21話 #桃と紫の花弁 おやすみ!!
神経がついていたから、それごとぶつりと抉り取った。
ポタポタと血が流れる。
俺の手には、抉り取った目玉が手の中にあった。
痛みが体を刺す。ジリジリと、焼けるように元々それがあった部分が痛い。
あー、痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い――が、冷静になれた。
ポケットからハンカチを取り出して、抉った部分の血を拭う。
予め用意しておいた、ハンカチで。
だってここまでが、作戦の内。
アイツを前に、久しぶりの相対に、この感情を抱かない筈がない。
だからこそ、視力がバカみたいに落ちた右目を抉り、痛みによって感情を掻き消さないと……どうしようもない。
ただ、流石に目を抉るレベルのショックが必要とは思わなかった。
精々骨折とかが関の山だと思ってたが…まあ、仕方ない。
俺は、痛みでクラクラとする頭を手で支え、昨日のことを思い出した。
今から聞く内容への手掛かりをくれた……英雄志願者との、話し合いを。
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「僕に明日話すことの相談?……え、話したいって言ってたのに決めてないの?」
「……まぁ、英雄として相談には乗ってあげるけど」
「そうだなぁ……うーん、確かモモトセは白兎のことが心配だから話したいんだったんだっけ。ああ、後これからについて話したいんだったね」
「とりあえずこれからのことは置いといて、問題は心配だからって所か」
「なら、聞きたいんだ」
「ーー君は、何をもって彼女を心配だと思ったんだい?」
「……いや、こっちの聞き方の方が直接か」
「――君は、何をすれば心配じゃなくなるんだ?」
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確か、俺はそんなことを問われて、思わず英雄っぽいじゃん…なんて思っちゃったんだっけな。
かなり的を射った話だと思う。
昨日のことのはずなのに、この問答が、妙に懐かしく思えた。
俺は、そんな記憶を脳内で再生をしながら……軽く深呼吸をしてから口を開いた。
「おーい、聞こえる?」
「……!?……!?」
耳に、ぶんぶんと風を切る音がした。
そのすぐ後に、彼女は口を開く。
「この声……百歳君?」
不安そうに尋ねる声に、俺は「うん」と返事を返す。
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「分かんない?あー、相談された時から薄々思ってたけどやっぱりかぁ」
「なら、まずは心配する原因……明日解決するべき問題を探そっか」
「えーっと、確か彼女とのやり取りは手紙だけだったっけ?」
「なら、その手紙を全部持って来て……片っ端から問題を洗い出そう」
「僕も、相談してきたモモトセ君も、きっと対人関係は下手くそだ」
「人心掌握に長けた詐欺師とか、天才的なコミュ力を持ってる人ならきっと、その場で話すだけでその問題を解決出来ると思う」
「けど、相手はモモトセの話によると、基本相手に自分の気持ちを露わにする人じゃないんだよね?」
「それなら、尚更下手くそな僕たちじゃ何の用意もなしに立ち向かえる訳がない」
「じゃあ、どうするか。天才たちに追いつく為には何を頑張るか。……簡単だ」
「――時間をかけるんだよ。天才が数分で編み出す方法を、僕たちは僕たち自身に、数時間かけて思いつかせる」
「それでも追いつけないかも?まさか、僕たちは所詮同じ人間だ。別の生物なんかじゃない。なら、出来ることは同じだ。なら、同じアイデアが編み出せないなんてちゃんちゃらおかしいだろ?」
「そうは思わない?才能は絶対?全く。細かいことを気にするとモテないよ?……え、誤魔化すなって?はっはっは。まあいいじゃん」
「さ、そうと決まったら手紙を持って来て?夜はまだ、始まったばかりなんだから」
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目の前に白兎が居る。
その事実に、手が震えた。
緊張、してるのだろうか?
