20話 #桃の花弁 呪い
異世界生活5日目 PM 5時5分。
俺の一世一代の話し合いまで残り5分。
無事宿から抜け出し、伝えた場所に到着したのは問題ない。
場所は正門の通りの、少し柵が歪んで凹んでいる所。
彼女からもらった地図も同じ場所が凹んでいたし、一番分かりやすい場所と言えるだろう。
そして、昨日の夜に思い出した、話すべき内容。
これもキッチリと英雄志願者と話し合い決めることが出来た。
神城?アイツはダメだ。告白囃し立てロボットとなったアイツに相談は完全に無意味だった。
と、まあこんなレベルで……順調!
マジでおかしなくらいに順調なのだ。
………こーいう時必ず何かしら抜けがあるんだよなぁ。
そんな心配が出来るくらいには、順調だった。
もう、後俺のすることは時間になるまで待つのみ。
唯一怖い点があるとすれば、能力を発動させるために、一瞬……俺が、腕輪を外して無防備にならないといけないその時。
異空間に入ってしまえば問題ないから、本当にその一瞬が怖い。
けどま、長期間外しても死にかけるだけだったし、まあ死ぬことはきっと…恐らくないでしょ。
そう俺が余裕をこいていると……神城が、話しかけて来た。
「よ、緊張してんのか?」
「いや、緊張とかは別に」
「そーかそーか、膝と腹と顔が笑ってんのか」
「話聞け。そしてお前は何言ってんだ」
俺は返答をするが、ダメだ。今コイツとは話が通じない。
ため息を吐くと、神城は笑って俺の手を取った。
「それじゃ、特別に俺が一子相伝の緊張を誤魔化す呪いをかけてやろう」
「だから話聞けって」
俺の話を完全無視な神城は、懐からマジックを取り出して言葉を続ける。
「本当は教えちゃダメなんだけど、告白を待ち構える君に特別だよ」
「あー、誰かコイツに日本語教えてくれー」
そんなことを俺が言っても、神城は完全無視。
いよいよ呆れた顔で俺は神城の行動を見守った。
そして次の瞬間、握っていた俺の手に文字を書き始めた。
[-Tips-]
手に書いた"人"という文字を飲み込むと、緊張がなくなるという呪いがある。
有名な、呪いだ。
「!?…や、やめろバカ!何して…」
そう主張し、手を必死で引っこ抜こうとするが、まるで神城の力ではないかの如く全く取れなかった。
そして大量の"猫"という文字。猫、ネコ、ねこ、cat…を手に書き表して、言い放つ。
「これで、もう緊張はしないね!」
「まず、俺は緊張なんかしてねぇ!」
そう俺は主張した。
続けて、ツッコミどころを片っ端から突っ込んでいく。
「何故猫!」
「だってうち三月猫を信仰する神社だし」
「何故書いた!」
「それは、指でなぞって飲めば良いんだよ!」
「いや、書けば効果ばいぞーって」
「しかも基本は1人…いや、一匹?なんで増やした!」
「いや、いっぱい居れば更に効果ばいぞーって」
「しかも漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字……何故に種類を」
「いやいや、十人十色だから…」
「説明になってない!!」
そっかー、ごめんなーと謝る神城を尻目に、俺は手を擦って拭おうとする。
……しかし、滲むことがない。
「……これ油性かよ!」
「おう。俺、油性しか持ってないし」
その言葉を聞いて、うわーマジかぁ、と言葉を漏らしながら手を見つめた。
ほんと、何だこれ。マジで意味わかんねぇよ。
「さーて、でもこれで……緊張も解けたんじゃない?」
そう笑って、神城がこちらを見た。
……その為にこれを?
そう一瞬疑念がよぎるものの、ダラダラと流す冷や汗がそれを否定した。
違う!そうじゃない!
これはただ誤魔化してるだけだ!自分のミスを正当化しようとしてるだけだ!
流石にこれくらいなら俺でもわかる!
そんな気持ちを悟ったのか、
「それじゃ、俺はそろそろ守備位置につくよ」
そう言って、そそくさと神城が逃げて行った。
この作戦で、俺が彼女と話している間……2人はこっちに来る人間の警戒をしてもらう。
この通りは、人は二方向からしか来ない。
だから、その二方向を警戒してもらい……もし誰かが来たら――
――カツンッと石を蹴飛ばし、地面に当たる音がした。
どっちから音が……右。英雄志願者側。
それと同時に、奥の方から人影が見える。
こうして、音によって存在を知らせて貰う。
俺は、その音が聞こえたら警戒する。
待ち人が居るように装い、怪しまれないよう。
そして、反対側へと向かう男は、チラリと俺に視線を向け……何ごともなく、この場所を過ぎていった。
また、カツンッと石と石が当たる音がした。
今度は左。神城側か。
そして、また通りかかった別の男は、今度は視線も向けず過ぎて行った。
2人の役割は、通る人の存在を知らせること。
そして、俺はその警戒をして何も違和感を感じさせずに過ぎさせる。
さて、このまま時間が来るまでセリフのこととかを考えながらじっとしていよう。
大丈夫、この作戦なら領主邸から誰か出てきたりしなければ問題なく過ごせ――
――カラカラ、カラカラという音が聞こえた。
合図は――なかった。もはや、何が起きたかは語るまでもない。
びくりと、身体が反応する。
毛が逆立つ。無意識に石の音を探す。鳥肌がやばい。……やばい!
