺は咄嗟に声を返す。
「いや、知らない人です」
関わりたくない、だった。
異世界に来た喜びを大声で表す奴の知り合いだとバレたくない。
だってフツーにバレるの恥ずかしいもん
いや、大丈夫。俺はあの付与具をつけてる。
これならバレない。大丈夫。大丈夫。
そんなことを繰り返し考え、そろりそろりと彼から離れようとする。
しかし、彼は目敏く俺を見つけた。
「ん?おー!百歳じゃん!発見ー!」
俺は思わずダッシュで逃げ出した。
俺は、俺の不運の存在を確信した。
こうしつ、俺の異世界生活1日目が幕を開けた