口を開いても、中々声が出ない。
俺はチラリと手のひらを見て……ハァっとため息を吐いた後に、白兎に尋ねる。
「一つ、聞かせてくれ」
「……?……うん、いいよ」
その言葉を聞き、俺はまた深呼吸をした。
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「それじゃ、手紙を分析していこっか」
「これで、彼女がおかしくなった原因を。その手掛かりを、秘密を暴いちゃおう」
「っと、まあここからは全部君に任せるよ」
「僕が考えるのは、違うと思うからね」
そう言われて、俺は手紙を広げて考え始めた。
そそくさと英雄志願者は退散してった。
――俺が心配だと思ったのは、今まで滅多に誤字脱字をしなかった彼女が手紙で過剰にしてある点と、彼女が珍しく普通の行動をしている点。
――まあ、普通って言っても色々考えた上でのことかもしれないから、とりあえずそれは置いとこう。
――だから、一番に考えるのは誤字脱字……そして、その原因だ。
――まず、誤字脱字が始まったのが、無事を報せた次の日。4月15日か。
――なら、その前日、4月14日に何かあったんじゃって考えるのが自然……。
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吸った息を、吐いた。
月は自分の真上に浮かんでいた。
夜は深かった。チリチリと森が燃えていた。
ドコドコと心臓が鼓動する。
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――あ、神城の情報を渡したのも同日だ。
――関係は……いや、どうなんだろうな。
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緊張は、ない。ただ、嫌なだけだ。
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――初日、4月12日。その日に書いたであろう手紙には、-10-と書かれていた。
――でも、それだけじゃない。
――それ以降も、下に-10-という文字はあった。それは何故だ?
……………
………
…
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でも、聞く。結論は……もう、昨日出した。
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――いや、っていうか違う。おかしい。
――4月14日。回復薬を送ってくれた次の日に手紙を出したことが、まずおかしい。
――だってもうその時には俺の安否確認は済んでたじゃん。それなのに次の日に手紙を送る意味ってなんだ?手紙に書いてあることは別に重要なことじゃなかったぞ。
――うーん…俺がこの日の手紙に込められた暗号とかに気付いてないとか、そんなことがなければ……この手紙の存在はおかしい。
――だって、俺の安否確認が終わったんだったら、さっさと別の人の安否を確認するべきだ。
――俺と話したかったから?
――いや、アイツは緊急時に私情を持ち込む奴じゃない。けどこれが私情じゃなければ……いや、私情だとしたら?
――彼女は、安心を求めたのか?
――その日、何かあった。それによって精神が不安定になった彼女は、俺に頼った。
――可能性はあるかもな。けどアイツ、基本合理的に行動するんだけど……仮にそうだとしたら、どんだけヤバいことが起きたんだよ。
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推論を積み重ね、確実性を上げ、俺はこの一つの問いに――10時間かけ、答えを出したのだ。
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――あ、そういえば初日の手紙、少し濡れてたな?手汗、緊張?
――ここ、空のインクで擦った跡が。他にもインクが切れたのに擦ってる所がいくつかあるな。ってことはその時かなり焦ってたな?だってそうじゃなきゃ、アイツがインクをつけ忘れるなんてことはない。
――あ、誤字見っけ。これもまた4月15日のか。
――粉…これは化粧か。
――よく見ると、4月14日は筆圧が薄いな。
――あ、筆跡もなんか少しずつ変わってる。
……………
……
…
たった一つの手紙には、大量の情報が載せられていた。
今までそんなことを意識したことなんてなかった。一枚の紙に、こんな量の情報があるなんて、思わなかった。
だから、送られてきた数多くの手紙で、数多くの情報を手に入れられた。
そうして導き出された推測と事実を、積み重ねて積み重ねて積み重ねて積み重ねて……確実と言えるまで、思えるまで、積み重ねた。
積み重ねて分かったのは、4月14日に書かれたであろう手紙と、他の手紙との圧倒的な差異。
そこから、俺がこの白兎への"心配"を解決する為の、質問を作り上げた。
そして、俺は今、それを問う。
「2日前…異世界に来てから2日目、4月14日」
「その日…いや、その日の夜かな?」
「――何があった」
尋ねると、チリンッと耳飾りが鳴った。
この音で、俺の10時間の推測が、事実だと確信させてくれた。
そして、俺は次に話される何かの正体に、身を構えた。
しかし、俺のその質問に、彼女はこう答えた。
「言いたくない」
ああ、そうだった。彼女はそういう人だった。
自分を犠牲にして他者を慮る人。俺の大嫌いなタイプの人間。
ああ……嫌いだ。改めて思う。大嫌いだ。
さて、この返答で"何か"があったのは確定した。
そして――
――そして、いつもの彼女なら、そんなことを俺に悟らせない返答をする筈だ。
ああ、本当に目の前の彼女は弱っているんだ。
そう肌で感じた。
………俺は、なんて言うべきだろう。
どうやったら、俺は彼女から原因を聞き出せるんだろう。
何をどうしてどうやってどうやってどうやってどうやって―――――
俺は、昨日の夜中に沸いた疑問を思い出した。
――いや、アイツは緊急時に私情を持ち込む奴じゃない。けどこれが私情じゃなければ……いや、私情だとしたら?