チラリと視線をそちらへと向けると……こちらに向かって来た彼女の姿が見える。
車椅子に乗った…彼女の姿が。
それと同時に見える。門が、開いている光景が。
そしてそれを今門番が閉めている光景が。
予想通りの、イレギュラーが起きたことを、この目でしっかりと俺は見た。
ダメだ。思考を停止するな。そう、この状況は散々考えただろ。
そう、彼女は……領主様の、関係者。
それが今、外へと出て来た。それだけ。目立たなければ。彼女が俺を注目しなければ、何がともなく計画を遂行できる。
……そう、大丈夫だ。この状況は、この場所を選んだ時から予想はしてたから、大丈夫。
俺は、靴のつま先を地面に当てる。
コン、コン、と音を出した。
緊急事態の…この状況を知らす、合図だ。
俺が彼女に時間を取られるようなら、2人には予め決めた誤魔化しをやって貰わないとだ。
だが……、願わくば、その策は使わないことを。
そして、心の中でひたすらに祈る。
見つかるな!興味を持たれるな!止まるな!過ぎろ!過ぎろ!過ぎろ!
カラカラという音が近づいてくる。
近づいて近づいて近づいて――ピタリと。
彼女は俺の目の前で止まった。
そして、口を開く。
「ねぇそこの方……それは何?」
明らかに俺に向かって放たれた言葉。
俺は視線を上げ、彼女の姿を見る。
彼女は、灰色の髪を持った少女だった。
そしてその指は、俺の手の甲を指していた。
俺は手の甲を見る……そこにもまた、猫という字が大量に書いてあった。
これのせいで……目をつけられた。
不運、ふうん、フウン……違う、これ不運とかそういうのじゃねぇ!!
おいぃぃぃぃ!!かーみしろテメェー!!
これ呪いじゃなくて呪いじゃねぇかぁ!
ふっざけんなあぁァァ!!俺死ぬぞゴラァぁ!!
そう心の中でぶちまけたつつ、ポーカーフェイスで俺は彼女に返答する。
「これは……友達が書いてくれた――呪いだよ」
「そっか」
そう返答すると、彼女はよほど珍しかったのか、その俺の手を触れた。
去れ、去れ、去れ、去れ――
視界の端に見えるのは、準備を整える2人の陰。
こそこそと、おめかしの準備をする…影が。
嫌だ。【イチャイチャすれば相手は去ってくんじゃね?】作戦は嫌だ。
男色とかそういうのとかいうより……相手が神城か英雄志願者ってのがマジで生理的に受け付けない。
去れ、去れ、去れ、去れ――
そして永遠とも思える数秒間……
彼女は暫く凝視した後、彼女は何ごともなかったかのようにカラカラと音を鳴らしながら、この場を去って行った。
俺はその姿にほっと安心して一息吐く。
危なかった。怖かった。生きた心地がしなかった。
あの作戦を遂行しなくて、本当に良かった。
……ただ、どうしてだろう。
なんか……決定的なミスを犯したような気がするのは、どうしてだろう。
……と、こんなこと考えてる場合じゃない!
頭を振って、考えを飛ばす。
そして、時計台へと視線を向けた。
PM 5時11分
時間は少し過ぎてしまったが、このくらいは許容範囲だ。
結局セリフについては結論が出なかったが……まあ、仕方ない。
話す前までに決めれば良い。
さあ……話し合いの準備を整えよう。
――俺は、ゴトリと腕輪を外した。
10分となったら、英雄志願者は俺に能力を使う。
そしたら俺は…対象を選択すれば良いらしい。
日時と対象を、ひたすらに頭で唱えろと言われた。
818年 4月 17日 17時11分 白兎 三葉
818年 4月 17日 17時11分 白兎 三葉
818年 4月 17日 17時11分 白兎 三葉
818年 4月 17日 17時11分 白兎 三葉
818年 4月 17日 17時11分 白兎 三葉
.
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時間は刻一刻と過ぎていった。
俺はただひたすらに、この無防備な状態が怖かった。
17時 12分
あのー、もう約束の時間2分オーバーなんですけどー…。
ちょっと早く来てくれません?俺死にますよ?
17時 13分
し、白兎さーん!!
早く、早くして下さい!!
ちょっ、え、マジで怖いんでお願いしますお願いしますお願いしま…
17時 14分
……もう、帰ってしまおうか。
そんな思考が過ぎると同時に――
――カツッ、カツッと足音が聞こえてきた。
近くには誰も居ないはずなのに……間近に誰かがいるかのように、音が聞こえた。
……来たのだ。居るのだ。未来に、近くに、白兎が。
………あー、久しぶりの感覚だ。
憎悪、嫉妬、殺意……数多の悪感情が頭を駆け巡る。
……どーして俺は、こんな感情を抱くと分かっていて会いにきたんだ。
……どーして俺は、こんなリスクを犯してまで会いにきたんだ。
何で、何で、どうして、どうして、何が目的で何が狙いで何を持ってして!、何故何故何故何故何で何で何で何で、気が狂ったのか!嫌だ、こんな奴に会いたくない!殺してやりたい!ああ、ああ、嫌だ――
――ドンッと塀を叩いた。
「ヒッ」という怯えた声が耳の中で響く。
そして俺は、そのままその手を顔の前へと持っていき――
猫、猫、ねこ、CAT、ネコ、猫、ねこ、NEKO、CAT、猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫――
――三日月型の口で、笑った。
そして俺は、
――目玉を、抉り取った。