――彼女は、安心を求めたのか?
俺は深く深呼吸をした後、白兎に一言言った。
「大丈夫だよ」
「――…ッ!!」
壁の向こうで、白兎が動揺したのが分かった。
そして少し間を開けて、彼女は言う。
「分かった」
そして彼女は口を開く。
俺は再び身構えた。
白兎が動揺に動揺を重ねた、その"何か"に。
でも、大丈夫。どんな事実だろうと、俺は常日頃予想外のことを経験し続けてきたんだ。
この異世界に来てからだって、何回も訳わかんないことはあった。
今更一個や二個の驚愕の真実でも、俺は動揺しない。
さあ、何があった。俺が回復したその日、観光をしていたその日に、向こうでは何が。さあ、さあ、さあ、さあ――
白兎は答えた。
「"彼"は、影梨ちゃんだった」
………へ?
俺はその時、その瞬間。その言葉の理解を置き去りにした。
俺の中の理性が、理解を拒絶したのだ。
《モモトセは、リカイを拒絶した》
《モモトセは、状態異常【混乱】にかかった!!》
HP 10000/10000
《心的ダメージ -500ダメージ!!》
HP 9500/10000 (-500ダメージ)
《モモトセは、ショックを受けた!!》
「その日、私はサイコロの目の出目で、誰が"彼"かっていう占いみたいなことをやったの」
《モモトセは、同じようなことを昔していたことを思い出した!!》
あー、そういえば白兎。人狼ゲームやった時そんなことやってたなぁ。
《条件[郷愁に浸る]を満たした!!HP50回復!!》
HP 9550/10000 (+50回復)
「それで、その、1に指定した……影梨ちゃんの目しか出なかったの」
《モモトセは、その言葉に感心した!!》
……そっかぁ。そんな方法で判別したのかぁ。凄いなぁ。
《しかし、状態異常【混乱】は治らない!!効果はないようだ》
「これが、4月14日に起きた……したこと」
《シロウサギは話し終わった!!》
《モモトセは英雄志願者の言葉を思い出した!!》
――あ、そうだ。これは経験論なんだけどね。
――仮に今回、そうやって相手から一つ秘密を聞き出せたら……その秘密が苦しいもので、他にもまだ苦しい秘密があったら、
――きっと、彼女はペラペラと他の苦しい秘密を話してくれるよ。
「そしてその後……、それとなく銃のこと聞いても、これっぽっちも動揺がなかったの!!瞬き一つすら!!」
「もう!!本当に!!少しも!!」
《モモトセは、更なる理解不能な状況に更に混乱した!!》
《心的ダメージ -700ダメージ!!》
HP 8850/10000 (-700ダメージ)
「それで警戒してたら影梨ちゃんに避けられるし!!」
「それに、古巣君もなんか周りの目を気にしてこっそりと空き部屋に入ったりするし!!」
「もう意味わかんない!!謁見のことでもめちゃくちゃ手一杯なのに!!」
《モモトセは、シロウサギの心労に共感した!!》
《多段心的ダメージ -660 -540 -730ダメージ!!》
HP 6920/10000 (-1930ダメージ)
「それから、2人の神城って何なのよ!!しっかりと注視したけどおかしな点なんて分かんなかったわよ!!」
《モモトセは、身近にいる人の名前を出され、更に混乱した!!》
……え?ってことはもしかしてこっちに居るのが偽物?
《クリティカルヒット!!心的ダメージ -1700ダメージ!!》
HP 5220/10000 (-1700ダメージ)
「そして、最後に。今日……神城君は――」
「――私の部屋に侵入した」
《モモトセの状態異常【混乱】は、状態異常【大混乱】に昇華した!!》
……え?
「話してもない、隠してた献上品を迷いなく取り出した」
「明日の謁見で使う、少しずつ作っていってた資料を」
……は?
「そして――神城君は、それを粉々に破いた」
……………
《HPは、0となった》
《モモトセは崩れ落ちた》
《モモトセは英雄志願者の言葉を思い出した》
――さて、秘密を聞き出したら、もうそこからは君のアドリブ勝負だ。
――どうにか頑張って……自分が、彼女を心配しないようになるよう、励まして。
俺は汗をダラダラと垂れ流す。
地面に設置した足が震える。
えーー!?ちょっと予想してた15倍くらい秘密おもかったんだけどぉ!?15倍位の量の秘密が出てきたんだけどぉ!?
え、これ今から俺励ますの?
伝え聞いただけで、クラスメイトがそんなことになってることを知っただけでこんなんになってる俺が!?
え、無理無理無理無理無理。
何も大丈夫じゃなかった!!え、ヤバいってヤバいって!!
耳に、白兎の嗚咽が入ってくる。
崩れ落ちる音、啜り泣く音が聞こえる。
……俺には無理だってぇ。
弱音を溢しまくりながら、俺は昨日の英雄志願者の言葉を思い出す。
「信じるっていう行為は、怖いよね?」
「…………」
「でも、信じるって勇気も大事だよ」
常日頃の不運を言い訳に、疑わなければいけないと考える俺は。
助けてくれた神城も、手助けしてくれた英雄志願者も、信じることはない。
絶対に、絶対に、信じられない。
不運だから――なんて理由では片付けられない。片付けちゃいけないと思う。
俺はただ、裏切られるのが怖いんだ。
でも同時にやっぱり……
――神城は、どこからともなく火を出して、床に溢れる油に着けた。
……信じたい。とも思う。
信じてしまえば、考えることは必要ない。
楽に…なりたい。
そう顔を下に向け、俺が呆然としていると、ドンッという何かが爆発する音が聞こえた。
ああ、聞こえた。
爆発音。石がガラガラと落ちる音。崩壊していく音。
その爆発音は圧倒的で、俺の耳には鮮明に聞こえた。
俺の背中の影が、伸びる。
俺の視界が、真っ暗な地面しか写してなかった瞳に、光が入り込んだ。
俺は顔を上げる。
そして、大量の火の粉が、お屋敷に舞うのが壁の外からでも見えた。
それを境に、周りの音が物凄く、鮮明に聞こえ始めた。
慌しく中で動き回る音。
金属が擦れ合う、かちゃかちゃという音。
パチパチという、火の粉を散らす音。
そして、ドクン、ドクンと心臓が鼓動する音が聞こえた。
俺の心臓の音だ。
そして、俺の心音……それに重なって聞こえた、別の心音。
白兎の、心音だ。
……相手の姿は見えない。
相手の声も遠く聞こえる。
けど、聞こえる。彼女の泣いた声も、彼女の鼓動も――
――チャリンと、耳飾りが鳴った。
……この世界に来てからも、着けてるんだ。
その音は、俺のプレゼントしたイヤリングの音に聞こえた。
「……だ、大丈夫?何かあった?今の音」
そう心配そうに聞いてくる白兎。
「も、もう大丈夫。色々あったけどもう乗り越えれたから、ね。もう私は大丈夫」
続けてそう、俺に心配をかけないよう取り繕う白兎。
その言葉を聞きながら、俺は改めて思った。
……やっぱり、俺には柄じゃないと思う。
誰かを励ますとか、そーいうことは。
彼女の心臓の音が聞こえる。心配する声が聞こえる。チャリンと鳴る音が聞こえる。
壁の向こうに彼女は居ない。
……でも、心臓の音も、声も、俺は聞いてる。
俺は、彼女と話しているのだ。
痛みは続いてる。感情にはまだ妨げられてはいない。
……だから、今なら好きに話せる。
目の前に泣いてる女の子が1人。
もし、あなたがこんな状況に遭遇したら、どうしますか?
……嫌ってる奴でも、答えを変えてはいけない。
変えちゃダメだと、俺は思う。
「白兎!」
「えっ?は、はい!」
動揺しながら、彼女は返事をする。
俺は深呼吸を数回繰り返し、英雄志願者の言葉を思い出す。
「俺ね、今の話聞いて普通に動揺しちゃったんだよね」
「……え?」
「だから、それを間近で体験した白兎は……多分もっと動揺したんだと思う」
想像はつかない。
俺は、この世界に来て、誰も信じてなかったから。
……だけど、予想はできる。
信じてた友達の誰かに殺され、容疑者たちに囲まれ……全員が全員怪しい行動をしてるっていう、ヤバい状況に居た白兎の気持ちを。
「なんか、謁見なんかも素直過ぎて白兎っぽくないな〜なんてことも思ったけど、まあこんだけ色んなことが起きれば無理ないか」
俺は、手紙で読んだ謁見の話を見て、思ったことを思い出す。
白兎ってなんかこう……やることなすことが予想つかなくて、本当に"天才"って感じなんだけど……これはなんていうか、"普通"だ。
でも、こんな消極的な考えになってしまうのも、仕方ないことだとは思う。
……でもね、やっぱり、白兎には似合わないと思う。
だから、俺は言った。
「もっと皆をよく見て。もっと全員を観察して」
「全員の一挙手一投足を。足の指先から頭の天辺まで隅々を隈なく」
「状況を考えて、一つ一つの行動の意味を予想して」
俺には、出来ないことだ。
でも、やっていた人の存在は知っていて……その人が、言っていたことも覚えている。
「そしたら多分、予想以上に……世界は君に優しい」
「世界が……私に優しい?」
「そう」
手紙で誤字をしたり、全ての手紙に-10-を入れたり、インクのないペンで手紙を書いたり。
数々のミスを、彼方遠くに離れた俺は察した。
そう、こんな遠くに居る俺でも分かった。分かっちゃったんだ。
なら必ず……周りの人間は、それに勘付いている。
……世界は予想以上に複雑だ。
俺が不運に塗れた人生を歩んできたから、それは如実に感じていた。
たった一つの他人の行動が、たった一つの自身の行動が、理解できない他人の動きが、理解できない情報の数々が、全て俺の死に直結する人生。
伏線?まあ、そう言おうとすればそう言える。
自分の周り……いや、世界全体の動きが、全部俺たちの日常には常に関わっている。
理解不能な状況にも、理解出来る状況にも理由はある。
だけど、俺たちはその全てを知ることは出来ない。
だから、あれがあったからこれがある……なんていう方程式は現実には存在しない。
そう、俺はそれを勘付くことは出来ない。
そんな能力、俺にはない。
けど、きっと白兎なら可能だ。
世界は全て、彼女に味方する。
才能溢れる彼女なら、きっと出来る。
「時間がある時にでも、昔を振り返ってみて」
「きっと、皆は君を気にかけてる筈」
「……私を、気にかけてる?……皆が?」
彼女の動揺が、チリンと鳴る耳飾りの音でよく分かる。
彼女のグラグラと心が揺れているのを、肌で感じた。
「ねぇ、白兎。皆を……」
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「信じるっていう行為は、怖いよね?」
「…………」
「でも、信じるって勇気も大事だよ」
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「皆を信じて」
「……っ!」
「信じて…信じた上で、真実を探して」
誰も信じない。そう思っている俺は、彼女にそう言い放った。
ジャリジャリと、足元の砂の上に靴を滑らす音がする。
明らかに……彼女は狼狽していた。
「人の裏は分かんないし、相手が何を考えてるかだって俺たちは分からない」
「でも、きっとアイツは俺の為に動いてる。きっと奴は私の為に頑張ってる。そう、信じれば、心は必ず……楽になる」
「俺たちを殺したのが影梨ちゃんなら、そこから本当の真実を、事実を知って……それから見限るのでも、遅くないと思う」
俺はそう言い切った。
そして、間髪入れずに彼女は言葉を返す。
震える声で、言葉を発した。
「……無理よ。だって、怖いもの」
……俺は、再び深呼吸をして……言葉を出そうとする。
(大丈夫だ。だって、君は"天才"だ。俺なんか比較することすら烏滸がましい"天才"だ)
それに……
――君は、"幸運"だ。
…あ。
俺は、見えないからこそあまり意識しなかったそれを、再び知覚した。
そうだ、彼女は"幸運"だ。
憎くて羨ましくて妬ましくて狂おしいほどに殺したい相手だ。
そんな相手が、俺の目の前に居る。
……奴は、明らかに弱っている。
ゾクリと、感情が身体を刺した。
今ここで、何か決定的な言葉で彼女を刺せば……彼女を――
――殺せる。
っはは。
「怖いよね。でもさ……」
血が、ポタポタと地面に落ちる。
手にはコロリと、2つの目玉が転がった。
俺はまた、右手で、目玉を抉り取った。
痛い、痛いなぁ。
……けど、こんな状況でそんなことは、したくない。
そんな罰当たりなことは、したらまた俺は俺を殺す。
さあ、変な気を起こす前にとっとと終わらせよう。
この会話を、彼女を導いて、終わらせよう。
「過去は変わらない。絶対に。なら、過去の事実は信じられるんじゃない?」
「過去からの地続きに今がある。ここに来る前、皆はどんな人だった?そして、今……そんな皆が変わったとして、どういう人間になる?」
「今の皆を信じるのが怖いなら、過去の皆を信じて。変わりようのない過去を」
「そうすれば、少しは気持ちが楽になるんじゃない?」
「………そうね。そうしてみる」
ズビッと鼻水を啜る声。泣いた後だからか、声は少し潤んでいた。
きっともう、大丈夫だろう。
……これで、心配はなくなった。
そう思うと、一気にずっしりとした疲れが肩にかかった。
今まで認識してなかった疲れが、一気に降りかかってきたのだ。
あー、もうほんっと疲れた!
マジでこういうのは柄じゃない。
もう二度とやることはない。っていうかしたくないなぁ。
俺は呆然と、目の前の塀を見つめた。
……さて、それじゃあ終わりにしよう。
とっとと逃げよう。
ちょっと周りの音が騒がしくて怖いし。
「それじゃあ、そろそろ俺は……」
「あ、ごめん。その前にこの会話を終える前にいくつか話したいことがあるの」
「え?」
先ほどの弱りきった声とは打って変わって、冷静かつ実直な声で彼女は言う。
……え?何この切り替えの早さ。
さっきの弱り方嘘とかじゃないよね?え?俺騙された?
この一瞬で俺は悟った。
やっぱ、他人の考えてること分っかんねぇな。
と。
そんな俺を完全に無視して、白兎は問う。
「百歳君は……元の世界に戻りたい?」
「……ああ、その話か」
この先、俺たちは何を目的に過ごすのか、という話だ。
元々この話もする予定だったが、すっかり忘れていた。
考えない訳じゃなかった。
ただ……俺は別に、元の世界に親類が居る訳じゃないし。
考えてるのはただ、生きたい。生き残りたいという生存欲求のみ。
生き易さで言ったら、この世界よりも圧倒的に元の世界の方が行き易いと思う。
おかしな超常現象にも遭わない、住み慣れた元の世界の方が。
……でも、
「それは、白兎が決めてくれ」
「……っ!」
「皆のことを考えられる、白兎が」
俺が判断するなら、迷いなく元の世界に帰ると言う。
他の人のことを気遣う余裕は、俺にはない。
親が居る。友達が残って居る。だから帰りたいと言う彼らの気持ちを計ることは、俺には出来ない。
「今後俺たちは、何を目的に生きる?」
「私たちは……、」
「元の世界に、帰るよ」
「家族に会いたい人もいる。元の世界で、活躍したい人もいる。……私も、その1人」
「だから私は、元の世界に帰るために、尽力を尽くす」
「そっか……」
俺は彼女が、心底嫌いだ。
こういう力強さも、周りを見れる。気配れる性根。
そして、垣間見える自己本位な部分。
どこからどこまでも俺は、彼女に嫉妬する。
「あ、そーだ!」
「ん?」
「皆を信頼するとなれば…一つ、欲しいもんがあるんだけど、頼める?」
「ああ、俺に出来ることならするけど」
「えーっと……――この国の徽章を、奪って来て欲しいんだ」
――徽章。簡単に言えば、自身が何に属するかを表す紋章。
「――因みに聞いて良い?……何に使うの?」
「謁見」
「あー、ごめん。聞き直すね。――何をする気?」
そう聞くと、彼女は少し勿体つけて言った。
「王様を脅す」
「……良いね。凄い、君っぽいよ」
俺はそう言われて、思わずそう返した。
さて、そして話すことは終わった。
時計台を見る。5時23分。5時30分までは、ギリギリだ。
「それじゃあ、帰――」
俺は、笛を吹こうとして手を止める。
一つ、大事なことを言い忘れていたからだ。
「白兎」
「はい」
「俺を庇ってくれて――」
「――ありがとう」
向こう側で、動揺する彼女の姿が感じ取れた。
それを感じて、彼女への俺の悪感情が高まるのを感じた。
俺は、また自傷する前にとっとと終わりにしようと、笛を咥える。
……そして、それを吹く前に、彼女は言葉を発した。
「あ、そーだ。一個言い忘れてた。私のこの世界での目標」
「――私は、元の世界に戻る前に、絶対に貴方に私を好きになってもらう」
「絶対に。絶対によ」
彼女は、元の世界で散々聞いてきた、凛とした声色で。
力強く、堂々と、そう宣言した。
俺は、思わずその言葉に吹き出して、笛を吹いてしまった。
その瞬間、彼女の声は途切れ、俺は現実に戻って来てしまった。
俺は暫くの間は頭が働かず、ボーッとしていた。
しかしすこし後に、ようやく頭が働き始めた。
ぽりぽりと頭を掻いて思う。
なんっか最後の最後にやられたなぁ。
爆弾発言を爆発されたわ。
頭で最後の言葉が繰り返し流れている。
俺はボーッとしながら、はらりと身体の向きを変える。
すると、ひょっこりとぼろぼろの姿の英雄志願者が見えた。
見えた。……視えた。見えた!?
俺は手の中を見る。猫と大量に書かれた手のひらの中には、2つの目玉が転がっている。
それが……ハッキリと見えた。
目の傷によってボヤけていた筈の視界から、右目から、ハッキリと。
「あれ?どうしたの?その血。血涙?」
そう聞く英雄志願者の言葉で、俺の両目には依然として目玉が残っており、目の周りに血が垂れていたことに気付く。
――わっけ分かんねぇな。
改めて、そう思った。
「終わったのか」
そう聞く英雄志願者に、俺はこの謎を頭から振り切って返答する。
「うん。……でも、帰る前に一つ、お使いをたのまれちゃってさ」
「え?もうギリギリの時間だぜ?いけるのか?」
そう話していると、「おーい!」と遠くから声が聞こえて来た。
神城の声だ。
その方向を向くと……神城は、何かを抱えてこちらに来ていた。
近づいて来て、ようやく分かった。
騎士が身につける鎧。甲冑だ。
……ん?甲冑?
「え?何?なんでそんなもん持ってんの?」
「ん?ああ、これ戦利ひーん」
そう何ともなさげに言う神城に、俺の頭の中で急速に疑問が渦巻いた。
どうやって手に入れたのか。どうやって戦ったのか。お前の能力で出来るのか。さっきの爆破と関係はあるのか。この目が欠損してないのはお前が何かしたから……
そんな数多の疑問を、俺は飲み込む。
秘密があるのは、今にして始まったことじゃない。
話したくないから、話さない。なら俺も、突っ込まない。それで今はいい。
俺は問いただしたい欲求を堪えて、一言かえす。
「いや、戦利ひーんじゃなくて、足がつくから帰して……あ」
そして、気付く。
神城が持つ甲冑の一つに、彼女の……白兎の目的のものが。徽章があることを。
俺はそれを拾い、2人に言った。
「さてと、これにてミッションコンプリート。神城はとりあえずその鎧たちは置いてけ。5時半まで猶予はねぇぞ。とっとと帰ろう」
おう!と返事をする2人を連れて、俺たちは宿へと走って戻って行った。
--◆--◇--◆--◇--◆--◇--◆--
私、白兎 三葉は後悔していた。
好きな人の前で取り乱し、アホみたいに泣き言を言い連ねてしまったから。
好きな人に、自分のストレスをぶつけてしまったから。
私、白兎 三葉はしていた。
そして私、白兎 三葉は興奮している。
百歳君と話せたから?
……それもある。
百歳君が私を諭そうとしたから?
……それもある。
けれど、一番は――
――彼の、私に対する感情の変化だろう。
彼は、今まで私に向かって能動的に行動することはなかった。
常に、私の行動に対して受動的に動いていた。
そりゃあそうだよね。嫌いな私に向かって関わろうなんて思わないのが普通よ。
……けど、今回。私を心配して、会いに来て…相談に乗りに来てくれた。
――今までとは、決定的に違う。
良い方向か悪い方向かは正直まだ分からない。
明らかな変化だ。明らかな変化が、彼に生じている。
今まで一切として見えてこなかった脈が、可能性が……少し垣間見えた。
――そして、もう一つの収穫。
百歳君の心情の変化というチャンスにニマニマと笑みを浮かべながら……
同時に、私はスマホを見つめた。
百歳君とは、また暫く会うことが出来ないと思う。
だから、少しでも百歳君を感じるために、その声をメモリに保存したかったの。
保存したビデオを改めて見返す。
スタートすると、爆発音が耳に流れ込んでくる。
私は爆発の音と同時に、録音の音を掻き消すようにして、こっそりと録音をした。
彼にバレないように録画出来るチャンスを、私がみすみす逃すわけないでしょう?
そして私は少し録音を進め、ラストの言葉を振り返る。
「白兎」
「はい」
「俺を庇ってくれて――」
「――ありがとう」
ーーありがとう。ーーありがとう。ーーありがとう。
聞いたその言葉を繰り返し頭で反芻させる。
そして、見せられないような顔で破顔する。
改めて言いましょう。
私は、あの爆発音に乗じて、充電の殆ど残ってないスマホで録音した。
ええ、もうこれほんっとうに最高の判断だったわ!
そして私は何回も聞き直して、至福を心に通わせた。
……そしてやっぱり、聞き間違いじゃなかったことを、私は確認した。
あの会話の中でもう一つ、聞こえた音があった。
その音は2回、聞こえた。始めと、最後の方で。
録音に残っているのは最後の方の音だけど、やっぱり聞き間違いじゃなかった。
あの、ポタリ、ポタリと液体が落ちる音は。
そして、その後の呼吸の乱れや、動き的にその音の正体は分かった。
あれは恐らく……血の音だ。
……理由は分からない。なんで、彼が傷ついたのかは分からない。
でも、きっとあれは自傷。
彼は……百歳君は、躊躇なく自分を傷付ける。
本質的に、自分を大事に出来ない。
過去に何かあったのか。はたまた現在進行形で何かあるのか。
自身が生きてはいけないと思っている……?いや、それとは少し違う気がする。
何か、赦しを、救いをお求めているような気がする。
……いえ、まあそれはいいでしょう。
私はこの世界で、元の世界へと帰る努力をする。
"彼"という存在を気をつけながら、全員を無事に元の世界へと送り届ける。
……そしてもう一つ、決めた。
それを「ありがとう」の言葉で興が乗ってしまって言ってしまったけれど、まあいいわ。
私は百歳君を手に入れる。
私を好きになってもらう。私に好きと言わせてやる。
そして私は、彼に、彼自身を大事にしてもらう。
自分を傷付けるようなことがないよう……なくなるように。
私は決めた。元の世界に帰る前に、それを達成してみせることを。
……それにしても、改めてあの百歳君が私を心配してわざわざこんなことを……。
ええ、ほんとに最後のありがとうは、聞いた直後に頭が沸騰するかと思う程には興奮した。
あー、いいなぁ。
また、彼と話したい。……彼を落とす為の準備に、全ての時間を使いたい。
……でも、今の私にはやるべきことがある。
百歳君とも約束した、やるべきことが。
私は歩いて、別館の中へと戻る。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて――そして、クラスメイト全員を食堂に招集した。
「ねぇ、皆。明日の為に、皆に頼みたいことがあるんだけど……大丈夫?」
影梨ちゃん。神城君。古巣君。
誰も彼もが疑わしい。
今の所前の2人が、特に。
……でも、私は彼らを信じる。彼らと過ごした過去を信じる。
そして、その地続きに今がある。
そうとなれば、信じれないなんていう道理はない。
だって、あの学校生活は皆優しくて楽しかった。
私はお願いした。
「今日の夜全部を使って、今から言うことを完成させて欲しいの」
「徹夜で、なのね」
「分かった」
そう言って微笑む、影梨ちゃん。
「いいよ。それが必要なことなら、なんなりと」
少し道化ぶって、それでもしっかりとこなそうとする神城君。
「オーケー任せろ」
「ここに来て初めての、頼み事だしね」
そう言って笑う、古巣君。
ここに来て初めての…皆への頼み事。
確かに、普段の私ならもっと皆に無茶苦茶言ってたきがするわね。
あー、もう。そんなことを悟られるレベルにまで神経すり減ってるなんて……ちょっと自分にガッカリ。
……ま、いいか。
すり減ってなかったら、百歳君と話すこともなかったかもだし。
「因みに、俺たちがそれやってる間…白兎ちゃんは何すんの?」
「私は……」
少し溜めて、大きな声で、言い放つ。
「寝る!」
すると、皆は笑って返答した。
「「おやすみ!」」




